31話目
少しくすんだ色味を持つ銀で出来ていたその指輪には、
小粒な緋色の石が填っていた。
ただの銀だと分かるリング台とは違って、
蠱惑敵な深みを感じさせる色合いの石に見えたけれど、
何の鉱石で出来ているのかは良く分からない。
取り合えず、後で鑑定して貰う事にしよう。
自分で使えそうなら使うけど、
使えなさそうなら売れば良い。
この不思議な魅力を持つ感じ、
仮に何かしらの特殊効果が無くても、
値打ち物に違い無い!
「いやぁ、お手柄だよ」
俺はエキドナちゃんの頭を撫でて褒める。
この場所を見つけたのは、他ならぬエキドナちゃんだ。
これを褒めずして何を褒めるのか。
「よしよし」
「ぎぅ……」
ひとしきりエキドナちゃんを撫でた所で、
お宝も手に入ったし、一旦引き返す事にしようと思う。
上の戦いがどうなったかも気にはなるし。
……そう言えば、あの日記どうしようか?
怖くなって途中で読むのをやめはしたけど、
一応持って行こうかな。
暇な時にでも、続きを読む事にしようか。
■□■□
「――お前は何なんだ? 人型スライムは他の場所でも出たと聞いている。それがボスじゃ無いかという話にもなったが、じゃあそうするとお前の存在は何なんだ? 聞きたい事は山ほどある」
「ら、乱暴な上に口うるさい男は嫌い――ぎゃのっ――うぐぐっ……」
「頼むから、早く答えてくれよ」
戻って来て、
おそるおそるに門の隙間から二人の様子を伺うと、
凄い事になっていた。
片腕片足を失った人型スライムと、
その人型スライムの後頭部を掴み、
詰問しながら延々と壁に打ち続けている二段が居た。
俺はこういう時、
どうすれば良いんだろうか……。
ひとしきり悩んだ後、
俺には出来る事も無さそうなので、
二人の会話を盗み聞きする事に決めた。
「最初の投擲で勇気を狙ったのも気になる。なぜ俺では無かった? あの隙間なら、俺も見えてただろう」
「……勇気? ああ、あの女の子の子」
「なぜだ?」
「ふ、ふふっ、それなら答えても良いわ。理由は単純よ、ムカついたから……」
最初に投擲して来たあのナイフ、
俺を狙っての一撃だったんだ……。
しかも、弱そうだからとかじゃなくて、
ムカついたからって……。
言っておくけど、初対面な上に出会い頭だよ?
どこにムカつく要素があるのか。
「彼氏に傍に居て貰えるなんて、まるで守って貰えてる見たいに一緒なのって、ムカつく……」
勘違いも甚だしい。
悪いけど、彼氏なんていう存在は俺には居ないし、
今の所もこれから先も出来る予定も無い。
しかし守って貰えてるみたいでムカつくって、
もしかして、このスライムはそういう存在が欲しいのかな。
見た目が女性形なのも関係しているのか、
案外乙女なんだね。
「――そんなくだらねぇ理由でか」
「そうよ。でも、どこも下らなくなんか無いわ! やっぱアンタもムカつく。お話に出てくる騎士見たいな面してるの、凄いイラつくの。だからすぐに標的をあの子からアンタに変えた。……私の気持ちなんて、アンタには一生分からな――」
「もう、その口を開くな」
二段はこめかみに青筋を幾つも作ると、
思い切り人型スライムを壁に叩きつけた。
どごん、と言うまるで漫画みたいな効果音がして、
壁に亀裂が入った。
二段のレベルは間違い無く俺以下だろう。
つまり0.1である。
なのに、その状態でこの惨事を引き起こしている。
初期ステータスに恵まれていたって可能性もあるにはあるけど、
こいつの場合は何となく元々がこれな気がする
素の状態でこの強さなのだ。
しかも、この状態からステータスを五倍に出来るスキルを持ってる。
二段はレベル上がったらどうなるんだろ……?
末が恐ろしい男だ。
「ははっ……もう、私も終わりかしら」
「残念だな。答えてくれるなら」
「助ける、って? そんな都合の良い話は信じないわ。いつだって、何だって、思い通りになんか行かないんだから。世界なんて理不尽だもの」
しかしこの人型スライム、
普通の人間なら喋る前に粉々になってる攻撃を食らって、
まだ原型を留めている上で、喋る事も出来ている。
頑丈にも程があるよ。
一層目で出て来て良い敵じゃないと思う。
ゲームバランスおかしい……いや、
ゲーム見たいな世界だけど、やっぱり現実でもあるって事なんだろう。
「それが答えか」
「そうよ。……どうでも良いけど、あなた本当に強いのね。スキルすら使われず倒されるなんて、思いもしなか――」
ふと、人型スライムと俺の目が合う。
いや、正確にはちょっと違った。
俺は人型スライムを見ていたけれど、
人型スライムの眼は俺では無くて、
俺が手に持っていた日記に向けられている。
人型スライムのただでさえ異様に白い肌が、
更に白さを増していき、
二段もさすがに様子がおかしい事に気づいて、
俺の存在を見つけた。
「勇気か。丁度良い時に出てきたな。もう終わる。……おい、暴れるんじゃねぇ」
「――それ、返して! それを返して!」
人型スライムが突然に暴れだす。
自らの終わりを受け入れていたかのような、
今先ほどまでの態度はどこに行ったのかと、
問いただしたくなるような勢いである。
抑え付けていた二段の手に、力が篭って行く。
「やめて! 乱暴しないで……。お願いだから返してよ……」
「何でそんなに返して欲しいの?」
思わず俺は聞いてしまった。
正直なところ察しはついているけれど、
本人からの最後のダメ押しが欲しかった。
「私の、それは私の日記だから……」
思った通りの答え。
そう、この日記はこの人型スライムの物だったんだ。
この魔物は――いや、この人は、以前に俺達と同じように、
迷宮に転移してしまった人。
それを理解してしまうと、
途端に同情心にも似た想いが芽生えてくる。
「……そっか。勝手に取っちゃって、ごめんね」
俺はゆっくりと近づくと、
残っている方の人型スライムの手に、
そっと日記を握らせた。
こういう物はあるべき人の手の中にあるべきだ。
大事なものであるなら、
そうであるべきだと思った。
人型スライムは痙攣を起こしながらも日記を抱きしめると、
泣きじゃくって、好きだった男の名前を言葉にし続けた。
「ああああ……光輝くん、光輝くん……助けてよぉ、嫌だよ。何で追いかけてきてくれなかったの……追いかけて来て貰って優しくして欲しかったの。汚されてしまっても大丈夫だよって言って欲しかったの。おかしくなっちゃったから、おかしくなったから、そういう時だから傍に居て欲しいの。……光輝くん、光輝くん……」
俺も今だけは、ふざけた事や、
茶化した事を考えられなかった。
日記を持って帰ろうとしていた気持ちも、
気がつくと既に薄れて無くなっている。
「……? 何だ? どういう事だ?」
何も事情を知らない二段が、
ただただ困惑している。