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23話目

 母親の顔がぼんやりしている。

 ふと振り向いた、子どもの頃の自分の顔も、

 薄ぼんやりとしていて……。


 空気も玩具も、何もかもがハッキリとした彩色で形作られているのに、

 この二人の登場人物の像だけは確かでは無いんだ。


 思えばこの時俺は何を考えていたんだっけか。

 どんな表情をしていたんだっけか。


 俺は記憶の蓋を無理やりこじあけようとする。

 けれど、上手くは行かなくて。


「……駄目だ。分からない」


 考えはじめると、なぜか頭が痛くなるんだ。

 もしかしたら記憶に蓋をし続けた事によって、

 本当に忘れてしまったのかも知れない。


 ……でも、もしもそうならば。

 何で今になって夢になんか見てしまうんだろうか?

 分からない事、

 忘れてしまう事、

 それをなんで今になって。


 いや、理由なんて多分一つしかないだろうに。

 今の俺は体が女になっている。

 だから、この時の事を夢に見てしまっているのかもね。


 そう言えば、夢は記憶の整理という説があるらしい。

 女になってしまった事で、

 何かしらの情報や記憶の整理が、

 俺の頭の中で行われているのかも知れない。


 しかし、こうも夢に見てしまうと言う事は、

 この時の事を思い出してしまうと言う事は、

 小さい頃の俺は、もしかして女の子になりたかったんだろうか?


 もう一度、俺は幼い自分の顔を見てみる。

 けれど映るのは、相も変わらずのぼんやりとした表情だ。

 認識が出来ない。


 小さい俺は、動物のお人形とお家でずうっと遊んでいる。

 それを母親が見ていた。

 表情が分からないが、頷いている所を見るに、

 きっと母親は満足しているのだろう。


 ……思えば、母親との思い出もこれぐらいしか無かったな。

 この後すぐに、母親は亡くなったのだ。

 買い物途中の交通事故だった。

 あっけない終わりだったよ。


「……」


 ところで、俺の父親と言う人は、

 母親の俺への過剰な女の子らしさの押し付けを、

 良くは思っていない人だった。

 ただ、病的なまでだった母親を敬遠して、

 注意する事から逃げ続けても居たけれど。


 まあでもだからこそ、そんな父親からすれば、

 母親の死はきっと僥倖だったんだと思うよ。


 その証拠に、父親は母親が亡くなると同時期に、

 俺に植え付けられた女の子らしさを取り払って行ったから。


 父親には、母親の死を悲しんでいる様子は一切無かった。

 そこまでの愛情を感じては居ないように見えて、

 何の為に結婚したんだろう、と疑問を感じる程だったね。

 いや、最初は愛もあったのかも知れない。

 ただ、おそらくは途中から失ってしまったんだ……。


 まあ、とにもかくにも、父親のそんな成果もあって、

 ある程度大きくなる頃には、俺も普通の男の子になっていた。


 それは、俺が望んだ事でもあったような気がするし、

 逆に望んでいなかった事のような気もするけど。


 断定する事が出来ないのは、

 ただでさえ昔の事な上に、

 そもそもが蓋をした記憶の事だから、

 もう分からなくて。


 俺が今この夢に見ているのは、

 そう言えばこういう事があったなって言う、

 出来事と言う事実のみを映しだしているのであって、

 その時の俺の心情は霧消しているのだ。


 最後にもう一度だけ、

 俺は幼い自分の顔を見る事にする。

 

