33話目
「さて、それじゃあクリアした者には特典を与えないとね」
人型スライムの彼女はそう言うと、
腕を一振りする。
すると、突如として布に巻かれた棒状のものが現れ、
それは彼女の手の内に収まった。
「――どうぞ」
微笑みとも苦笑いとも、どちらにも取れるような笑みで、
人型スライムは私に杖を差し出してきた。
せっかくのクリア特典なので、私は躊躇する無くそれを受け取り、
早速と巻かれた布を取り払う。
貰えるものは貰る主義なんで!
「……杖? それも、何だろう坊さんとかが持ってそうなヤツ」
布に隠されていたそれは、
お坊さんとかが持ってそうな――これ、何て言うんだっけ。
えっと、ああ、そうだ錫杖だ。
錫杖だった。
長さは百センチくらいで、錆色の木で出来ていて、
先端部分が輪形になっており、
そこに金属で出来た遊環が六つほど括り付けられている。
「ナナカマドで出来た錫杖よ」
「……ナナカマド? それってクリスマスに使う木でしたっけ?」
「クリスマスリースに使うのはナナカマドの実の方。クリスマスツリーはモミの木よ」
そうなんだ。
はじめて知った。
何だかちょっと自分が馬鹿な気がして、
気が滅入る。
「まあともかく、古来より、ナナカマドには魔を退ける効果があると言われているわね。色々な意味であなたにピッタリよ。……それにしても、魔物になってしまった私がこういうの持っているって、何の皮肉かしらっては思うけど」
魔を退ける謂れがある杖を、
元は人間とは言え魔物が所持だものね。
皮肉以前に本当に効果あるのかなって疑ってしまう私は、
悪い子だろうか?
しかし、色々な意味で、なんて、
どんな意味が含まれているんだか。
「……あなたがいま何を考えてるか当てましょうか?」
いえ、結構です。
「そんな嫌そうな顔しなくても。……まあ良いわ。それじゃあ、この錫杖の特徴について教えましょうか。これの一番の目玉はね、この遊環一つ一つに効果を付与出来る所にあるのよ。六つあるから、六つ効果を後付け出来るワケ」
おー、なるほど。
つまり進化って言うか改造って言うか、
とにかくイジる事前提の物なワケか。
「同じ効果を重ねて特化型にするもよし、別々の効果をつけて器用に使いこなすもよし。……一応このままでも錫杖本体の特性として、魔術を使う時に魔力の消費を少しだけ抑えてくれはするけれど、あくまで補助的なモノだからそこはあまり期待はしないように」
ちょっと待って。
いま魔術って言った?
もしかして、
最初から持ってるスキル以外にも、
何か使えたりするのかな?
「あら、もしかして魔術を使った事が……?」
「お恥ずかしながら……」
使った事がある無い以前に、
そもそも存在すら初めて知りました。
でも考えて見れば、
ステータスにも魔力系の項目あるし、
使えたりしてもおかしくは無いかも。
「……迷宮に来て日も浅そうだし、使った事無くても知らなくても仕方がないかもね。そう言えば私だってこれを知ったのは随分後になってからだったし。――そうねぇ。簡単に言うと、魔術を使うには【魔術行使】って言うスキルが必要で、そのスキルを生やせば使えるようになるの」
生やす?
道具とか使って増やすとかじゃなくて、
自力で何とかなるんだ……。
「道具とかで新たにって言うのも、まあそういう方法もあるにはあるけど」
ふーん。
スキルを増やすアプローチは、
決して固定されてるワケでは無いって事なのかな。
「固有スキルは本当にその人唯一にしか使えないけれど、それ以外は適正があれば新たに取得出来るのよ。私も元々持っていた固有スキルの他に幾つか持っているけれど、それ全て後天的に得たものだから。……呪いを探す過程で偶然手に入ってしまって、自分で獲得出来るって気づいたのはその時だったわ」
この人が教えてくれる情報は、
実体験だよって言う言葉も交えてくるからか、
実に納得し易い。
やりもしないで理屈言われるよりも、
ずっと受け入れ易いんだ。
……ところで、いま呪いってワード出たよね?
日記でも探すっては書いてあったけど、
話を聞くに結構長い事探してたのかな。
そりゃまあ、それだけの執念を燃やすだけの事、
されたワケだけど。
そう言えば、復讐したかった相手とはその後どうなったんだろうか?
