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ミリアルズ



ムニエルとユイシャンの最近の日課は、町の散策だったりする。

それにはいろいろ理由があったりするのだが、まあ子どもたちに言うことではないと二人は真相を言わず、ただ散策するのが楽しいからと言っている。実は、この頃楽しくなっているので嘘は言っていない。

病院からの帰り道、ムニエルとユイシャンは一緒に帰るアイテールに、同時に言った。

「ってことだから、一人で帰るんだよ!」

「寄り道はダメだからね!」

「まて! どういうことだっ?!」

「ちょっと散歩して来るから!」

「ちょっと散策して来るから!」

二人揃って言い切ると、疑問を持つ間もなくさっさと道を走って行ってしまう。

残されたアイテールは、思わず横に居た少女を視た。

冬真やクロムと会話をしている梓月はなかなか気づかない。

クロムは家で用があるとさっさと帰って行ってしまったが、それでも梓月はきづかない。

ちなみに、陸はとっくのとうに帰っている。

しょうがないので見つめる。見つめる。そして、結局服の端っこを持つ。

「ん? どうしたの? って……あの二人……」

すぐに現状に気づいた梓月は、ため息をつく。

「ぼくも、いきたいばしょがあるの」

「?」

アイテールがこの世界に残った理由。その一つはハルファが信じられないからである。

しかし、一番重要な理由を彼はまだ、言っていなかった。

「あのね、探しているヒトがいるの」

もしも近くに居たのならば、アルカディアよりも先に彼女を探していただろう。

その人の名は。

「ミリアルズ……ぼくを、ゆいいつ探しだしてくれた、魔王を」

「へ?」

魔王?

まさか、魔王がこの世界に他にもいるというのか。

魔王と言う単語に、冬真まで顔をしかめる。

「おい、それどういうことだ? 魔王を探してるって、まさかこの世界に居るのか?!」

「いる。と、おもう……」

最後はなぜかしりすぼみになりながら、アイテールは応えた。

確証がある、わけではないようだ。

項垂れて、冬真から目をそらした。

「さいしょのころは、少しだけ気配をかんじられた。けど、さいきんはぜんぜんかんじないから……もしかしたら……」

死んでしまったか、元の世界に戻ってしまったか。梓月的には、後者が正解に近いのではと考える。

アイテールが来てから数日。そこまで大規模なエネミーとの戦闘は無かったはずだ。

魔王、なんて呼ばれる存在ならきっと強いはず。そんなエネミーが現れたならニュースになっているはずだ。

「どんなヒト、っていうか、魔王なの?」

「優しくってね、ぼくにいろいろ、教えてくれた……とっても、きれいなヒト」

「そう……」

もしかしたら……。と梓月は考える。

そのミリアルズという魔王は、人の振りをしてこの世界に紛れこんでいるのではないだろうか。そうなると気配が感じられなくなってしまった理由はやっぱり、元の世界に戻ってしまったから?

考え込む梓月と同じく、冬真も口をへの字にして考える。

「ミリアルズ、ミリアルズ……なんか聞いたことがある気がすんだけどな……」

そう言いながら頭を廻らすが、思いだせない。

結局思いだせずに、頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。

「うわっ、いきなりどうしたわけ?」

「なんかもやもやすんだよっ」

「ふーん。ねぇ、そのミリアルズっていうひと?もドラゴンになったりするの?」

冬真への返事もそこそこに、梓月はアイテールに問いかけた。

魔王、というのはどういう存在なのか、まだ梓月にはよく解っていない。あのドラゴンが魔王だと言われても、じゃあ目の前に居るアイテールやあのハルファはドラゴンになったりするのかとか、知りたいには知りたい。

