原初の魔王
その日、世界は真実を知った。
黒く、禍々しい亀裂。それが世界を引き裂いた。
空操師でなくとも、それを目の前にすればその違和感も異常さも歪さも気づくだろう。
目の前のそれは、あってはならないモノだと。
この世界には決して存在しない、災厄なのだと。
アルカディア対策本部、研究所のある棟の前で、梓月達はそのゲートの発生を目のあたりにすることと為った。
刻一刻と広がっていくそれの奥のそこから、いつエネミーが現れるのか。そう身構え、いつでも逃亡できるように構えていた。
このゲートから現れるモノの脅威に気づいたからだ。
普通のゲートと、これは違う。別物だ。
なにより、それの放つ力が、中から見える混沌の深さが、梓月ですら震えるほどの殺意が、普通のゲートと違った。
天を裂くのではと思うほどに広がっていったゲートは、やがてその膨張を止める。
そして――その奥からソレは現れた。
正直、クロムも湖由利もその姿に驚き油断をした。
中から現れたのは黒金のドラゴンでもキリンやオウリュウの様な幻獣でもない。エネミーでもなかったからだ。
それは、ヒトだった。
黒髪に赤い瞳の青年だったのだ。なんとなく、見覚えのある人。
黒いローブの青年は、梓月達を見て微笑んだ。
「おや、出るところを間違えたのかな?」
腰に剣を下げているものの、手を伸ばそうともせず、無防備に彼は聞いて来る。
まさか、ヒトが出て来るとは思っていなかったクロムと湖由利はまじまじとアルカディアの住人と思われる彼を見てしまっていた。
梓月が気づいたのは、たまたまだった。
そして、偶然まだ誰も『場』を創っていなかったことが幸いした。
背筋も凍るような悪寒に、慌てて『場』を創り、影を集めて盾を創る。
今までにアルカディアの住人を見た事があったこと、そしてこれまでの戦場での命のやりとりが、その一瞬の攻撃を防いだ。
「おや?」
彼は驚いたように紅の瞳を丸くする。
「殺したと思ったんだけどなぁ」
「……」
梓月とクロム、湖由利。三人を守っていた影の盾が消えた。
周りは――コンクリートの道が抉れ、研究所の壁には穴があき、近くの硝子は全て割れている。
一瞬のことだった。
彼が何をしたのか解らない。ただ、梓月の『場』が間にあわなければ確実に死んでいた。
それに気づいたクロムの頬を、冷や汗が伝う。
なにが起こったのか解らない湖由利は、震える梓月の手に気づいて瞠目する。
「に、にげ……」
逃げる。そんな事を梓月が言うことなんて今までなかった。
何時だって、まるで楽しんでいるかのようにエネミーと対峙していた。最初から、こんな逃げ腰なことなんてなかった。
しかし、目の前の青年を目にして、初めて彼女は誰かの前で逃亡を口にしようとした。
「――られると思った?」
声が出ない。そう気づいた時には、身体さえも動けなくなっていた。
悠然と青年は歩いて来る。
その顔を間近で見て、ようやく梓月は思い出す。
彼は、あの大賢者だとか魔王だと名乗ったハルファによく似ているのだ。
違いと言えば、腹の立つ笑みを浮かべていないことと、外見に似合わずどこか貫禄を漂わせていること、そして、その色彩ぐらいだ。
彼はすぐそばに、手を伸ばせば簡単に触れられる場所で、止まる。
「あの子はどこかな?」
あの子、と言われても誰だかとっさに出てこなかった。
が、ゲートから出てきた彼等が探しているということを考えればおのずと答えがでる。
「アイテール、を……殺しに来た、の?」
「アイテール? あぁ、そう名乗っているのか。そうそう。さっきまでここにいたと思うんだけど……どこに隠したんだい」
アイテールは本部の中……すでにムニエルとユイシャンの元に着いた頃だろうか。あの二人ならこの現状に気づいてどうにかしてくれるかもしれない。それまでの時間稼ぎを……そう、梓月が考えているのを見透かしたように、彼は言った。
「あのサンテラアナの使い如きに、止められると思っているのなら心外かな? あの子たちじゃ僕には絶対に勝てないよ。……やっぱりアルカディアの気配がするのは気にくわないな。うん。殺すなとは言われてたけど……事故って事で殺してもいいよね? うん」
殺すなと言われていた? 事故?
