05話 自室
<アンダルト>
女性に連れられ向かった場所は、物置を急ぎで改装した部屋だった。
「さすがに……これはひどくないか?」
「しかし、許可もなしに平民に使わせるとなるとこれくらいしか」
「だが、これでは寝られんだろ。なぁ?」
「え、いや……」
北側の部屋なのか昼間だが少し薄暗い。今まで見た王宮内のほかの部屋と比べると、家具も質素で申し訳程度しかない。
しかしオレからしてみれば、ティナの家よりずっといい。ベッドがあるから床で寝なくていいし、そもそも自室をもらえること自体すごいことだ。
「十分です。ありがとうございます」
「そう、か……? 我慢しなくていいからな」
オレとしては我慢どころか贅沢をしている気分だ。
「では、ありがとな、アスラ。下がっていいぞ」
「はぁ、しかし……」
明らかにオレのことを意識している。やはり、オレと王女様を二人きりにするのは、まずいことなんだろう。
王女様も気づいたのか、さりげなく妥協案を出した。
「では、アスタナを呼ぼう。頼みたいこともあるし」
「あの子がお役に立てるでしょうか?」
「あぁ、大いにな。あいつと出会えて本当に良かったと思っているよ」
「そう……ですか。光栄です」
今までずっと硬かった表情の女性が微笑んだ。わが子のことを心配し、安堵する親の姿だ。
「では、失礼します」
さっきの少女が来てから退室するのかと思ったら、それを待たずに出て行った。
「……ふぅ」
扉がしまった瞬間、王女様が深く息を吐いた。どこか疲れを感じさせる。王女という立場とは言えど、オレよりも小さいのだ。大人と対等に話すのは大変なのだろう。
「あ、あの、ありがとうございます」
何がありがたいのかわからなかったが、とりあえず言ってみた。
「……。大したことじゃないさ」
そう言って笑った。どうやら勝手に解釈してくれたようだ。
「じゃあ、アスタナを呼んでくる」
そう言って部屋を出ようとした瞬間、扉が開いた。
「はいはーい! アスタナ登場!」
「お、おう。ちょうど呼ぼうと思っていたんだが……、よくわかったな」
「ママがすれ違いざま、あなたが私を呼んでるって言ってたから!」
オレとしては初対面で刃物を向けられた相手だ。あまりいい印象はない。
「で、なんでこんな物置に……?」
ここでオレに気づいたようだ。
「ゲッ! 平民! なんでここに!」
ゲッ、ってなんだよ。ゲッって……。
「いろいろあったがこいつはここに住むことになった。今日からここはこいつの部屋だ」
王女様が説明する。
「え、ここって、王宮に?」
また、「王宮に平民を住まわせるなんて」などと口論になるのかと思ったら、案外すんなりと受け入れた。
「まあ、それがルーシャの意思ならいいんじゃない? ……いろいろ大変そうだけど」
子供のほうが適応力や柔軟性が高いのかもしれない。
「で、用事って?」
「あぁ。ここに住む以上、その恰好はまずいと思ってな」
オレは自分が着ているものを見た。黒いTシャツに色褪せた半ズボン。新しいものをなかなか買ってもらえなかったので、どちらも着古していてサイズもあっていない。
「お前にこいつの服を買ってきてほしい」
「ふーん、こいつのねぇ……」
顔を近づけて、まるで品定めでもするようにじろりと見る。思わず直立不動になってしまう。
ふっと少女の表情が変わった。にんまりといたずらっ子っぽい笑みを浮かべる。
「OK! 任せて! 私がぴったりの物を見繕ってきてあげる!」
王女様は何かを察したらしい。
「変なものは買ってくるなよ? 普通でいいからな、普通で」
「チッ!」
あぁ、今明らかに舌打ちした。
「わかったわよ、普通ね、普通」
そんなに普通じゃないものを買ってこようとしてたのか? というか、普通じゃない服ってどんな服だよ。
「じゃあ、普通の服一式買ってくればいいのね。シャツとズボンと下着と……パンツはブリーフとトランクスどっちがいい?」
何だこの人。品がないこと笑顔で聞いてくる。貴族ってそういうもんなのか?
