原初の魔王4
避難する人々と擦れ違う車の中で、冬真は焦っていた。
運転手はジョニーと名乗る外人だ。その助手席には穂波が座っている。冬真は、後部席で外を見ていた。
そこから、黒金ドラゴンが空へ飛び上がるのが見えた。さらに、ドラゴンだけでなく蛇の様な巨大なエネミーがいるのも時折見える。
またゲートが開いた。しかも、あの黒金のドラゴンが現れた。
あのドラゴンの目的は――あの、アイテールと名乗る存在だろう。
冬真は今日、湖由利がアイテールとクロム、そして梓月を連れて陸の家に逝く事を知っていた。そもそも、本当は冬真も行く予定だったのだ。しかし、雪菜についてのメールが来たので土壇場で断り、こちらに来ていた。
アイテールも、梓月達といる。つまり、あのドラゴンと梓月達がまた逢うかも知れない。
いや、梓月の『場』が展開していることから、十中八九あの戦いに巻き込まれているはずだ。
柄を握りしめて、遅い車を心の中で文句を言いながら待っていた。
穂波から話を聞いていた冬真だったが、梓月達の事が気になって話どころのではない様子に穂波はため息をつき、しょうがないのであのエネミーのいる場所まで送ろうと言ったのは数十分前のことだ。本当なら四十分もあれば着くのだが、避難する人々のせいでなかなか進めないのだ。
いらいらとしている冬真をミラーで見て、穂波は青いわね、と呟いた。
とりあえず、このままだとこっちまでいらいらしてくるので話題を振ることにする。
「それにしても、驚いたわ。本当に、梓月ちゃんの『場』がこんなんに変わってるなんて」
「……白野の『場』を、知ってるんですか?」
「え? 私はあの研究所で『場』の研究していたんだぞ?」
「あ……そっか」
「元々不安定な『場』で心配してたけど、これなら安心できる」
「そ、それは、どういう意味ですか?」
予想外に食いついて来た冬真に穂波は笑う。この子、もしかしたらもしかするかもしれない。
冬真は不安だった。なんで、こんな『場』を見て安心できると言ったのか。それが、わからなかった。
冬真から言えば、あの時雨日和のほうが安心できる。
「あの子の『場』は、もともと不安定で……はっきり言って危険だったのよ」
「え……?」
初耳だった。
当たり前だ。
梓月の『場』時雨日和について分かっていることは少ない。もともとの資料が少ないからだ。
しかし、冬真が見た雪菜の書いた日記によれば、回復も出来る支援中心の普通の『場』だったはずだ。
「まあ、しらないか……昔の話だし、長くなるけれど、ちょうどいいよね」
そう言って、穂波は思い出す。
梓月の母親は、旧名白野槻美と言った。
研究者であった棗明良と結婚し、棗の姓を名乗る様になった。
彼女はもともと身体が弱く、子どもを産むのは危険だと言われたが結局反対を押し切って出産をしたらしい。
無理がたたったのか、五年後。梓月が五歳の時に槻美は倒れ、その後闘病生活を病院で送ることとなる。
梓月が空操師としての才能を見せたのはその頃でもあった。
「小学生の頃の梓月ちゃんの『場』は、ただ、昔話をなぞったような『場』だったんだ」
「……」
そう、母親がよく好んで読み聞かせた昔話。「きつねのよめいり」
最後はいつだってこう締めくくられる。
『雨は降らない虹の向こうで、幸せに暮らしましたとさ。』
虹の向こう側には、幸せの国があると信じた、梓月の世界。それは、虹を創りだす『場』だった。
ゲートが開いた時、晴天の中で突如雨が降って虹が出た。それが、きっかけで梓月は出来たばかりの緩奈学園に通うこととなる。
その頃はまだ空操師という存在は貴重で、その育成は手探りの状態だった。
その頃、穂波はまだ研究者の見習いだったが、たまたま空操師の研究に携わっていた先輩の元を訪ねた時、梓月と出逢った。
「彼女の『場』が、おかしいと気づいたのはいつだったのかわからない。ただ、梓月ちゃんのお父さん……明良さんもなんとなくは気づいていたのかもしれないわ。でも、本当にその頃は『場』の事なんてよく解らない代物だったから、すぐに気付けなかった」
「おかしいって、何がですか?」
「最初は、黒い影を見たと言う人がいたんだよ。私も、見た」
