29話目
――汚い。
門の内側に入って、
俺がまず思った事はそれだった。
「ある意味生活感に溢れてるとも言えるけど……」
仰々しい門扉にしては中は意外と狭く、
12畳くらいの広さであり、
この空間のほとんどが、
紙の束や怪しげな道具で埋まってしまっている。
何だか前にテレビで見たことのある、
ゴミ屋敷を彷彿とさせるね……。
「……ん?」
足元に落ちていた紙を何枚か拾って、目を通して見た。
しかし、謎の文字が書き込まれているのが分かっただけで、
内容がまったく分からない。
日本語では無いし、かといって英語とかでも無い。
「はあ……」
取りあえず、読めないものは現状では仕方がない。
紙では無く道具を重点的に探して見る事にしよう。
「何か使えそうだったり面白そうなの見つけたら教えてねー」
「ぎぅ」
エキドナちゃんにも協力を頼み、手分けする事にした。
紙をどけて、何に使うのかも分からない壷を動かして、
ガサゴソと漁る。
羽ペンに赤い墨、ナイフ、瓶、蜘蛛の死体……。
何か以下にも怪しい魔術師みたいなラインナップだけど、
あの人型スライム、一体ここで何をしていたんだろうか……。
色々と気になってしまう。
特に赤い墨とか原材料が気になって仕方がない。
まさか人の血とかだったりして……。
……あのスライムは何なのだろうか。
他のと違って見た目や生活様式が人間を思い起こさせるし、
明らかな知性を感じると言うか。
喋れたりもするようだし。
「……そう言えば人型スライムって、DQNが見つけたのも居るんだっけか」
その人型スライムを、DQNが一人で倒すぜーってイキった結果、
俺らが巻き込まれて全員で迷宮内に繰り出してんだよね、そう言えば。
もしかして、さっきの人型スライムは、
DQNが見つけたヤツと同一固体なのかな?
いや、仮にそうだとするとDQNが殺されてる事になる。
違うと思いたい所だ。
うーん……。
人型になるのは、スライムの進化の一つの可能性とか?
「……」
駄目だ。
考えてもまったく分からないや。
俺はどうしようも無い事を考えるのは止めて、
再び部屋の中を漁り続ける事にした。
床に散らばっている紙も逐一どけて、
その下を確認する事も忘れない。
でも、使えそうなモノが特に見当たらないと言う……。
思わずため息をつきたくなる成果だよ。
ちょっと精神的に疲れる。
近くに椅子があったので、俺はそれに腰をかけた。
すると、尻に違和感が。
「何か置いてたのか……」
尻で踏み潰してしまったそれを、
やれやれと手に取って見る。
薄汚れた帳面だった。
「ノートねえ。どうせまた読めない文字で――ん!?」
何の気になしに帳面を開いて俺は驚く。
帳面の中身が日本語で記述されていたのだ。
というか日記だった。
「……うーん」
唸りながらに、俺は食い入るように日記を読み始める事にした。
ひとまず読めるのだから読んで見よう。
■□■□
○月×日
今日は不思議な事が起きたの。
学校で学年集会をしてたんだけれど、
気ずいたら変な洞窟の中に居た。
教師含めて百人以上の全員がだよ!
しかも魔物は出るし、スルキやステータスもあるしで、
まるでゲームの世界みたいな所。
ゲームは好きだから、ちょっと楽しみかな?
……そう言えば、お家帰れないと、
お父さんとお母さん心配するかもっては思ったけど、
クリアすれば帰れるだろうか、大丈夫だと思う。
ファンタジーなお話の定番だもん。
たぶん一番最深部にラスボスが居て、
それを倒せば元の世界に戻れる~的な。
こうゆうのって、
一人なら心細かったかもだけど、皆も居るし、
何より大好きな光輝くんも居るから絶対なんとかなるよ!
それにしても、日記帳とペンを肌身離さず持ってて良かったぁ。
日記は趣味だから、書けなくなるとちょっと寂しいもん。
△月●日
昨日あたりから、お腹が減ったと言い出す人が増えたよ。
転移した直後は興奮してたから、あんまり気にしなかったけど、
確かにお腹減ったなあって私も思った。
でも、食べ物なんてどこにも無い。
ぎゅるぎゅるお腹が鳴る。
うぅ、恥ずかしい。
お腹が鳴るなんて、光輝くんに知られたら幻滅されちゃう……。
って思ってたんだけど、既にバレてた。
ぎゃー!
