2層 10話目
「正直者である汝には権利を与えよう。純金と純銀そして普通の三人の男を得るか、我の力を得るか。そのどちらを望む? 望む方を汝に与えたもう」
正直者にはご褒美を、か。
本当に金の斧銀の斧見たいだ。
まあでも何はともあれ、
貰えるものがあるならば、
貰っておいて損は無いよね。
ところで貰える物は茶メン三体(うち二つは純金と純銀)と、
湖の精霊の力のどちらからしいけど、
能力だけ考えればどっちが欲しいかなんて決まってるようなものだ。
断然後者の精霊の力である。
ただまあ、ここで茶メンを選ばなかった場合、
茶メンがどうなるのか、と言う点が少し気になる……。
そもそも今生きているかも分からないけど、
仮に生きているとしたら、
選ばなかった場合に死んだりする可能性って……?
選ばなきゃ死を見たいな感じだったら、
さすがにちょっと迷うよ。
ムカつくヤツだけど、
死んで欲しいって思ってるワケじゃないから。
「汝の心配には及ばぬ。選択そのものにこの男の生死を分かつ意味は無い。そしてこやつは未だ息をしておる」
そうなんだ。
じゃあ別に気にしなくても良いか。
「さあ……選びたもう」
「それじゃあ、湖の精霊さんの力で!」
憂いが晴れたので、私は迷わず力を選ぶ。
「我の力で良いのだな?」
それ以外無いですってば。
別に茶メン三体も欲しく無いので……。
しかもそのうち二体は金色と銀色に光ってるワケで、
何か気持ち悪くて嫌です……。
「純金と純銀で出来た男子ともなれば、人の世の価値では売り払えば一生を過ごすには余りある財であるが、それを得られる機会を逸したとしても、我の力を望むのだな?」
売れるんだ。
まあ純金と純銀だから売れなくは無いのかな……?
でもその言い方だと、
金と銀の茶メンは銅像見たいなモノって感じがする。
うん、選ばなくて正解だね。
持ち運びも楽じゃないよ。
まあお金になるのは素直に嬉しい事だけど、
そういう機会はこれから先もあるだろうし、
今に躍起になる必要も無い。
借金があるわけでも無いから、
今は地道に稼ぐので間に合ってるのです。
とまあこんな感じなので、
茶メンは要らない。
「そうであるか。ならばこそ力を受けとるが良い。さて、時にどのような形にて与えたものか。神体を用意すべきか、その身に宿らせるか色々と方法はあるのだが――うぬ? ほう、面白きを持っているでは無いか。その杖」
湖の精霊は気絶している茶メンを湖のほとりに置くと、
その視線を私の持つ錫杖に向けた。
何でこれを見るんだろう?
あーそっか。
そう言えばこの錫杖、
遊環に効果を入れられるんだった。
目ざとく見つけたって事は、
ここに湖の精霊の力を入れてくれるのかな?
「その通りである。なるほど、それならば耐えられるであろう」
……耐える?
「精霊の力とはかくも強きもの。生半可な代物では耐え切れぬ。ゆえにその身そのものに宿すか、あるいはこちら側が神体を用意するものなのだが……」
ああっなるほど。
「この杖が神体としても使える機能を持っているって事?」
「うむ。より正確に言うのであればその遊環が……であるな。しかしそのような杖を持つとは……余程の幸運にでも恵まれたか」
うーん。
この杖って私が思ってたよりも凄いモノなのかも知れない。
オジジも売れば値が付くみたいな事言ってた気がする。
ゲームでいう所のLRとかURみたいなものかな?
クリア特典って案外凄いのかも。
出来そうなら、
各階層でボス攻略狙っていった方が良いかな?
