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学生たちの戦場3




現場に到着した時、学生さんたちは案の定浮足立っていました。

ざわめいて、雑談を交わす者までいます。

今回討伐するのはスライム――その敵の姿に余裕を取り戻した者、その裏に隠れる力に気づき怯える者。三者三様。

スライムといえど、エネミーです。

それにしても、眼の前のエネミーはあまりにも大きすぎました。

大の大人、かなり背の高いはずの暮羽地さんでも小さく見えるほどの巨大。まるで小山です。

茶色と鼠色の混じったアメーバのようなゼリーのような半透明な物体。それが今回討伐対象のスライムでした。

ぷるぷると震えながらゆっくりと動いています。

ちょっとだけ気持ち悪いですが、光に反射してきらきらと光ってちょっとだけ綺麗だと思ってしまいました。まぁ、ちょっとだけですが。


スライムはこちらに気づいたのか、地面をずりはいながらこちらへと向かってきています。

その音が風に乗ってこちらまで聞こえてきました。

距離は約五十メートル。

「楓君、準備は大丈夫ですか?」

「……は、はい」

緊張した様子です。

少々青ざめた顔には緊張と共に喜びの色も見えました。

その横に立ち、いつでもフォローをできるように待機をします。

特務クラスの面々は昨日と同じ様子。

しかし、共に戦う空操師が変わったことで少々戸惑っている様子です。

陸君とクロム君は不満げです。それに比べて湖由利ちゃんは不満な顔一つしていません。そして、冬真君は……なにやら言葉にしにくい顔をしていました。

どこか、嬉しそうな嫌そうな。矛盾しているよう。

とはいえ、文句を言わずに戦うようです。


それにしても、スライムと共にいると聞いていたエネミーの姿が見えません。

まぁ、妖精種のグレムリンとの事でしたので、そこまで心配する事はありません。

が、悪戯好きな彼等が不意打ちを仕掛けて来るのを気をつけなければならないでしょう。

様々なエネミーがいる中、妖精種は悪戯好きが多くて違う意味で注意が必要です。

好奇心も強く、時には友好的な妖精種もいるとか……しかし、それは『アルカディアの交錯』のゲーム内での情報です。現に、未だに私たちはそのような妖精種と出会ったことはありません。

他にも、魔人種やドラゴン種、一部の種族ではまれに友好的なエネミーがいるとのことですがやはりいまだ出逢ったことはありません。


突如、見知らぬ『場』が展開しました。

楓君の『場』です。

学生としては大きめの『場』。

私や梓月さんとは違い、バランスの良い……言い方は悪いですが、教本どおりの『場』です。

彼の、心が見えない。というよりも、無理やり『場』を構成しているような感じがしました。やはり、学生でしかありません。

しかし、その学生の中でもトップクラスの実力を持つというのもわかります。『場』の展開になれていないものだと、すぐに揺らいで消えてしまいますが、彼の『場』はしっかりとしていて固定化されています。

ただ、彼の『場』は狭すぎる。学生なら優秀でも現場ではぎりぎりの大きさです。

梓月さんの『場』は癖がありすぎで『場』に耐えられずに飲まれ、まともに戦えない人が多いでしょう。攻撃専門で少々使い勝手も悪いです。それに比べたら、優秀な生徒でしょうが。


特務クラスの面々が戦闘行動を始めます。

「やはり、実戦を経験しているだけありますね」

「は、はいっ、そそそ、そうですね」

先ほどまでどこかに行っていた暮羽地さんが隣にいました。

驚いて真っ赤になり、どもりながらも頷きました。


座学では学べないモノという物があります。

それは教科書の中では通じる理論。

これらは確かに学ぶべき事ですが、教科書と現場はまったくもって違う物です。現場でしか学べない物があります。

彼等は、それを知っている。

「それをサポートする空操師も……初めての実戦にしてはしっかりしていますよね?」

「そそ、そうですねっ」

柄創師である暮羽地さんは私に問いかけてきます。

それに対してどもりながら応える私。

恥ずかしい。

いえ、そんな事よりもこの戦いに集中しなければ。

たかがスライムといえど学生にとってはまだまだ未知の存在。

空操師である私はアクト・リンクで創られた銃弾を込めた銃を右手に備えておきます。柄創師である暮羽地さんは柄を構え、すぐに戦えるようにと準備していました。


こう言う時、空操師の不便さを痛感させられます。

『場』は複数の『場』が創られると消滅をしてしまいます。運が悪ければ暴走やあまり考えたくないようなことが起こるとか。

まだまだ未熟な楓君の『場』なら、私の『場』を展開すれば消えてしまうでしょうが。

ともかく、二人以上の空操師は邪魔でしかありません。

二人いても意味が無いのです。ただ、代わりとして備えているだけ。

援護することなどできません。

それが、悔しい。


私の願いはただ一つ。

誰も死んでほしくない、傷ついて欲しくない。

今はただ、彼等が無事にこの戦いを終えること――でした。が。

「う、ああああぁぁっ?!」

楓君の声?!

