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エピローグ 空の奏者


それは、いつもの朝だった。

いつもの様に一人で起き、朝食の準備をする。二人分。

朝食はトーストと卵焼き。最近は黄身が割れないようにと練習していたせいか、綺麗にできた。

一つはコショウを振って……もう一つはかけない。他にもベーコンを焼き、手早くサラダを作る。

いつもの様にお湯を沸かすと、上から朝食の香りに誘われてか降りて来る音が聞こえた。

「陸、はやいな」

「おはよう。とうさん」

降りてきたのは、久しぶりに帰って来た父だった。

用意された朝食に驚きながら以前と同じように席に着いた。

「知らないうちに、うまくなったな」

「まあね」

昔はどうしても黄身が割れたり焦げていたりと酷いありさまだったのに。

苦笑して彼も席に着く。

紅茶は、入れなかった。

砂糖まで用意したが、もう彼女はいない。

「学校のほうはどうだ」

「うん。クロムが国に戻っちゃったから少しさびしいかな」

すでに、湖由利も居ない。

騒がしかったクラスは、三人だけだ。

「そうか」

頷く父に、表面だけ笑い返す。

言えばいいのに。

あの女性は誰だったのか、聞けばいいのに。

そう、思う。

そして、ズボンのポケットに常に持っているモノを思いだす。

教授たちにも言っていない、陸の秘密だった。

小さなロケット。開けると、どこに納まっているのかわからないオルゴールが鳴り響く、不思議な写真入れだ。

中にある写真は、サーシャとは似ても似つかない薄い金髪に青の瞳の女性。優しくほほ笑む彼女は一体誰なのだろうか。

陸は微笑みながら決めていたことを言った。

「僕さ、とうさんみたいに教師でも目指そうと思う」

今まで、将来の事なんて話した事が無かった。驚いた顔をした稜峯は、いつの間にか成長していた息子を見た。

「どうして?」

あの日、何もできなかった。

巨大なドラゴン。火の鳥。悪魔。様々なエネミーの襲撃。

結局、ベテランの柄創師に助けられた。

サーシャのことを知っているかもしれないだれとも会えなかった。

「知りたい事があるんだ」

そして、探したい人がいる。

だから、親の後を継ごうと思う。それはひどく自分勝手な、手段だった。




湖由利の朝は早い。

いつもの様に日が出る前に起きると行動を始める。

家族を起こさないように外に出ると、散歩をする。

杖をついて歩く練習をしているのだ。

犬でも飼おうかと思ったがたしか親がアレルギーなのを思い出して止めた。

顔なじみになった犬の散歩をしているおじちゃんや近所の人と会うと最近のことで話し始める。

別れて、歩きはじめるとぽつりと呟く。

「辛いね、待ってるって」

何時までたっても、足の調子は良くならない。杖がないと未だに歩けない。

誰も教えてくれないが、もしかしたら一生このままなのではないのだろうかといつも漠然とした不安があった。

このままでは、戦えない。クロムや冬真、陸……梓月たちの隣に立てない。前の様に、ただ見ていることしか出来ない。

それは嫌なのだ。待っているのは性に合わない。

だから、今、出来ることをしようとして、何度か躓きかける。

今日も、いつもと変わらない。そんな落胆を抱えながらそろそろ戻ろうかといつもの様に別れて歩きはじめると、帰り路に女性が立っていた。

誰かを待っているのか、ケータイをいじりながら何も無い場所で立っている。近くにある車はその女性のモノだろう。

サングラスをかけているせいか近寄りがたい。

とりあえず、そろそろ戻らないと姉が心配する。その前を通り過ぎようとした。

「芳野湖由利さんよね」

ケータイを仕舞い、女性がこちらを向いた。

「……えっと」

「私は七氏リカ。ちょっとお話ししたいんだけど、いい?」

ニコリと、人のよさそうな顔で笑いかける。

不審者、か?

