03話 王宮
<アンダルト>
馬車に乗せられ王宮に着くと、「おかえりなさいませ、王女様」と頭を下げる大量の使用人に出迎えられた。
リーダー格の男はすぐさま王宮に入っていく。
代わりに侍女とみられる数人の女性が近づいてきた。
「キャア!」
その中の一人が、馬車から降りたオレを見て叫び声をあげた。
「……これは! どういうことですか!?」
先頭の金髪の女性は、王女様というより護衛の男たちに聞いた。
「あ、これは、その……いろいろあったといいますか」
口ごもる男に代わって、王女様が答える。
「今後、王宮に住まわせる。部屋を用意してくれ」
「彼は……平民でしょう? 平民を王宮に住み込ませるなど、そんなことが許されるとお思いですか!?」
王女様はチッと舌打ちをした。
「あぁ、もう! どいつもこいつもうるさいな! アンダルト、ついてこい」
そう言って強引に進もうとするが、金髪の女性が立ちふさがる。
「なりません、衛兵!」
女性の掛け声で、あっという間に数十人の兵士に囲まれた。
「どういうつもりだ、アスラ」
「その平民を王宮に入れるわけにはいかないという、私の判断です」
「下げさせろ。命令だ」
「申し訳ございませんが、それはできません」
王女様と女性は睨みあっている。完全に硬直状態だ。
「仕方がない。あまり自国の兵には手を出したくないのだがな」
王女様は手首の裾から三十センチほどの棒……杖を取り出した。きれいな細工が施された、なかなか高そうな代物だ。
女性の表情が硬くなった。兵士の間にも緊張が走る。
「もう一度言う。兵を下げろ。でないと、けが人が出るぞ」
「正気ですか?」
「もちろんだ。私はどんな手を使ってでもここを突破する」
そのとき、オレたちを取り囲んでいた兵士の一人がくしゃみをした。王女様はその隙を見逃さなかった。
「行くぞ、アンダルト!」
「えっ?」
王女様に手首をつかまれる。そのままなかば引きずられるように、その兵士の足元をすり抜けた。
「なっ! すぐに平民を捕らえなさい! 王女様にけがをさせてはなりませんよ!」
兵士たちが一斉に動き出す。
「させるか!」
王宮の建物内に逃げ込むと、王女様は小さくつぶやいて杖を振った。
「氷壁魔導《チルウォール》」
扉が氷で覆われていく。瞬く間に、完全にふさがれた。
扉の向こう側では、開けようと必死に体当たりをする音が聞こえるが、びくともしない。
「行くぞ!」
オレたちは王宮の中を走った。
*
「とりあえず」と、どこかの部屋に通された。走りすぎてここがどこだかわからない。王宮はとにかく広そうだ。
「ちょっと待っててくれ」
そう言い残し、王女様はどこかへ行ってしまった。
一人残されたオレは、何をするでもなくソファに座っていた。これ、誰か来たらどう説明すればいいんだろう?
それにしても、さすが王宮。きらびやかながら落ち着きもある調度品。『絢爛豪華』という言葉を具現化したような部屋だ。
粗末な部屋しか見たことがないオレには、どれがどうすごいのかはわからないが、とにかくすべてが高価のものだということはわかる。
今座っているソファだって、うちで飲んで帰ってきたティナの夫、ダイスが寝転がっているのとは比べ物にならないくらいだろう。オレは座らせてもらえなかったけど。
そもそも、この部屋自体ダイスとティナの家よりでかい。
すべてがまるで夢のようだ。
なんて考えていると、本当に夢の中にいるような気がしてきた。
だいたい、水汲みに行ったら王女様に出会って、そのまま王宮に来るなんてあり得るはずがない。できすぎている。
これは夢だ。目が覚めると冷たい床の上でティナに足蹴にされてるんだ。あぁ、夢なら覚めるな!
「あんた、誰?」
突然の人の声で、現実に戻された。ソファから立ち上がって声のしたほうを見た。
発信源は、窓から入ってきた少女だった。
きれいな金髪。赤い眼。歳は王女様と同じくらい。今まであった貴族たちと違い、半そで半ズボンという子供らしいラフな格好だ。それでも、オレが来ているような粗末なものとは違う。彼女もまた貴族だろう。
いきなりのことで呆然とするオレに、少女はジリジリと近づいた。
「あんた、平民でしょ? ここがどこだかわかってんの!?」
「あ、えっと……王女様にここで待っていろ、と言われて……」
質問の答えにはなっていないが、これ以外に返答が思いつかない。
「ルーシャに? ウソおっしゃい!」
徐々に迫ってくる相手に会わせて、一歩、また一歩と下がる。オレは壁へと追い込まれた。
「だいたい私が平民の言うことをホイホイ信じるとでも思ってんの?」
じゃあ、どうすればいいんだ。信じてもらうしかないじゃないか。
「で、でも本当に……」
「白々しい! ルーシャがあんたみたいな平民、相手にするわけないじゃない!」
少女はお尻のポケットから小さな短剣を取り出すと、抜いた。銀の刃があらわになる。
「動刃魔導《フライエッジ》!」
少女の言葉と同時に、短剣が宙に浮いた。刃先をオレのほうに向けながら迫る。
ついに壁際に追い詰められた。
「いい加減にしないと……!」
ガチャという音とともに、ドアが開く。王女様が入ってきた。
「ルーシャ……!」
「アスタナ……。お前……何やってるんだ?」
壁際で短剣を向けられるオレと、その短剣を操っているアスタナと呼ばれた少女。その不思議な光景に王女様は目を丸くした。
「何って……! この平民が勝手にルーシャの部屋に!」
「まあ、落ち着け。お前を呼んだのは実はそのことでな」
王女様に短剣を下ろすよう言われ、少女は渋々しまう。
「なんでルーシャが平民をかばうのよ……」
自分の行為が否定され、少女は不満そうだ。
「場所を変えよう。さすがにここはダメらしい」
そういうと、百八十度回転して、今入ってきた扉から出た。
そういえば、金髪の少女はここが王女様の部屋だって……。
……オレはなんてところのソファに座ってたんだ。