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柄創師にして空操師2

妹が死ぬ原因となった人物。恨まれても当然だ。

なのに、なんでそんな相手に私は、同情の視線を向けられなければならない。

忘れていたはずの感情が蘇る。

鎌首をもたげるように、思い出していく。

ふつふつとわき上がる抑えきれない激情。

自分が不安定になって行く。記憶が曖昧に。あの時と、同じ――。

「私は――」

目眩がする。

うなされたように言紡ごうとする私の前で――壁が吹き飛んだ。

「なっ――エネミー?! なんで、こんな場所にっ!!」

瞬間、トーマの声に正気付く。

眼の前に居たのは、狼のような姿をした亜人種のワーウルフと緑色の風を纏う緑色の人の形をした存在。背の羽から察するに、たぶん妖精種や精霊種だろう。

吹き飛んだ壁は何か鋭いものに斬り裂かれたような切り口で、力づくで壊した訳ではないようだ。


この場所がアルカディア対策本部だったせいで、気が緩んでいた。

まったく、ばかばかしい。笑ってしまう。

ゲートが開いたのかもしれないと気付いていたと言うのに。

さっきの音はやはりはエネミーが現れ、襲撃した音。あの異和感はゲートが開いたためのもの。

きっと今頃、マユリはこのエネミーを追ってることだろう。

そして、どうして確証を得られなかったのか、ようやく気付いた。この施設の至る所にある疑似ゲートの発生装置や『場』の干渉を遮る壁のせいだ。本当に、バカバカしいにもほどがある。

少し遅れて、ようやく本部中に警戒警報が出される。

慌てた様子のどこか聞き覚えのある声。その声の主が避難と柄創師への緊急出動を要請している。

「……まずい」

ここは、エネミー対策本部。さっき言った通り、『場』の干渉を遮る壁やそれと同じ材質で出来た物が多数存在する。

一人が広域に『場』を創っても、どうしても壁が邪魔になって『場』の支援が届かない場所が出て来てしまう。運が悪ければ、中途半端な『場』の干渉が起きて他の空操師の『場』と打ち消し合ってしまうかもしれない。

この施設全体を包み込めるような『場』が必要だ--と考えがまとまる前に、周囲に『場』が創られていく。守りを主眼に置いた、絶対なる守護を与える『場』――『護法陣』。


空操師は、自らの『場』をぶれないように定めるため、名をつける。

なるべく、一定の支援を出来るようにするためだ。

あらかじめ支援の内容がわかっているのといないのとでは、支援を受ける対象の行動も変わってくる。

『場』はその時の感情によって変わりやすい。しかし、『名』を言紡ぐことでその変化を抑えられる事が最近わかってきた。

だから、大抵の空操師は自分だけの『名』を持つ。

それを固定化とよんでいた。


ミントが広範囲に『場』を創った。

最高の空操師なんて呼ばれているだけあって、広範囲に広がっていても支援の質は落ちていないし変わりもない。

さらに、『場』の効果でエネミーがどこに居るのか、ある程度の範囲内の様子まで伝えて来る。


それによってわかった事は。

一つ。近くには、ワーウルフと妖精種もどき以外にもエネミーが徘徊している。

その数、ざっと十を軽く超し、近くにいた柄創師が対応しているようだ。

低レベルのエネミーだったのが幸いして、対応は間にあったようだ。

そして二つ目。私達は――囲まれている。

「っ……逃げるぞ!」

トーマの判断は早かった。

囲まれているとわかった瞬間、一番エネミーの数が少ない方角を見つけて私の手を取った。

「――っえ?」

なんで?