「そう簡単には行くまいて。特典とて何を託すかを決めるのは頭目の裁量。余程気に入られたのであろうな」
そっか……。
仮にボス攻略出来ても、
このクラスのものは簡単に手に入らないって事か。
思えばこの錫杖も、
人型スライムさんからの好意的な感じあったよね。
攻略出来たとしても、
これクラスは早々出てこないのだろうから、
あまり期待はしない方が良いのかな。
「不思議な女子よのう。まあ良い――それでは受け取るが良い。とくと聞けい。今より授けしは御霊への呼び鈴。操りようとて心配要らぬ。汝の思うままに言葉を紡ぐが良い。その真言に基づき我の力を幽世の水面より貸したもう」
湖の精霊は私に近づき、
その拳を握り締めた。
すると精霊が握った拳から一粒の水滴が零れ落ち、
遊環へと吸い込まれていく。
――ぴちょん。
水と水が優しく触れ合うような、
そんな音が辺りに響き渡り、
気がつくと湖の精霊はその姿を消していた。
水滴を吸い込んだ遊環が一つ、
瑞々しさを持った水透明色になっている。
なんとなく錫杖を振ってみると、
その遊環がたゆたう水のように波打った。
「……えっと、遊環の中に力が入ったって事で良いのかな?」
明らかに見た目も変わってるしね。
でもそれは良いんだけど、
精霊の力ってどうやって使うんだろうね。
「汝の思うままに言葉を紡ぐが良い! って言ってたけど、どうすれば良いんだろう」
うーんと私が唸る。
すると、楯子ちゃんがずいと前に出てきた。
使い方分かるのかな?
「たぶんだけどねー、それっぽいこといえば、だいじょぶだよー」
「アバウト過ぎるよ。それっぽいことって?」
「どうなってほしいとか、こういうふうになってほしいとか、そういうこと、ことばでいうんだよー」
つまり、自分で考えた詠唱的な?
……恥ずかしくない?
そ、そう言えば楯子ちゃんが魔術を使う時、
特に詠唱してる所見てない。
同じような感じで無詠唱なアレで行けない?
「まじゅつはねー、じぶんのちからだから、かんがえただけで、だいじょぶ。でも、せいれいさんは、ちがうのー。せいれいさんのちからは、せいれいさんのちから。だから、ちゃんとことばにしないと、つたわらないよー」
うーんと……。
ちょっと要領を得ない話し方だから、
自分なりに楯子ちゃんの言葉を噛み砕いてみよう。
まず――魔術は自分の力だから、
考えただけで大丈夫って言うのは、
魔術は自分の力である魔力を使う、
要するに原因が自らに起因しているからこそ
思考のみの無詠唱が可能って解釈かな。
全てを自己で簡潔出来るからこそ出来る事であると。
こういう事……だよね?
「うんー」
正解のようだ。
私は手ごたえを感じつつ、
次は精霊の力に関して考える事とする。
楯子ちゃん曰く、
精霊の力は精霊の力だから、
言葉にしないと伝わらないらしいけど……。
その言葉の真意を読み解くとすれば、
力を行使するに当たってその原因が精霊にあるから、
きちんと言葉にしてどういう風に力を使いたいか、
それを伝える必要がある――と言う解釈でどうだろうか?
「そだよー。たてこはね、そういいたかったの!」
こっちも当たった。
私って案外頭良いのかな……?
ちょっと天狗になっちゃいそう。
まあならないけど。
まあともかく、
これで精霊の力については、
粗方推察と答え合わせが終わった。
……ところで、
事に使い方が判明したら、
無性に使って見たくなって来るのだけれど。
好奇心と言うか興味心と言うか。
試して見ようか?
イザと言う時にどういう風に使えるのか、
それを知るのって大事だし?