梓月達には意味が解らない勝手なこと独りで話し、納得して頷く。
ただ、梓月を殺そうとしていることだけがわかったが、動けない。
「恨むのなら、あの女神を怨むんだね」
くすりと嗤う青年は、ゆっくりと手を伸ばす。
いや、伸ばそうとして、突然動きを止める。驚いた様子で、目を見開き、すぐにその表情をかき消すとその場から下がった。
「え?」
「うわっ」
瞬間、身体の自由が解かれ、思わずたたらを踏む。動こうと努力をしていたのか、クロムも転びかけて、慌てて姿勢を直す。
青年のほうは、さらに後ろに下がると梓月達の遥か後方を見ていた。
そこには、まるで子供を見るかのような優しい微笑みがあった。
「予想より、早かったね」
おそるおそる梓月が後ろを向くと、そこには、もう一つ……小さなゲートが創られていた。
本部への入口を遮るように。青年の現れたゲートと対峙するように。
そこに、二人……紅の髪の騎士と、金の髪の青年が並んでいる。
忘れかけていた記憶が再生される。
印象的な紅の髪、どこかの時代から迷い込んでしまったかのような甲冑。梓月は、一度会ったことがあった。
ハルファと聖女だとか紹介されていた少女、そして、
「……ローズ、マリア?」
「はい。お久しぶりです。シラノ」
ニコリと笑うと、ローズマリアは後ろに見知らぬ青年を従えて歩きだす。
「しかし、ヴィオルール殿。私が早かったのではなく、貴方がまっていたからですよね?」
「ああ、少しぐらいはね。それで、他の仲間たちは見捨ててきたのかい?」
「見捨てる? 可笑しなことを言う。まさか、ルキア達が死ぬとでも?」
「そうじゃ無ければ、ここには来られないだろう」
「まさか。私は仲間を信じているので。それよりも危ないのはヴィオルール殿では?」
「ククッ。オレが? ようやく独り立ちした様なガキたち相手に?」
「せいぜい油断をしていてください。その独り立ちしたばかりの子ども達に足をすくわれますよ」
微笑みながらかわされる会話は、少しずつヴィオルールと呼ばれた青年の言葉が乱暴になっていくにしたがい壊れていく。
そして、梓月達は目の前の青年の正体に気づいた。
ヴィオルール。その名はムニエルとユイシャンによって幾度も話にでてきた。
あの、黒金のドラゴン――。
畏れるのも当然だ。
「まあ、ここにハルファを連れてこなかったことぐらいは評価しておくよ。あのガキのわがままを聞かなかった事は」
「そうですか?」
その外見をみるに、きっと関係のある間柄なのだろう。
彼があの黒金のドラゴンと言う事は魔王と言う事。ハルファの親、それか親戚かもしれない。そういえば、ドラゴンを見てハルファがクソ爺と連呼していたことを思い出す。
「本当は、会えるかと思っていたんだけどな」
「……」
「大丈夫ですよ。ハルファならすぐに来ますから」
それまで黙っていた青年がローズマリアの横を抜いて走りだす。
「それに、来ないことを選択したのはあいつだ! 貴方が思っているほどあいつは子供じゃないし」
流れるような動きでするりと腰に佩いだ剣を抜いた。
「貴方が思っているほどあいつは弱くないから、なっ!!」
そのまま風を纏い――ヴィオルールに斬りかかる。
目を開けていられない様な爆風が巻き起きた。
両手で顔を庇いながら、梓月は戦いの行方を見る。
剣が何度もぶつかりあう。そのたびに風が起こるが、最初の衝突時よりも幾分か穏やかになっていった。
「リンド=リア!!」
「ロゼさんはアイテールの確保をっ。こっちは任せて!」
金髪の青年がヴィオルールと対峙しながら叫ぶ。
「わかりました。とにかく、ここから離れましょう」
後半は梓月達に向かって、ローズマリアが告げる。
一も二もなく、クロムががくがくと頷いた。よほど恐ろしかったらしい。湖由利も顔を蒼白にしている。それは梓月も同じだ。
意地っ張りなため、顔にこそ出さない様にしているが内心ではクロム達と同じ。ローズマリア達が来た事で少し余裕が出来たが、そもそもローズマリア達が敵なのか味方なのか、そして味方だったとしてもヴィオルールと対峙できるほどの力を持っているのか……不安がつきない。
「させるかっ……メルキス!」
ヴィオルールがヒトの名前か何かを呼ぶ。
すると、巨大なゲートからこちらの世界ではありえない、深い紺青色の髪の青年が現れた。
