二つの夢
雨が、降っていた。
とっても、懐かしい雨が降り注ぐ。
周りにはありえない様な化物だらけ。
人の限界なんて無視した戦いが繰り広げられるなかで、彼女は願った。
時雨日和とは、どのような『場』だったのか。
冬真がそこに辿り着いた時、見知らぬ青年によって巨大な蛇のようなエネミーが倒れたところだった。
身体が地面に倒れると、自身かと思う様な衝撃が起こった。
びくびくと痙攣したエネミーは、最後に絶叫を上げて……消滅をした。
倒した本人は、黒い炎を纏った――犬だかなんだかの耳をつけている。人間、ではない。
その周りでは、空から落ちてきたエネミーを柄創師達が殺していく。さらに奥では、ムニエルとユイシャンが黒金のドラゴンと攻防を繰り広げていた。
さらに、群青の色の髪の青年と金髪の青年がおよそ人外の動きで戦っている。彼等は、一体何者なのだ。人間なのか。
そして、梓月達は……ここにいるのだろうか。こんな戦場に。
「……矢野?」
辺りを見渡して探していた冬真は、すぐにそれに気づいた。
まさに探していた少女がこちらに声をかける。
「どうして、ここに。遠くに出掛けてるんじゃなかったのか?」
厳しい声で、白野梓月は聞いてきた。そこには、嘘をついたから責める、というよりもなんでわざわざこんな場所に来たのかという責めがあった。
冬真は気付かなかったが、彼を見つけたとたんに梓月は意識なく安堵の表情をしていた。が、それは梓月も誰も気づかなかった。
「い、いろいろあって……」
そういえば、梓月達にはどこに行くとも誰と会うとも言っていなかった。
それに、わざわざ見習いの柄創師がこの戦場に戻ってきても足手まといなだけだろう。
そのことに思い当らず、ここまで来てしまった。
「それより、大丈夫かっ?!」
「別に……」
「あれっ、とうまっ?! なんでここにいんのっ?」
さっきの梓月の様に、しかしそれよりも明るい声が聞こえてきた。
梓月の後ろの方で、湖由利が崩れた壁に座っている。そのよこで、クロムが近くに居たエネミーを倒していた。
すぐに消えていくエネミーは、何度も倒したことのあるゴブリンだ。ここまで来るまでに、冬真もにたようなエネミーを倒して来た。
湖由利が動けないため、クロムがここで梓月と湖由利を守っていたようだ。
「よかった……」
みんな、無事だ。
思わず身体から力が抜ける。が、すぐに近くで爆発音がして辺りを見回した。
「もしかして、私達のこと心配して来てくれたの? あー、いちおう大丈夫だよ。ローズマリア?って人が守ってくれてるから」
「?」
「去年、アルカディアの住人だって人にあったでしょ?」
湖由利の言った人物が誰なのか分からないでいると、梓月が助け船を出した。
赤い髪の騎士に聖女だと言う両目の色が違う少女、そして賢者だのなんだの言っていた結局は魔王だったハルファ。彼らの事はよく覚えているが、名前までは覚えていなかった。
ミントと梓月の三人で出逢った。あの頃が遠く感じる。
「それで、その当人はどこにいる?」
突然、話に割り込んで来る男がいた。
湖由利とクロムがすかさず警戒するが、梓月も冬真も知っている声だった。
「ハルファ……」
青みがかった白銀の髪の青年は、なぜか両目を包帯で巻いていた。
その様子に思わず冬真は心配するが、彼は以前とまったく変わらない様子で話しかけて来る。見えているのか、壊れた道も、落ちている瓦礫もまったく苦にならない様子で歩いてきた。
「ハルファっ、ようやく来ましたか」
声が聞こえたのか、紅の髪の騎士が駆け寄ってきた。いったいどこに居たのだろうか。
その髪は乱れ、所々血がにじんでいる。
その横には、アイテールがくっついている。
「リンド=リアから聞いた。どうやら、早速オレの助けが必要みたいだな」
ハルファを見たとたんにアイテールは口をへの字にして眉をひそめ、額にしわをつくる。それだけで、アイテールがハルファの事を嫌っているのが良く解った。
隣に居たローズマリアはそれに気づかずに笑った。
「ええ。お願いします。申し訳ありません、シヅキ、クロム、コユリ。あと……貴方はヤノでしたか?」
「え、はい」
どうやら、向こうは冬真の事を覚えていたらしい。
頷くと、よかったと笑う。
「私達はこれから、少しばかり無防備になります。その間、結界を張っておきますが、何が起こるか分かりません」
「自分の身は、自分で守れと言うことだな」
口元が嗤っている。面白くて仕方が無いと言った様子でハルファはいた。
「は、はいっ」
クロムが答える。あの大きな竜が襲って来ない限りなら、うろついているエネミー達を相手取っても自分たちで十分対処できる。
