27話目
帰る手段は失われてしまった。
入り口であった場所は、いくら触っても睨んでも、
通り抜けられるようになんてならない。
「これは仕方がない、仕方がないよ、進むしか無いよね……」
「何か嬉しそうに見えるのは気のせいか?」
「気のせいだよ」
「そうか」
まあ、とにもかくにも、
前に進む以外に出来る事は無いので、
俺らは前に進む事にした。
二段が前を歩き、
その一歩後ろを俺がついていく。
前に立たせる形になってしまって、
二段には申し訳無いなと思うけど、
俺が先頭よりも絶対マシだもの。
だから、この位置で良いのです。
「……変なのが出て来なきゃ良いがな」
「二段がやっつけてくれるでしょ?」
「そりゃあ、全く腕に覚えがねぇってワケじゃないけどよ、何事も絶対は無い」
何とも後ろ向きな考え方だこと。
いや、慎重なだけかな?
元々の性格がそうなのか、
それとも、外れスキルでも手にしたか。
「根拠の無い自信は持たない主義なんだ」
聞いても無いのに、
俺の心中の問いに対する答えが出てきた。
人の心を読まないで欲しいねえ。
というか、なんで俺の考えてる事分かった?
「もしかして人の心を覗くスキルとか持ってんの?」
「お前はすぐに顔に出る。分かりやすい。……俺のスキルはそういうのじゃないな」
「ふーん。どういうスキルなの?」
「凄い単純なスキルだぞ。【懇篤な人狼】って言ってな、制限時間つきで魔力関係以外のステータスを五倍に出来る」
どうやら二段のスキルはシンプルに強い系らしい。
そう言えばこういう単純なスキル、
意外にも初めて存在を聞いた。
催眠がどうとか麻痺させるのがどうとか、
拷問器具が出て来ちゃったりとか、
そんなスキルを見る機会ばかりだったし……。
「ただ、まだ試してねぇから何とも言えないが……使うと姿が変わる見たいでな」
ん?
どういう事?
「制限時間中、人狼化しちまう」
なん、だと……。
それって大丈夫なのか?
諸刃の剣的な雰囲気を感じるぞ。
「……バーサク状態とかにならないよね?」
「そうはならないようだ。あくまで体が人狼化するだけだとさ」
二段の視線が宙を向いている。
多分スキルの説明欄見ながら喋ってるな、これ。
しかし、本人は呑気に構えてるけど、
何だか微妙に怪しい後遺症とか残りそうなスキルに思える。
「あと書いてある事は、スキル値が増えれば、人狼化していられる時間が伸びるくらいか」
「本当に? それだけ?」
「それだけだ。最後に?がついてて読めない行があるが、気にしてもしょうがねぇだろ読めない部分は」
……。
…………うーん。
怪しい。
けどまあ、本人が気にしてもしょうがないって言ってるし、別に良いか。
変に勘ぐって不安にさせるのも嫌だし、
それが原因で仲が拗れるのも嫌だ。
大丈夫でしょ。
「何か見えてきたぞ」
話を切り上げたタイミングで、二段が視線を前方に向けた。
何かあるそうなんだけど、俺にはまだ薄暗くてハッキリ見えない。
俺もそこまで視力が悪いわけじゃないので、
おそらく、二段の目がかなり良いって事なんだと思う。
それから、徐々に近づくにつれ、
俺の目にも次第にそれが何なのか見えてきた。
そこにあったのは扉だ。
いや、扉というよりも門と言った方が良いかも知れない。
大きく太い閂で塞がれ重厚な存在感を放つそれは、
どことなく、歴史の教科書なんかの写真で見る、
城門のようなものを思い起こさせる。
まあともあれ、とりあえず中に入ろう。
ここで立ち往生をするわけにも行かないのだ。
俺と二段は二人で閂を外しはじめる。
「……こういうのって、何かボスとか居そうだよね」
「ボスは小林が相手してる魔物なんじゃねぇの?」
「かも知れないってだけじゃないの?」
目下の所、ボスとされているのは、
DQNが戦ってるとか言う人型のスライムだ。
でも、それがボスだとは限らない。
あくまでボスっぽいってだけで。
「それもそうだな」
そういう話合わせてくれるのって、
良い事だと思うよ。
心の中ではどう思っているのか知らないけど、
大事な事だ。
はてさて、まもなくして閂を外し終わり、
二人掛かりで扉もとい門を押し開ける。
ギィイイイ、と軋む音が辺りに響いて――
「――おっと、危ねぇ」
「ぐえっ」
ジャージの後ろ襟を二段に掴まれ、
思い切り引っ張られた。
な、何するんだよ!
この通路に入った時みたいな、
カエルが潰れた時に出すような声がまた出たじゃないか!
うぅ、と俺は思わず二段を睨む。
「……そう怖い顔をしてくれるな。一応、助けたんだぞ」
「何がだよ」
「あれを見ろ」
二段は壁を指差す。
そこは確か、俺が門を開ける時に立っていた場所から見ると、
後ろに位置する場所である。
そこに、ナイフが突き刺さっていた。
いつの間に……。
「……全然気づかなかった」
俺がそう呟くと、すぐさまにエキドナちゃんが顔を出した。
エキドナちゃんは一瞬驚いたような表情を見せた後、
壁に突き刺さった刃物を見て、どこか申し訳なさそうな表情になった。
もしかして、気づけなくて申し訳無い、って言いたいのかな?
「大丈夫だよ」
俺はエキドナちゃんの頭を一撫でする。
二段に助けられたとは言え、今回は無傷だったので、
別に気にしてないからね、と行動で伝えたつもりだ。
エキドナちゃんも俺の気持ちが分かったようで、
ほっとしたように眼を細めた。
「――おい、今は蛇と戯れてる場合じゃないぞ。それより、中に何か居る。罠で刃物が飛んできたって感じでは無いな」
戯れているわけでは無く、
純粋な日頃からの感謝に対して――はい、すみません。
命拾いした直後だと言うのに、
緊張感が足りなかったかも知れない。
「……少し後ろに下がってろ。出てきた瞬間、邂逅一番に一発食らわせる」
二段の両拳から、ごきり、と音が鳴る。
ヤバイね。
たぶん二段は自分が吐いた言葉に嘘偽り無く、
出会い頭に本気の一発食らわせるつもりしてる。
俺は言われた通りに後方に下がった。
だって、今の俺だと間違い無く足手まとい確定だし……。
張り詰めたような空気がこの場を支配しはじめ、
俺の額にも、うっすらと冷や汗が浮き出はじめた。
十秒、二十秒……一分と、半開きになったままの門を注視しつつ、
その場からは一歩も動かない。
一種の緊張状態だからなのか、体感時間が異常に長く感じる。
しかし、終わりは訪れた。
ぎぎぎっ、と門を押す音が響いた。
その中に居る何者かが、こちらに注意を向けつつ、
ゆっくりと歩みだして来て――
「悪く思うな」
――ミチミチィと肉を押しつぶすような音が聞こえて、
こちら側に入ってきた何者かがぶっ飛ばされた。
振りぬき終わった拳を見てから、それらは二段が殴った結果だったんだと、
俺はようやく気づいた。
……い、いやあ、確かに邂逅一番に一発っては言ってましたけども、
ちょっと殴るの早すぎません?
二段をどこかで脱落させるべきか否か。
ちょっと強くし過ぎました。
パワーインフレを気にすると、居て欲しくないキャラではある……。
まあ一応スキルに?で現在未判明の爆弾くっつけてますんで。