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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

地獄から這い出たら、そこは異世界だった。

作者: 大恵

残酷なシーンが多めです。

「まさか、天国に行けると思っていたのかい? それともよもや……チートを貰って異世界に行けるとでも?」

 残酷な通告をする優しそうな神様――のような存在。

 圧倒的な存在を前に、俺様はぽかんと、それを見上げるほかなかった。

 無表情な神の如き存在は、呆けて無言の俺様へ対し、一方的な審判を下す。

 それとも必然的な審判とでも言おうか?

 圧倒的すぎて、当てはまる言葉が俺様のボキャブラリーにない。


「恵まれた環境に生まれながら、与えられた機会を全て見逃し、なんの苦労もせず、努力もせずに漫然と生を消費したキミには、地獄こそがお似合いだ」

 取り付く島もなく、こうして俺様は地獄の底へと叩き落とされた。


 ―――――それから。

 ―――――――どれくらいの時間がたっただろうか?


 諦めの悪い俺様は、何度も地獄からの脱出を試みた。

 ここより少しでも良い地獄……そんなものはないが、そんなところを目指して逃げようとした。

 その度に獄卒たちに捕まり、金棒で身体を破壊され、すぐさま再生されて、またあるべき地獄やさらに深い地獄へと叩きこまれた。

 良い地獄を目指して、より酷い地獄に落とされる毎日――。

 それでも諦めない!

 苦痛と屈辱しかない世界から、俺様は飽きる事なく逃げ出そうとした。

 逃げるためならどんな努力も惜しまない。

 逃げる。苦痛から苦難から逃げる。それこそが地獄に落とされた理由だが、それだけが俺様の存在意義だった。


 気が遠くなる時間、そんな事を繰り返した頃――。


 ついに俺様は地獄の底から抜け出した!!

 細く長い穴を抜け、地獄から這い出ると、そこは見慣れない街の裏路地だった。

 夜だが、月明かりが充分なので視界には困らない。


 ついさっきまで俺様は地獄にいた。三途の川を渡って、閻魔様やら10人の裁判を7回も受け、その向こうにある地獄。焦熱地獄、極寒地獄とかそういうのがあるところだ。

 やっと俺様はそんな地獄から抜け出した。

 喉どころか肺まで焼く熱気がない。肌に刺さる針もない。手足に食いついてくる餓鬼も存在しない。


 間違いない。

 心地よい夜風を浴びながら、星を仰ぎ見て感激のあまり泣いた。

 このひんやりとした手頃な空気。水から空気に大地や光と、なにからなにまでが罰に満ちた地獄とは違う。


 ここは現世だ!

 石畳と石組みの壁の冷たさが気持ちいい。極寒でも極熱でもない気温。罪人の悲鳴も、獄卒の怒号も聞こえない。血の匂いも漂ってこない。


「は、はは……ざまーみろ! なにが神だ、仏だ! これが俺様の流儀だ! 逃げ切ってみせたぞっ!」

 裏路地で俺の叫びが響き渡る。


 しかし、ここはどこだ?

 日本じゃないようだが、外国にでも……ヨーロッパとかにでも出ちまったか?

 ここがどこかを確認するために……、そして人肌恋しさに路地を彷徨い歩く。

 石造りの家々は、どこもひっそりとしている。なんとなく悪臭がするが、地獄と比べたら軽い軽い。

 明かりのついている家を探していると――。


「だ、だれか! 助けてっ!」

 若い女の声が奥の路地から聞こえてきた。


 人を探していた俺様は、迷わずその声の主を探す。

 それはすぐに見つかった。


 古めかしいが上等な服を着た可愛らしい少女が、鎧を着た大男とローブの男に囲まれていた。

 鎧? 腰には剣があるが、ロールプレイングゲームか?

 ローブ? 魔法使いって奴か?


「おい、あんたら」

 俺様は好奇心で、2人の男の背に声をかけた。


「ん? なんだ、このやせっぽちは?」

 大男がのっそりと振り返っていった。うん、もっともだ。

 地獄から出てきたばかりの俺様は貧弱だ。ろくに食ってないからな。

 この隙に、少女は奥の路地に逃げ込む。


「あ、兄貴! あいつが……」

「放っておけ。どうせこの先は行き止まりだ」

 女よりまず邪魔をした俺様を、どうにかするつもりらしい。2人は中腰になり、俺様ににじり寄る。


「まったく、バカなやせっぽちだ。見られたからには、死んでもらうしかねぇ」

「兄貴、ここは俺に任せてください。憶えたばかりの魔法を使いたいんで」

 俺様を威嚇する大男に、ローブの男が「魔法を使う」とか提案した。


「魔法?」

 俺様は首を捻る。

 なんだ、ここは?

 やっぱり剣と魔法の世界なのか?


「喰らえっ! ファイヤーウォール!」

 俺様が首を捻っていると、ローブの男が身振り手振りをした。すると炎が眼前に現れ、俺様に向かって伸びてきた。

 覆いかぶさる炎が迫る。

 その様子は、まさに炎の壁!