ローズマリアはそれを解ってはいるのだが、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
アイテールが不満そうにハルファを見るが、そんなの気にしないでハルファは嗤う。
「私達の実力不足だ。申し訳ない」
「ともかく、さっさと終わらせるぞ」
なおも謝ろうとするローズマリアをハルファは引っ張って止める。
頭を下げられた梓月達は助けられた身分なのでなんと言っていいのかわからず困っていたので丁度良かった。
「さて、始めようか」
「ええ」
それを間近で見ることとなった彼等は、その光景をきっと忘れないだろう。
日本の中で、またしても大規模なゲートの出現があり、ドラゴンが町を襲っている。そして、近くの場所でもエネミーが発生した。そのニュースは、日本はもちろん他の国々でも伝えられていた。丁度ティアロナリア神の情報が公開されていたので、それと関連があるのではと大きく取り上げられていた。
日本ではそろそろお昼時の時間帯であり、そのニュースを見ていた人も多かった。
しかし、突如テレビの画面が乱れると、見知らぬ風景が映った。いや、知っている。さっきまでドラゴンが現れたということで移っていた風景だ。
ただ、ヘリから取られた上空からの映像ではなく、ドラゴンがいるすぐ近くの地上での映像だ。それが、どの局にチャンネルを合しても映った。さらに、ラジオには映像がでないがその映像の音声が聞こえて来る。
日本中のテレビとラジオがジャックされたのだ。
電源の切られていたはずのコンピュータも、町中の巨大なスクリーンも、店で流れていた音楽も、全て。さらには、現場で動く柄創師や空操師の通信機まで。
そこに映っているのは紅の髪の騎士。そこから聞こえるのは、騎士の声。
『突然のことで申し訳ありません。みなさま、初めまして。私は、貴方達がアルカディアと呼ぶ世界から参りました。ローズマリア・フォアロ・フィネリアと申します』
その大魔術を行うのはハルファ。いや、魔術ではない。彼特有の能力によるものだ。しかし、それをこの世界の人々がわかる訳もなく、ただ全ての情報発信を行えるものが彼等によってジャックされたということだけがわかった。
『今日は、早急に伝えなければならないことがあり、このような強引な手で皆さまに話を聞いてもらう事になってしまいました。申し訳ありません』
こちらの世界では見られない騎士姿のローズマリアに、その後ろで行われる戦闘に、どれだけの人が驚いただろう。
ここからが、一番重要なのだとローズマリアは気を引き締める。
『時間もないので、本題に入らせていただきたいと思います。――皆さま、アルカディアという世界には、人が住んで居ます。エネミーと呼ぶ存在が、たしかに居ます。そして、神が居ます。ティアロナリアと呼ばれる神は、罪を犯して封印されました。それを為したのは、アルカディア神とオルロンド神。そして、サンテラアナ神、リーェアライサ神、ユリスエレン神、マユリラフォンテ神、フィアローラ神、オードリア神、ルカリナ神、様々な神が協力しました。今日は、皆さまに、神々がいることを知って欲しくこうしてお話しをしています』
言葉をきる。
一気に話された情報に、人々はついて行けているか、ローズマリアには解らない。
だから、とりあえず時間を少しだけおく。
別に、理解して欲しい訳じゃない。ただ、知ってもらうことだけが重要だから、本当は話の内容を分かってもらわなくてもいいのだが、ローズマリアはそれだけではいけないと思っていた。
『なぜ、そんなことを話さなければならないのか、みなさん不思議に思っていることでしょう。そんなことを話すくらいなら、なぜエネミーがこちらの世界に現れているのか説明しろと、言うことでしょう。しかし、それは私達もわからないことなのです。ご容赦ください』
ローズマリアは、顔を上げてまた話を再開する。
『私が他にも神々がいることを知って欲しかった理由は、簡単です。私達の神々は、誰かが知っていることで、認識していることで力を増します。つまり、今現在、この世界では皆さまにもっとも知られているティアロナリア神が影響力を持ち、その傘下であるエネミーたちの力が増しています。このままでは、私達に勝ち目が無いと考え、こうして他の神々がいることを伝えているのです』
ティアロナリア以外の神がいること。その神がティアロナリアと敵対していること。
それだけ。それだけでもこの場に居る人々がそれを知っていることは、大きな意味を持つ。