人間(てき)がいるとわかった瞬間から、ワーウルフやそのほかのエネミーがじわじわと詰め寄ってきている。様々な方向から。

だから、逃げなきゃいけない事はわかっている。

でも。

この人はきっと、私を怨んでいる。


「俺は、お前の事なんてなんとも思っていない」

「……」

嘘だ。そう、すぐに思ったが声には出さない。

ならば、さっきの顔はなんだったのだ。

前だけを見て走るトーマに、心の中で否定した。




数分後、誰も居ない部屋に二人して走り込み、逃げ込んでいた。

息切れと疲労で倒れ込んでいると、トーマが分厚い扉を閉める。

なんとなく、さっきまで握られていた右手を見てしまう。

……あまりにも、久しぶりすぎて。

誰かに触られる事、自体が本当に久しぶりすぎて。怖ろしいかったから。

一息ついてあたりを見回す。

薄暗い室内はどこまで広くは無い。が、たぶん何かの訓練用の部屋なのだろう。

ミントの『場』が壁に遮られて届かなくなっている。

ただ、中にはなにも居ないことは確認しているから危険は無いはずだ。

「……なんで戦わない」

トーマは柄創師だ。

今日は訓練の為に来たと言っていたから、武器を持っているはず。

事実、ごそごそと柄を出している。

「空操師がいるのに戦えるか」

「……『使えない空操師』、か」


突発的な襲撃時や空操師が複数いた時などによく問題になることがある。

それが、『使えない空操師』。

誰かが『場』を創った時、その他の空操師はそう呼ばれる。

『場』が複数作られると打ち消し合って消滅してしまうから、空操師は二人もいらない。


「いや、そう言う訳じゃ……」

なにかを言いかけたトーマを遮って、梓月は呟いた。

「ごめん……」

「え?」


戦場に空操師は一人で十分だ。


「……なさ……い」


いらないのだ。

使えない空操師など、戦場では足手まといでしかない。


「ごめ、ん……なさい」


そう、邪魔な存在なのだ。






眼の前で、少女が泣いていた。


何かを思い出したような顔をして。

「ごめ、ん……なさい」

何時も、というより出逢ったてからずっと。おそらく、出逢う前から。挑発するように周囲を睨みつけていた彼女が。


どうすればいいのか分からなかった。

ここ数日。彼女と再会してどう接すればいいのか分からずにもやもやとしていたから。

白野梓月に対して、自分はどう思っているのか分からない。


わかってはいるのだ。

彼女を怨むのは筋違いだと。


二つ違いだった妹の雪菜が死んだのは、五年前のことだ。

柄創師の自分とは違い、空操師の才能があった雪菜は如月学園では無く、当時では空操師の為の設備が一番整っていた緩奈(かんな)学園に入学していた。


空操師の全体人数は少ない。柄創師の数分の一しかいない。

だから、その学園に通っていた空操師もそこまで多くなかった。

雪菜は学園から帰って来るたびに教えてくれた。

学園の事。友達の事。空操師の事。

その中に――梓月の事も入っていた。

気が弱くて、いつも誰かの後ろに隠れてしまう恥ずかしがり屋。

いつも控えめに笑っている優しい先輩。

父親が研究者で、だからそれに恥ずかしくない様にと一生懸命勉強しているお姉さん。

だから、テストの前の日はわからない場所とかを図書室で教えてくれた。

そんなことを、聞かされていた。

会ったことは一度も無い。

だから、彼女と初めて会った時、雪菜が話していた人物だとはすぐに判らなかった。

そして、知った時、どうすればいいのか分からなくなった。

最初は憎かったと思う。

聞いた話では戦場を把握して皆に指示を出していた空操師が死んだのは彼女のせいで、もしもその空操師が生きていたのなら雪菜達も生き残っていたかもしれないのだとか聞かされていたから。