ヴィオルールよりも若い彼は、ぐるりと世界を見渡して、眉をひそめる。
「……リンドさん」
「久しぶりだな、メルキス」
二人は旧知の仲らしい。どちらも敵対しているらしいというのに親しげに話しかける。
「貴方が裏切るとは思っていませんでしたよ」
「まあ、な。むしろ、オレはお前ならこっちに来ると思っていたんだが」
「……遠慮しますよ。だいたい、ヒトの汚さは貴方のほうがよく解っていると思っていたのですが」
「そうだな。すまんっ、ロゼ!」
ローズマリアの誘導で逃亡をしようとしていた梓月達の元に、ヴィオルールが悠然と歩いて行く。
メルキスと対峙するリンドに、彼を止める事は出来なかったのだ。
「まったく。今のうちに……アルカディアの鏡を……」
走る梓月達には追いつく気が無いかのような歩みだと言うのに、その距離はどんどん縮まっていく。そして、数メートルという所で一気に飛んだ。
ローズマリアが梓月達を庇おうとするが、間にあわない。
迷わず狙われた梓月は思わず目をつぶって、
「殺しておきたかったのに」
気がつくと誰かに庇われていた。
黒いコートを来た、黒髪の青年――思わず、なぜか冬真がきたのではと一瞬期待して、ありえないと首を振る。
――彼は、ヴィオルールの剣を自らの長剣で止めていた。
冬真は、ここに居ない。それに、彼が使うのは自分の背よりも長い槍だ。
なにかもやもやとしたものが生まれるが、理由が解らず梓月は無視をした。
突如現れた青年はヴィオルールの剣をはじき返す。さらに追撃。
ヴィオルールを追い詰める様に振るわれる剣は、一切の躊躇いもなく急所を狙っている。
剣は苦手なのか、それとも彼とは相性が悪いのか、互角だったリンドの時とは変って追い詰められていく。
そして、強く弾かれた剣はヴィオルールの手から抜けた。
あっ、と言った時には、簡単に届く範囲から飛ばされる。
「ここまでですよ――ヴィオルール殿」
黒髪の騎士は穏やかに告げた。
「彼等……いや、彼女を害する事は私が許しません」
きっぱりとした宣言。
それを聞いて、ローズマリアが震える。それに気づいた梓月は何事かとローズマリアを見るが、その顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。
黒髪の騎士がヴィオルールに背を向けると、なぜか梓月達の元に跪いた。
慣れた様子で、優雅に。ここがコンクリートで出来た道路の真ん中であるにも関わらず、どこかの絵画の様に。
「ようやく……守るべきヒトに逢えた」
顔をあげた彼は、梓月に視線を向けた。
黒髪ではあるものの、日本人と言うよりも西洋人の顔立ちであることに気づく。
その人に見つめられ、数秒後に彼の言った意味を理解した。
「……えっ、ま、まさか、わた、し?」
守るべきヒト……ローズマリア、ではないだろう。クロムと湖由利には目もくれていない。つまり、残るのは梓月となる。
「ええ、シラノシヅキ。私はロイド・オーキス。ロイドとお呼びください」
え、なんで名前を知ってるの。つか、この人、誰。盛大に独りで混乱している梓月の前で、彼は頷いた。
あれは、それか。アルカディアの鏡だとか何だとかの関係か。自分の知らない場所で有名に、しかも守るとかなんとか言われてなにも言えない。
しかし、彼はさらに爆弾発言をしてくれた。
「私はアルトカの騎士……アルカディアの鏡を代々守護する一族の末裔であり、今は……貴女の騎士です」
「…………………は?」
ファンタジーでいて時代錯誤な話に、数秒硬直をした梓月を誰も責められないだろう。
「と、言う訳ですので、ヴィオルール殿。私が来たからには貴方に、主人を傷つけることなど許しはしませんよ」
「初めまして。七氏リカ……いや、鈴村穂波。鈴村晶許の姉だ」
梓月達からは離れた違う場所で、矢野冬真もまた混乱し、数秒我を失っていた。
「ア、アキ、ホって、あの……」
英雄と言われたあの、少女。
彼女は、その姉だと名乗った。
意味が解らない。
冬真は彼女を見る。
研究者なのだろうか。白衣を来ている。が、その下はなぜか軍服の様なものだ。
顔は、鈴村晶許にしても穂波にしても、写真でしか見たことが無いのでなんとも言えない。