 これが魔法か?

 俺様はなすすべなく、炎に巻かれて肌を焼かれる。だが――。


「なぁんだ、こりゃ? 温い! 温いぞ! こんな温い火なんて久しぶりだ!」

 焼け爛れた肌も、すぐに元通りになる。地獄の刑罰を何度も何度も何度も何度も、最高の苦痛で味わうために、俺様たち罪人の身体はすぐに再生する。

 焼け過ぎた肌じゃ痛点がなくなってしまうからな。

 地獄の炎で骨の芯まで焼け、それでもすぐに身体が再生し、また骨の髄まで焼け焦げる。最高の苦痛を、何度も最初から味わうという地獄テイスト。

 それに比べたら、このファイヤーウォールとかいう魔法は、骨どころか肉すら生焼けだ。皮膚が焼けただれるだけである。こんなのすぐに再生して、焼けてるという気すらしない。


 ま、慣れだな。

 地獄慣れ。


「ひ、な、なんだコイツ!」

 ローブの男が情けない声をあげて怯んだ。それを見た大男が、バカにするように鼻で笑う。


「憶えたての魔法なんか使うからだ! やっぱコイツに限る」

 大男が腰の剣をすらりと抜き出す。

 ぎらぎらした剣を見ても、俺様に恐怖心など湧かない。正直、針山の針の方が凶悪だ。あれはもう針じゃないしな。

 無造作に切りかかってくる大男。獄卒の動きに比べたら緩慢だが、俺様はあえて避けない。

 冷たい剣が俺様の肩口に入りこみ、ばっさりと腹まで引き裂かれた。


「はっ! ざまーみろ! バカか! こい……つ……、え? な、なにぃ……」

 剣を握る大男の顔色が変わる。

 そりゃそうだろう。

 はみ出した内臓が、ぐちぐちと音を立てて腹に戻る様子など、地獄以外じゃ見る事ないもんな。


「じゃあ俺様の番だ」

 青い顔で棒立ちの大男の手を掴む。

 途端、大男の身体が降ってくるいくつもの剣で切り裂かれたように、腕も足も顔もボロボロとなる。

 同時に、俺様もその見えない剣に巻き込まれ、どんどんと切り裂かれた。

 地獄の刑罰で、ペアルック状態だ。


「ぎゃ、ぎゃっーーーーっ!!!! い、いっでぇっぇっ!!!!」

 大男見えない刃が身を守るように、手を頭上に翳すが、余りに虚しい抵抗だ。

 指も腕も切断されて散らばり、見えない降る剣で切り裂かれ、守ろうとした肉体と共に肉片と化していく。

 血が飛び散り石畳を汚し、骨が夜の闇の中、月に照らされて青白く輝く。

 ふむ、これは【刀輪処(とうりんしょ)】か。コイツの罪は、刃物を使った強盗だな。よくある罪だ。

 図らずも、剣で斬られた意趣返しとなったようだ。

 巻き込まれたせいで、俺様もひどい目にあったが、地獄の住人に楽に死ねない。こうしてぴんぴんしてる。


「俺様はな、この数百年間……いや、千年かな? ずっと地獄から逃げ出そうとしてたからな。地獄の刑罰に取り付かれちまった。地獄の罪人に触れると、地獄の刑罰を擦りつけられるのさ。って、聞いてないか」

 生者じゃ地獄の刑罰に数秒と耐えられない。いや地獄の罪人も耐えられないけどな。すぐさま再生するだけで。

 大男はただの肉片となって、石畳の上に転がった。


「あー、久々に痛かったな」

 俺様もひどい姿になったが、すぐに再生されて何事もなく立ち上がる。


 地獄の擦り付け。

 大男を無残な姿に変えた力は、ある意味で俺様の能力であり同時に呪いだ。

 あまりにも俺様が地獄から逃げ出そうとするため、困った獄卒は俺様に地獄を貼り付けた。

 他の罪人が俺様に協力したりしないように、という考えなのだろう。

 もし俺様が触れれば、触れられたソイツに合わせた地獄の刑罰が即座に降りかかるという代物である。

 こうして可愛そうに、俺様は地獄でも独りぼっち。

 なにしろ地獄だ。

 罪しかない罪人しかいない。俺様の姿を見るだけで、誰もが逃げ出した。

 そりゃ余計な苦痛には、誰だって遭いたくないもんな。ただでさえ絶え間ない苦しみの中にいるんだから。

 

「ひいいっ! お、お前! 何をした!」

 ローブの男が情けない声を上げた。


「地獄のお試し無料体験ツアーに誘ってやったのさ。今頃アンタのお仲間は、地獄めぐりの真っ最中だろうぜ」

 俺様の脅しを聞いて、逃げようとしたローブの男だったが、マヌケにも石畳に足を取られてスッ転ぶ。

 つか、そっちは行き止まりなんだろ? 

 なんでそっちに逃げようとした?