「黒い、影……」
それを聞いた冬真は気付く。
「それ……」
去年……空操師の『場』が暴走する事件があった。あの時、梓月の周りで黒い影のような者が現れて、襲ってきた。
冬真の様子に気づき、君も見たのかと穂波は呟く。
「その後、彼女の『場』がひどく不安定で、『場』を創るたびに雨が降り虹が出る以外のものが変わっている事に気づいた。怪我を治す『場』だったり、光を生みだす『場』だったり。まあ、それくらいなら良かったんだ。そういう不安定な『場』の人もけっこういたからね」
でも、そう言っていられない事態が起きた。
梓月の母親が死んだのだ。
エネミーの襲撃で病院が一つ、全滅した。
逃げ延びた人もいたが、寝たきりだった彼女は、抵抗する事も出来ず、殺された。
それからだ、梓月の『場』が変わったのは。
以前にもまして黒い影が現れ――白い花嫁衣装の着物を着た、狐のお面の女が現れた。
それは、冬真も見たことがある。最初はお化けかと思っていたが、あれは梓月の『場』によって生み出された物だと今は知っている。
「私は、見た。あの狐のお面の花嫁は……その正体は――」
あの、花嫁は
彼女達は、言われたことを行う人形だ。
誰かに命令を受けなければ動けない、機械だ。
そう、創られた。
けど……。
少女は焦っていた。
この戦いでの白野梓月の監視。それが今回の任務のはずだった。
しかし、白野梓月のもとに行く前に足を止めてしまった。そこでは、様々な年齢の子供が避難をしているところだった。
どこかの中学生とでも思われたのか、早く非難しろと手を引かれてしまい、そのままなぜか一緒に避難をしている。少しずつ速度を下げて最後尾に行き、こっそりその集団から抜け出そうとした。
目の前で子どもが転ぶと泣きだす。
最後尾の子どもだ。慌てているせいでその子どもが転んだことにも前の者達は気付かなかった。
このまま動かなければ、ドラゴンのブレスがここに来るかもしれない。先ほどから、ドラゴンはめちゃくちゃにブレスを吐きだしている。
ブレスはここまで届くだろう。何もしなければ、一瞬のうちに消されるだろう。そんな威力だ。
その時、ドラゴンがこちらに向くのがわかった。
「……」
どうする。早く、回避しなければ。早く、白野梓月の元へ行かなければ。
そう思っても、少女は動けなかった。
なぜか、その子どもを庇っていた。その後ろにいる子ども達を、守っていた。
「え?」
泣きべそをかいていた子どもが顔をあげると、そこには炎があった。ドラゴンのあのブレスではない。
とても、美しい炎の壁。それが、ブレスを防いでいた。
未だにブレスは連続して吐き出され続けている。
それを、自身が生み出した炎で少女が防いでいた。
冷や汗が少女の額に浮かぶ。
苦しそうに彼女は顔をゆがめるが、動かない。
「はやく、逃げろっ!!」
苦しげに少女が叫ぶと、転んで泣いていた子どもがまた涙を浮かべながら転げるように走って逃げていった。
いつまでも続くかと思われていた炎とブレスの攻防戦は、少しずつ納まっていく。
元々、ブレスはそう長時間吐き出され続けられるようなものでは無かったのが幸運だった。
少しずつ威力が落ちていくと、完全に消える。
それを確認して――少女から力が抜けた。そのまま、地面に倒れ込み――いや、少年がそれを受け止める。
「大丈夫ですかっ?!」
どうして、彼は逃げてないのだろう。
少女はぼんやりと思いながら、少年を見た。
黒髪に、黒い眼の、普通の少年だった。
視線が交わった途端、少年は笑った。屈託のない笑みだった。
「よかった……」
どうして、そんなに笑うのだろう。まだ、戦いは終わっていないのに。
少女は冷静に今の状況を考える。
少女にはもう、余力は残されていない。今、またドラゴンのブレスが来たら防ぐ事も逃げる事も出来ないだろう。そして、白野梓月の元に行き、監視をすることも……。
あのブレス一つで、ここまで消耗してしまったなんて。
少女は自分に呆れながらも、後悔はしていない。自分でそんな自分が不思議でしかたなかった。
「あの、僕のこと、覚えてる?」
「……?」
覚えている?
