07話 探検と短剣
<アンダルト>
次の日。早い時間に目が覚めた。慣れないところで寝たのと、夕方寝てしまったからだろう。
買ってきてもらった服に着替える。結局アスタナ様には連絡しなかった。勝手に着替えさせたんだろうし、連絡手段もない。
このまま王女様が来るのを待つべきなんだろうか。外は明るくなっている。することもない。
そのまま、ただぼーっと時間を過ごした。本当は何か考えるべきだったのかもしれない。
でも、考えるのが怖かった。何かを考え始めたら結局この先のこと、最も不安なことを考えざるを得ない気がして。
ガタっという音で意識が戻った。
王女様の話では、この階はそもそも人通りが少ないのでまず誰かに会うことはない、と言っていた。
でも音がするってことは誰かがいるってことだ。見つかるわけにはいかない。かと言って、隠れられるところも……。
「あれ? ここじゃないじゃん」
扉の向こうから声がした。子供だ。
「隣かな……?」
部屋の扉が開けられる。マズイ……!
「あ、ホントにいた!」
入ってきたのはオレより少し大きいくらいの少年だった。金色の髪に赤い眼。……どこかで見たことあるような?
「お前、平民でしょ! マジで居たんだぁ! 名前なんつったっけ?」
驚くというより喜んでいるようだ。
「……アンダルト、ですけど」
やっぱりどこかで見た……。それもつい最近。でも、初対面のようだし……。
その謎はすぐ解けた。
「アンダルトか、よろしく! ぼくはテルダム・スタンリー・マーキス・ドゥ・ルーベ! 昨日アスタナに会ったんだろ? あいつの兄だよ」
合点がいった。確かにアスタナ様にそっくりだ。ついでに言うなら何度かあってるアスタナ様の母親とも。
「いやぁ、ルーシャちゃんもすごいことしちゃうなぁ! 平民を連れ込むなんて!」
王女様にちゃん付け……。そんなに親しいんだろうか。まあ、昨日の王女様とアスタナ様との会話を見ていれば、そのお兄さんだしありえるか。
それにしても「連れ込む」だなんて人聞きが悪い。オレは現状、ポイ捨てされるか使用人にされるかの二択だ。それも自分では選べないというのに。
コンコン。ノック音。
「入るぞ、アンダルト」
「どうぞ」と言う前に、王女様と昨日の貴族の男性が部屋に入ってきた。
「って……、テルダム!」
「あ、ルーシャちゃ……!」
ゴッ! 鈍い音が響き渡った。王女様がテルダム様を思いっきり殴った音だ。
「「ったぁ!」」
声を上げたのは殴られた方だけではなかった。殴った王女様も手を抑えている。そりゃ、思いっきり殴れば自分も痛いわな。
「……大丈夫ですか? ルーシャ様」
男性は持ってきた朝食を机に置くと、膝立ちで聞いた。心配というよりは呆れていたが。
「……あ、あぁ」
「ぼくの心配はしてくれないんですか……?」
「お前が悪いんだろうが。ちゃん付けはするなと何度言っている!」
「友情の証だよ……」
「お前と友達になった覚えはないな」
これが子供の喧嘩というやつか。スラムには同世代がいなかった……いても喧嘩なんてする余裕なんてなかったから、なんか新鮮だ。オレには関係ないし。
「妹の友達は友達でしょ?」
テルダム様はなおも食い下がるが、王女様は相手にしない。
「で、平民。なんでルーベの息子を入れた」
二人を放置して、男性が言った。
一瞬『ルーベの息子』が誰だかわからなかったが、そういえばさっきテルダム様がそう名乗っていた気がする。
「勝手に入ってきたんです……! 隠れようと思ったけど、間に合わなくて……」
きっとなんと言っても言い訳に取られるんだろう。そう思ったが、一応言い訳してみた。
「ドアに鍵をかけるとかあっただろう」
「…………」
反論できない。元我が家には鍵なんて玄関にしかついてなかったので(玄関の鍵も壊れていたが)、部屋にもあることなんて……。
「あ、マドリードさん。この部屋に鍵はついてないですよ」
テルダム様が飄々と言った。
「物置ですからね~。てかそんなことも知らなかったんですか?」
当然と言わんばかりの彼を前にして、男性はイラついているのがわかる。本人にそのつもりはなくとも、馬鹿にされたと感じるだろう言い方だ。
「どうせいつかはバレることだろう。そんなことより、朝食でも食えよ」
「せっかく持ってきたんだ。冷めたらもったいない」そう言うが、人に囲まれている中で一人だけ食事をとるのは気が引ける。
昨日はそれ以上に食欲が勝ったが、今はさすがに理性が働く。
「あ、ではあとで食べます……」
「「え~!」」
またもや二人がハモった。やっぱり仲がいいのか……?