もしかしたら危ないかもしれない。と、後ろに下がろうとするが足がうまく動かない。

「そう警戒されると……まあ、いいか。私は研究者なの。柄を使わないでエネミーをどうすれば倒せるのかを調べてる」

その笑みには、自信とこちらを見定めるような視線があった。

「戦闘用スーツの開発をしているの」








電車の中から町を見るのは初めてだった。

揺れる電車の中は、人はまばらだ。

平日の昼下がりだからかもしれない。

隣に座る冬真は、納得していない様子だった。


事の始まりは梓月からのお願いだった。

あの事件の後、学校が一時休校している中で、梓月は特務クラスのメンバーにとある頼みごとをした。

皆、用事があったりで冬真と二人だけで行く事になってしまった。

隣の冬真を見る。

なにか、そわそわしている。けれど、何も言わないのでなにがしたいのかわからない。トイレか。

「なあ」

「……ん?」

ようやく決心がついたのか、冬真が口を開いた。

「なんでこの町の全体が見える場所、なんて行きたいんだよ」

「ああ……まあ、いろいろと。そういえば、この町に来て長いのに町の事全然知らなかったから」

そう、それが梓月のしたおそらく初めてのお願い。

本当はこの辺に住んでいる三人のほうが詳しいのだが、冬真に頼むことになってしまった。

「まあ、なんでもいいけどさ」

そう言いながら冬真はまたそわそわとし始める。ほんと、次の駅で降りたほうがいいんじゃないか?そう、梓月は考える。


そわそわしっぱなしの冬真を気にしつつも、やがて電車は目的地に着く。

よくしらないが、駅名は公園前だとか書いてあったが、公園なんてどこにもない。

そこから、さらに歩く。


「このへんは、隣町との境目らしいぞ。少し山になっている場所にあるから、もうちょっといくと町が見れる場所があるんだ」

「へー」

ようやく公園らしき場所に着くと、幾つものエリアが書いてある看板があった。古くなって文字がかすれているが、だいたいどの辺りに居るのか分かる。

「ほら、ここ。ここから町が見えるはず」

「ん……ありがと」

「……」

「な、なに?」

なぜかまじまじとこっちを見て来る冬真に、眉をひそめると、なんでもないと彼はそっぽを向いた。

「おまえ、変わったな」

「そうだろうね」

「……」

「あ、そうそう……言いたい事があったんだ」

「?」

「雪菜ちゃんのこと」

「……お、おう」

あれから、冬真に一度だけ妹の事を聞かれた。その時はすぐに答えられなかったが、いろいろ思い出して来たので言おうと思った。

「あの日の放課後、雪菜ちゃんからちょっと集まろうって言われてた。結局、なにをしたかったのかはわからないけど」

「……そう、か」

あの日、冬真も呼ばれていた。雪菜はもしかしたら……冬真を梓月達と会わせるつもりだったのかもしれない。

でも、どうして。しかし、考えても分からない。

「あ」

冬真は、ようやく目的地が見えた事に気づく。

少し小走りになった梓月が、そこに向かった。おいて行かれる形になった冬真はゆっくりと歩いて行く。

辿り着くと、梓月は静かに町を見ていた。何を考えているのかよく解らない。

ただ、まるでそれを目に焼き付けているようだった。

「ありがとう」

「……」

ぽつりと言った梓月に、冬真は腑に落ちなそうに見る。

いつもと、様子が違うような気がした。

「なあ、ほんとにどうしてこんな場所に来たんだ?」

「だから、見たかったからだって」

そう言って、梓月は笑った。

「見納めだから」

「え?」

あの梓月が笑った事に驚いていた冬真は、思わず言葉を聞き洩らす。

「私は、やっぱりアキにはなれなかったなー」

先ほどの言葉を消すように、彼女は言った。

「……アキって、スズムラアキホの事か?」

「うん。私が創っていた『場』は、アキちゃんの模倣だったから」

「結局、なんでミントさんが現れたのか、わからなかったな」

「……まあね」

教授にだけはあの件を言っていたが、いまだに理由はわかっていない。たまたま近くの防犯ビデオがあったが、そこに梓月達は映っていてもミントの姿は映っていなかったらしい。その理由も分かっていない。