一体何があったのかと慌てて確認すると、楓君の目の前にグレムリンが出現していました。

いえ、先ほどから気配はありました。どうやら『姿隠し』をしていたようです。

グレムリンなどの妖精種が好んで使うスキルの一つです。

それに気づいていた陸君が楓君を守りながらグレムリンに向かって行きました。

が、『場』が揺れています。

「あっ、あっ……!!」

楓君の声は震え、グレムリンを凝視しています。

紫色の肌。紫色の小鬼のような姿。人間の子どもほどの大きさですが、その拳は地面に穴を開けるほどです。

陸君が楓君に後ろに下がるようにと叫びます。が、動きません。

いえ、動けません。楓君は……恐怖を抱いてしまったようです。

確かに、初めて見た時は私も驚いきましたが、動けないほどではありませんでした。

……いったい。

「ミントっ、早く『場』をっ!!」

「は、はい!」

なにはともかく、このままでは楓君の『場』が消えてしまいます。

今も展開する『場』は、揺らめき支援も援護もできない様子。

このままでは、いけません。

左腕を負傷しているとはいえ、私は空操師。

ならばやることは一つです。


「私の『世界』を構築します!!」





『場』の名前を告げると共に、淡い燐光がミントの周囲に溢れる。

世界が変わる。一変する。

それは四角ばった、見本通りの『場』ではない。


「此処は(guardian)(miniature)(garden)


ミントの想いの込められたミントだけの世界――『場』、護法陣。

強固な防御力を人々に付与する、空操師の中で最も守りに特化した『場』だ。

揺らいで使い物にならなくなってしまった楓の『場』を一掃して、その守護の『場』が展開されていった。


それに、暮羽地が嘆息した。

ミントは人々に認められている『最高の空操師』の称号をもつ存在だ。

そんな彼女と学生を比べるなんてもってのほかのことかもしれない。が、先ほどまで展開していた『場』とのあまりの違いに、その中にいた人々は驚き、彼女が『最高の空操師』と呼ばれるその意味を知る。

それほどまでに、違った。違いすぎた。

『場』の中にいるだけで体が軽くなったような感覚。視界が開け、周囲の様子がわかってくるといつの間にか抱いていた不安や心配が払拭されていく。どこか心に余裕まで生まれてきていた。

皆、一様に誰かから見られているような気がしていた。だが、それは不快を催すようなものではない。

まるで、守護者に見守られているような、誰かから見守られているような感覚を人々は抱いていた。






茶番じみた戦いだ。


展開された『場』を見て、梓月はそんな感想を持つ。

目の前で広がる戦いは、出来の悪い演劇のようだった。結末のわかるような劇で、結局終わりは予想した通りだった。

コトブキとかいう同級生は、エネミーを見たことが無かった。

いや、あったのかもしれない。

はっきり言って、町中にゲートが出現した時、避難が間に合わないことなんてしょっちゅうあるらしいし。

最近は予測技術が発達しているが。

それはともかく、だとしても彼は目の前でエネミーを見た事は、戦いに巻き込まれたことがなったんだろう。


元々、スライムと対峙しただけでどこか動きがぎこちなかった。

それでも『場』を維持してここまで戦いをサポートしていた。

が、グレムリンが目の前に現れてそれは変わった。

子どもぐらいの大きさだけど、顔はまるでピエロのような厚化粧とふざけた表情(かお)

なのに、その存在感と力の強大さは、スライムの比じゃない。

まぁ、魔人に比べたら比べたらどうということはないが。

ともかく、戦うどころかまともにエネミーと会ったこともなかったらしいコトブキはグレムリンを畏れてしまった。戦場の要とも呼ばれる『場』が消えかけてしまうほど動揺してしまった。

