9話目
ケダモノの暴走
「良い子だねぇ、いい子いい子」
たくさんの魔石を集めててくれた。
レベル上げだけに収まらないその頑張りに、
俺は思わずエキドナちゃんの頭を撫でる。
「ただの変な生き物だと思ったら、ジャラジャラと……んだよそれ。
反則だろ!
……そうだ責任を取れ。
そんなズルしたんだから、
責任取って俺の事気持ち良くしろよ。
そしたらチャラだ」
「何ワケの分からない事言ってんだよ! げっ、こっち来んな!」
くわっと目を見開くと、ケダモノは俺に迫ってくる。
やばい何かする気だ、こいつっ。
正気じゃない。
俺は反射的に手で顔を覆ってうずくまった。
くそっ、前に煽ったのは失敗だったか?
エキドナちゃんをぎゅっと抱き締めながら、
俺は目を瞑ってジッとした。
一瞬エキドナちゃんをけしかけようかとも思った。
けど、その考えはすぐに捨てた。
もしもやられてしまったらって考えると命令を出せなくて。
俺の為に頑張ってくれたエキドナちゃんを、
こんなどうでも良い事で危険な目には合わせたく無い。
……強敵と戦って敗れたなら分かる。
……罠に引っかかって傷ついたのなら、諦めもつく。
でも、こんな事で傷つくかも知れないなんて、嫌だった。
とは言え……無抵抗を決め込むつもりも俺にはない。
せめてもの抵抗として、
ケダモノが体に触れた瞬間に指で目を刺してやる所存だ。
ついでに、思い切り股間も蹴り飛ばしてやろう。
まあ、もしもそれが駄目だったら、
我慢するしか無いけど。
耐えるしか無いけど……。
俺は覚悟を決める。
けれど、不思議な事にその時は一向に訪れなかった。
どうしたんだろうか。
俺はゆっくりと瞼を上げる。
すると、
「あだっ、あだだだっ」
「仲間割れをするな。それに、勇気は今は女なんだぞ」
二段がアイアンクローをかましながら、ケダモノを持ち上げてた。
あ、あらら。
止めてくれたのか……。
そういや二段やゴリが居るんだった。
ちょっとホッとしたよ。
「て、てめぇ鉄! いだだだっ、はなっ、離せ!」
「離さない。お前、ふざけてるのか?」
「いっつぅ、ふ、ふざけてんのは勇気だろ!」
「勇気のどこがふざけてる?」
「じ、自分だけ独り占めしてたんだろ! おかしいって思わねぇ!? ここに来るまで、魔物と会わなかった! 多分あいつの召喚した魔物が倒してたんだろ! 魔石持ってんのがその証拠じゃねぇか! これって経験値も魔石も奪われてるようなもんだろ!」
げっ……ケダモノ案外頭良いな。
バレてしまった。
俺は一瞬焦る。
冷や汗が頬を伝う。
しかし庇ってくれる人も居るのだ。
「それがどうした? 自分のスキルを上手く使っただけだろ。俺らに危害を加えたワケでも無い。それ所か見方を変えれば、俺らに危険が無い様にしてくれていたって風にも見える」
二段がチラリとこっちを見た。
取り合えず俺は頷いた。
実態は違うけど頷いた方が良い気がしたから、頷いた。
「ほら」
「絶対ぇウソだろ……」
「ウソでも良いだろうが。許してやれ。仮にそうだったとしても、自分の身を自分で守る為に、先んじて強くなりたかった可能性だってある」
あれ……その言い方。
もしかして二段にも俺の考えバレてる?