「なあ、お前の『場』って--」

「私、空操師、やめようと思う」

「は?」

言おうとしていた言葉も忘れて、冬真は目の前の少女を見た。

すがすがしいとばかりに笑顔を浮かべた彼女は、本当に楽しそうだ。

初めて、こんな顔を見る。

まるで、憑きものが落ちたようで何があったのかとその豹変ぶりに言葉を無くしていた。

「考える時間が欲しいから。今までなにも考えていなかったから、もっとたくさんの事を考えないと、いけないと思うんだ」

たとえば、過去とか、未来とか。

忘れる様に逃げてきたから、それに向きあわないといけないと思うのだ。

いや、文字通り忘れていた。忘れたいと願って、考えないようにして来ていた。

「ちょっと、外国行って来る」

「えっ、ちょっ、突然過ぎんだろっ?!」

驚いて言葉に詰まる冬真に、梓月はくすくすと笑う。

「が、学校は」

「留学」

「どこ行くんだよ……」

「一応アメリカ」

「…………なんで」

「いろいろ」

「……」

「いつか……誰かを――」

梓月が何かを言おうとした時、光が宙を舞った。

水色や黄色。仄かな色とりどりの優しい明かりが周囲に飛び散る。

なにがと思う暇も無く、それが人型をして――やがて、梓月と似た少女へと変貌した。

水色の髪に黄緑の瞳。顔は梓月とそっくりだが、彼女が浮かべない優しい微笑みを常にした少女。いや、外見こそ少女だが、その風格は何十もの年を重ねた者の威厳があった。

「あ……」

顔を、視るのは初めてだ。しかし、彼女だとすぐに梓月は気づく。

なんどか、会ったことがあった。そのたびに、助言めいた事を呟いていった。

「アルカディア」

『はい。こうしてお話しで来て、よかった』

何もかも見透かす様な瞳で、二人を視る。

『ようやく、貴方達に、伝えられる』

貴方『達』?

その言葉の中に、なぜか冬真が入っている事に疑問を持ちつつ、梓月はなんでいま、ようやくアルカディアが目の前に現れたのかを考える。

アルカディアはゲームの中ではある条件を満たさなければ会えない精霊だと言われていた。しかし、ローズマリア達によると、願いを叶えると言う神であるらしい。

彼女は今、エネミーたちの神であるティアロナリアの封印で力を失い眠りについていたはずだ。

その心を呼んだのか、アルカディアは口を開く。

『鏡と呼ばれる巫子をとおして、眠りの夢の合間に世界に姿を現す事が出来るのです』

「……」

鏡……そうだ。どうして自分だったのか、梓月はそれを聞こうとした。

しかし、それも分かっているかのように口を開く前にアルカディアは告げる。

『あなたを選んだのは、あなた達の声が、聞こえたからです。ずっと、眠りについていた私には、前巫子がこの世界に来た時、なにも出来ず、さらに深い眠りについてしまった。その中で、あなた達の声が聞こえた』

「いつ……それにあなた達って……どういうこと?」

『いつ。それは、私達にはとても短く、あなた達にとってはとても昔のこと。世界を繋ぐ扉が開き、古の龍が現れた時。そして、『あなた達』とは……あの場所に居た、あなた達が空操師と呼ぶ存在全て』

鈴村晶許や矢野雪菜が、幼い柄創師や空操師たちが死んだあの戦場で、すでに梓月は……いや、冬真も、あの戦場に居た者はすべて、アルカディアと出逢っていた。

『空操師が創る世界は、私の眠りでこぼれた力の片鱗……その人の願いが、願いの敵った世界が創られるというのは私の本質に働きかけた結果。その人の願いが強いほどに、私の眠りは不安定になる。もともと、鏡の巫子とは私の見る夢に同調し、眠っている私を引きずり出し、それ以上眠らないように、時には人々に告げなければならない言葉を聞きだす者。空操師と鏡の巫子はある意味同一』

