2層 18話目
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「ところで」
ゆっくりと湯船に浸かっていると、
エマちゃんがそう切り出した。
「なに?」
「探してた家の話なんだけど……」
「うん」
エマちゃんが人差し指をつんつんしながら、
言いにくそうな表情をしている。
なんだろう。
「実は……お姉さんが急に行っちゃった後なんだけど、良かれと思って勝手に探して見たんだけどね? いい所を見つけちゃって。その、勝手に契約しちゃった」
「――え゛?」
「怒らないで怒らないで!」
か、勝手に賃貸の契約を済ませた?
何を考えているんでしょうかね、
この子は。
「なにを……」
「そこそこ綺麗で安い所だから! ね! 次から同じようなことあったら、ちゃんと事前に相談するから!」
「そ、そう……」
綺麗で安いところ、
というのが本当であるならば、
私的には文句が言い辛い……。
勝手に契約されたのは少しだけおこだけど、
でも、次は気をつけるって言うし、
ここは大目にみるしかないかな。
自分でいうのもなんだけど、
私ってかなりエマちゃんに甘い気がする。
「その言葉を信じるからね」
「うん!」
当人もこの通り反省しているようだし。
「……相変わらずちょろいなぁ。隙があるって忠告したのに改善していない。この押しの弱さ、私が男なら何回襲ったか分からないことになってそう」
なんかぶつぶつ言ってるなぁ……。
「何か言った?」
「ううん何も」
エマちゃんがニパッと笑う。
少し怪しいけど、
問いただすのもなんだしね……。
「……それで、どれぐらいお金がかかるの? 安いって言うけど」
私が問うと、エマちゃんは顎に指を当てて、
「うーんと、月契約で65,000。お風呂上がったら案内したげるね」
宿に一ヶ月泊まった時の金額を概算で考えたことが以前にあったけど、
確か250,000とかそれぐらいだったハズ。
それを考えればかなり安くなっている。
「……そっか。ありがとう」
私が軽くお礼を言うと、
なぜかエマちゃんが真顔になった。
「なにその顔」
「なんかこう……所々で慈愛に満ちているというか。本当に良いママになりそうだなって。わりとガチで」
とりあえずげんこつ落としてあげた。
さすがにその言葉は大目に見れない。
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住居区画の路地裏にある建物の一室――そこが、エマちゃんが(勝手に)契約した所だという。
案内されるがままに、そそくさと建物の隙間を縫うように進み、「ここだよ」と言われた建物の中に入ると……脇にあった小窓がガッと開いた。
「なんだい、エマか」
「サーシャおばさん、連れてきたよ!」
「この子かい」
聞くと、このサーシャさんなる人物は、建物の管理をしている人らしい。
恰幅が良い初老の女性だ。
「はじめまして……。よろしくおねがいします」
「礼儀正しい子だね。エマも見習うんだよ」
「私の取り柄は元気だから……」
「元気だから礼儀がなってなくてもいい、なんてのは詭弁さね。客を連れてきた事に関しては礼を言うが、それとこれは別さ。元気があって礼儀もあるを目指しな」
「ぐぇ」
なんとなく、施設内でのエマちゃんの立場が分かってきた気がする。
手間のかかる愛されキャラ的な感じなんだろうな。
気持ちは分かる。
アレな言動はあるものの、基本は元気なロリっ子で可愛いしね……。
「まぁともかく、そこなお嬢さん、今日からでいいのかい? 準備だけはしといたけども……」
私は頷く。
早く入れるというなら断る理由もないのだ。
「そうかい。それじゃあ、カード出しな」
「えっと……」
「自動で毎月そこから引くようにするのに、ちょいと手続きがいるんだよ」
な、なるほど。
引き落とし処理ですか。
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引き落としの手続きが済み、
案内されるがままに階段を上り、
最上階にあったその部屋の中に入ると、
少しだけ狭いものの、
エマちゃんの言う通りに確かに綺麗な部屋だった。
立地が路地裏だから、
じめっとした感じを多少は覚悟していたけど、
最上階だったということもあってか、
特にそんな感じはなく杞憂で終わった。
ちなみに――この部屋には嬉しい誤算があった。
エマちゃんのところに置かせて貰っていた品々が、
既に部屋の中に運び込まれていたのだ。
「えっへん」
エマちゃんが無い胸を張る。
どうやら気を利かせてくれたらしい。
エマちゃんって結構勢い任せなところはあるけど、
こういう気配りって意外と得意だよね。
買い物の時にも的確なアドバイスとかくれるし。
まぁ調子に乗りそうだから言わないけど。
「ありがとね~」
私はそう言ってエマちゃんの頭を撫でる。
すると、
「や、やめて――お風呂上りに頑張って整えた髪型崩れるから」
あぁそう……。
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幾らかの談笑をした後、エマちゃんは帰っていったので、私は部屋の中を確認し始めた。
狭いながらも、トイレ・バスは別で、洗濯機やベッドなどの備品もある。
ただ、テレビはない。
微妙にハイテク気味な施設ではあるけれども、さすがに映像機器の類はないらしい。
とはいえ、思い直してみると宿にも無かったし、
エマちゃんのお店やお風呂屋さんにも無かったのである。
恐らくこの施設には映像機器の類はないのかもしれないね。
まぁ仮にあったとしても、
私は元の世界ではあまりテレビみない方だったので、
どうでもいい部分といえばどうでもいい部分なんだケドね。
「さて……」
ともあれと、私は荷物をごそごそと開封し始める。
中身はエマちゃんのところで買い置きしてたものだから全部服だ。
私は部屋に備え付けてあるクローゼットや引き出しにそれを収納していき――んで、えっちな下着と出くわした。
「……そういえばこんなのも買ったね」
恐らくこれを着ける日は絶対に来ないと思う。
ちょっとスケスケすぎんよー。
これを着ける勇気はさすがにないよー。
と、私が苦笑いしたその時だった。
ふと、窓の外から視線を感じた。
私は怪訝に思いながら外を見やる。
一見すると誰もいないように思えるけど……感じる視線は確かにある。
「……」
顎に手を当てつつ、私は少しの間考えて、
「泉よ泉あまねく泉。借りし力を型造る。亀の甲羅に似た形。透りし景色は遠方を――【望遠鏡】」
どこからともなく現れた水が、
亀の甲羅にような形を作り、
私の眼前に配置される。
そこに映し出されるのは遠方の景色だ。
私は【望遠鏡】を動かしながら周囲を観察した。
すると、見つけた。
学生服を着た――つまりクラスメイトを。
どうやって私を見つけたのかはさておき、
遠方を確認するスキルでも持っているのか、
こちらをじっと食いるように見つめていた。
もっとも……私も相手を見ているのだ。
目が合うのは時間の問題であった。
「……」
『……』
数瞬の間を置いてから、
クラスメイトはバレたことに気づいて慌てて逃げ出した。
「……覗きかな? 良い趣味してんじゃん」
逃すワケもない。
私は精霊行使で小さな水球を作ると、
その背中に数発打ち込んでやった。
『ぐあああっ! い、痛ぇえええ!』
ここまで叫び声が聞こえてくる。
かなり加減はしたけれど、
それでもメチャクチャ痛かったようだ。
まぁ良い気味だよ。
あいつのことは今度から盗撮魔と呼ぼう。
ちなみにこれは余談だけれど。
後ほど迷宮から帰ってきたエキドナと楯子ちゃん二人は、
この部屋をいたく気に入ったようで、
ベッドでばふんばふんトランポリンしてた。