19話目
「くそっ、いい加減にしろ! この蛇――っ、ゆ、勇気」
噛み付かれていたクラスメイトは、
エキドナちゃんを振り解こうと必死になっている内に、
俺の存在に気づいた。
「いやっ、その……別に何かしようとか、してたワケじゃないからな?」
クラスメイトは俺を見るや否や、
目を泳がせて動揺した。
それを見たエキドナちゃんが、戦うのを止めて俺の前に来た。
「……何があったの?」
状況が全く分からないので、
取りあえず聞いてみる事にした。
まあ正直この状況の理由なんて、
たった今、俺を庇うように前に立ったエキドナちゃんの様子で、
感づいてはいる。
一瞬でも寝ていた俺をどうこうしようと思ったのだろう。
気持ち悪い。
ただ、気持ち悪い事は気持ち悪いけれど、
一応話くらいは聞く事にしよう。
何せ、俺はこのクラスメイトとはあまり話しをした事が無い。
だから万が一、俺の勘違いや思い違いだったとしたら悪いから、
念のためにね。
「いやっ、何がって、突然その蛇が……」
「……本当に?」
「本当だよ」
クラスメイトは、袖で汗を拭う仕草を見せる。
エキドナちゃんと戦って汗を掻いたのか、
真実がバレるかどうかで緊張しているから掻いた汗なのか、
こいつは小太りなので、どうにも分かり辛い。
「そうなの? エキドナちゃん」
エキドナちゃんに確認を取って見ると、
首を横に振った。
ギルティっぽいな。
「なるほど。って事は――」
「――待て! そ、その蛇と俺の言う事のどっち信じるんだよ!」
小太りのクラスメイト――あだ名は子豚で良いか。
子豚は俺の言葉を遮るようにして、声を張り上げた。
その様子で俺は、やはり、と確信する。
それ自体が答えだと言っているようなものだからだ。
「君を悪者にしてエキドナちゃんに何の得があるんだよ」
「し、知らねぇ。召喚した魔物だか何だか知らないが、所詮は魔物だ!」
息も荒げに、再び子豚は声を張り上げる。
大分大きな声だったからか、寝ていたクラスメイト達も次々に起きはじめた。
「……んあっ? 何だ何だ」
「何か甘い匂いしたと思ったら、ぐっすり寝ちまった。ああ、甘い匂いか。そういやお菓子食いてぇな」
「んなもんあるわけねぇだろ。ふぁああ」
甘い匂い?
そう言えば俺も甘い匂いを感じて、
急に眠くなった。
まさか……。
「そういや子豚、君のスキルって何?」
「こ、子豚って俺はぽっちゃり男子だ!」
そこに食いついている場合かっての。
「良いから答えて。子豚、君のスキルはどんな効果あるの?」
「何で答えなきゃならない?」
「隠す必要あるの? 隠さなきゃいけないような効果だったりすんの?」
「隠さなきゃいけないワケじゃないけど、教えたくねぇ!!」
俺と子豚の言い争いがヒートアップする。
すると、周りのクラスメイト達も俺らに気づいて、
何だ何だと様子を見に来た。
「ふぅ、これ以上はどちらの得にもならない。一旦この話は水に流そう」
クラスメイトの目が気になったのか、
子豚の野郎は上手く逃げようとしてきた。
何がどちらの得にもならない、水に流そう、だよ。
馬鹿にしてんのかコイツ。
「逃げるの?」
俺が問うと、にちょり、と子豚が笑った。
ムカつく前にぞっとする。
そんな笑顔だった。
「逃げるとか逃げないじゃない。ただ単にこれ以上争っても勇気にも得は無いだろ。俺の優しさだよ」
意味不明すぎる理屈なんだけど……。
あぁ、そうか。
多分こいつは、面倒くさいヤツなんだ。
関わり合いにならない方が良いタイプではあるけれど、
目をつけられた場合、
何も手を打たないと、忘れた頃に再犯してくるタイプの面倒なヤツ。
どうやって懲らしめたものか……。
「――何だ。俺が寝てる間に何かあったのか?」
丁度良くゴリが来た。
やたら人道的なゴリの事だ。
説明すれば、ケダモノの時のように、
子豚に渇を入れてくれそうな気がした。
「どうした。何か言いたそうな顔してるが」
「その、実は――」
俺はゴリに説明をした。
「あっ、待て待て! ゴリに言うのは――」
子豚が慌ててて止めに来たが、知った事では無い。
■□■□
子豚はクラスメイト達から抑え付けられ、
膝を地面につけていた。
今から、ゴリが子豚にスキルを使うそうなのだが、
その際に逃げる事の無いようにする為だとか。
子豚は苦渋に満ちた表情で、ぶつぶつと何かを呟いている。
「俺は悪くねぇ、俺は悪くねぇ。男なら誰だってああしたくなるハズだ。自然の生理現象ってヤツだろうが。遺伝子の保存本能だ。……他の奴らまで巻き込んだのは、だってそうしねぇとバレるじゃん。こんな怒らなくても良いじゃねぇか」
何か気持ち悪い言葉を口走ってるなあ。
俺が腕をさすりながら距離をとると、
ゴリは子豚の前に来て、しゃがんだ。
目線を合わせたのだろう。
「何もやましい事をするつもりは無かった、と言うのが言い分だな?」
「そうだっつの。何もやましい事は考えて無いってば。だから放せって」
「ならなぜ、勇気に自分のスキルの事を教えなかった? と言うか、俺らの誰もがお前のスキルを知らないんだが。何で隠す?」
「教える義理なんてねぇだろ。なあゴリ、お前教師だろ? 俺の事信じてくれよ」
「分かった。信じる為に、今から俺のスキルを使うぞ?」
ゴリの表情が真剣なものとなる。
そこには引き下がるという意思は微塵にも感じられない。
ここで沙汰が下されるであろう、と言うのが明確に分かった。
俺だけならまだしも、
クラスメイト達までも巻き込んだのは浅慮だったと言える。
子豚の事を庇い立てしようなんてヤツは、
この場に誰一人として居ない。
全員が息を呑み、
そして、ゴリが言葉を発した。
「俺のスキル【歪な片思い】は少々特殊な部類だと思う。俺の前でウソをつくと、大変な事になるからな。本当の事だけを述べるんだぞ」