雪菜は生きていたかもしれなかった。それが、深く突き刺さった。

再会して、数日はどうしようもなく怨んでいた。今までどこにあったのか解らないほどの憎しみに自分自身驚いたほどだ。

でも、彼女を怨み続けることなんてできなかった。

それがあてつけだって解っていたし、あの時……自分もあの場所にいたから。

あの場所に居て、雪菜のすぐ隣に居て、あのドラゴンと対峙していたから。

梓月を怨むのは筋違いなのだ。

自分のすぐ隣に雪菜がいたのに助けられなかった。

それなのに彼女を怨むのは……逃げたかったからなのだろう。

いや、正直に言おう。

自分は、自分のせいで妹が死んだという事実から、逃げたかったから梓月を怨んでいた。


彼女は見ていて痛々しかった。

雪菜から聞いていた大人しくて恥ずかしがりやでいつも笑っていたはずの少女が、五年で変わってしまった。

きっと、あの事件のせいで。自分のような人達のせいで。

それに気づいたら責められる訳が無い。彼女はこれまで、散々責められ続けたはずなのだ。

そもそも、自分は雪菜を助けられたはずの場所に居たのに、梓月を怨んでいるだけなんて調子が良すぎる。


「謝るなよ……」

梓月の顔を見ていられなかった。

いつも張りつめていた顔は、きっと涙に濡れている。

どうしたらいいのか解らなくなるから、見られない。

でも、このままじゃ、ダメなのだろう。

「俺は――」

その目を見ようとして。

「逃げろっ!!」

ただ、ひたすら出来うる限りの声で叫んだ。

梓月は反応しない。

自分の声は届いているはずなのに、動かない。

そんな彼女の後ろには黒い影。

ただの影なんて優しい物じゃない。エネミーだ。此処からではその魔の手を防ぐことができない。

止める暇もなく、形の定まらない手の様な物が逃げない梓月の喉を掴んでいた。


精霊種シャドウ。

彼等の持つ固有スキル『闇への同化』は暗闇の中、気配を消して隠れる事が出来るやっかいなスキルだ。グレムリンのような弱いエネミーとは違うため、さらに面倒このうえない。

『場』があれば気づけたはずなのに、何も気配が無いと油断をしていた。

これなら、梓月に『場』をつくるように言っていれば……いや、いまさら詮無いこと。

それよりも、梓月が危険だ。

柄を最適化。

銀色の金属が一瞬にして使いなれた槍へと姿を変える。

いつ見ても不思議な現象だ。

そして、梓月の顔のすぐ横へと切っ先を向ける。

「動くなよっ!」

先ほどとは正反対の事を言いながら、槍を突いた。

手ごたえの無い感触。

しかし、梓月を縊ろうとするその手は放された。

「かはっ……ごほっごほっ」

「大丈夫かっ?!」

座り込んで咳き込む梓月に駆け寄り、あたりを警戒する。

シャドウは既に闇に紛れて姿を消していたのだ。

どこから来るのか解らない。

「『場』を、創れるか?」

「……こほ……わた、わたし……」

梓月はそのまませき込んで、顔を伏せてしまった。


無理、か。

梓月の顔色は酷く悪い。

その目には覇気もない。どこか虚ろで、宙を彷徨っている。

いつもの鋭い眼光も堂々とした姿もなりをひそめている。

言っちゃ悪いが、このまま『場』を創れたとしても使い物にならないだろう。

『場』は人の心が影響する。こんなぼろぼろな状態ではまともな『場』は出来ない。

「……仕方ないか」

どうせ、今は二人しかいないのだ。

ここで出し惜しみしていてもしょうがないだろう。

「頼むから成功してくれよ……」

柄にもなく、神様とやらに頼みたくなる。

自分は神様なんてものこれっぽっちも信じてない。けれど、それでもこんな時には縋ってしまいたくなる。

が、そんな事をしても変わることではないとただ集中をして呟く。

「世界を固定する――っ!」

何も起きない。

「くそっ」

無理なのか?

また、守れないのか?

シャドウがどこからか手を伸ばす。

無防備な梓月に向かって伸ばされたそれを、どうにか払いのける。

ぎりぎりだった。

「もう一度……っ」

足が、何かにつかまれる。シャドウだっ。

振りほどこうとしても、がっちりとつかまれた足はほどかれる気配すら見せない。

慌てたせいで、体勢を崩して転がる。

ようやく手は離れたが、また梓月にむかってその凶腕は伸ばされていた。

シャドウの姿が露わになり、梓月に覆いかぶさる。

「おい、逃げろ!!」

苦しげに咳き込む梓月は動かないし、すでに動けないほどシャドウに捕まっていた。

シャドウの闇色の体は闇に同化し、梓月を覆い尽くす。

「白野!!」

伸ばした手は届かない。

完全に、梓月の姿が消え――シャドウも姿を消した。

「うそ、だろ……」

自分以外、この場所に誰も居ない。

いや、まだシャドウはこの辺に居るはず。

今ならまだ間に合うはず……っ。

「梓月っ! 誰かっ……たすけ」


記憶が、蘇る。


『誰か助けて!!』

そう、前も言った。

襤褸雑巾のように扱われ、飛ばされた妹の姿にどうしていいのか分からず、ただ助けを望んだ。

誰か、誰か、誰か、自分では無い誰かを……っ。


ああ、そうか。

自分は、今も心のどこかで誰かが助けてくれると思っている。


どうして。

どうして自分はいつだって『誰か』に頼ろうとする?

来るかもわからない助けを望んでいる?

違うだろっ。

今ここに居るのは自分だけで、梓月を助けられるのも自分だけでっ。

自分がやらなきゃ、守らないと、助けなんて他人に任せるな――!


