15話目
結論から言おう。
モジャ男の体の中に居たスライムは何とか取れた。
当初、モジャ男は悪魔みたいな金切り声をあげてたけど、
途中で気絶してくれて、その後はやりやすかった。
うん、成せば成るってヤツだね。
――まあでも。
代わりに、別の問題が発生しちゃったんだけども。
「くっそ、そっち行ったか?」
「めちゃんこ早ぇぞコイツ!」
多分エキドナちゃんも慎重になり過ぎたんだと思う。
ピンク色のスライムを咥えて、戻って来てくれた……までは良いんだけど、
何を隠そう、その後、倒す前に逃げられたのだ。
だから今現在、ピンクのスライムが地面や壁、天井なんかを縦横無尽に跳ね飛び回っていた。
「でも、うーん。……これ、倒せるのかなあ」
今の所、クラスメイト達が何とか対処しようとしてる。
けれどこのスライム、思った以上に小さい上にめちゃくちゃ動き回るので、
上手くは行ってない。
壁やらにぶつかった時の反動とかを利用しても居るんだろうけど、
目で追うのが精一杯なくらい早いんだ。
俺は隅っこでジッとして、口を開かず事の成り行きを見守っている事にした。
参加しても邪魔になるだけだろうからね。
ついでに、口を閉じるのはスライムに突っ込まれない為だよ。
「くっそ、誰か使えるスキル持ってるヤツいねーのかよ……」
「行動阻害出来るスキル持ってっけど、間違ってお前らに当たらないとも限らんし、使えねー」
「うあああ、面倒くせええええ」
頑張りたまえ。
俺はエキドナちゃんの頭を撫で撫でしつつ、
事の顛末を見守る役目に没頭するのに忙しいのだ。
……なんて、俺は悠長に構えて居たワケだけど、
ムカつく事に、どうやらそんな都合の良い話は無いらしい。
今から悲劇が起こる事になる。
その対象は俺だ。
「あっ! やべっ!」
「おい勇気! そっち行ったスマン!」
ピンクのスライムが、元気良く俺の方に跳んで来たと思ったら、
シャツの隙間に潜り込んで来た。
お腹の辺りの肌にヌメッとした感触があって、
それがずりずりと這いずって来る。
気がつけば、下側から胸の谷間にぐりぐりと入り込んできた。
「……え?」
予想外の事態に、さぁっと自分の顔が青ざめていくのが分かる。
そして次の瞬間。
俺は思わず叫んだ。
「ぎ、ぎゃー! 出てけ出てけ!」
気持ちの悪い感触に、俺は半ば狂乱気味に服を脱ぎ始める。
ジャージを脱いでシャツを脱いで、ぬめっとした感触のそれを速攻で掴むと、
思い切り壁に投げつけた。
ぐっちゃああ。
と言う音がして。
俺の体を這いずると言う蛮行に及んだスライムは、壁の染みとなって消えた。
からん、と魔石が落ちる音がする。
あっけない終わりである。
「はぁ、はぁ……くそっ、ピンク色だからって生態までピンク色なのか? このスライムっ!」
俺は息を荒げながら、既に死して消えたスライムに対し暴言を吐く。
勝手に人の体を這いずるなんて、末恐ろしいセクハラモンスターだった。
しかし、ヤツは消えた。
全ては終わったのだ。
状況はおーるぐりーん。
俺は次第に安堵を取り戻しつつ……しかし、続いて何かこう、不思議とムカムカとした苛立ちも感じ始めた。
そして、だからだろう。
ついつい考えなくても良い事を考え始めてしまう。
――なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ?
――なんでこんな事になったんだ?
――原因は何だ?
――原因……そうか! そうだ! 多分クラスメイトの奴らがきちんと倒さなかったからだ!
思考の行き着いた先が、果たして正しいのかどうか……それは分からない。
でも、正しいかどうかなんて、俺にはこの際関係無かった。
「――なんでちゃんと倒さないんだよ! こっち来ちゃったじゃないか!」
くわっと眼を見開いて、俺は怒号を出す。
こいつらがきちんと仕留めてれば、俺はこんな目に合わずに済んだに違い無い。
結構な八つ当たり&逆恨みな気もするが、そんな事を気にしてなどいられない。
何が言いたいかと言うと、俺の怒りが収まらなかったのだ。
クラスメイト達は怒り心頭の俺と目があうと、
何故か少し前屈みになって、すぐに横を向いた。
前屈みなのは、頭を少し下げてますってポーズだろうか?
少しは悪いと思ってるって事だろうか?
――いや、こいつらがそんな殊勝な考えに等なるわけが無い!
何も言わないクラスメイト達の態度に、俺の怒りが更に増幅してゆく。
「おい、人が話ししてる時は、こっち見ろよ!」
俺はおもむろに一番近くに居たヤツの胸倉を掴む。
ついでにガンつけてやった。
「……」
だが、やはり一向にこっちを向こうとしない。
話にも応じない。
それ所か頬を真っ赤に染めていた。
こいつドMか?
とうとう怒りが限界突破寸前になる俺だったが、
その俺に対して、ある一言が飛んできた。
「その、勇気……服」
「はぁ!? 服がどうしたっての!?」
「いやお前いま……下着姿」
……。
言われて、俺は、下を、見る。
下着姿、だね。
ああ、そっか、さっき、スライム、が、入った、から、脱いだ、んだった。
なんか、急に、色々、恥ずかしく、なってきた……。
……。
「み、見るなあぁあぁぁああ!!」
俺は半狂乱のまま、とりあえず目の前の男の顔を殴った。
■□■□
その後。
モジャ男が息を吹き返したのを見計らって、
ゴリがあの施設の事をクラスメイト達に説明した。
クラスメイト達は順々に施設に入ると、指輪を手にして戻って来た。
一方俺はと言うと、それを見ながら、端っこの方で頬を膨らませて体育座りしている。
なんで体育座りか?
恥ずかしさと反省の念からだよ。
慌てていたとは言え、服を脱ぐなんて愚かな事をしてしまったなって。
クラスメイト達がこっちを一向に向かないのも、
前屈みなのも、それが原因だったワケで。
まあでも今更どうこう言った所で、過ぎた現実が変わる事は無い。
なら今は、幸いにも裸を見られずに済んだのだから、と言う事で納得するしかなさそうだ。
くそがっ。
「……あ、あの、小桜君」
誰だ?
今の俺に話しかけるとは、随分良い度胸してるよ。
俺は睨み付けるような表情で顔を上げる。
そこには、顔色が少し良くなったモジャ男が居た。
「何?」
俺は、微妙に苛立ちを出しながら返事した。
こいつは気絶してたから俺の下着姿を見てないけれど、
エキドナちゃんの事を嫌がっていたのは覚えてるよ。
印象は悪い。
「その、さっき、凄い僕取り乱しちゃったけど、助けてくれてありがとうって言おうと思って」
「礼を言うなら、俺じゃなくてエキドナちゃんに言ってよ」
俺はすぐさまにエキドナちゃんを召喚する事にした。
モジャ男の命を救った功労者は、紛れもなくエキドナちゃんだったからだ。
ならばこそ、礼を言われるべきはエキドナちゃんを置いて他には無い。
……しかし、
「ギュッ?」
「へ、べべ、、蛇ィ……ゴポォ……」
召喚されたエキドナちゃんを見て、モジャ男は泡を吹いて倒れた。
相変わらず失礼なヤツである。