「くだらないこと言ってないで、早く行ってこい!」
「はいはい! 楽しみに待っててね、平民くん!」
王女様に追い出されるようにして、金髪の少女は出て行った。
「まったく、あいつは……」
やれやれと首を振るが、その表情は楽しそうだ。
「では、私も少し用があるので行ってくる」
「あ、えっと、オレは……?」
一人で取り残されたら、またさっきみたいに事情を知らない誰かに問い詰められるかもしれない。
「あぁ、そうだな……」
妙な間があく。つまりやることはない、と。
「おとなしく待っています」
「お、おう! 私もそうしてくれと言おうと思ってたんだ……!」
何も考えていなかったに違いない。
「幸いここは人の通りは少ない物置部屋だ。誰かが来ることはまずないだろう。三十分くらいでアスタナも戻ってくる。そうしたら着替えておいてくれ」
そう言い残して、部屋を出ていった。
*
王女様が出て行って、ベッドの上をゴロゴロしたり、空っぽのクローゼットを開け閉めしたりしていると、金髪の少女が窓から入ってきた。
「お・ま・た・せー!」
超ハイテンションで買ってきたものを次々と出していく。オレは乱暴に放り投げられていく洋服たちをたたんでいく作業に追われた。
「普段着がこの辺! とりあえず四組ぐらい買ってきたから! 足りなかったら買ってくる!」
「はい」
「パンツはトランクスね!」
「……はぁ」
「これは、お風呂上がり用! 二着あれば足りるかな?」
「……お、おそらく?」
「こっちがパーティー用! あんたが着たことないような立派なやつよ~!」
「……はい?」
「で、こっちが……」
「ちょちょ、ちょっと待ってください……!」
普段着四着も使わないし、お風呂上がり用とかパーティー用とかは絶対着ない。オレひとりのためにどんだけ買ってきてるんだ?
「えー、着ないの?」
少女は不満そうだ。
「お風呂上がり用は猫ちゃんとラーテルだよぉ!」
どんなものを着せる気だ。そしてラーテルってなんだよ。
さすがに王女様に言われたからか、普段着は地味なものだ。だが、本人の言うとおりお風呂上がり用とやらは動物だし、パジャマは派手な色にたくさんのさくらんぼが刺繍されていた。
「かわいいのに! あんた絶対、猫耳とか似合うタイプよ!」
かわいいって……。オレは着せ替え人形か何かか?
「まあ、どうしても着ないって言うならいいけどさ。私がもう少し大きくなったら着るから」
よかった。この人押しも強いけど、引きも早い。
「普段着だけはありがたくもらっておきます」
「うん! それは私着ないから! ついでにパジャマもどう?おすすめだよ!」
「……それは」
明らかに女児向けのパジャマ。着るのはちょっと引けるが、せっかく買ってきてもらって断ってばかりいるのも申し訳ない気がした。
「……じゃあ、もらっておきます」
「おっしゃァ! 着たら教えて! 見に来るから!」
「は、はぁ……」
普段着のまま寝たらダメなのか?
パジャマなど買ってもらえるはずもなかったオレとしては、寝るたびに着替えるのは面倒くさく感じる。
「こんなとこかなぁ……。だいじょぶそう?」
「はい。ありがとうございます。えっと……」
名前がわからない。何度か呼ばれていた気がするけど、いろいろありすぎて、とてもじゃないが覚えられなかった。
どうやら察してくれたようで。
「アスタナ! アスタナ・スカーレット・マーキス・ドゥ・ルーベ! よろしくね、平民くん!」
「はい。えっと……アンダルトです。」
平民は貴族や王族と違い、苗字も爵位もない。
「……そっか。平民は短いんだ……!」
それを馬鹿にするつもりはなさそうだった。どちらかといえばその事実に感心しているように見える。
貴族はみんな高飛車で見下してくると思っていたが、どうやらティナのウソだったようだ。こんな感じなら案外やっていけるかもしれない、そう思った。
「じゃ、私一旦帰るわ。じゃね!」
そう言い残すと、初めて会った時のように窓から出ていった。扉の方が近かったのに……。