少女は思考を止めて少年の顔をマジマジと見た。
覚えていない。見覚えのない少年だ。
その様子に気づいたのだろう。少し残念そうに、でも嬉しそうに彼は言った。
「ぼく、この前君に助けられたんだ」
「そう」
何時のことだろう。しかし、覚えていない。
「炎の魔女さんに、もう一度、逢いたかった」
「魔女……炎の、魔女?」
炎の魔女?
自分のことだとすぐに気づいた。
自分が得意なのは炎の魔法。だから、きっと彼はそれを見て。
「私は、魔女ではない。私は、魔法師」
「まほうし? 聞いたことないけど……」
当たり前だ。まだ、世間には知らされていないのだから。
だから、普通なら少年にそのようなことを告げてはいけなかった。でも、なぜか離してしまっていた。
「あの、ずっと君の事を探してたんだ」
「なぜ?」
「あっ、お、お、お礼を、言いたくて!! あ、あの時は、助けてくれてありがとうございました!」
真っ赤になった少年に、少女は首をかしげる。
なぜ、こんなに彼は嬉しそうに笑うのか、意味が解らなかった。
「ぼく、涼代レイっていいますっ。あのっ、よければ、名前を教えてください」
もごもごと聞き取りにくい声で彼は告げた。
「……」
なんで、彼はこんなに顔を赤く染めているのだろう。彼は、どうして。
わからない。その為、思考を止める。
「ハルマチ」
「ハルマチ、さん?」
名前を告げるなんてことは本来ならしてはならないことだった。
だから、これは気まぐれだった。
「春待礼火。アキホって名前、嫌い。だから、違う名前で呼んで」
初めて触れ合った少年に、いつの間にか話していた。
「じゃ、じゃあ…………はるまちさん……」
「……ハル、で、いい」
「ハ、ハル、さん?」
「うむ」
満足して頷くと、少年はなぜかこちらを見て真っ赤になって口を開けていた。
「どうした」
「い、いえっ」
慌てて顔をそむけるが、先ほどの表情の意味が解らない。なにか、可笑しなことがあったかと顔を触ってみるが、別にいつもと変わらない。
彼の行動の一つ一つに意味が解らないため、とても面白いと興味を抱く。
とりあえず、立てる様になったようなのでレイの手から立ち上がった。
「……もう一度、呼んで」
聞きたくなったのは、初めて自分が自分以外の者に生れたような気がしたからだった。
立ち上がると、一緒にレイも立ちあがった。
そういえば、女の子を抱いていたのだと気付きさらに真っ赤になったり青白くなったりするレイを見ながら、彼女は言った。
「え?」
「名前」
「アキ……えっと、ハル、さん?」
「うん」
頷くと、レイは手で顔を隠した。何かおかしかったのだろうか。
アキホは首をかしげる。
「えっと、えと、ハルさんは、正義の味方ですか?」
「うん?」
「だって、ハルさんはいつも誰かを助けて居ます」
違うに決まっている。
自分は、人殺しだ。そう、アキホは言えなかった。
きらきらと無邪気な瞳で聞いて来る彼に答えられなかった。だから、違うと首を振る。
「助かった。私は、行く」
「あっ、あの」
「まだなにか?」
少し、しょんぼりとしてレイは聞いた。
「また、逢えますか?」
「……」
どうだろう。
アキホは考える。
「逢わない方がいい」
そう、思った。
自分は殺人者だ。魔法師だ。人類の敵だ。
だから、この少年にだけはまた逢いたくないと思った。
彼に、自分の本性を見せたくないと、思った。
なぜだかわからない。
ただ、彼がとってもかけがえのないような存在に感じたのだ。
非日常が日常となってしまったアキホの中で、彼は、日常の象徴に感じられた。そんな彼が、非日常に自分に触れることで、日常を失うかもしれないのが、怖ろしかった。
なぜだかわからない。
「もう、二度と逢わない方がいい」
呆然と、頬をひっぱたかれて呆然としている様な、そんな様子で固まったレイに背を向けた。
「さよならだ、レイ」
「さ、さようなら!!」
今が戦闘中だって言う事も忘れて話していた。その事に気づいたアキホは愕然とする。
彼の姿が見えなくなる場所まで歩いて、崩れ落ちた。
自分が、よくわからなかった。
「不思議だ」
彼は、とっても不思議だ。
彼と話していただけなのに、なにか満ち足りた様な気がした。