 そんなマヌケを逃す俺様じゃない。

 倒れたローブの男の足を掴み、地獄を擦り付ける。


「ぐぎゃぁっ! た、助けて……」

 悲鳴は一瞬だった。俺様とローブの男は溶岩へ沈められたように、泡立ちながら炎に包まれた。

 あっという間に骨まで焼かれた男は、もう人間などではない。地獄特製、人間炭へと変わり果てていた。

 俺様も一緒に炭になったが、風が吹いて元の姿に戻る。

 はあ、これはなんど味わっても慣れないな。特に風が吹いて元に戻る時が、けっこう気持ち悪い。

 俺様と違って、ローブの男は炭のままだ。風が吹いても、黒い煤を舞い散らせるだけ。


「生前に地獄を文字通り味わったんだ。閻魔様も鑑みて、お前の罪を軽くしてくれるだろうさっ! たぶん3%くらい!」

 もはや人間の形をしていないソレは投げ捨て、奥に逃げた少女を探す。

 助けた礼に、いくつか情報を貰えるだろう。飯だって、食わせてもらえるかもしれない。そういう事を期待して俺様は路地を進む。

 果たして少女は路地奥で、暗がりに屈んで隠れるという無駄な行為をしていた。

 隠れているうちに入らない。すっかり丸見えだ。

 俺様を見て一瞬驚いたようだが、あの2人組でないと気が付き、少しだけ警戒を解く。


「おー、いたいた。大丈夫かい?」

「た、助けてくれたんですね? ありがとうございました」

 暗がりで何が起こったか良く見えてないのか?

 路地裏の奥で小さくなっていた少女が、俺様に礼を言ってきた。後ろにある物体を見たら、そんなことを俺様には言えないだろうに。


「結果的にそうなっただけさ」

 礼を言う女性に、手を差し伸べる。ためらいがちに、俺様に手を伸ばす少女。

 少女の柔らかい手が触れる。

 その瞬間!

 

 少女の指の肉が、まるで花が咲くように捲れ上がった。


「きゃぁっ! 痛っ、冷たい!」

 みるみる肉が捲れ上がり、少女の腕に肉の花が咲き誇る。その赤い花に霜が降り、さながら冷凍花束だ。


「あ、なんだ? どうなって……」

「た、助けて……た、ず、おうどごがわわぶぶぶ……」

 助けを求める少女は氷付き、肉の花を散らせて崩れ落ちる。

 残るは少女だった散らばる肉の花びらと、凍り付いた骨だけだ。やがて溶けて石畳の染みになるだろう。

 一体、何がどうなった――あっ!


「あー、そうか。お前も地獄落ち確定の罪人だったって、わけね。ふーん……可愛い顔してひどい女だ」

 少女の最後を見て、俺様は呆れつつ納得した。


 罪に合わせた地獄の罰。それが俺様の地獄擦り付け能力だ。つまりこの女には、地獄に落ちるだけの罪があった。

 ん~、この様子から見て、えーとなんていう地獄だったかな?

 たしか愛の無い快楽に溺れた性行為を繰り返すと、落ちるはずの地獄だったと思う。いや、違ったかな?

 悲しいかな……。異性と縁のなかった俺様には、これまた縁のない地獄だったので、よく覚えてない。縁のない地獄なので、一緒に巻き込まれることもなかった。

 地獄を擦り付けたのに俺様が無傷ということは、俺様が犯したことのない罪を、この少女は犯したということだ。


 むむむ……、なんかとんでもない女だな。

 大人しそうな可愛い顔して、神と仏の教えに反する性行を繰り返してたってことだ。


 暗い裏路地に、生者はもういない。

 もうここに用はない。ここが異世界ってんだったら、もっとこの世界を見てみたい。

 あの魔法ってのを見たところ、ここが元の世界じゃないことは確かだ。なぜか異世界なのに言葉が通じるが――。


 いいね……。

 地獄から逃げ出せた上に、見たこともない世界を歩いて回れる。こりゃいいエクストラステージだ。

 しかし――。


「聖人君子様以外は、俺様に触れたらアウトか。こりゃー人と付き合うのが大変だ」

 果たしてこの世界に、罪を犯してない人などいるのだろうか?

 

 まあいい。

 この剣と魔法の世界に、俺様が味わった地獄を擦り付けて回るのも、なかなか楽しいかもしれないな…………。


いろいろアイデアが足りなくて、長編にならなかったいつものパターンです。

長編だったら、主人公はもっと逃げ腰で、他人から触れられることを避ける人物にすると思います。この主人公は率先して触りますが、そうしないと話が短くならないので。


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― 新着の感想 ―
[一言] 良い設定ですねぇ。 地獄と同居とか、勝手に審判とか。 そしてもう、これはヒロインは、畜生道に落ちている最中のもふもふしかありえないでしょう!
[一言] 長編で読んでみたいと思った
[一言] 発想がいい。 地獄での鬼ごっこのストレスで今度は異世界で鬼役かw
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