「遠慮しなくていいんだぞ」
「食べないならぼくが食べるよ!」
「お前に持ってきたんじゃない!」
「朝ごはんまだなんだ。お腹ペコペコで……」
「家に帰って食え!」
男性は二人の間に割って入った。
「我々がいたら、いくら品性のない平民とは言えど食べづらいでしょう。ここは一度戻りましょう」
気を利かせてくれたのか、単に止めたかったのか。とにかくオレにとっては都合のいい提案をしてくれた。一言多いが。
「ん、それもそうだな……。では、またあとで来るから」
「じゃあね、ルーシャちゃん!」
「お前も来るんだよ! あと、ちゃん付けするな!」
言い合う二人の背中を押しながら、男性はドアを閉めた。あの人もいろいろ大変なんだろう。そう思った。
*
そのまま長いこと放置された。朝食はとうに食べ終わり、ぼーっとするのにも限界が来ていた。
すっかり日は高くなっている。もう昼頃だろう。
ハハ、食事と暇つぶしのときにはかまってもらえて、忙しいときは放置か。本当にペットと変わらねーな。
自虐的な笑いがこみ上げる。
いつもなら朝食前に水汲みに行かされて、日中は掃除や洗濯、買い物。ときどきティナの肩もみとか酒買いに走らされたりとか。
今は……何もせずベッドに寝転がって天井を見上げている。
何もすることがないのは、楽なようで辛い。
少し部屋から出てみようかな。さっきからちらほらとそんな考えが頭をよぎるが、未だに実行できずにいる。
昨日寝る前にトイレに行く時は、誰にも見つからないように細心の注意を払い、周りを見ることも忘れていた。
時間を持て余した今は、探検したいという気持ちが強くなっていた。
きっと大丈夫だろう。ほとんど人は来ないって言ってたし。
あまりに退屈すぎると、誰しも警戒心より好奇心を優先させるものだ。今のオレはまさにそんな状況だった。
試しにそっとドアを開けてみる。
南側だからか、うまく光を取り入れる設計になっているのか、廊下はオレの部屋より明るかった。
予想通り誰もいなかった。物音もしない。
トイレに行くことは許可されている。逆に言えばトイレのところまでは見て回っても大丈夫ということだろう。と都合のいい解釈をする。
抜き足、差し足、忍び足。隣の部屋のドアの前に立つ。
もちろん、他の部屋を見ていいなんて許可はもらってない。でも、こっそり、少し見るだけならだれにもバレないんじゃないだろうか。
好奇心を抑えることはできなかった。ドアノブに手をかける。深呼吸を一回。それから、慎重に開けた。
中は家具や雑貨でいっぱいだった。とても人がはいれる隙間などなさそうだ。よく詰め込んだな、感心できるほどの量だった。
まず大量の棚。少し埃が積もっているが、綺麗に並べられている。その手前には木箱。いくつかは上があいていて、花瓶や造花が入っているものや、書類が詰められているものなど様々だ。
ふと気になった。ある木箱の前に光るものが落ちている。近づいて拾い上げてみると、それはずっしりと重くその用途にはぴったりだと思った。
短剣だ。鞘や柄は細かいところまで装飾されていて、インテリアにも使えそうな代物だ。
いくら舞い上がっているとは言え、鞘から抜く勇気はなかった。
そのまま、なんとなく部屋に持ち帰る。
誰のものだ? 考えてみるがわかるはずがない。
そのとき、誰かが階段を上ってくる音がした。重い足取り。大人、それも男性か? 慌てて、短剣を机の引き出しに隠す。
その人はノックもなしに部屋に入ってきた。
「アンダルトといったな。ついてこい」
王女様と一緒にいた男性が言った。
読んでくださってありがとうございます!
なかなか話が進まなくてゴメンナサイ
次回から少しずつ動き始めます。お楽しみに!