「世界を、この場所だけでいい、この小さな空を把握するっ!」


その場に名前は無い。

なぜなら、その『場』を創ったことはほんとんどないから。そして、使う事も無かったから。


普通の空操師の創る『場』の広さの半分以下。成功率は二十分の一。いや、それ以下かもしれない。

効果は未知数。固定化もされていない不安定な小さな『場』。

空操師や研究者から言わせれば、『場』の出来そこない。

ソレが、創られた。

その『場』は誰が創ったのか?

白野梓月では無い。

彼女では無いのならば、誰なのか――。




矢野冬真は柄創師にして空操師である。




「そこかっ!」

『場』によってシャドウの位置を知る。薙ぎ払われた槍は狙いを違えずに闇に同化していたはずのシャドウを撃った。


崩れていく。

黒い影、シャドウが消えていく。

そして、残されたのは小さな体。字面に崩れ落ちると、動かなくなった。

慌てて駆け寄る。

「白野……!」

梓月は何も言わない。反応しない。

まるで、糸の切れた人形のようだった。

眼を開けているのに、ここを見ていない。肩を揺らしても、なにも反応しない。

「くそ……一体、どうしたって言うんだよ」

梓月の状態。一体どうすればいいのか分からない。

それでも、よかった。そう、心から思う。

また、何もできずに誰かが目の前で死ぬのを止められた。

でも……。

一時的だった『場』は掻き消える。

『場』の発生させられる時間は創った空操師の実力によるらしい。

柄創師であり空操師だなんて言ってはいるが、空操師として『場』を展開した事は三度しかない冬真ではこれくらいしか『場』を創れないのだ。

一度目は命からがら、ただ生き残る為に一瞬だけ。

二度目は研究所で、何度も試してようやく一度。それ以後は創ろうとしても作れなかった。

三度目は先ほど。

練習も空操師としての知識もないのに、いきなり戦闘で使用できたことは奇跡に等しい。

「くそ……」

今度こそこの部屋にはなにも居ないはずだ。

小さく不完全な『場』とは言え、エネミーの捜索だけはしっかりと出来たからそれだけは確かだ。

梓月をこのままにしておくことは出来ないが、今外に出るのは死に行くようなものだ。

本当に足手まといのお荷物になってしまった梓月と一緒に外に出れば、エネミー達の格好の餌食になる。

「どうして、こんな事になったんだろうな」


なぜ、エネミーがここに現れたのだろう。

いや、そもそもエネミーはなんで現れるのだろうか。

この世界はおかしくなった理由も解らないまま、なぜ俺たちは戦い続けなくちゃいけないの。

エネミーが現れなければ、妹は生きていたし、エネミーに殺された他の人達だって死ぬこともなかったはずだ。


独り言のつもりだった。

答えの無い、呟き。

たぶん、今現在、生きている人達が一度は考えたことであろう言葉。だった。


「ぜんぶ、わたしの、せい」

「しら、の……?」

「わたしがわるいの。わたしが……あのとき、あのとき……あきをおわなければ」

「お、い?」

なんだ?

おかしすぎる。

梓月の様子が、おかしすぎる。さっきまでの人形のような様子とは様変わりしていた。

なにが変わったというのか、解らない。でも、確かに何かが様変わりしていた。

「わるいの、わたしが。あのとき、しんでいたのがわたしなら。わたしがしんでいれば。しんでいれば。たすけて、とあにい……。わたしは……。しんでしまえ。死んで終えば良かったのに」

「白野っ?!」

血が、床に滴り落ちていた。

真紅の流れたばかりの血が、梓月の握りしめられた右手から溢れている。

皮膚を裂くほどの力で握られていたのだ。

「おいっ、やめろっ!」

止めなければ、そのまま爪で腕や頬を傷つけかねない。

慌ててその両手を捕まえて拘束した。


長い間握りしめられていたらしい右手は真っ赤になっていた。

腫れた赤と血の赤で、痛々しい。

「白野……」

自分が梓月を見ても、梓月は眼を合わせない。

どこにも目を向けない。ただ、空を見続ける。


「わたしが、アキホを殺したんだっ」




救出が来たのは数分後。

すぐに梓月は隔離されて、どこかへと連れて行かれた。

どこへ連れて行かれたのか分からない。







憎くしみの対象だった少女は、あまりにも脆くて儚かった。

いつもの彼女の姿は偽物で、容易く壊れてしまうモノだった。




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