だが、鈴村穂波ではない、と冬真は確信していた。
なぜなら、ありえないのだ。
矢野冬真が知る限り、鈴村晶許の姉である研究者鈴村穂波は、研究所にいた為にあの事件に巻き込まれ、救出されたものの数日のうちに亡くなったはずだからである。
そう、鈴村穂波はもうすでに存在しないのだ。
「妹が、君の妹にお世話になったっていってたよ」
「なっ、なにを言って……」
この人は誰だ。
一歩、近づいて来る穂波に気づいて思わずあとずさる。
厄介な事に巻き込まれてしまったような気がする。どうしてこんなことになっているのか、後悔をしながら、冬真は今までの事を思い出していた。
――今日ここに来たのは、一通のメールのせいだった。
雪菜から預かっていたものを返したい。との話で思わず来てしまった。
よくよく考えれば、なんでこんな場所で集合したのだとかなんで冬真のメールアドレスを知っていたのだとか疑問があったはずなのだが、雪菜の名前で全部吹っ飛んでしまっていた。
今さら後悔しても遅い。
とにかく、来てしまったのだから、鈴村穂波だろうとなかろうと、預かっているものが本当にあるのかだけは聞いておこうと結論に至る。どうせ相手は研究者らしき女性一人だ。こっちは現役の柄創師見習いの学生。逃げようと思えば逃げられるし彼女程度なら無力化させることも出来るだろうと思ったのだ。
「ああ、そういえば鈴村穂波は死んだことになってるのかっ。うん、疑うのはいいことだ、が私は正真正銘の姉だよ」
「で、でも」
ニュースでは死んだと。それに、葬式だって妹と一緒にあげられていたはずだ。
「あーめんどくさっ。まあ、訳ありって事さ……それに、こう見えてもつい最近まで日本のアルカディア対策本部で働いていたぞ。偽名だったけど」
「……はぁ」
ますます怪しい気が……。
とりあえず逃げ道だけは確認しながら、彼女の話を聞く。
「それで、なんの用なんですか」
「ああ、それはちょっとこっちに協力して欲しいっていうか……」
「は?」
「いや、今はそれよりもアキホから聞いた話でもしようか」
鈴村晶許は冬真の妹である雪菜と学年が違う。しかし、元々少なかった空操師という共通事項から、交流があった。それは当時の雪菜の話や日記を見て知っている。
そして、白野梓月も……。
「うちんちは元々親が早くに亡くなってね、うちがアキホを育てた様なもんなんだけど、ほんとアキホはいい子に育った。じゃなくてアキホはよく学校の話をしてくれてね」
途中、話が姉ばか丸出しの会話になりそうになったが、半眼の冬真を見て穂波は苦笑しながら話を変える。
「その中で、ユキナちゃんの話もあったよ」
「っ!!」
「あの日、アキホに言われたわ。『今日は友達のお兄ちゃんが遊びに来るから、ちょっと帰るのが遅くなる』ってね」
「……え?」
鈴村晶許の友達の兄――それは、おそらく自分だ。
梓月は一人っ子だし、他の友達に兄がいたとかあまり聞かない。雪菜は学校で兄がいると話すとみんなが羨ましがると言っていたことを思い出す。羨ましがっていたという事は、兄がいる人が少なかったということだろう。それに、その日に冬真は雪菜に呼ばれたのだ。
「どうやら、ユキナちゃんはアキホ達に貴方を紹介したかったらしかったわ」
「……」
本当、なのだろうか。冬真は迷う。
彼女は本当に鈴村晶許の姉なのか。本当だとしたら、雪菜は……。
「あ、もちろんその中にはシヅキちゃんもいたと思うから、彼女から話を聞く事もできるんじゃない?」
「えっ」
思わず声を出してしまう。
梓月と出逢って三カ月、そういえば雪菜の話をしたのは最初の頃に数回あったぐらいだ。しかもあの事件の日の事は何も話していない。
穂波のあやしさなんて忘れて、冬真は梓月の事を考え始める。
梓月に、あの事件の事を真っ正面から聞いたことが今までなかった。なんで、忘れていたのだろう。と、思う。
梓月は、雪菜の友達だったのだ。あの日の雪菜の話を聞けば知っていたかもしれない。
いや、でもこれまで彼女は冬真に雪菜の事について話そうとしなかったし穂波が言った様な事も言っていない。
わからない。
彼女が言っている事が本当なのか、梓月が何も話しをしない理由も。
最初のころこそ梓月との仲は悪かった。しかし、最近は普通に話すようになってきた。
