20話目
【歪な片思い】。
それがゴリのスキルの名称らしい。
形容し難い恐怖を駆り立てるようなスキル名だけれど、
どんな効果なんだろう。
「へっ、大した事無さそうなスキル」
子豚が何だか強がっている。
頼むよ、ゴリ。
こいつを恐怖のどん底に突き落としてくれ。
「そうか。何でも良いんだが、本当の事を言えよ」
「だーかーらー、なんでそんな事――」
ゴリがスキルを使うと同時に子豚の顔が驚愕に染まる。
いや、子豚だけじゃなくて、
俺を含めたクラスメイト全員が言葉を失っていた。
そこに現れていたのは、鉄面皮を持った人型の箱だった。
確かこれは、鉄の処女とか言う拷問器具だったと思う。
それが宙に舞っている。
これは……。
た、確かに恐怖のどん底に突き落としてくれと思ったけど、
いくらなんでもこれは……。
鉄の処女は、錆付いたような軋む音を響かせながら、
ゆっくりとその前面を開く。
すると、その内部には金属製のような針が無数にあり、
それは飛び出たり元に戻ったりを繰り返している。
「あっ、あっ……」
子豚が声にならない声をあげた。
でも、そりゃそうだ。
こんなん出てくるなんて思いもしない。
くらうワケじゃない俺だってビビッたもの。
「安心しろ。人が入れば、針は一旦出なくなるようだ」
ようだ、って……。
まさかとは思うけど、俺の知らない内に、
誰かで試したりしてないよね?
いや、スキルの説明欄見ただけか。
「このスキルは答えを間違えると針が出るようになる。黙っていると言うのも無しだ。それ自体が答えと言う解釈になるようだからな。制限時間は俺が決めれる。そうだな、今回は一分にしよう」
ゴリが言い切ると、鉄の処女は風を吸い始めた。
不思議な事に、その吸い込みは俺らには何の影響も無く、
ただ子豚のみが引き込まれていく。
恐らく、現象を対象のみに限定する事が出来るのだろう。
ところで、ゴリの言い方から察するに、
答えを間違えれば針が出ると言う事は、
嘘さえつかなければ無傷で解放されるって事か。
「やだっ、やめてっ、死にたくないいい」
「嘘を言わなければ良いだけだ」
「ふざけんな! ふざけんな!」
子豚は必死になっていた。
懸命に地面に爪に付きたてて、
吸い込まれないように抗っている。
……まあ、気持ちは分からないでも無い。
嘘さえつかなければとは言っても、あの中に入れられるとか、
死しかイメージ出来ないよ。
「ぐううううっ!」
儚い子豚の抵抗をあざ笑うかのように、
鉄の処女はあっという間に子豚の体を飲み込むと、
開く時とは対照的に、目にも留まらぬ速さで扉を閉めた。
――あまりにも、怖すぎる。
正直、このスキルを持つのがゴリで良かったと思う。
本格的に性根が腐ってるようなヤツには、
持たせたらいけない類のスキルだよ、これ。
『出せぇええ! 出せえええ!』
子豚の声が金属を響かせている。
出せとは言うが、これもうどうしようも無い。
スキルを行使しているゴリ自体が、
どこか決意を固めたような表情をしているのだから。
「スタートだ。さて、答えて貰う」
『……何が答えだ! この世界から戻れたら、お前絶対PTAや教育委員会に訴え出るからな! 失職も覚悟しとけよ!』
威勢が良い言葉に思えるが、良く聞くと涙声なのが分かる。
だけど、俺はかわいそうだとは全く思わない。
クラスメイト達も俺と同じなのか、その表情にはゴリのスキルへの畏怖はあっても、子豚への同情の色は全く見えなかった。
ただ、一人だけ……スキルを使ったゴリ本人だけは、
少し辛そうな顔をしていた。
多分スキルを使う前に喋って欲しかったんだろうね。
「最初の質問だ。なぜ、お前はスキルを使って皆の意識を奪った?」
『……』
「どうして黙る? 頼む。お前だって生徒の一人なんだ。命を奪いたくは無い」
『そう思うなら、さっさとこのスキル解けよ』
「それは出来ない。今の段階では発動したら解除が出来ない。スキルが強くなればまた別のようだが」
『今回の件、絶対俺忘れねぇからな。お前マジで覚えて――あがあああっっ!!』
突然子豚の悲鳴が上がる。
中の様子を伺う事は出来ないが、すぐにその原因は分かった。
鉄の処女の足元から、ぽたり、と一滴ずつ赤い液体が流れ出てきている。
つまり、針が子豚の体を突き刺し始めたのだ。
どうやら、制限時間内なら何もなく無傷ってワケでは無いらしい。
答えるにしても、さっさと喋らないとどんどん痛めつけられていく仕様の様だ。
一旦針が出なくなるって話だったけど、それは始まるまでの話なのか。
これじゃあ一旦じゃなくて一瞬だよ。
物騒過ぎる……。
『足がああっ、足がっ、痛ぇ――痛ぇよぉおお!』
「言い忘れたが、制限時間が来るまでの間にも死なない程度に針が飛び出て行く。時間が過ぎるか、嘘をつけば、その瞬間に全てが飛び出てくるがな。……なあ、本当の事を言ってくれ」
『分かったよぉ、分かった。言うからあああ!』
傷害を与えられて、子豚が急に素直になる。
それから、ぺらぺらと本音を喋りだした。
■□■□
どうやら子豚は、
エロスライムの時に、慌てて下着姿になって俺を見た瞬間、
自制のタガが外れてしまったらしい。
眠らせた後、俺を襲って犯すつもりをしていたそうなのだ。
クラスメイト達も巻きこんで眠らせたのは、
邪魔されないようにする為だとか。
そして、子豚のスキルは【甘美なる催眠】と言って、
睡眠を誘う匂いを広範囲に撒き散らせるものだそうです。
うん。
あのお菓子みたいな匂いの発生源は子豚のスキルだったって事だね。
……子豚のスキル、使われると随分面倒そうなスキルに思ったけど、
色々と制約があるそうで、気を確かに持たれたりネタがバレてる場合、
格段に成功率が低くなるらしい。
なるほど、頑なに自らのスキルを言いたがらなかったのは、
そのせいだったようだ。
ってか、成功率を上げる為に言いたくないって事は、
こいつやっぱ再犯する気満々だったって事じゃねーか……。
『ううっ、もう全部言った。痛ぇよ。痛ぇよ。足だけじゃなくて、肩とかわき腹にも突き刺さってんだよぉおお』
「分かった。もう聞く事は無い。質疑応答は終わりだ」
ゴリが終了を宣言する。
すると、鉄の処女が再びゆっくりと開いて、
体の所々から血を滲ませている子豚が放り出された。
泣きながら呻く子豚を見ると、失血だけでは無く失禁もしていたようである。
下半身がじわりと濡れていた。
よっぽど痛くて怖かったんだろうね。
でも、コイツがやろうとした事を考えると同情もしたくないから、
何とも思ってないけど。
倒れている子豚を、俺は何とも言えない表情をして見やる。
何を考えているかは分からないけれど、
クラスメイト達もゴリも何も言わなかった。
しばらくの間、子豚の呻き声だけがこの場に流れる……。