たぶん、こんな事になるんじゃないかと予想はしていた。その後は、どうせミントあたりが『場』を創って代わりを務めるだろうとも。

だから、驚かないし文句を言う事もなく離れた場所、安全な地帯で腕を組んで見ていた。

話す相手も居ないし、周りが勝手に一歩離れた場所にいるから無言で見続ける。

はっきり言って、いらついていた。面白くなかった。

グレムリンに驚き、動けなくなるコトブキ。それを庇いながら戦うリク。

そして、『場』を引き継いで戦場に守護をもたらすミント。

「……馬鹿みたい」

予想通りの展開、これから起こるであろう事。わかってしまっている物語ほど面白くない物は無い。そして、それが昔あった事ならなおさらのこと。

――と、戦場の空気が変わる。

まだ戦いになれていない普通クラスの生徒の中から、何事か叫び声が聞こえて来ていた。

いや、戦う音。

見れば、コトブキの目の前に現れたグレムリンがいたる場所から姿を現している。

特務クラス以外、普通のクラスの柄創師達も戦わざるを得ない状況になっていた。

「……はぁ」

どうしてだろう。ため息がつきたい。

両手で構え直した拳銃がいつもよりも重い気がする。

意外とグレムリンの数は多い。

周りは初めての実戦で、てんぱっている柄創師と足手まといになった空操師だけ。

無論、私もそんな足手まといの一人だ。

だけど、銃での支援ぐらいなら……いや、間違って味方を撃ってしまいそうだから止めた方が良いのか?