では、空操師ならば誰でも鏡の巫子に為っていたと言う事なのか。

柄創師よりも少ないといえど、学園だけでも数百人の空操師見習いがいる。アルカディア対策本部の空操師や、他の国を見渡せば、何千、何万と空操師がいる。

その中で、梓月は選ばれた。おそらく、あの戦場にいたから。

『あの時、私は貴方を見つけた』

「あの時から、ずっと私は鏡のみこだとかなんだかだったってこと?」

『そうです。勝手ながら。でも、そうするしか出来なかった。私が常に眠り続けているなかで、あの神は少しずつ世界を変えている……どうしても、私の鏡が必要だった。そして、ようやくこうして表に出る事が出来た』

「なんで……今、なの?」

ゲートが開いている訳でも、『場』を創っているわけでもない、今。

どうして、今なのか。梓月は胡乱げに問いかける。

『あなたが、決めたから。選択したから。願いが定まり、自分の道を見つけたから、です』

「……」


いつか、誰かを――守りたい。救いたい。助けたい。


それが、梓月の願い。夢。目標。それが、定まったから、宣言をしたから、アルカディアは目覚めたのだ。

アルカディアの目覚めをもたらすのは強い願いが必要だから。

『貴方達に会いたかった。私の叶えられなかった願いを叶えていたあなた達に』

「え?」

アルカディアは冬真を見た。

申し訳なさそうに、顔に影を落とし、言う。

『あの日、あなた(トウマ)(ユキナ)が願ったのは、ほんの少しの出逢い。もしも、同年代の友達がいたのなら、失意のうちの(シヅキ)を元気づかせられるのではないかと言う希望。全て、あなたの為に』

最後は、梓月に向かって告げる。

梓月は雪菜の姉ではない。ただの先輩で、ちょっとした友達で。よく、空操師見習いが集まるとみんなで遊んだ、仲間で。

あの時期はまだ、母親の死から立ち直れなかった時だった。それを……仲間は心配して、いたのだ。だからあの日、梓月は知らないだけで、みんな集まっていた。空操師は数がまだ少ない時期だったから、同級生が少ない、なんて理由で雪菜が同い年だった兄を呼んだ。

あの日、冬真が妹の通う学園に呼ばれたのは、そんな理由からだった。

「なんだ、そりゃ……」

冬真が呟く。

「雪菜は、それでオレを……」

「……」

あれから、四、五年たって、彼等は出逢った。

「……なんで、そんなこと……しなくて良かったのに……みんな、そんなことして……」

放課後、すぐに帰っていなかった者は、みな巻き込まれて、ほとんどが殺されてしまった。だから、梓月にはその話が届く事はなかった。

雪菜が冬真になにも言って無かったから、彼も分からなかった。

しかし、こうして、出逢った。遅くなってしまったけれど、雪菜が願った様な出逢いでは無かったけれど、おそらく……結果は望んだとおりに。

梓月が落ち着いくまで少しだけ時間があった。

その間、どちらも顔を見ることはなく、視線も合わせず、意識しないように意識をしていた。

それをほほえましいモノを見る様に、アルカディアは見つめる。

願いを叶える神でも、叶えられない物がある。

散りゆく者達の願いを、あの時叶えられなかった。たとえ、異世界の十人の願いでも、叶えてあげたかった。なにもできずにこぼれていく命を見るのは苦痛で、何もできない自分を何度も呪った。

