14話目
(・`ω´・(-`ω´-)
「ウッ、ウヴォエェッ」
モジャ男は、この世のものとは言えない嗚咽を漏らしている。
スライムが口の中に特攻してきたらしいけど……。
どうすれば良いんだろうか、こういう時。
俺にはこういう時の知識なんて無いから、どうする事も出来ない。
でも、それはクラスメイト達も同じだった。
突然の緊急事態に、みんな当然のごとく慌てていた。
「おい、誰か治療系のスキル持ってるヤツいねーのか!」
「持ってる事は持ってるけど……」
誰かの呼びかけに、一人が名乗り出て来た。
治療系のスキルを持っているヤツが居たようである。
良かった、これでなんとかなるかも知れない。
救世主の登場に、場の雰囲気もいくらか柔らかくなったと思う。
もっとも、その期待はすぐに裏切られたけれど。
「……駄目だ。俺のスキル、軽症の傷とかなら治せるんだけど、これは無理」
「マジで? どうにかなんねーのか?」
「だから、傷じゃないから無理だ。スライム食って具合悪くなるって、傷じゃないし……。スキルが強くなれば出来る範囲増えるようだから、時間あれば可能性はあるけどな」
「強くなるの待ってる時間なんてあるワケないだろ。その間に高田死ぬべ」
治療系のスキルにも色々とあるようで、
名乗り出たクラスメイトのでは駄目だったようだ。
でも確かに外傷があるワケでも無いし、
かと言って、状態異常かと言われると違うような気もする。
そう言えば、オジジのいるあの施設に治療院とかもあったと思う。
連れていけば、治して貰えるかな?
いや、たぶん駄目だろうね。
そもそもあの施設、魔物が傍に居ると出てこないと言っていた。
エキドナちゃんが何であそこで召喚出来たかは――多分、俺のスキルって事も関係しているんだろうから、ひとまず置いておくとして。
ただ単にスライムを体内に入れてしまっただけ、なんて状態であるモジャ男は施設には入れないかも知れない。
それにきっと、入れて治して貰えるとしても、お金も相当掛かると思う。
そんなお金無いじゃん。
「ウボッ、ガヒュッ……」
モジャ男の苦しそうな顔が、どんどん青ざめていく。
もしかすると、これは最悪の事態になるのかも知れない。
つまり、死人が出てしまう可能性だ。
クラスメイト達の表情にも焦燥の色が出始める。
「諦めるな、やれるだけの事はやるぞ!」
そう発破をかけたのはゴリだった。
教師と言う立場上、やはり生徒の安否には全力をかけたいのだろう。
「ひとまず、人口呼吸で中のスライムを引っ張り出せないか、試す」
ゴリは剣呑とした顔でモジャ男に近づくと、迷わず唇を重ねる。
モジャ男は幾らか抵抗した様子だったけど、最後は白目を剥いて諦めていた。
一瞬何を……とは思ったけれど、考えてみれば納得だったよ。
恐らく口中から吸い上げ、無理やりに引っ張り出すつもりなのだろう。
そして人一人の命が掛かっているからか、誰もそのことを揶揄などしようとはしない。
ただ、見ていて気持ちの良いものでは無かったから。
俺を含め、誰もが目を瞑るか逸らし結果を待った。
「――ちっ、駄目か。出てこない」
駄目だったらしい。
ゴリの舌打ちが聞こえて、皆の視線が二人へと戻る。
なぜかゴリの表情には無念さだけではなく、いくらかの満足感も見えたが、それを気にしている場合では無い。
今は命の危機なのだ。
しかし、これが駄目だとなると、いよいよ手の施しようが無いかも知れない。
治療系スキルでも駄目、ゴリでも駄目。
「くそっ、小人になれるスキルでもあればな」
誰かがそんな事を言った。
「前に漫画で見たんだ。体の中に変なのが入った時、仲間が小さくなって体の内側で戦って助けるって展開なんだけど」
言いたい事は分かる。
けど、そんな都合の良いスキルあるワケ無いんだ。
現に小さくなれるよと言い出すヤツも居なかった。
決して、体内に入ってなんとかする、と言う考え自体が悪いワケじゃない。
そうでもしなければ、モジャ男の体を捌いてスライムを取り出さなきゃいけなくなるからだ。
でも、現実的な問題がそれを肯定しない。
だって、体の中に入れるような大きさのヤツなんて、それこそモジャ男の口の中に入ったスライム見たいに魔物でもなきゃ――
――うん? 魔物?