一応、授業で射撃の訓練はやっているけれども外で、こんな場所で撃つのは初めてでちょっと躊躇してしまう。

だいたい、此処にいる人のほとんどの事を知らないし。他人だし。

何より。

「……めんどくさいなぁ」

自分が戦わないのにここに居る意味がわからない。兎にも角にも早く帰りたい。

そんな一心で支援をすることを決める。

銃口はなるべく人に居ない場所にいるグレムリンへ。誤射を防ぐためにゆっくりと周りを確認しつつとかなりめんどくさい事をしながら。

構えた銃を持つ手は、はた目から見てもわかるほど震えている。

初めての実戦で誰もが浮足立っていたのが幸いだったのか、それを見ている人はいなかった。

正直、それは良かったと思う。

こんな姿を見られたくないから。

弱みを見せるというか、なんというか、そう言うのが嫌いだからだと思うけど、とにかく見られたくないのだ。

とにかく、なるべく人の居ない場所にいるグレムリンに向かって発砲する。

初めてのことで標的が定まらずに何発も外れるけれども、それでも牽制に成功してグレムリンがここまで近づいて来ることは無い。

姿隠しを警戒すれば、後はどうにでもなりそうだ。

そう、楽観視していた。

「うわあああっ!!」

あまりにも情けない叫び声が聞こえて来る。

男のくせに。自分からやると言ったくせに……。

畏れ慄くコトブキの声に苛立ちが増す。


過去の自分を見ているようで、どうしようもなく叫びだしたい。

あの馬鹿の顔を一発殴りたい。

あんな、情けない声で、顔で、この場に立つなと……怒鳴りつけてやりたかった。

自らの手から響かすのは銃声。銃声、銃声。

目の前にいた、さっきっから牽制して動きを止めさせていたグレムリンへ二発。

最後の一発は――コトブキの頬のすぐ横を横切り、後ろに潜んでいたグレムリンを撃つ。

距離はかなり離れている。

よく人間を撃ち抜かなかったと自分を褒めてあげたいくらいだ。

コトブキは腰が抜けたのか、地面に尻をついてこちらを見ていた。

離れていて見えなかったが、リクに後から聞いたところによると、呆けた顔で目をこれでもかと見開いて驚いていたらしい。

その時はただただ苛立っていた。

コトブキとの距離は約五十メートル。

『場』の補助を受け、いつも以上の速度で疾走すると七秒にも満たないでその距離を、私は走る。

目標はもちろんコトブキ。

彼に向かって全力疾走だ。

そして、彼の眼前で勢いよく回し蹴りを見舞う。

直撃して地面に叩きつけられたのはコトブキ――ではない。彼の後ろに潜み、虚を突いて襲おうとしていたグレムリンだ。

小柄なその身体は容易く吹き飛んだがアクト・リンクでの攻撃では無いせいであまり効いていない。

すぐに態勢を立て直おそうとした。が、グレムリンの前には死を告げる死神(えそうし)がすでに距離を詰めていた。


リクによって討伐されたグレムリンの姿は真っ白な砂のようなモノになり崩れて消えていく。

エネミーにもよるが、大抵のエネミーは倒されると消えていくらしい。

時折、エネミーの身体の一部やドロップ品が残されているらしいが、無かったようだ。

リクはこちらをちらりと見て、コトブキを守るように戦闘を開始する。

私は、戦場でみっともなく腰を抜かしたコトブキを見下ろしていた。

「なにそれ」

先ほどの回し蹴り。自分があたった訳でもないのに叫び声を上げていた彼の瞳は驚きと恐怖に染まっている。

それが、本当に嫌だった。

「ふざけないでくれない?」

「――っ!」

今の状況に気づいたのだろう。

呆けていた顔が、悔しそうな、恥辱に耐えるような、それでいて次こそはやってやるという強い意志とかそんないろいろな感情がごちゃまぜになった表情(かお)になる。

羨ましい。

彼が羨ましい。

なんで羨ましいのか、自分でもわけがわからなくなりながら彼を見下ろしていた。

コトブキはきっと、次こそはしっかりと空操師としての務めを果たすだろう。

それが、羨ましいのかもしれない。

「幸せな奴……」

ぽつりと呟いて、私は視線を外した。




戦闘狂――そのあまり関わりたくないような称号を持つ少女が寿楓の前に立っている。

彼は、ただ見つめていた。その少女を。

なぜ戦闘狂と呼ばれているのか、彼は同じクラスでは無かったし合同クラスで戦闘訓練を受けた訳でもなかったから知らなかった。

彼女の戦場での姿を知らなかった。

が、この度、めでたくその意味を知ることとなる。

空操師であるにもかかわらず縦横無尽に駆け巡りエネミーと応戦するその姿。

危機迫るその様子に、近づく学生はほぼ居ない。

時に銃を構え、『場』によって早くなった足で場をかく乱し、体術で戦う。

ミントの『場』の支援を受けているとはいえ、むちゃくちゃなことだ。

空操師が近距離戦闘を行うなんて、あってはならないことなのだから。


空操師の基本は『場』を創り、維持する事。

近距離戦闘をして倒されたら維持する事は叶わない。

だというのに、今回はミントが『場』を維持しているとは言え、白野梓月は基本を無視して戦っていた。

その姿は、まるで阿修羅の如く。

彼女が柄創師だったのなら、学年最強の名をほしいままにしていたかもしれない。

が、彼女は所詮空操師。それは絶対にありえないだろう。


同時に、彼女を見るある柄創師は、不安を抱いていた。

「……危なっかしい」

戦い方の事を言っているのではない。

今回の敵は低レベルエネミーのグレムリンだからそこまで心配はしていない。

それよりも、危機迫る形相で戦う少女の心のことだ。

白野梓月のその姿は、何かのきっかけさえあれば容易く壊れてしまいそうで、脆そうで、痛々しかった。なにが少女を戦いに駆り立てるのか。

彼はたまたま知っていた。知っている世代だった。

「暮羽地先輩? どうかされましたか?」

「いや、なんでもないよ」

いつの間にか隣に来ていた後輩のミントになんでもないと首を振り、彼は少女から視線を外す。

これは白野梓月の問題だからだ。

暮羽地は梓月となんの関係もない。そんな彼が何を言った所で変わるわけがない。

だから、暮羽地はミントを見る。

左腕を負傷したまだ若い空操師。

暮羽地とミントは、ミントが初陣に立った時、共に戦場に立った時からの仲である。

前は先輩としてミントを守る立場だったのが、今では暮羽地が守られる側になっていた。

最高の空操師と呼ばれている彼女に彼は問う。

「あれが、白野さんですね?」

「は、はい」

「……よく見守ってあげた方が良いでしょう」

「はい……それは私も考えています」

声を落した暮羽地。それに伴って暗い顔をするミント。

二人は肩を並べて梓月を見ていた。

梓月の近くには腰を抜かしたらしい寿楓と、素手ではグレムリンを倒しきれない梓月を援護する左近堂陸の二人がいる。

そして、彼等は気づいていないが、遠くから梓月に何とも言えない視線を送る矢野冬真の姿もあった。

あたりから戦いの声は少なくなっていく。

スライムは既に特務クラスの三人によって倒されている。グレムリンも少しずつ馴れて来た普通クラスの学生たちによってどんどん数を減らしている。

元々、戦う訓練をしてきた子どもたちだ。

最初は訓練と実戦の違いで戸惑いはしたが、馴れればこれまで培ってきたものを遺憾なく発揮してグレムリンを狩っていった。


学生たちの稚拙な戦場は、終幕を迎えようとしていた。



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