聞かないで!
顔から火が吹き出そう……。
……でも、光輝くん特に嫌そうな顔一つしなかった。
それ所かぽっけに入ってたお菓子を「食べろよ」ってくれた。
優しい。
そういう所が好き。
ただ、持ってたお菓子がおかきなのはどうかと思う。
センスがお爺ちゃんとかお婆ちゃんだよ……。
まあすぐに包装破って食べたけど。
美味しかった。
ちなみに、この後クラスの女子のボス格から呼び出し食らった。
光輝くんと何を話してたのか問いただされたけど、
何でもない気のせいだよってシラをきった。
光輝くんモテるもんなあ……。
■月◇日
やっぱり食べ物の問題に行き当たる。
食べ物が無さすぎて、皆もう限界が近いのだ。
そして、魔物を食べる事に決まった。
誰が言い出したのかは分からないけど、
これしか食べる物が無いじゃんってなって。
火を出せるスキルを持ってる子が居たから、
とりあえず火は通したけど……正直食べたく無い。
でも食べないと餓死しちゃうし……。
そうやって結構悩んだけど、結局は私も食べた。
不味かったけど、生きる為だもん……。
ちなみに、自分では気づけなかったけど、
食べてる時に私は泣いてたっぽい。
光輝くんが泣くなよって慰めに来てくれて、
それで分かった。
光輝くんが近くに居てくれると、
凄く落ち着く。
安心出来ちゃう。
……ちゃんと元の世界に戻れると良いな。
▽月◎日
死んだ。
同級生の一人が、今日、死んだ。
相手はでっかい鬼みたいな魔物だった。
あんまり知らない同級生だったからか、
悲しみは無かったけれど、
かわりに不安が一気に押し寄せてきた。
私もああなるのかなって。
今までは順調だと思ってた。
皆でならなんとかなるって。
レベルもそこそこ上がってきたし、
全員で頑張れば、今までもなんとかなってきたから。
でも同級生は死んだ。
一撃で肉塊になって、あっけなかった。
鬼の魔物は何とか倒せたけど、
血肉の破片になった同級生を見て、
吐いた子がいっぱい出た。
私も気持ち悪くなって、たくさん吐いた。
胃酸が逆流して、喉が焼きつくようで、
涙もいっぱいいっぱい出てきた。
帰りたい。
帰りたいよ。
お父さんとお母さんに会いたいよ……。
そう思っていたら、
とつぜん光輝くんが抱きしめてくれた。
優しい温もりだった。
寂しくて悲しいこんな時に、
そうやって甘えさせてくれるなんて、
私もう引き返せないくらいに、
普通じゃないくらいの好きになっちゃうよ……。
■□■□
間違い無い。
この日記の著者は女性、それも俺らと同じくこの迷宮に転移した人だ。
文章から察するに学生かな。
「……でも、魔物を食べるって」
軽い書き方の文ではあるけれど、
内容は随分と衝撃的だ。
魔物を食べたり、同級生が死んだり。
食事に関しては、俺はまだ恵まれていたかな。
施設をすぐに見つけられたワケだし。
おそらく日記の著者の団体は、
この時点ではまだ施設を見つけてはいなかったんだ。
同級生が死んだ、に関しては、
どう捉えたら良いのかが分からない。
いつかは俺たちにもそういう事が起きる可能性がある、
それだけは分かるけれど。
ちなみに頻出する光輝くんに関しては、
なんとも言えない。
好きな男だったのは分かるけど、
光輝くんがどんな人なのか、そもそも誰なのか俺知らないし。
「とりあえず、続き読も……」
俺は次の頁をめくる。
ここから、何やら紙がおかしくなっているようだ。
くしゃくしゃになっていたり、
滲んだ水が乾いた後のようになっている。
もっともその原因は単純明確で、
ここから先に書かれた内容を見て分かった。
日記の続きには、著者の女性が男に襲われた事についての記述がある。
人型スライムは言ってましたね。
「女が男に襲われるのは恐怖でしか無いけれど」と。
どうでも良いけど、光輝ゥウウウウ!