しかし、いつの間にかその願いのうちの一つがかなえられていた。

アルカディアは少しだけ遠くを見る。

梓月達に気づかれないように、少しだけ遠い場所に、黒い影がある。梓月の『場』が暴走した時にも現れた影だ。

心配で心配で仕方が無かった影たちが、少しずつ消えていく。

梓月は迷いながらも進むことを選んだから。

もう、過去を振り返っても、それは変えられない過去だと解ったから。今は現在を考えて過去を振り返られるようになったから。

心残りだった影――亡霊たちが、消えていく。

過去に、梓月と関わった大切な友人たちが、消えていく。

『そろそろ、時間となります。白野梓月……矢野冬真……ゲームの中では(アルカディア)と出逢った者は、願いを叶える事が出来る、なんて設定があるようで、今はその約定に従う身。あなた達の願いを、叶えましょう』

「待って下さいっ。貴方は、ゲームなんかに縛られてるっていうんですか?」

『……ええ。そういう、約束ですから』

「だ、誰との」

異なる世界の神が約束をする相手など、思い浮かばない。同じくだった冬真も、梓月と同じようにアルカディアの答をまつ。

『ここの、世界の神、との』

この世界に、神はいないと誰が決めたのだろうか。

アルカディアの回答に、もしやこの世界にも神がいるのかもしれないと驚く。魔法なんていままでなくて、科学で世界を解き明かしている世界に神はいるのか。いないと思っていた。

もしもいると言うのなら、どうしてエネミーの襲撃から人々を助けてくれないのかとなんども嘆いていた。

でも、この世界にも神はいたのだ。

さあ、願いをと待っているアルカディアに、梓月は悩む。

どうしても考えがまとまらず、冬真を見た。

「おれは別に、叶えてもらいたい願いなんてない。確かに、願いはあるけど、それは誰かに叶えてもらう物じゃないから」

きっぱりと、冬真は言い切った。

それに、アルカディアは満足そうに頷く。

梓月達は知らないが、アルカディアは願いを叶えるだけの神ではない。それ以上に、選択や守護など様々な側面も持つ。だから、冬真の言葉に、頷いた。

願いを叶えることだけが、けっして正しくはないから。

願いを叶えてしまったことで、不幸になった者達もいるから。

「……私も、そうだ」

梓月は、迷いながら言った。

「でも、もしも叶うと言うのなら……やりなおしてほしい」

迷いながら、言葉を選びながら、彼女は神に願う。

「あなた達の世界からエネミーが来て、みんなの生活をめちゃくちゃにする、前に、戻して欲しい。その元凶を、消して欲しい。今もやってくるエネミーを、止めて欲しい。それが、願い」