実は、ハルファの力だけでは世界中に発信をすることはできなかったため、日本のテレビでしかこの映像は流れていない。
しかし。
研究室で避難勧告が何度も流れているにも関わらず優雅にコーヒーを飲む研究者が近くの助手に声をかける。
「リコリス、今の映像を録画しておいたかね?」
「はい、きょうじゅ。すぐに動画サイトにアップします」
「いいこだ。ふふ……こんな事態になるとは」
戦場の真っただ中で、高校生を目的地まで送った女性と運転手は無言で顔を見合わせる。
「さっきの、すぐに本国に連絡を!!」
「お、おうっ」
たまたま映像を写真に取っていた高校生がSMSに乗せ、それが人々の目にさらされる。
あるテレビ局が慌ててニュースに流す。
日本に存在する他国の大使館がにわかに騒がしくなり、本国へ、先ほどの映像を送る。
噂は尾ひれがついて広がる。
「ハルファ、終わりましたよ」
ふう、と息をついてローズマリアは目の前で魔術……というよりも己の異能を操るハルファに声をかけた。
諸事情でパーティーから離れていたハルファと会うのは、久しぶりだ。
両目に包帯を巻いているが周りが見えているらしい。また、怪我をした訳ではない事は解っているのだが、いったいどうしたのか気になっていたりする。
「……ぉぅ」
ローズマリアの言葉を聞いた途端、ハルファは傍にあった壁に手をかけ、そのまま崩れ落ちる。
「ハ、ハルファっ?!」
「なんでも、ない」
「なんでもないわけ無いだろっ!! 大丈夫なんですかっ!」
意地っ張り、というか負けず嫌いなのは知っているが、こんな時まで強がらなくてもいいとローズマリアは慌ててハルファを支える。
「少し、魔力切れなだけだ。それより、あのクソ爺を……」
少し、といいつつも、ぐったりと生気のない声で言う。ローズマリアが一度も見たことが無いほど弱り切っている。
おそらく、今回のことだけではなく、リンド=リアとこそこそと裏でやっていたことが原因だろうとローズマリアは考えるが、それ以上はつっこまなかった。
時間が無い、という理由もあるが、誰しも触れられたくない過去の一つや二つ存在する。ハルファの今回のそれは、その一つだと薄々感づいていたローズマリアは、それ以上聞くのを躊躇っていた。
「ごめん、無理させて……分かりました。ヴィオルール殿のことは必ず……」
壁に寄り掛からせると、ローズマリアは梓月達の元へと行った。
彼等の保護とこれからのことを話さなければならない。
ハルファのほうは魔力切れでもなんでも、仮にも魔王と呼ばれるような存在だ。自分の身は自分で守れるとこの場に残った。
「……必ず、ね」
厳しい顔でハルファはゲートのある方角を見た。周囲には誰もいない。
向こうの世界ではある理由から残っているルキア達がどうにかしているはず。
だが--。
「このままならいいんだけどな」
リンド=リアとムニエル、ユイシャンと戦うヴィオルールとメルキスの二人を見て、ハルファは目を細めた。
そして、ハルファの予想通り、いやそれよりも数段悪い方向で、彼らの戦いは混乱を極めることとなる。
ムニエルはこの戦いに若干の不安を持っていた。
先ほどのローズマリアの演説で彼らの抑えられていた力は元に戻ってきている。
ムニエルとユイシャンが仕えるサンテラアナの神。元の世界ではそこまで知名度は無かったのでそれほど恩威を受けていたつもりはなかったが、仕える神が知られていない土地で仕える神を多くの人に知られているモノと対峙したことで、ようやくその恩威を感じた。
しかし。
しかしだ。
どんなに元の力が戻っても、ムニエルとユイシャンの二人では、ヴィオルールを倒す事はできない。たとえ、グレイズが回復してこちらの援護に来たとしても、無理だろう。
それだけの力の差がある。
せめて、ローズマリアとロイドが居なければ。いや、この二人が組めばヴィオルールに圧勝できるかもしれない。彼等二人は、異常と呼べるほどの加護を受けている。人の身でよくぞここまで極めたと数百年もの年月を生きる魔王をも唸らせるほどの技術を持っている。
だが、ヴィオルールは原初の魔王と呼ばれる存在。最初のティアロナリアの使いである彼を、人が殺せるのか。
突如、ヴィオルールの動きが止まり、ある一点を見る。先ほど、ロイドが消えた辺りだ。
すると、地面にひびが入り、割れていく。
一瞬にして広がったそれは、人が通り抜けられるような穴を開けた。穴の中は何も見えない。真っ暗闇だが、そこから、青年が這い出て来る。
かなり不機嫌そうな表情で、拘束から抜け出したロイドはヴィオルールを睨みつけた。
