04話 口論
<アンダルト>
ついていくと別の部屋に通された。部屋の真ん中には王女様の部屋と同じようなソファとテーブルが置いてある。その他にも調度品はあるが、誰かの私室ではなさそうだ。おそらく応接間か何かだろう。
部屋にはさっき王女様ともめていた金髪の女性と、もうひとり見たことのない男性がいた。
男性は、おじさんと呼ぶのには少し若く、お兄さんと呼ぶのには少し老けていた。王女様の護衛についていた男たちと比べるとずっと威厳があり、偉い人なんだろうなと感じた。
「ママ!」
「アスタナ!?」
金髪の少女を見て、女性は驚いた表情を浮かべた。
「あなた、何でここに?」
「私が呼んだ」
王女様の言葉に、男性は眉間にしわを寄せた。
「ルーシャ様。関係ない者の同席は……」
「別に構わんだろう」
「困ります。見ず知らずの平民が王宮に入り込んでいること自体、機密事項なんですから」
ぎろりとオレを睨みつける。
王女様はこのままでは話が進まないことを察したのか、ひとまず折れた。
「仕方がないな……。アスタナ、悪いがまた後で頼む」
「しょうがないなぁ。感謝してよね!」
「あぁ、してるさ」
その言葉に満足そうにうなずくと、少女は部屋を出ていった。
「すみません、マドリードさん。うちの娘が……」
「……いや、気にするな。遊び盛りの年頃だからな」
その言葉には「遊びで国事をひっかきまわしてほしくないが」というニュアンスが含まれているような気がする。
「遊びではないんだがな」
王女様はソファに腰を下ろした。オレはどうしていいのかわからず、ドアの前に立った。
「で、本題ですが……」
男性は王女様の対角のソファの横に立った。邪魔者はいなくなったと言わんばかりに切り出す。
「その平民、どういうつもりで連れてきたんですか?」
「ここに住まわせる。私付きの使用人にする」
「使用人? 手は足りているでしょう?」
「別にいいだろう」
「人手がほしいのであれば、相応の人材を準備します。その平民はここにいるべきではありません」
「なぜだ」
「言わなければわかりませんか? 素性も知れぬ平民を、あなたの近くには置けないからです。どうしてもというのなら、庭師見習いか炊事などの雑用で雇うことは検討しますが……?」
「やだ」
男性は困ったような、呆れたような表情を浮かべた。
「平民には平民の分というものがあります。しかも聞くところによれば、なかば強引に連れてきたというではないですか。きちんと親の元に返してやったほうが、彼も幸せですよ」
「…………」
「わかっていただけましたか?」
王女様はうつむいて黙り込んだ。
あれ? もしかしてこのまま王女様の考えが変わっちゃうと、オレ、ポイ捨てされんの?
別に王族や貴族に囲まれて王宮で暮らしたいとは微塵も思わないけど、金で売買されたあげく、都合が悪くなったら捨てられるのは癪に障る。
もちろん、親……というか養父母のダイスとティナの家に戻ったところで、オレは幸せには暮らせないけど。
なんて考えていると、王女様は急に顔を上げた。
「いや、わからないな! 私はこいつを隣に置いておきたい!」
男性の喉の奥のほうでグッと鳴った。
「殿下、わがままは……!」
「わがままだろうと、一生のお願いだろうとなんでもいい! 頼む!」
「なりません!」
「なる!」
「ならないんです!!」
しばらく「なる!」「ならない!」と、子どものようなやり取りが続く。先に断ち切ったのは男性だった。
「わかっておいででしょうが、あなたは将来女王になるお方です。未来の女王の隣に、平民、それもどこの馬の骨とも知れぬスラムの子供を置くなど認められません!」
「では、お願いではなく命令だ! こいつを認めろ! 認めさせろ!」
男性は大きくため息をついた。
「……そんなに平民をそばに置きたいんですか?」
「あぁ」
「わかりました。では百歩譲って平民を王女付きの使用人にすることは認めます。初のことですし、国民の大半である平民の支持にもつながるでしょう。ですが、きちんと教養のある者にしましょう。同年代がいいというのであれば、そう手配します」
「ダメだ! こいつにする!」
「それは認められません! 何をするかわからない育ちの悪い子どもを、あなたのそばに置けるわけないでしょう!」
「大丈夫だ! 私はそう簡単にはやられない!」
「そういう問題ではないんです! あなたはなぜそんなにこの平民に固執するんですか!?」
「…………」
黙り込む。都合の悪い質問は無視するタイプのようだ。それでも男性と目をそらさない。相手が折れるまで睨み続ける気概を感じる。
男性は本日一大きなため息をついて、諦めたように言った。
「……わかりました。何とかしてみます……」
「本当か! ありがとう! 恩にきる!」
一変してパァと明るくなった。
「何ともならなかったら、すっぱり諦めてください」
「お前に限って何ともならないなんてことはないだろう。もしそうなったら、私が何とかするさ」
「何とかせずに諦めてください……」
呆れ顔でそう言う。
「では早速だが、アスラ。こいつに部屋を用意してやってくれ」
オレと同じく、黙って二人のやり取りを見ていた、金髪の女性に話を振った。
「はい。しかし、平民に使わせるとなると……許可が下りていませんし」
「最悪ここなんかでも構わないさ」
「わかりました。善処します」
うなずくと部屋を出ていった。
「それからマドリード。お前にこいつの教育を頼みたい」
「……はぁ?」
さんざん譲歩しまくったのに、まだなんか追加してきたよこの女。そんな顔をしている。
「平民に教育ですか? なんでわざわざ。しかも私が」
「お前にしか頼めないんだ。他の者だと断られるだろう」
「私だってお断りです。忙しいんですよ。そんな余裕はありません」
「そこをなんとか、な?」
「平民に教育など必要ないでしょう」
「ほら、将来酒でも飲むのに付き合ってくれるかもしれんぞ」
「平民と酒を酌み交わすつもりはありませんね」
「な? 頼む! 命令だ」
「どっちですか、それ……」
男性は壁に掛けられている時計を見た。
「この話はいったんここまでにしてください。これでも会議を抜け出してきているんです」
「考えておいてくれよ」
「お断りしたはずですが?」
「…………」
都合の悪いことは聞こえないふり。
「それから」
男性がオレのほうを見た。目が合うとそらされる。
「この平民と二人きりになるのはやめてください。あなたがどう思っているかは知りませんが、私としては今すぐ追い出したいくらいなんです。いいですね」
「……あぁ」
ちょうど金髪の女性が戻ってくる。
「じゃあ、アスラ。後は頼んだからな」
「え?」
そう言い残すと、男性は返事も待たずに急ぎ足で出ていった。
アスラと呼ばれた女性は、何を頼まれたのかわかっていない。
「あ、えっと……。とりあえず一室確保したんですが」
「そうか、ありがとう。早速行ってみるか!」
後半はオレに向けられた言葉だった。
「……あ、はい」