表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/58

31話目

 少しくすんだ色味を持つ銀で出来ていたその指輪には、

 小粒な緋色の石が填っていた。

 ただの銀だと分かるリング台とは違って、

 蠱惑敵な深みを感じさせる色合いの石に見えたけれど、

 何の鉱石で出来ているのかは良く分からない。


 取り合えず、後で鑑定して貰う事にしよう。


 自分で使えそうなら使うけど、

 使えなさそうなら売れば良い。


 この不思議な魅力を持つ感じ、

 仮に何かしらの特殊効果が無くても、

 値打ち物に違い無い!


「いやぁ、お手柄だよ」


 俺はエキドナちゃんの頭を撫でて褒める。

 この場所を見つけたのは、他ならぬエキドナちゃんだ。

 これを褒めずして何を褒めるのか。


「よしよし」

「ぎぅ……」


 ひとしきりエキドナちゃんを撫でた所で、

 お宝も手に入ったし、一旦引き返す事にしようと思う。

 上の戦いがどうなったかも気にはなるし。


 ……そう言えば、あの日記どうしようか?

 怖くなって途中で読むのをやめはしたけど、

 一応持って行こうかな。


 暇な時にでも、続きを読む事にしようか。



■□■□



「――お前は何なんだ? 人型スライムは他の場所でも出たと聞いている。それがボスじゃ無いかという話にもなったが、じゃあそうするとお前の存在は何なんだ? 聞きたい事は山ほどある」

「ら、乱暴な上に口うるさい男は嫌い――ぎゃのっ――うぐぐっ……」

「頼むから、早く答えてくれよ」


 戻って来て、

 おそるおそるに門の隙間から二人の様子を伺うと、

 凄い事になっていた。


 片腕片足を失った人型スライムと、

 その人型スライムの後頭部を掴み、

 詰問しながら延々と壁に打ち続けている二段が居た。


 俺はこういう時、

 どうすれば良いんだろうか……。


 ひとしきり悩んだ後、

 俺には出来る事も無さそうなので、

 二人の会話を盗み聞きする事に決めた。


「最初の投擲で勇気を狙ったのも気になる。なぜ俺では無かった? あの隙間なら、俺も見えてただろう」

「……勇気? ああ、あの女の子の子」

「なぜだ?」

「ふ、ふふっ、それなら答えても良いわ。理由は単純よ、ムカついたから……」


 最初に投擲して来たあのナイフ、

 俺を狙っての一撃だったんだ……。

 しかも、弱そうだからとかじゃなくて、

 ムカついたからって……。


 言っておくけど、初対面な上に出会い頭だよ?

 どこにムカつく要素があるのか。


「彼氏に傍に居て貰えるなんて、まるで守って貰えてる見たいに一緒なのって、ムカつく……」


 勘違いも甚だしい。


 悪いけど、彼氏なんていう存在は俺には居ないし、

 今の所もこれから先も出来る予定も無い。


 しかし守って貰えてるみたいでムカつくって、

 もしかして、このスライムはそういう存在が欲しいのかな。

 見た目が女性形なのも関係しているのか、

 案外乙女なんだね。


「――そんなくだらねぇ理由でか」

「そうよ。でも、どこも下らなくなんか無いわ! やっぱアンタもムカつく。お話に出てくる騎士(ナイト)見たいな面してるの、凄いイラつくの。だからすぐに標的をあの子からアンタに変えた。……私の気持ちなんて、アンタには一生分からな――」

「もう、その口を開くな」


 二段はこめかみに青筋を幾つも作ると、

 思い切り人型スライムを壁に叩きつけた。

 どごん、と言うまるで漫画みたいな効果音がして、

 壁に亀裂が入った。


 二段のレベルは間違い無く俺以下だろう。

 つまり0.1である。

 なのに、その状態でこの惨事を引き起こしている。


 初期ステータスに恵まれていたって可能性もあるにはあるけど、

 こいつの場合は何となく元々がこれな気がする

 素の状態でこの強さなのだ。

 しかも、この状態からステータスを五倍に出来るスキルを持ってる。


 二段はレベル上がったらどうなるんだろ……?

 末が恐ろしい男だ。


「ははっ……もう、私も終わりかしら」

「残念だな。答えてくれるなら」

「助ける、って? そんな都合の良い話は信じないわ。いつだって、何だって、思い通りになんか行かないんだから。世界なんて理不尽だもの」


 しかしこの人型スライム、

 普通の人間なら喋る前に粉々になってる攻撃を食らって、

 まだ原型を留めている上で、喋る事も出来ている。

 頑丈にも程があるよ。


 一層目で出て来て良い敵じゃないと思う。


 ゲームバランスおかしい……いや、

 ゲーム見たいな世界だけど、やっぱり現実でもあるって事なんだろう。


「それが答えか」

「そうよ。……どうでも良いけど、あなた本当に強いのね。スキルすら使われず倒されるなんて、思いもしなか――」


 ふと、人型スライムと俺の目が合う。

 いや、正確にはちょっと違った。

 俺は人型スライムを見ていたけれど、

 人型スライムの眼は俺では無くて、

 俺が手に持っていた日記に向けられている。


 人型スライムのただでさえ異様に白い肌が、

 更に白さを増していき、

 二段もさすがに様子がおかしい事に気づいて、

 俺の存在を見つけた。


「勇気か。丁度良い時に出てきたな。もう終わる。……おい、暴れるんじゃねぇ」

「――それ、返して! それを返して!」


 人型スライムが突然に暴れだす。

 自らの終わりを受け入れていたかのような、

 今先ほどまでの態度はどこに行ったのかと、

 問いただしたくなるような勢いである。


 抑え付けていた二段の手に、力が篭って行く。


「やめて! 乱暴しないで……。お願いだから返してよ……」

「何でそんなに返して欲しいの?」


 思わず俺は聞いてしまった。


 正直なところ察しはついているけれど、

 本人からの最後のダメ押しが欲しかった。


「私の、それは私の日記だから……」


 思った通りの答え。

 そう、この日記はこの人型スライムの物だったんだ。

 この魔物は――いや、この人(・・・)は、以前に俺達と同じように、

 迷宮に転移してしまった人。


 それを理解してしまうと、

 途端に同情心にも似た想いが芽生えてくる。


「……そっか。勝手に取っちゃって、ごめんね」


 俺はゆっくりと近づくと、

 残っている方の人型スライムの手に、

 そっと日記を握らせた。


 こういう物はあるべき人の手の中にあるべきだ。

 大事なものであるなら、

 そうであるべきだと思った。


 人型スライムは痙攣を起こしながらも日記を抱きしめると、

 泣きじゃくって、好きだった男の名前を言葉にし続けた。


「ああああ……光輝くん、光輝くん……助けてよぉ、嫌だよ。何で追いかけてきてくれなかったの……追いかけて来て貰って優しくして欲しかったの。汚されてしまっても大丈夫だよって言って欲しかったの。おかしくなっちゃったから、おかしくなったから、そういう時だから傍に居て欲しいの。……光輝くん、光輝くん……」


 俺も今だけは、ふざけた事や、

 茶化した事を考えられなかった。


 日記を持って帰ろうとしていた気持ちも、

 気がつくと既に薄れて無くなっている。


「……? 何だ? どういう事だ?」


 何も事情を知らない二段が、

 ただただ困惑している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