ーーーーー観測者
ある、独りよがりな願いを抱える観測者がいました。
彼は、存在しない存在でした。
だから、世界に干渉する事ができません。
大切だった人が傷つけられても、大事な仲間だった人が死んでも、目の前で世界が崩壊したとしても。
彼は、観測者ですから。
彼は、願いの為に観測し続けます。
みんなのしあわせのために
アルカディアの神には、仕える者が一人しかいません。
鏡の巫子と言う存在を人々のうちから一人選び、彼ら以外の人間とは接触を持たないのです。
しかし、アルカディアは彼を自らの眷族として迎え入れました。
観測者である彼は、アルカディアに仕えています。
自分の願いの為に。
彼の願いは一つだけ。
「君に、幸せになって欲しいんだ……」
だから、彼は観測し続けます。
古の龍が学園を襲っても。空操師が命と引き換えに世界を救っても。異世界同士が繋がりを持っても。夢の奏者が笑っても。大切な人を守れなくても。
聖ルキアが消滅しても。見習い書管司書が命を散らしても。フィルフィーの花が散っても。幼馴染を殺した少年が狂っても。黒晶鳥が世界を渡っても。王国が醜い権力争いに歪んでも。孤独な狼が最期の咆哮をしても。婚約者を失った青年が本当に世界を壊しても。
彼は、とても独りよがりな存在です。
『みんなの幸せ』と言う彼の幸せの為に生きています。
だから、彼は心を壊して観測を続けます。
これから自分の犯す罪を知る為に。
彼には名前がありません。
強いて言えば、『矛盾』。
そして、『破壊者』。
彼は、世界に存在しないはずの観測者にして、世界の破壊者。
過去の世界を裏切る者。
薄い金色の髪に蒼の瞳の青年が居た。
黒いシルクハットに左右非対称な黒のコートを纏う、彼は空に立っていた。
下に広がるのは飛行場。そこから今、飛び立つ飛行機はアメリカ行きの便である。
この飛行場のどこかに、おそらく矢野冬真達がいる。そして、飛び立つ飛行機には白野梓月が乗っていることだろう。
「まだ、だ……」
彼は顔をあげた。空はどこまでも高く広がっている。
「でも、もうすぐ……」
手を伸ばしても、どこにも届かない。
「もうすぐなんだ。そうしたら……きっと絶対に、幸せにしてみせるよ」
笑う彼には、もう誰もいない。
好きだった人も、導いてくれた人も、尊敬していた人も、大事だった人も、みな、死んでしまった。
だから、どうしても……。
「幸せになってほしいんだ」
彼の姿が消える。
アルカディアの世界へと向かう。
鏡の魔王ハルファと偽りの聖女ルキアが出逢うはずの時間へ。ローズマリアの元に旅する彼等の元へ。
魔王達が狂い、人々が生きるために戦う、そんな世界へ。
「これが僕が壊すもの…高貴なる者達の義務を背負う彼等が、何を見て、何を信じて戦ったのか……けっして忘れはしない」
それは罪であり罰だ。
彼は己が幸せを願ってしまった。もう、観測し続けることしかできない。
きっと、ローズマリアは観測者を許さないだろう。
ーーーNoblesse Oblige
これにて、ノーブレスオブリージュ外伝『聖ルキアと鏡の魔王。そして主人公ローズマリア』終幕となります。長い間読んで下さった方、ありがとうございました。
第二章ノーブレスオブリージュの本編が全然進まず投稿を始めた短編集でしたが、未だに本編が全然進んでいません……もう一つの書いている長編が落ち着いてきたら、書く時間をじっくりとりたいと思っています。