 けれどもそこに映ったのは、

 やはり先ほどと何も変わる事の無い、

 ぼやけてしまったのっぺら坊のような表情だけだった。


 ………………。

 …………。

 ……。



■□■□



 目が覚めてから、

 俺は何か夢を見ていた事を思い出した。

 内容は良く覚えてないけれど、

 忘れた方が良いような夢の気もするし、

 忘れない方が良いような夢だった気もする。


 まあ所詮は夢なのだから、

 どうでも良いんだけど……。


「ふぁあああ……」


 大きく欠伸をする。

 疲れはだいぶ取れた感じがある。

 やはり簡素とは言え、

 寝具できちんと寝るのは大事な事のようだ。


 俺は自分の意識が完全に戻るのを確認してから、

 朝食を取り次第、早々にここを出る事に決めた。


 もう少しゆっくりして行きたい、

 そんな気持ちは当然あるけれど、

 お金を稼ぎに行かなければならないのである。

 今の俺の残高はかつかつだから、

 お金を稼がないと、今度の睡眠は土の上になってしまうのだ。


 ベッドの上を味わってしまうと、

 それが無い生活と言うものが、

 想像するだけでも怖く感じてしまうね……。


 もそもそと着替えを終えると、

 俺はとっとこ朝食を食べに向かう。

 朝食はビュッフェスタイルだったけど、

 客は今の所俺しか居ないので、一人でぽつんと食べる。


「……」


 物静かな時間は嫌いでは無いけど、

 これはこれで、あんがい寂しいね。

 盛り付けを頑張って見たり、色とか形を華やかにしてみたけど、

 やはりどこか虚しい。


 うーん。

 どうしたものか……。

 あっ、そうだ。

 エキドナちゃんを呼んで見よう。


 俺は異空間からこっそりエキドナちゃんを呼び、

 膝の上に乗せると、一緒に食事を取る事にした。


「ぎぅ」


 エキドナちゃんが嬉しそうに朝ごはんを食べはじめる。

 その姿を見ると、何だか俺の心もほっこりしてきた。

 よしよし、とエキドナちゃんの頭を撫で撫でしつつ、

 気がつけば食事も終わった。

 

 一人で食事するよりも、

 やっぱり誰かと一緒の方が心には良いと思う。

 特に美味しそうに食べている相手の顔を見ると、

 こっちも嬉しくなってくるし、

 時間が過ぎるのも早く感じる。

 不思議だねえ。



 ちなみにこれは余談だけれど。

 実は最初、朝食の場所が分からなくて、

 ちょっと道に迷ったりした。

 ここだけの話だ。

 内緒だよ。



■□■□



 一晩が過ぎて、クラスメイト達も、

 多少はマトモになっててくれば良いけどなあ……。


 なんて、そんな気持ちで俺は迷宮まで戻った。

 けれども到着して見ると、何だか不穏な空気が充満している。

 皆で集まってる上に、

 凄く剣呑とした表情になっていたのだ。


 何だよ。

 また何かあったの?


 俺は取りあえず気づかれないように近づきつつ、

 聞き耳を立てて見る事にした。


「……階段の下に、本当にボスらしきスライムが居たのか?」

「ああ、見たんだ。前に話で出た階段と同じ階段かどうかは分からないけど、ちょっと興味出て降りて見たら人型のスライムが居た。奥の方に豪華そうな扉が二つあったし多分ボスだと思う」


 どうやら、ボスモンスター的なのが居たらしく、

 その場所が判明したらしい。

 俺が宿で休んでいる間にも、

 班によっては探索が既に始まっていたようだけど、

 それはこの際どうでも良い。

 まあとにかく、中々に有益な情報が入ったようで、

 だからこその真面目な面持ちだったようだ。


 しかし、


「それで、小林が単機特攻かましたと?」

「そうだよ。自分のスキルなら多分行けるし、ボス戦は何か良いアイテム出るかも知れねぇじゃんとか言って……」

「お前らは小林置いて来たのか」

「だって……本人が一人で良いって言ってたし」


 ――話がおかしい方向に行きはじめる。


 どうやら探索中に発見したボス相手に、

 単機特攻かました馬鹿が居るようで、

 その情報を持ち帰って来た班は、

 そいつ一人を置き去りにしてきたとか何とか。


 特攻かました馬鹿は小林らしいけれど、

 周りを見てみるとチャラ男の方の小林は居た。

 チャラ男は俺と目が合うとピースして来たから、

 取りあえず無視しておいた。


 しかしチャラ男では無いとなると、

 DQN小林の方か。

 でもあいつには確か、仲間とかも居たと思ったけど……。

 ああそうか、仲間は別の班に居るのか。


「――ちっ」


 別の班に散り散りになってたDQN小林の仲間達は、

 話を一通り聞いた後に眉根を潜めると、

 置き去りにしてきたと言うクラスメイトを睨み付け始めた。


 まあ、自分の友達やら仲間を無碍にされたと感じれば、

 そうなるよなあ。


 何だかクラスメイト達から、

 無言の緊張感や対立感のようなものが出始めていた。

 一致団結しなければならない中で、

 こんな状態になるなんてね……。


「うーん……」


 さすがにゴリも頭を抱えている。

 今のいままで問題しか起きてないし、

 だいぶキテるんだろうなあ。


 何だか色々とギスギスしているけど、

 取りあえずDQN助けに行かなくて良いのかな?


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