また、逢いたい。もう、逢わない方がいい。二つの矛盾した感情を抱えながら、アキホはただ考え込んでいた。
「不思議だ」
『ハル』と、アキホではない名前を呼ばれた。それが、嬉しかった。
「ハルマチ、アキホ……さん……」
残されたレイは、少女の名を口の中で呟いていた。
とても、嬉しかったのだ。彼女と会えた。きちんと話せた。名前を聞く事まで出来てしまった。でも、もう逢わない方がいいと言われてしまった。それだけは辛い。
でも、いつかまた、逢えると思っていた。
「笑った顔、可愛かったな……」
先ほど、ふいに見れたハルの笑顔を思い出して、レイは頬を染めていた。
不思議な人だった。
ハルさんと呼んだだけであんな風に笑うなんて。
そもそも、どうして名前が嫌いなのだろうか。彼女は、魔法師とは、いったい何者なのだろうか。
考えるが、止める。
ただ、今は少女との再会を、喜んでいたかった。
レイのまだ恋愛にはいかない憧れに近い思慕が、少しずつ形を変えていく。
陸がドラゴン達の戦う戦場へ向かっていた時。その異変は起こった。
『場』が、激変したのだ。
恨みを、憎しみを、恐怖を詰め込んだような『場』が、変わった。
晴天の空に、虹がかかる。
それが、元々の『場』と混じる。
「時雨、日和?」
湖由利を癒したことのある『場』が、死乃絶対完結理論の『場』と、交わっていた。
しかし、自体はさらに悪い方向へと進む。
突如空に何かが輝いた。いや、見間違いだったかもしれないが、何か、水晶の様な物が浮かんでいた。
一瞬のことで、誰も気付かなかった。ただ、空が光ったとだけ皆は認識した。
そして、その後の地獄にもにた光景に恐怖した。
空から、何十、何百ものエネミーが降ってきたのだ。
意味がわからなかった。ゲートから、ではない。突如、空から、だ。
それも、広範囲に。
幸い、前回のエネミーよりも少なかったこと、どうもゲートからそれ以上現れそうにないことだけが救いだった。
しかし、状況は確実に悪化している。
陸の周りにも、何体ものエネミーが落ちてきた。
最初は面食らったものの、すぐに柄を最適化させて迎え撃つ。
そこまで強くない。そう侮って近くに居たゴブリンを斬り払った。
さらに、近くに居たブラッドサッカーを潰すように剣を振るう。
嫌な声を上げながらエネミーは消えていった。しかし、まだまだいる。
「……でだよ」
グリフィンが飛び上がり、頭上から鋭い鉤爪で襲いかかるが、身をかわして腹を裂く。
その向こうから襲ってくるトロールは、棍棒をゆっくりと振り上げる。当たれば致命傷だろうが、当たらなければ意味が無い。素早い身のこなしでトロールの元に急接近して、腕を斬り落とした。
「どうしてっ……なんだ」
サンダーバードがでたらめに雷を落とす。
それが陸にあたる。肉が焼ける臭いがした。しかし、『場』のおかげかそこまでダメージはない。
驚くサンダーバードを、躊躇いなく陸は斬り堕とした。
断末魔が陸の周りで響き渡る。その声は止まらない。
「どうしてっ、サーシャさんは死んだんだっ。なんでっ」
血が、辺り一面に飛び散り、数分もすると跡かたもなく消失する。
そのたびに、絶叫があがる。
そこは、地獄だった。地獄の様な光景だった。
ぼろぼろに傷ついて行く陸は、それでも止まらない。
なんて酷い戦いだろう。
それを、離れた場所で白い髪の少女が見つめる。
「こう、なったか……」
憐れむ様な瞳で、陸を見る。
「……せめて、次は。いや、やめておこう。次があるのかなど、彼にしかわからないのだから」
『彼』の事を思い出して、少女は赤い目を細める。今、彼は、どこにいて、なにをしているのだろう。
「くそっ、くそっ、くそおっ!!」
行き場のない感情。ただ、子どもの様にやつあたりして、陸は進む。
「あめ……か?」
車の中で、ジョニーが不思議そうに空を見る。
空は、明るい。雲ひとつない。お天気雨だ。
しとしとと雨が降る。
「これは……なんで……っ?!」
穂波はその光景に言葉を失っていた。
先ほど、梓月の『場』の話を聞いていた冬真はすぐに気づいた。これは時雨日和だ。
でも、ちがう。時雨日和でいて、時雨日和ではない。
「二つの『場』が……」
死乃絶対完結理論と時雨日和が、二つが、創られていた。