無理だと思っている。それでも、言わずにはいられなかった。

全ての元凶さえいなければ、誰もエネミーのせいで死ぬことはなかったのだ。

『……ごめんなさい。それは、出来ないの。あなたの願いでは、叶う事は出来ない』

「なら、いいや。私も、私の願いは、自分で叶えたい」

そもそも、まだ願いがない。

そう、梓月は晴れ晴れとした様子で笑った。

もしも、過去にもどれたら、そう思っていても、神に無理だと言われたのだ。諦めがついたと微笑む。

それに対して、アルカディアは後ろめたそうに、下を向いた。

梓月の願いでは、無理だと言った。でも、他の人の願いではどうなのか。

アルカディアは、言わない。

『どうか、気をつけて。当分の間は貴方達を放っておくとしても、いつか……貴方達は狙われるでしょう。どうか……気をつけて』

「え、おれも?」

梓月はアルカディアの鏡だというが、自分は別になんでもない。油断をしていた冬真はあなた達という言葉に首をかしげつつも頷いた。

「ありがとう。そういえば、みこだとかいっても、私何もできないんだけど、ほんとうに私でよかったの?」

『ええ。貴方でいいのです。巫子としての能力は難しいことは求められてませんし……何もできない人なんて、どこにもいませんよ』

そう言って、最後は微笑んで、消えた。あまりにもあっけない別れだった。

先ほどのことは夢だったのか、梓月と冬真は二人っきりで町を見る。

もう、どこにもアルカディアはいない。どこかで、また眠っている。

また、呼び起される時まで。

「……願い、か」

「そういえば、言いかけていた事って、なんだったんだ?」

冬真が不思議そうに聞くと、梓月は慌てて顔をそむけた。なんとなく、気恥ずかしかった。

「誰かを……その……助けられたらなって」

「そっか。じゃあ、ミントさんこえろよ」

「……命をかけてみんなを救えと言うのか」

「いやいやいや、そうじゃなくって、死なないようにみんなを救えって事っ!!」

「…………うん」

素直に頷く梓月の様に、どこか恐いというか少し驚いてしまう。こんなの、白野梓月ではないようだ。

……もしかしたらこれが本来の姿なのかもしれない。

今までの姿が、おかしかったのだ。他者を寄せ付けないように必死に作っていたのだ。

「そういえばさ、お前って、幸せになりたかったんじゃないか?」

「……?」

首を傾げる。突然、彼は何を言い出すのかと困惑もしている。

『場』はその人の願いの世界。そこには、自分ですら意識していなかった願いも含まれる。

「虹の向こうの世界では、幸せになれる。その幸せって言うのは、大好きだった死んでしまった人とも一緒に居られる、ってことも含まれていたんじゃないのか?」

梓月は冬真から視線を外すと、町を見た。

冬真は、この前会った女性、鈴村穂波との会話を思い出していた。

『場』は、願いの叶った世界。

「だから、時雨日和って言うのは……死者が蘇った世界」

梓月は何も言わない。ただ、驚愕の顔をしていた。

「そんな、死者の蘇生は……」

冬真は空操師ではないため、基礎的なことしか知らないが、空操師のなかでは大きなタブーがいくつかあった。空操師が二人以上で同じ場所で『場』を創らないことだけでなく、たとえば、死者の蘇生を願う事。これも、タブーなのだ。

死者の蘇生に憧れた人々の多くは、変死をした。大抵、『場』を創り、自ら死んだ。

どうしてなのかはわからない。ただ、漠然と空操師は死者の蘇生だけは『場』の中で願ってはならないとされている。

だから、ありえないのだ。

だが……ミントはあの時現れた。

「だから、ミントさんがいたんじゃないか? そして……あの狐のお面の花嫁は……」

「……」

「お前の、母親なんだろ?」

「っ!!」

うそだ。と叫びたかったが、声が出ない。

アレは、自分が創りだした『場』の登場人物。狐の嫁入りの、嫁入り狐だと思っていた。

しかし、あれは……。

「まあ、推測の域にでないけどさ」

「…………たぶん、あってるよ」

なぜか、そう思った。

きっと、冬真の言ってる事は正しい。

「虹の向こうの幸せな世界なら、きっとみんながいるって、あの頃は信じていたから」

だから、あの『場』は、あの世界は、虹の向こうの世界。

あの時、ずっと探していた。虹の向こうを。

おそらく、周囲の人々が心配するまで。

「虹の向こうに行かなくてもさ、ここにも幸せって、あるモノだと思うけどなー」

なんで、虹の向こうに行かなきゃいけないんだ? とぶつぶつという冬真に、梓月は笑った。

「うん。そうだな」

その顔を、思わずじっと見て、頬が熱くなったのに気づき、冬真は何も無かったように視線を外した。







その後、二月になる前に白野梓月は留学をした。やはり、アメリカへいく事になったらしい。二人だけとなった特務クラスは解散となり、普通クラスと合同になった。

が。



「……今日は留学生を紹介します。あと、転校生も……」

四月はいろいろ忙しい。転校生がくる時期でもあるが、高校の三年生にもなって転校とは大変だなーなんて冬真はぼんやりと教室の入り口を見た。隣では陸が参考書とにらめっこをしている。

