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2層 21話目

茶メン(倉橋)「今回は僕が男を見せるよ!」

□■□■


 私は息を潜めて激闘を見守る。

 あの魔物は、恐らく、私と戦った時の傷も癒えきっていない。

 既にボロボロであり、どこからどう見ても茶メンが優勢だった。

 だから、決着までにそう長い時間は掛からない……ハズ。


「っ」

「オス豚がぁ!」


 次の一撃で全てが決まる。

 そう私が思った時。

 ぎょろり、と動いた魔物の目が、ほんの僅かに物陰からはみ出ていた私を捉えた。

 にたり……とした笑み。

 魔物が急に進路を変える。


「なっ!?」


 驚いて一時静止した茶メンを置き去りに、魔物は一直線に私に向かって進んできた。


「やばっ――」


 経過を観察している場合なんかじゃない。

 私はすぐさまに錫杖を構える。

 一応は準備していた。

 すぐに迎撃出来るように、と。


 しかし、魔物の速さは尋常では無かった。

 以前に戦った時の比ではないほどの速さだった。


 どうして戦闘中の茶メンの相手を止めてまで、

 ちらっと見えただけの私を狙うのかは不明過ぎるけど、

 とにかく全力でこちらに向かって来ている。


 私の精霊行使は間に合いそうになく、

 エキドナと楯子ちゃんも庇いに入ってくれたものの、

 それも間に合いそうになく。


 こんなの想定外の予想外だよ。


 だから、どうしたらいいか分からなくなって、

 私は目を瞑った。

 怖くなって思い切りしゃがみ込んだ。

 それ以外に良い方法が思い浮かばなくて……。


「……」


 数秒が経った。

 けれど、何も私の体に異変はない。


「……?」


 怪訝に思っていると、頬にピッと何かの液体がついた。

 もしかすると、エキドナか楯子ちゃんが間に合って、魔物をやっつけてくれたのかな……?

 その返り血?


 頬についた液体を指でぬぐって、おそるおそる目を開く。

 指先についていたのは赤い血だった。

 人間の血だ。


「私の……じゃない、けど」


 どこも怪我はしてないし、手足だってきちんと動く。

 じゃあ誰の?

 魔物の血は赤くないから返り血じゃないのは確かだけど。


「ごふっ……」


 頭上から吐くような声がして、

 目の前にどばどばと赤い血が滝のように落ちてきて、

 地面に当たって跳ね返った。


 私はゆっくりと顔を上げる。

 そこに居たのは茶メン。

 お腹を魔物の腕で貫かれている茶メンだった。

 私を庇うかのような……いや、”ような”ではなくて庇った……のだろう。


 と言うか、あの距離から魔物が私を狙って、恐ろしい速度で迫っていたのに間に合ったということは、茶メンは私に気づいていた……?

 きっとそうだ。

 そうでもしないと、どう考えても間に合わないよ。


「ひゃはははは! 私が何を狙ったか気づいて、体張って守るなんて、良い男じゃない!」

「ごほっ……」


 でも、私に気づいていたとしても、守る必要なんてなかったハズだ。

 普段から気持ち悪い言動が多くて、それはただのおふざけか何かで、私のこともからかってるだけで、確かに思っていたよりは強かったけど、けど普段の行動が軽いから、イザとなれば平気で切り捨てたりとか、そういうことするヤツなんじゃないかって前から心の底では思ってて……。


「……なん、で」


 思わずそんな言葉が出た私を見て、茶メンはただただ笑顔になった。


「し、知っていたよ。ぼ、僕が、マイスウィートハニーに、気づかない、なんて、そんなこと、あ、あるわけないじゃないか」

「私より先に気づいて――あぁなるほど! だから早めに勝負をつけたくなって、決着つけようとしたのね! あはははっ! あ゛ぁ゛~なんていじらしいのよ。やっぱりあなた欲しいわぁ。でも、もうこんな風穴開いたんじゃあ、そうもいかな――」


 勝利を確信したかのように、恍惚に満ちた魔物の首が、いきなり跳んだ。


「――あら?」


 お腹を貫く腕を片手でしっかりと捕まえて、

 もう片方の手に握った刀を、

 茶メンは振り抜いていた。

 驚愕の表情をした魔物の顔が、ごろごろと地面に転がった。


「……さ、最後に、油断しちゃ、った」


 魔物は痙攣しつつも、やがて全く動かなくなった。

 今度こそ死んだのだろう。


 思ってもいなかった状況の中で、

 結末はこうしてついて、

 茶メンが勝ったのだ。


 しかし、そのことについて考える余白は私の頭の中になくて、ただ唖然としていた。

 いや、私だけじゃない。

 エキドナも楯子ちゃんも、

 呆然として目の前の光景を見ている。


 茶メンは自らのお腹の魔物の手を引き抜くと、

 そのまま崩れ落ちて倒れた。

 そして、目の焦点を虚ろにしながら、私に向かって手を伸ばした。


「ま、まい、すうぃーと……はにー」

「な、なに言ってるんだよ……」

「ぶじ、で、よかっ……た……」

「ちょっと! しっかり! 倉橋!」


 私は倉橋の体を揺さぶる。

 段々と熱が失われていっているのが分かった。

 早く助けなければいけない。

 助けられる場所はどこ?

 そうだ、施設にならあるかも知れない……。


「……」


 倉橋の意識が途切れた――と同時だ。

 洞窟の中が大きく振動した。

 がらがらと音を立てて、天井が崩れ始める。

 どういうこと……?

 あぁいや、もしかして、ここはあの魔物の住処か何かで、死んだら崩れるような仕組みにでもなっていたのかも。


 ともあれ、倉橋の容態も酷いから、早く外へ……。


 私は倉橋を背負うと、急いで出口へと向かった。

 倉橋を見捨てよう等とは思わない。

 助けられたのだから、なら、とにかく助ける事で恩を返さないといけない。


 私は急いだ。

 しかし、足取りは遅く……。

 倉橋は決して小さくはなく、むしろ高身長の部類だった。つまり身長に見合った体重はあるのだ。それは今の私にとっては重いと感じられる重さだった。


「てつだうー!」

「ぎぅ!」


 エキドナと楯子ちゃんに手伝って貰いながら、

 一心不乱に進む。

 少しだけペースが早くなり、

 やがて、出口へと辿り着いて外へ出て、

 その次の瞬間に洞窟が完全に崩れ落ちた。


 崩落に巻き込まれるのは、

 どうにか避けられた。

 しかし、振り返る暇はない。

 私は手近な場所を見つけると、

 急いで施設の中に入った。

勇気「ところで、なんで私に気づけてたの?」

茶メン「匂い……かな?」

勇気「うわああああああ気持ち悪いいいいいいい!」


ケダモノ「あの、そんなことより、俺この洞窟の中にいるんスけど。見つけて欲しかったんスけど」

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― 新着の感想 ―
[一言] 茶メン乙 あとは俺らに任せて安らかに逝け
[一言] 茶メン最後はいいやつだった( ̄人 ̄)
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