待って。
もしかして……。
ふと、俺はある事を思いついてしまい、異空間にしまっていたエキドナちゃんを召喚する。
そしてエキドナちゃんを見て、思いは確信に変わった。
ギリで口から体の中に入れそうな細さだったのだ。
エキドナちゃんが。
どうしよう。
「……いや、迷っている暇は無い、か」
そうだ、悩んでいる暇は無いんだよ。
人命が掛かっているのだから。
正直エキドナちゃんには悪いとは思うけれど、やるしか無い。
「エキドナちゃん、ごめんね。頑張ってくれる?」
そう問いかけると、エキドナちゃんが一瞬嫌そうな顔をした気がした。
そりゃあ、男の口の中に入るなんて嫌だよね。
俺だったら断固拒否して逃げるもの。
けれども、エキドナちゃんは最後には力なく頷いてくれる。
優しいね。
ごめんね、ありがとう。
「みんな! ちょっと俺の話聞いて!」
「どうした勇気――って、うおっ、何だその蛇!」
「げえ……何だよそれ。スキルか?」
エキドナちゃんを見て周りがどよめく。
そういえば、知らないヤツの方が多かったか。
俺はエキドナちゃんはスキルで召喚した魔物だ、
と言う事を説明しつつ、自らの救助策を語った。
モジャ男の口の中にエキドナちゃんを突っ込んで、
中のスライムを引っ張り出して貰うと言う、非常にシンプルな救援方法を。
俺が自らの考えを述べ終わると、クラスメイト達の表情が引き攣っていた。
「蛇が何なのか分かった。だがそれよりも、ゆ、勇気、お前本気か?」
「本気だよ。だって、他に方法ある?」
「現状ではそれが最善かも知れねぇけどさ」
「じゃあ見捨てるの?」
「……そりゃあ、見捨てる方がよっぽど気分が悪ぃ」
納得して貰えた様子で何より。
どことなく釈然としない空気が流れているけど、仕方ないじゃん。
うん、とにかく。
後は実行するだけだね。
俺はモジャ男の近くに行くと、語りかける。
「モジャ男、今からちょっと荒療治だけど、体の中のスライムを引っ張り出すよ? この蛇を口の中に入れるから、我慢するんだよ?」
声掛けが効いたのか、白目を剥いていたモジャ男の視線が戻ってきた。
だが、俺が目の前に差し出したエキドナちゃんを見て、目を見開くと暴れた。
先ほどの、ゴリの時の抵抗がお遊びに見えるくらいの暴れぶりだ。
「ウ゛ァヴァア゛゛!」
……あん?
ゴリは良くて、エキドナちゃんは嫌か。
女の子なんだぞ、エキドナちゃんは。
しかも、エキドナちゃんだって嫌なのに、お前の命の為に我慢してやってくれるって言うのに。
緊急事態だから仕方ないけど、失礼なヤツだ。
「ア゛ア゛ア゛! ナ゛ニ゛ズル゛」
いけない、暴れられては。
「くそっ、二段押さえて! 他のやつ等も、力に自身あるヤツはモジャ男を動けないようにして! 口も思いっきり開けさせて! エキドナちゃんが噛まれないように、口は特に念入りにお願い!」
俺は周りに指示を出した。
クラスメイト達も諦めているのか、文句を一つも言わず俺の言う通りに動いてくれた。
渋い顔をするかと思ったゴリも、今は協力してくれている。
みんなでモジャ男の四肢を押さえつけて、無理やりにガパッと口を開かせた。
「アグッ%&ヤ゛メ゛ッデェ! #■#!”」
俺は喚き騒ぐモジャ男を無視して、おそるおそるに、その口の中へとエキドナちゃんを進ませた。
モジャ男、トラウマにならないと良いけど……。