普通に、友人だと思っていた。
「まあ、いいわ。で、ここからが本題なんだけど」
「ほん、だい?」
先ほどとは違う笑みを浮かべる穂波に胡散臭さを感じながら、冬真は聞き返した。
その時、世界が歪む。ゲートが、どこかで創られた。
大きな歪みを感じるが、遠い。ここから、かなり離れているのがわかる。
かなり離れていると言うのに、どうしてゲートが開いたとわかるのか……冬真は元々空操師としての力は少ない。だというのにわかったと言う事は、今回開いたゲートは……。
「時間がなさそうね……簡潔に言うわ」
それに気づいたのか、穂波が眉をひそめてどこかへ視線を向ける。
「私は……私達は、この世界の秘密について、探っているところなの--」
アルカディア対策本部では混乱こそなかったものの、事態の把握に手間取っていた。
これまで、ゲートが突如本部の内部で開いた事件や、黒晶鳥の襲来、12月のあの忌まわしい事件……その経験が皮肉にも役立っていたのだが、それでも情報の少なさは対応の遅れにつながった。
アルカディア対策本部の目の前に現れたゲート。ゲートから現れた青年。さらに、そのゲートと対峙するように開いたもう一つのゲートからは、ファンタジーの中から出てきた様な騎士たちが現れた。
最初に現れた青年は空操師と柄創師見習いの学生を襲い、対峙するように現れたゲートから現れた者達はそれを阻止した。
「どうやら敵対しているようね……」
リアルタイムで送られてくる映像を、支部長朱月美は見ていた。
その眼差しは厳しい。
朱月は既に魔王と呼ばれる存在が人の姿をとることを知っている。ハルファによって伝えられていたからだ。ゆえに、今、ゲートから現れた者のうち、数名は魔王であると気づいていた。
「現在、『場』を学生の白野梓月が創っていますが……どうしますか」
すぐ横に控える館石が問いかける。
「本来なら学生に『場』を創らせるのはあまりやりたくないんだけどね……そうも言ってられない状況か……せめてミントがいれば」
日本で最も優れていた空操師は……ミントはもういないのだ。
彼女と同等、もしくはそれ以上の空操師など、そうそういない。そして、日本支部で彼女に次ぐ空操師と言えば北海道や沖縄、四国など各所に散らばっていてすぐには戻ってこられない。
空操師の数は少ない。そして、その『場』が戦場で使える『場』であることはもっと少なくなる。羽水汐がいい例だ。
彼女の『場』は、強力だが戦闘には使えない。どれだけ『場』を創ることが得意でも、それが戦場で使えなければ意味が無いのだ。
今、こんな緊急事態に使える空操師は風間陽香と数名だが、彼らには荷が重い。
そして、展開する『場』の広さ、継続時間、効果。そのどれをとっても、白野梓月には遠く及ばない。
「彼女に、がんばってもらうしかないわね」
現れた騎士になぜか跪かれ驚く白野梓月をモニター越しに見ながら、朱月は既にスタンバイをしている柄創師の出動を命じた。
「敵は、あの黒髪に赤眼の青年、そして、紺青の髪の青年。あれは、人の姿をしたエネミーだ。殲滅しろ! 館石。私もでる。護衛を」
「っ、はい」
左近堂陸は、町の様子を見ていた。
先ほどからひっきりなしに避難するようにと放送が流れている。
しかし、動かなかった。
何もする気力が無く、戦う選択も、避難する考えも持てなかった。
初恋が破れたから、なのだろうか。好きな人が死んでしまったから、の理由が強いと思う。
どうしてヴァリサーシャが死んでしまったのか、何度も考えてはため息をつく。それが日課だった。
いやな日課だ。自分でもそう思っていた。
手には彼女から渡されたロケットがあった。それを転がしながらまた同じことを繰り返す。
「サーシャ、さん」
彼女は、もういない。
消えてしまった。影へと、消えた。
外では、さらに警報が鳴り響いている。
近くに置いてあったコートと柄を持つと、陸は外へと向かった。
目的地は、エネミーがいる場所。
サーシャがなぜ死んだのか。サーシャは一体何者だったのか。サーシャはどうしてここに居たのか。誰に謝っていたのか。誰を守りたかったのか。これを、誰に渡して欲しかったのか。
狂ったように浮かんでくる疑問の答えを求めて、陸は歩きだした。
――こうして、彼らの戦いは始まった。