ありえない。いや、ありえないと思っていた。
「あいつ」
何時もいつも、無理だとか諦めていたのに。冬真が言って、ようやく納得している様な奴だったのに。
なんとも言えない感情が広がる。その気持ちを言葉にできない。
嬉しい、というかなんだか今まで見守っていた子どもが一人立ちした様な、いや、なにか違うかもしれない。
そして、一つの仮説が生まれる。
狐の嫁入り。なぞの黒い影。花嫁の正体。梓月の時雨日和は……。
「まさか」
ありえない話では無かった。
「……だから、時雨日和は危険だと」
「ええ、そうよ」
ようやく気付いた冬真の前で、さらに世界は変わっていく。
なにかが光ったと思うと、上からエネミーが降ってくるように現れたのだ。
「ガッデム!! おいっ、なんだこりゃあ」
それまで、黙って運転をしていたジョニーが悪態をついた。
「知らないわ! とにかく、急いでジョニー!」
「あ、ああ、わかったっ」
「いやっ、下ろしてくれ! エネミーを、このままにしたら--」
まだ、避難していない人々の声が車の中にいても聞こえてくる。
ゴブリンが近くの子ども連れを襲おうとする。慌てて車から飛び降りようとするが、鍵が開かない。
「くそっ」
目の前で誰かが死ぬ? たとえ、知らない人だろうと、そんなの許せない。
しかし――ゴブリンは何者かによって真っ二つにされた。
「あれは……」
どうやら非番だったらしい私服の青年。何度か会った事がある、暮羽地結城だった。
しかし、その様子は何時もと違った。いつも周りを見て気にかけてくれる優しい先輩。その彼は、無表情でエネミーを斬っていた。
淡々と、作業をするように。
ただ、何かから逃げるように。
他にも、非番だった柄創師達が突如現れた大量のエネミーを殺していく。
「ここは大丈夫そうね。行くわよ」
穂波がジョニーに発進を頼む。
冬真は、暮羽地を見たままだった。
少しずつ離れていく。
背を向けた彼の姿は、どこかさびしかった。
冬真も、噂に聞いていて知っていた。
暮羽地結城と、ミントの関係。
「なんで、こんなことになったんだろ……」
どうして、こんなことになってしまったのか、だれも知らない。
どうすれば終わるのか、だれも知らない。
「どうして、なんだ」
神様にでも聞けばわかるのだろうか。
この意味のわからない、理不尽な世界を、終わらせることはできるのだろうか。
空から、それは落ちて来た。
リンド=リアはそれを見て、嗤う。
「遅かったな」
そう、声をかける。
降りだした雨の中、その魔王は空から現れた。
さらに、魔物までもくっついて来てしまったのはこまったが。
「ククッ、こういうのは最後に現れるのが楽しいだろう?」
いつものように、実に傲慢な声色で応える。
それに、リンド=リアはほっと息をついた。
来るかはある意味賭けだった。来たとしても、こちらをきちんと覚えてくれているか、それも心配だった。
しかし、普通を装っているがかなり無理をしている。長い付き合いのリンドだからこそ気付いたが、かなり体力も魔力も消耗している。
もともとほとんどの魔力を封じられてしまっていたため、今魔術を行うのは危険だ。しかし、彼は何事もない様に嗤う。
「おい、この魔物達、どうするんだ?」
「実力差もわからないような小物だ。そこらへんの柄創師が掃除してくれるだろう」
つまり、こちらの人々に押し付けるつもりだ。
なんて酷い。なんて言っておくが、リンドはその真意に気づいてそれ以上何も言わない。
「とりあえず、あのくそジジイをどうにかするか」
幼馴染であり、今は敵対しているメルキスには目も向けず、言った。
いや、目を向けているかは解らない。
なぜなら、両目とも包帯が巻かれて見る事が出来ないからだ。
しかし、彼はしっかりとした足取りでヴィオルールがいる方へと歩きだす。
「おまえっ、なんで……なんで人間の味方なんてっ。今からでも遅くないっ、こっちに戻ってこい!!」
メルキスが叫ぶが、彼は振り返らない。
「それは、無理だ」
「なんでっ、どうしてだ、ハルファっ!!」
ハルファレイズ・ミナカトールは不敵に笑った。
「当たり前だろう? オレは、誰かに命令されるのが一番嫌いなんだ」
嫌いで嫌いで嫌いで嫌いなんだ