がらがらと開いてでてきた二人は――留学生と転校生は――盛大な喧嘩をしていた。

「ちょっと、どういうことさ!!」

「あのな、俺だっていろいろあんの! そもそも、勝手に先に転校したのはお前だろ」

「しょうがないでしょ! いろいろ……その……行き違いがあったんだから」

「俺だっていろいろあったんだよ」

「だからって、うちになにも言わないで帰ってくることないじゃん!!」

「それは、その! さぷ、さ、さぷらいず……というか……」

「言ってくれたほうが嬉しかった!!」

「あー、そろそろ紹介させてもらってもいいですか?」

終わることのない痴話げんかにとうとう先生が止めに入る。

あっっと教室中のみなに注目されていた二人は、慌てていずまいをただした。

ほんの数か月前と変わらない。変わったのは転校生の松葉づえだけ。

「な、な……」

言葉がでない。なんで二人がここに居るのか、わからない。

隣を見ると、陸が参考書から顔を上げてあらまとばかりに笑っていた。

「あっ、トーマーっ。元気?」

「よっ! 今度は独り暮らしになったけど日本に戻ってきた!!」

「なんで妹ちゃん連れてこなかったのよ!」

「出来る訳ねぇだろ!!」

騒がしい、二人だ。

「おい、湖由利、クロム、先生困ってんぞ」

「あ」

「クロムのせいだ!」

「なんで俺なんだよ!!」

転校生と留学生は、芳野湖由利とクロム・グリセルダだった。


休み時間となり、久しぶりの四人で集まる。

三年生になっても、あまり変わらないような気がして笑うと、なんだとばかりにクロムに見られた。

なんでもないと手を振る。

「これで、しっちゃんがいればねー」

完全復活なのに、なんて湖由利は残念そうに言う。

「まあ、いつか会えるだろ」

人生なんて、そう言うものだ。

きっと、また会う。

あの時、初めて出会った時の様に。

「なんてったて、おれたちは夢の奏者だし」

「は?」

「え?」

「……冬真って時々変な事言うよね。中二病的な」

陸の言葉に、古傷を抉られた。

「でも、ゆめの奏者かー……」

湖由利が空を見上げる。

「うちらは、生きてて、なんでもできて、どんな夢でも叶えることができるもんね」

「コユリもいい具合に中二してるな」

「うっさいよクロム!!」

陸と笑いながら久しぶりの二人のかけ合いを見る。

ほんとうに、これで白野梓月がいれば。

「でも、また会えるさ」


きっと

ぜったいに

また、何度だって逢える






(ユメ)の奏者 終






「もしかしたら、空操師の作る世界って……アルカディアの夢だったのかもしれないな」

行きとは違って雑談をする帰り路。ふと、冬真はアルカディアの事を思い出して言う。

「あれが、アルカディアの夢?」

梓月は、首を傾げて冬真を見た。

「だって、空操師はアルカディアの夢からこぼれた力を操ってるってことだろ?」

「そうなのか?」

どうもその辺が曖昧だと二人は考えていると、いつの間にか降りる駅についていた。

「じゃあ、空操師は、夢の奏者だな」

夢を操り、指揮する、人々。

「空の奏者じゃなくて、夢の奏者か」

「空って書いて、夢と読む、みたいな」

「えっ」

「えっ」

二人が、見つめあう。こいつ、なに言ってんだと梓月が。なんかおれ、へんなこと言ったかと冬真が。

数秒見て、二人とも噴き出した。

「前から思ってたけど、冬真って恥ずかしいことさらりと言うよね」

「う、い、いいだろ! 梓月こそ幸せな世界だとか狐のお嫁さんだとかっ、子どもっぽい!」

「……い、いいで……しょ……」

電車から走って降りると、二人で競争をするように全速で改札を通っていく。恥ずかしいとばかりに。

「じゃあ、また」

「おう。また」

自分の名前を呼ばれた事に気づいたのは、二人ともずいぶんたったあとだった。






これにて、空の奏者、完結となります。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

一応完結とさせていただきましたが、幕間がいくつかあるのでちょっとずつ投稿していきたいと思っています。


完結といいつつも、本編ではエネミーとの戦いになんの解決もしていません。

なぜサンテラアナの魔物達はこちらの世界に来るのか、そもそも、どうしてこんなことになっているのか。空の奏者はアルカディアの境界シリーズの三部構成で第一部の話です。なので、根本的な完結はできないのです……。

