22話目
今日は色々とありすぎて、
その結果俺は疲れたし、
クラスメイト達も疲労の色を隠しきれてはいない。
もっとも、俺はこれから宿で寝る事が決まっている。
だから、疲れはそこまで酷いものにはならないと思う。
ただその一方で、クラスメイト達はお金が無いのでそうも行かないらしく、
交代で見張りを立てながら寝入るらしい。
多分、疲労は取れないだろうな……。
なんては思ったけれど、
まあでも、俺がそれを考えた所で、
状況が改善するワケじゃない。
だから、その話を聞き終わると同時に、
俺は急いで宿まで向かう事に決めた。
先ほどの問題も冷めやらぬ中でもあるので、
今はクラスメイト達と一緒にいても、
良い事は何一つ無いだろうし、
それに何より、今は納得してくれていても、
やっぱり俺だけ普通の所に泊まるなんて、ズルい、
とか思いはじめるヤツが出てきても困る。
少しの間だけでも、距離と時間を置いた方が良い。
俺にもクラスメイト達にも、それが必要だろうと思う。
ともかく、一夜過ぎればある程度は良くなっているだろうと、
俺は祈る思いで足早に進んだ。
すると、すぐに宿に着いた。
先ほどと変化の無い、
にこにこ営業スマイルのフロントマンが見えてくる。
「あの、部屋にもう入っても良いですか?」
「大丈夫ですよ。こちらの鍵になります」
フロントマンから「101」と書かれたタグのついた鍵を受け取ると、
さっさと部屋の中に入る事にした。
狭い部屋だって話だったけど、どんな感じかね。
「……うおっ、本当に狭いや」
部屋の中に入って、
支払い前のフロントマンの言葉に、
ウソ偽りは無かったんだなと実感する。
簡素なパイプベッド、それとテーブルとクローゼットが一つ。
たったこれだけの設備なのに、
マジやばたにえんな状態を感じさせる、
そんな圧迫感がありました。
まあ、言葉通りに狭い部屋だったのですよ。
「……うーん」
特にはしゃげるような客室でも無いので
俺は暇つぶしに備えてあったアメニティの確認をしてみる事にした。
歯ブラシやヘアブラシ、
それにタオルなんかがテーブルの上に置いてある。
最低限のものは揃えてあるようで、
ちょっと感心する。
異世界の迷宮の中の宿だから、
ベッドしかありませんハイ終了、な可能性も考えてたので、
良い意味で想像を裏切られて良かった。
……ところで、タオルがあるって事はお風呂もあるのかな?
大きさ的にバスタオルだし、
まさかこれが洗顔用だなんては思えない。
「って事は――。よし、クローゼットの中も見てみるか」
もしやと思い、俺はクローゼットの中を開けてみる。
するとありましたよ。
ナイトウェアが。
絶対お風呂あるよこれ。
そこまで汗を掻いていたわけでは無いけど、
お風呂があるなら入りたい、
そう思ってしまうのは、
逆らえない人の心というものでは無いでしょうか。
「部屋の中には絶対無いから、大浴場とかなのかなあ?」
少しわくわくしてきた。
■□■□
「ふぅ、気持ち良い」
俺の声が広い浴場内に木霊する。
白い湯気が立ち込め、ほんのりと蒸気が頬を撫でてきて、
化粧もしていないのに、俺の顔色が少し薄紅色になった。
はい。
お風呂、大浴場だけどありました。
女湯だけれど、客は俺しかいないから、
ほぼ貸切状態で少し嬉しい。
まあ今となってはどうでも良い事だけど、
大浴場見つけた時に、
体的に女湯に入らなきゃ行けなかったから、
本当に入って言いのかなあとか結構悩んだ。
でも思い返して見れば、
施設全体のお客は今のところ俺とクラスメイト達だけで、
その中で女の体なんて俺だけなんだから、
何も躊躇う必要なんて無かったのにね。
きょろきょろ辺りを見回しながら、
様子を伺いつつ中になんて入らなくて良かったんだよ。
何でそこに気づかなかったかなあ、俺。
「まあ、過ぎ去った事はどうでもいい」
ふふーん、と鼻歌交じりに、
俺は広い大浴場を独占する楽しみに興じる。
そう言えば、備え付けのシャワージェルの香りが少し良かった。
浴槽に入る前に一度体を洗ったけれど、
最後にもう一度それで洗ってから上がる事にしよう。
「……しっかし、女の体ってやっぱり柔らかい、よな?」
自分の二の腕や太ももをぺちぺちと触って見て、俺はそう思う。
これは体を洗う時にも感じた事だけれど、
別に太いわけじゃなくて、むしろ少し細めだとは思うんだけど、
それでも体というか、肌というか、とにかく柔らかさを伴っているのだ。
男だった時とは、明らかに違う自分の体。
下着を買う時にも見て理解してしまった事だけれど、
こうしてゆっくりした時間を得てしまうと、
俺はどうしてもその事を考え始めてしまう。
「……でも、こんな事考えても何も解決しないよね。そうだ! 封印! 封印しよう」
俺は自分の頬を軽めに叩くと、
今の自分の状況について解決を求める事に、
封する事にした。
今の俺の体はどうしようが女なのだ。
これは変えられない。
なら、それに抵抗を覚えても意味が無いのだから。
だから少しずつ受け入れて行くしかない。
俺が元々は男なのだとしても、
周りがその事に寛容な理解を示して、
男として扱ってくれるとは限らない。
それは既に子豚の件でも分かった。
はしたないとは知りつつも、
俺は湯の中に自分の顔を埋めて、
ぶくぶくと泡を作った。
■□■□
その日、俺は夢を見た。
寝入ってから、夢を見た。
俺の眼前に映っているのは、小さな子どもの背中だった。
女の子の格好をしていて、動物のお人形が住人の玩具の家で遊んでいる。
……なぜだろう。
この光景に俺は見覚えがある。
でも、思い出せない。
思い出せないんだ。
まもなくして、女の子の母親が現れた。
夢のせいか、その顔がおぼろげでハッキリとは分からない。
その母親は子どもに向かって言った。
「それで良いのよ」
「これで……良いの?」
「そうよ。女の子だもの。だから、こういうので遊ばないといけないの。あなたは女の子よ」
「僕は、女の子? でも――」
「女の子よ! ねえ、動物のお人形さんとお家で遊ぶの楽しいでしょう? ……あのね、私は女の子が欲しかったの。だからあなたは女の子。ほら、女の子の格好すると凄く可愛いじゃない。他の人もそう思ってるのよ。他の人からいつも何て言われてる?」
「可愛い、って……」
「ほら。そこいらの女の子より、ずっとずうっと可愛いんだから……。ねえ、勇気」
ああ、そうか。
この女の子は俺だった。
ああ、そうだ。
思い出せないんじゃない。
思い出さないようにしていたんだ。
思い出さないように、
完全に完璧に蓋をして、
忘却したハズの、俺の過去。
……。