「……ちょっと試してみるから、二人とも下がってね」
エキドナちゃんと楯子ちゃんに少し後ろに下がって貰う事にして、
私は早速と精霊の力を試して見る事にする。
まあその、詠唱しなきゃって言うのが少し恥ずかしくはある。
でもこれから先も使う度に詠唱は必要なワケで、
羞恥心は早めに捨て去るに限るのである。
「ぎぅ」
「がんばってー!」
二人から声援を貰いながら、
私はどういう詠唱にするか少し悩んだ結果、
いっその事思いっきり振り切った、
厨二的な詠唱を言葉にする事に決めた。
一番の底を経験すれば、
それより下は無いのだから、
何も恐れるものはなくなる言う寸法よ。
羞恥心を捨て去るに絶好だ。
「よし」
私はぎゅっと拳を握りしめてから、
大きく深呼吸を一度して、
詠唱を紡ぎ始める。
「――湖よ湖、あまねく湖」
しつこいくらいに湖を連呼してるけど、
伝わらないよりマシだし、
何より厨二に振り切ると決めたのだから、
こういう復唱感も大事。
それに重ねると強くなる感じがしないでもないってのもあった。
私のその考えは果たして正しかったようだ。
実際に湖と言う言葉を重ねるごとに、
周りの空気がぴりぴりと張り詰めていくのを感じる。
「――借りし力を型造る。大蛇よ大蛇。開く顎門は暴食の化身」
思い浮かべたのは蛇。
他にもいろいろ使いようはあるんだろうけど、
エキドナちゃんも居るお陰か、
蛇は私にとって案外身近な存在になっている。
だから折角なので、
精霊の力で蛇を模した攻撃手段を考えていた。
大きな蛇が口を開く様相を、
暴食の化身と表現している。
私の詠唱はまだ続く。
「――進み舞う胴部は果ても無く。尾を食めば世界を覆い」
顔だけではなく、
体の方のイメージも言葉に。
取りあえず大きいのを出して見ようと思ったので、
尾を食めば世界を覆うと言う言葉でそれを伝える。
ここまで詠唱して変化が訪れた。
空気中が急に水気を含んだかと思うと、
それは上空に集まり徐々に大きな――ちょっと大き過ぎる。
言葉で伝えた通りに、
蛇の形になっていくのは良かったんだけど、
それが半端ない大きさだった。
大型旅客機クラスの太さの胴体が延々と続いている。
何百メートルあるんだろう……。
いや、何百で済むのかな……?
ま、まあ世界を食むと言う言葉のみで考えて見れば、
それにはほど遠い。
でもそれはあくまで例えだし、
そもそも私が想定していたのは何十メートルとか、
それぐらいの大きさなんだけれど。
つまり、これは私が想定していたのよりもデカ過ぎるのだ……。
う、うーん。
言葉って難しい。
でも今更引き返せないし、
このまま詠唱を続けて放つ他には無い。
「――!!」
水で出来た大蛇は大きく顎門を開き、
咆哮を放った。
ビリビリと空気や木々、それに湖の水が振動し、
世界が揺らぐ。
思わず私は耳を塞いだ。
そ、そう言えば暴食の化身とか私言っちゃってたね。
……このまま留めておくのは危ない気がする。
早めに撃ってしまおう!
「――顕現せしめた湖の資性! 召喚せしめし者が請う! 汝の腹中膨れて至れ! 枷は解いたぞ、さあ行かん! 眼前全てを貪り食らえ――ウロボロス!」
私が詠唱を言い終えると、
ウロボロスと命名した水の大蛇が、
まるで隕石でも落ちたかのような音を立てて、
目の前を食らい尽くして行った……。
おそらく時間にしたならば、
たった数秒である。
その間に私の眼前の光景は異なものになった。
先ほどまであった木々が消え、地面は抉れている。
見切れるまでの先がその惨事だった。
ウロボロスは私の詠唱の通りに、
前方を食らい尽くして行ったのである。
ウロボロスは私の紡いだ詠唱を為したからか、
もうお腹いっぱいとでも言いたげに天高く登ると、
弾けて飛沫となった。
「……」
私はただただ呆けて、
その情景を眺める。
「ぎ、ぎぅ」
「すごかったねー」
楯子ちゃんにそう言われて、
エキドナちゃんが肩に登って来た辺りで、
ようやく私の意識は戻って来た。
……ちょっとさ、精霊の力って凄すぎない?
■□■□
――特殊条件である精霊の力の行使を行いました。素地の確認――
――素地が無い場合、特殊スキルにつき生成は不可。取得失敗処理を施します――
――失敗処理を施された場合、精霊の力が宿る肉体あるいは神体の補正によって行使は出来るものの、期待値に-50%の補正が掛かります。――
――通常スキル【????】を発見。【精霊行使】の素地として有効――
――通常スキル【????】は特殊スキル【精霊行使】に変化致しました。――
――スキル固定化につき、スキル値を0.03からスキル名が判明する0.50になるように加点致します。――
――以上となります。――
――追伸。取得者への取得通知は従来通りに行わないものとする。――
■□■□
人型スライム「魔術行使を簡単に覚えられるように渡した素地スキルが、まさかこんなレアスキルになるなんて……」