第二部は、これまで断片的に語られてきたサンテラアナの世界を舞台に、ローズマリアとルキア、ハルファたちの戦いの物語と為ります。

ミリアルズはどうしてこちらの世界に現れたのか、梓月達が戦っている時彼等は何をしていたのかなど、語られなかった裏での戦いが明かされる予定。

もう少し書き終わり次第投稿をしていきたいと思います。

第三部は現代に戻り、空の奏者から数年後……紅蓮の魔女と矛盾の少年は再会してようやく物語は動きだします。




第『三』部あらすじ&予告



五年。もしくはそれ以上、あれから、たってしまった現在。

時は、とても早く巡る。なにも、変わらないままに。


それは、梓月にとって二度目だった。葬式を告げる鐘がなる。

何も無い墓の下を知りながら、みな、涙をこぼす。

もう、彼は――『矢野冬真』は死んだのだと納得せざるを得ない状況だったから。


ローズマリアや桐原教授たちの力によって、ある一定の区域でのゲートの出現を止めることに成功した世界。

しかし、さらに状況は酷くなる一方で、ゲートが出現しなくてもエネミーは自由に闊歩し、繁殖をするようになってしまった。

町を一歩でも出れば、そこは危険と隣り合わせの世界となる。


世界は急速に変わっていく。

芳野湖由利達の成果によって、柄創師でなくともエネミーと対峙する力を持つことが出来る鎧が生まれ、さらに魔法を使う事が出来る魔法師まで現れる。


普通クラス涼代レイは柄創師になり、以前会った魔法師の少女を探していた。

紅蓮の魔女――春待礼火。

彼には懸念があった。

魔法師の魔法は、命を削る。

今は技術が発展した為、そのような事が無いと言われていたが、本当のところどうなのかわからない。

そもそも、少女が魔法師になったのは、魔法師という存在が人々に知られる前だったから。



そして、少年は炎の魔女と、三度目の邂逅を果たす。



「オレも、柄創師……というか、甲闘師めざすから!!」

  それまで腐れ縁だった幼馴染は鎧をまとい

「だって、レイのこと、まだまだ心配なんだもん……」

  空操師の才能をもつ幼馴染もまた、戦場に立つ

「たとえ、柄創師や空操師じゃなくても、戦えるよ」

  戦えないはずの委員長が『強い』のはどうしてなのかに悩み

「お前たちの様なクソガキは戦場で死ぬだけだ」

  辛辣な柄創師はかつての後悔に泣く

「大丈夫だ。俺が守る」

  半端者は独りで戦う英雄となり

「あ、俺の後輩か。よっし、とりあえず一つだけ言っておく。死ぬなよ」

  失う痛みを知っている青年は、後輩を見守る

「きっと君を、探していたんだ……」

  若い教師は未だにたった一人に恋い焦がれ

「さあ、張りきって行こうか!! 元祖甲闘師としていいとこ見せないとね!」

  未だに走れない少女はそれでも戦う

「止めます。私は止めます。それでも止めますっ。あなたがおこなおうとしている事は、罪だ! 最悪の行いだっ。全てを踏みにじると言うのなら、私はそんなこと許さない」

  アルカディアの守護者は己の信念の為に戦い

「私は、とても心配なの。みんなが、死んでしまうのではないかって」

  そして、三重世界は、再び世界に現れた


少年が微笑んでも彼女は微笑まない


「君の幸せが、僕の幸せでも、いいかな?」

「私に、幸せなんていらない」


そして矛盾したアルカディアの使いは世界を巡る




第三部「0と幸せの世界」(仮)



第三部の予告をしときながらも、

次は、第二部「Noblesse Oblige」です


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