幕の終【朝陽射す】
幕の終【朝陽射す】
朝陽が差し込む境内に、勇ましい旅姿の女が大の字にひっくり返っていた。
隣には、その外連味(けれんみ:ごまかし)の無い姿に呆れた様な面持ちで佇む大男が一人。
疲れから倒れ込んだ綾と、剣を封じた半蔵の姿だ。
微かにそよぐ風が、心地良さげに半蔵の髪を揺らしている。
小鳥の囀りが、木立から聞こえてきた。
寝転んだまま首を横へ向ける綾が、半蔵の足元へ目を向けて聞いた。
「そいつは何だったのか」と。
二人の視線の先には、頭部を割られた大きな白蛇の死骸が横たわる。
このお社の御神体か、干からびて薄茶色に変色しているのは、死してから長い年月を経た果てなのだと思わせた。生きていた頃は大層立派な白蛇だったろう。
「こいつはぁ、祀られた白蛇の魂魄に、人の無念が寄り集まった魑魅の類だ。この廃れたお社の御神体に憑依したんだろう。」
いつのまにか右目を開いた半蔵は語る。
蛇ならば人の言葉を使う訳はない。中身は、御神体の白蛇に取り憑き思い上がった人の邪霊だろうと、大きく嘆息する。
この処は戦で亡くなる者が多い。仮に放置していたらどうなったものか、と二人は嫌な想像をして表情を曇らせた。
そんな互いの様子に気が付き、
はた、と
二人の視線が重なる。
半蔵の眼、その両の眼が違わず綾を見つめている。
常に綾の左側を見つめていた半蔵の右目。それが今、綾へと向いている。
その意味を悟ったのか、綾は確かめるように半蔵へつぶやく。
「そうか、行っちゃったのか」
安堵と寂しさからか、綾の声は小さく、表情はとても複雑に見えた。
それは妹の十和のことなのだろう。
半蔵が目を伏せて話し出す。
この右目は義眼だと言う。
黒曜石を霊泉にて研磨し、瞳に見立てて埋め込んだ造り物の目。
しかし、黒曜の剣と同様、見えざる者を見せる。
「仲が良かったのか、と聞いたろう。最初から最後まで、ずっと綾さんの横にいた。だが、今はもういない。きっとぉ、雲の上でぇ喜んでるだろうさ。」
と、少しだけ笑ってみせた。
その言葉に、
袖で顔を隠した綾は、
「ありがとう」
と返すのが精一杯で、心に浮かんでいた問いを言の葉に乗せるるのを止めた。
綾は、
半蔵が賊を、白蛇を追った理由を聞いていない。
恐らくそれは、右目を失い、黒陽石で石剣を創るに至った事と無関係では済むまい。
死して後も半蔵の右目に棲まい、白蛇への最期の一太刀に力を与えてくれた彼の縁者とも関わろう。無神経に踏み込むのは流石に憚られた。
半蔵からも敢えて言葉は無い。
しかして、
朝陽を背に
「此処から先は、俺の縁だ。」
と半蔵が呟くのを綾は聞いただろうか。
空は明るく、青さを増してゆく。
半蔵が小さく別れを告げる頃、
初夏の風が境内を訪れ、
綾は、
安らかな寝息を立てていた。
終
初掲載作品です。
最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
…いる…のかな?
いや、いると思って書こう。
まずはお詫びを。
投稿直後は、こちらのサイトの仕様がまだ把握出来ていませんでした。
へんなところで掲載したり、慌てて削除したりと、ほんとにてんやわんやで。
そのタイミングで見に来て下さった方には、真にご迷惑とお見苦しいところを見せてしまい、大変失礼致しました。
作品自体は、自分の好きな事を好きな様に書き連ねただけの物になっており、万人向けとはとても言えない代物です。
このようなお話を最後まで読んで下さった皆様には大変感謝しております。
ほんとうにありがとうございました。
そして、今後ともよろしくお願い致します。