凄い気になるけど……でもスルーしておいた方が多分良いよね。
藪蛇はつつかない方が良い。
それぐらいには空気読めるもの。
「でも、欲しかった呪いは適正が無くて使えなかったし手に入れる事が出来なかったわ」
長い事探しても、
呪いは手に入らなかったらしい。
魔術行使なんてスキルがあるなら、
呪いも使えそうな気がしないでも無いけど、
違うのかな?
「何だか別個らしいのよね。魔術行使とは別に呪術行使って言うのがあって、それを手に入れないと扱えないのが呪いだった。そしてこれはどっちかしか手に入らないのよ。片方手に入ったらもう片方は絶対使えない」
はへー、そういう事か。
二つの内のどっちかしか使えなくて、
先に魔術行使を手に入れちゃったから、無理だったと。
ルート分岐したら別ルートにはもう行けない、
見たいな感じかな?
例えがノベルゲー見たいで悪いけど、
そういう事だよね。
「それを知った時、既に魔術行使が生えちゃってた後で……。ついでに、スキル取得出来たくせに魔術って私には向いて無かったっぽくて、あまり成長しなかったわ。だから強そうなのとか役に立ちそうなのは行使出来ないって言うね」
「ええ……。取得出来たのに、あんまり向いて無かったんですか?」
なんと言う悲劇。
呪いが駄目な上に、折角手に入ってた魔術行使も、
あんまり向いて無かったとか。
「理屈は良くわからないわよ。言っておくけど本当よ? そもそも、役に立ちそうなのとか強そうな魔術が使えるなら貴方達に奇襲かけた時にナイフを投擲なんてしないけど?」
……それは確かに。
もしも色々使えるなら、最初の奇襲の時に魔術使うよね。
何だか世知辛いなあ。
出来るからと言って向いているとは限らないって、
運が悪いと言うか何と言うか。
まあこの人の場合、もともとが幸薄な感じもしてるけどね……。
でもそれって、あまり触れられたくない部分だろうから、
あえて触れないけど。
「それでね、私が使えるのは【完全なる隠蔽】と【一方通行の路】、それと【不完全なもう一人】の三つ。どれも私のオリジナルよ。と言うか、魔法は定型が無いから魔術の数だけ全てがオリジナルって言えるけど」
と言うと魔術行使と言うスキルはあっても、
魔術そのものがスキルとして存在しているわけでは無いって事かな?
うぬぅ。
面倒と見るべきか、
自由度が高いと見るべきか……。
きっと後者だね。
前向きに捉えよう。
前向きに。
ところで、どうでも良いけどその理屈で行くと、
【一方通行の路】【完全なる隠蔽】【不完全なもう一人】って言う、
妙に厨二病的な魔術名、自分で決めた事になるのかな?
「まあ、私も元の世界に居た時はゲームとか好きだったし……ね?」
あっ、顔そらした。
自分でも名づけがアレな事自覚してるでしょ、これ。
「【完全なる隠蔽】は認識を強制的にズラす魔術。そしてもう一個の【一方通行の路】だけれど、これは来た道を戻れなくする魔術よ」
人型スライムの彼女が、
オホンと咳払いをしてから、
魔術の説明を始めた……。
なるほど深くは聞くなって事ですね、
分かります。
「ところで、ここに至るまでの道も、この二つの魔術の組み合わせを一応使ってるんだけど――」
至るまでの道?
あっ、そっか。
あの通り抜け出来た壁が塞がってしまった理由か!
つまり、この人が使う魔術のせいだったんだ。
認識をズラす魔術を使っていたから、
あそこが壁に見えていて、
来た道を戻れない魔術を使っていたから、
戻れなくなっていたと。
にゃるほど。
あれ、でも待って。
その効果二つを併用して使用してたって事は、
ここに迷い込んで来たやつが居たら、
帰すつもりは無く、
消すつもりしてたって事じゃ……。
認識をズラすだけならともかく、
帰れなくするって事は、
その上で奇襲もしかけて来たってことは、
つまりそういう事だよね?
まあ結果的には何事も無かったし、
今はこの人もそういう気が無さそうだし、
過ぎ去った事は水に流そう……。
「――そう言えば貴方達どうやって見つけたのかしら。たまたま?」
え?
どうやってって言われても、
エキドナちゃんが見つけてくれただけだし……。
ある意味たまたまかな。
「えーと、この子が見つけてくれて……」
とりあえず私はエキドナちゃんを呼んで、
自分のスキルの事も含めて、色々とお話をする事にした。
かくかくしかじか。