さらに、ローズマリアがロイドの横に来ると、彼の手をとって立ちあがらせた。
「よかった、ロイド……」
「どうにか、だけどね。それよりも、ヴィオルール殿をどうにかしましょう」
二人がヴィオルールを見上げた。
巨大なドラゴンもまた、二人を睨みつけ――そこに邪魔が入った。
同じく巨大な火の鳥。フェニックスの様なエネミーが二人とヴィオルールを遮るように現れる。
その上にはムニエルとユイシャン、そしてムニエルに似た悪魔――フェタ。ムニエルとユイシャンにとっての浅からぬ関係である悪魔が姿を現した。さらにゲートからぞくぞくと新たなエネミーが現れ始める。
ふと、聖女に持ち上げられてしまった少女の顔が浮かぶ。彼女は、向こうの世界でエネミーを止めているはずだ。今、どうなってしまったのか。エネミーがこちらに来ていると言う事は、まさか……。
現れたエネミーは先ほどのハルファと共に現れたエネミーよりも数段強力な者達だ。それを見て、ローズマリアはフェニックスを睨みつけた。
あのエネミー達を率いてきたのはおそらくこのフェニックス。そして、このフェニックスの正体は――。
「……ヒルドガルデ」
ヴィオルールとともに有名である、炎の王。グレイズの祖先でもあると言う魔王。
火の鳥の本性をもつ彼はめったに姿を見せないことで有名だったが、サンテラアナに仕えていた悪魔を連れ、ローズマリア達の前へと現れた。
睨みあう。のは、一瞬だった。
ほんの数秒だけ対峙した彼等は、その瞬間には動き出していた。
ここにきて、初めてローズマリアが剣を抜く。一瞬にして剣は幻想的な光を纏い、ただ振るっただけで光の渦が瞬く間に作られ、フェニックスを吹き飛ばそうとする。が、それを悪魔のふるった槍とぶつかると、消失してしまう。
さらに、地響きが起きたと思うと、ローズマリアとロイドのいた地面が崩れ、そこから巨大な竜の顔が姿を見せた。
黒金のドラゴンとは違う、鈍く黄金色に光る岩の様な鱗で覆われた頭。それは周囲の道を破壊しながら巨大な体躯を地上に現わした。
「地竜……?」
地鳴りの時点ですでに回避をしていたロイドとローズマリアは少し離れた場所でそのエネミーを見ていた。
地竜と似た存在、大地の王とも呼ばれる魔王。フォルドラ。
メルキスの伯父で在り、ヴィオルールと同じ原初の王と呼ばれる存在であることを知っているローズマリアとロイドは増えていく敵に困惑した。
彼等は、これまで動かなかった。今まで、彼らが直接手を出して来ることなんてなかった。
だというのに、このタイミングで彼等はヴィオルールの元へ来た。
「っち、次々と」
舌打ちをするローズマリアは地竜を睨みつけながら辺りを見渡す。
戦場はこちら側に不利になっている。先ほどの演説によるエネミーたちの弱体化が多少あったがほんの少し。これでは焼け石に水だ。
黒金のドラゴンだけでなく地竜、不死鳥、サンテラアナの使いであった悪魔まで現れている。ヴィオルールだけでも厄介だと言うのに、どうすればいいと言うのか。
「……門から送り返せないか?」
ローズマリアが近くに知り合いがいないので、いつものようにロイドに話しかける。
「門の近くで中に向かって吹き飛ばす? ってことかな?」
それに気付いたロイドもまた、いつも通りに返した。
ゲートはそこからあまり離れていない。人とそう変わらない姿の悪魔ならともかく、巨大な竜と鳥相手にどうも出来ない様な気がするが、ロイドは笑って頷く。
「それ、いいかもしれないな」
「だろ」
二人を取り囲む敵。挑戦的に、まるで楽しむように、二人は背を預け合いながら笑った。
ロイドが目の前に来た地竜を見て剣を構える。
「フォルドラは俺がやる」
「なら、こっちは――」
「ヴィオルールはこちらに任せて欲しい」
ローズマリアの言葉を遮り、金髪の青年が不機嫌そうに言った。
先ほどまでメルキスと戦っていたはずのリンド=リアだ。
メルキスの姿は見えない。リンド=リアが殺したのか、それとも逃亡したのかは二人には判らなかった。
リンド=リアには、服こそ破れていたり血で染まっていたが、外傷はない。
「わかりました。お願いします」
たとえ、リンド=リアのほうが弱かったとしても彼が倒れる事はそうない。そう判断し、ローズマリアは残ったヒルドガルデの元に向かう。
悪魔――フェタにはすでに手を出さない様に前々から言われているので見向きもしない。
その様子にフェタはため息をついた。これから始まる茶番を考えて。
彼の後ろには、ボロボロながらもその目に光を失わず、フェタを睨みつける二人の天使と悪魔の姿があった。