い、いや、仮にって言ってるし多分大丈夫だろう。
しかし……ケダモノも二段相手に減らず口が中々収まらないね。
ある意味で度胸だけは凄い。
「へっ、王子様気分か? お前……倉橋とかもそうだけどよ、女にモテそうなヤツは良いよな。そういう風にしても絵になるもんな。そうやって助けて、後はズッコンバッコン楽しみますってか? 一人しか居ない女――それも顔も体も良い女とイチャイチャしますってか? 俺見たいな不細工はお前見たいなのが気に食わねぇ! この世界に来る前からずっとムカついてしょうがねぇような相手だよ! 俺だってちょっとぐらい良い思いしてぇよ!」
「お前――」
ただでさえ強面の二段の顔が文字通り鬼の形相になる。
青筋が顔に出来ているし、
腕にも相当力を入れたみたいで、
そこに血管が浮かび上がる程。
ケダモノ、物理的に頭を潰されるんじゃ……。
一瞬、潰れたトマトを思い浮かべてしまう。
ぐちゃっとなったアレ。
けれど、それはゴリの手によって阻止された。
見かねたゴリが強引に二段とケダモノを引き離したのだ。
「落ち着け、なあ、落ち着けお前ら」
「ゴリ……」
「けほっ、けほっ、あー死ぬかと思った」
そのまま死ねば良かったのにね。
「鉄、気持ちは分かるがせめて加減くらいしろ。最後、本気で力入れようとしただろ」
「加減はするつもりだった」
「加減したとしても、お前の力だと相手の顔が大惨事になるだろうが」
「そうだそうだ」
「斉藤……原因のお前が余計な茶々を入れるな。この一連の流れは、間違い無くお前のせいだぞ。さすがに目に余る」
ゴリの説教が始まる。
主にケダモノに対して、だが。
ケダモノはケツを引っぱたかれたり、
頬をぶたれているようだ。
うん、その調子でどんどん怒ってやって下さい。
立ち直れないくらいやってくれたら助かります。
……おっとそうだ、二段にはお礼言わないと。
ケダモノの公開説教ショーを楽しんでる場合じゃなかった。
俺はとっとこ二段の近くに行くと、
心からの笑顔になって感謝の言葉を吐き出す。
「ありがとうね」
「礼を言われる事じゃない」
「ううん、俺の為にやってくれたんでしょ? 嬉しかったよ」
「ただ、ああいうのが許せなかっただけだ」
「それでもだよ。怖かったから、助けて貰えてすっごく嬉しかった。だから……ありがとう」
「……そうか」
それだけ言うと、二段はぷいっと横を向く。
照れ屋さんだね。
さてまもなくして、ようやくゴリの説教が終わったらしい。
ケダモノは魂が抜けたような顔をして、
歩く屍見たいになっていた。
ふん、同情はしないぞ。
ざまぁみろってなもんだ。
「ひとまずこれで禍根は無しな。ほら、謝れ」
「スマナ、カッタ」
やばいな、ロボットみたいな喋り方になってる。
まあ面白いから良いや。
「次から、ああいうの止めてよ?」
「ゼンショ、スル」
善処じゃなくて絶対って言えよ……。
反省してないでしょ、こいつ。
何か危ないから、この先なるべく近づかないようにしとこう。
話も最低限で良いでしょ。
「よし、これで禍根は無しだな。ところでその魔石、使うならさっさと使ってこい。それはお前が自分の力だけで手に入れたものだ。使い道を俺らがどうこう言う事は無い」
ゴリの言葉に俺はハッとする。
そうだった。
折角あるんだし、使わないとね。
俺は両手いっぱいに魔石を抱えて、カウンターまで持っていく。
「……寸劇は終わりましたか?」
そう言えばこの人、さっきの騒動ずっと見てたんだよね。
待たせてしまったかな。
「すみませんでした。お騒がせしました……」
「いえいえ、美しき乙女を取り合うのは、いつだって良いお話でございます」
何言ってんだ、この人。
まあ良い、気にしないで話を進めよう。
「それで、あの、これ使いたいんですけど」
「はい。どのような使い道をお考えでしょうか」
使い道、か。
そう言えばここって、総合施設なんだっけ?
うーん、欲しいもの。
そうだ。
そうだった。
あったよ、そう言えば一つ。
「その……女性用の下着って、売ってますか?」
倉橋=茶メン
斉藤=ケダモノ