「えっとね、ミリアルズの本性は……」

いつもと違う、嬉しそうに誇らしそうに彼は笑う。

アイテールにとってそれだけ彼女が大切な存在だったのだろう。

本当に、思いだしているだけで幸せな様な顔をする。

「黒い水晶の鳥だよ。会えたら、乗せてくれるって約束した!」

「「え?」」

思わず、梓月には不本意ながら、二つの声が重なった。

思いだすのはもちろんつい先月に現れたエネミーだ。

黒い水晶の様な身体の巨大な鳥。黒晶鳥と呼ばれた鳥は、多くの被害を出してヴァリサーシャによって止めを刺された。

まさか、あのエネミーがそのミリアルズなのだろうか。

思わず二人は顔を見合わせる。

「ど、どれくらい、前に会ったの? そもそも、なんで会えたの?」

たしか、アイテールはこれまで封印されていたのだかなんだかだったはずだ。その中でミリアルズに会うことなんて出来るのだろうか。

「ん? すっごく前だったかな? なんか封印が弱まったから直すために内部に入り込んだとかなんだとかミリアルズは言ってたけど……よくわからない」

本人もわからない様子で応える。

「そ、そう……もしもその人?が死んでいたりとかしたら……どうするの?」

それまでほのぼのとしていたアイテールの様子が変わる。

ぽかん、と口を開けて驚いた様子で梓月を見ている。まるで、そんなことを考えていなかったような目だ。

そのうちに、わたわたと手を動かして何も言えずにくちをパクパクさせる。

そして、どうにかこうにか絞り出すように声を出した。

「ミリアルズ、が、死んだ?」

「い、いやもしもの話だよ」

あまりの動揺の大きさに、対応に迷いながら梓月は聞いた。

もしもあのエネミーがミリアルズだとしたら、どうすればいいのかこの問いで決まるかもしれない。

「それは……」

息を飲んでその先を聞く。

「……しょうがないって、あきらめるよ」

「え? それ、だけ?」

あれだけ動揺していたのにも関わらず、アイテールの返事はタンパクだった。

先ほどの様子は微塵も感じさせず、しょんぼりと言う。

罪の意識を感じるほどの落ち込みようだ。おそらく、彼はミリアルズが死んでいるかもしれないということに気づいてなかったのだ。

彼らの言葉を信じるなら、生まれる前に封印の術式に使われてしまったというアイテールは、世界のことなど知らない。誰かが死ぬかもしれないなんて、考えたことなどなかったのだろう。

しかし、その返答は少しだけ意外だった。

「でも、ミリアルズ、自分が死んでも自分を探せって言ってたから、どちらにしても探さなきゃ」

「??」

なぜそんな事を言われただろうか。

クエスチョンを浮かべながら、梓月はそれまで無言だった冬真に助けを求める様に視線を向けていた。

「どういうことだ?」

「わからない」

まあ、そうだよな。と冬真は頷く。

アイテールは自分の世界の基本的な事は知っている。自分の置かれている立場も知っている。でも、今、世界がどうなっているのか、何が起こっているのかをまったく知らない。

彼は、梓月達の知らないことを中途半端にしか知らないのだ。

だから、ミリアルズが言っていた事は知っていても、それがどういうことなのか知らないし解らない。梓月達が聞いたところで、わからないとしか答えようがない。

「おれたちさ……もしかしたら、そのミリアルズって魔王に、会ったことがあるかもしれない」

「え?!」

「……」

それを、言うのか?

思わず鋭い視線を投げかけると、少しだけ困ったような顔をした。

「どうせ、いつかわかることだろ?」

「でも……」

「ほんと?! ほんとにミリアルズをっ?!」

きらきらと目を輝かせるアイテールの姿に、何も言えなくなってしまう。

もしもあのエネミーがミリアルズだとしたら、もうすでに死んでいる。それを、この子に言うのが辛い。

「ああ、でも……」

「もう、死んじゃったの?」

「っ……ああ」

「そっか。そうだよね。この世界にもしミリアルズが来たとしたら、きっと殺されちゃうよね」

あっさりと、アイテールは言った。

しかし、すっかり先ほどの興奮はなりを潜めている。

寂しそうに、笑う。

「本当にそのミリアルズさんか分からないから、後で教授に言って映像でも見せてもらおう」

「……うん。あ、あのさ、そのエネミーはどこで死んだの?」

「行くか?」

「うん」

さっさと話をまとめると、二人で歩きはじめる。

意外と彼等は仲が良かったりする。アイテールは基本ひとなつっこいのでそもそもあのユイシャンとの相性の悪さのほうがおかしいのだ。

「あ……ちょっとまって!」

置いて行かれる。と、あわてて梓月はその後を追った。

いつも梓月梓月と後を追っているアイテールだが、ミリアルズのこととなると少しばかり代わるらしい。

自分以外にもそういう人がいると言う事にちょっとした安心となんとなく面白くない様な気持を持ちながら、梓月は苦笑した。


たぶん、自分はこの半年で、変わった。

とっても。

その理由はきっと……。


未だに補修の終わらない町並み。クレーターの出来た道。

そこは、未だにあの日の姿を保っていた。

「ここが、おれたちが戦った黒晶鳥の最後に落ちた場所だ」

冬真は立ち入り禁止の看板もテープも無視して、そこに居た。

大きな瓦礫などは片付けられているが、ガラス片や機械類がごろごろしている。

ミントの奇跡は、あの日に起こった事象だけを元に戻した。だから、この場所は直っていないのだ。

着いた途端、アイテールはきょろきょろと周りを見回すと、クレーターの中に躊躇いなく落ちた。

「アイテールっ?!」

「ちょっ!! おい、大丈夫か?!」

「だいじょーぶ!」

わざと落ちたのは解っていたが、さすがに心臓に悪い。当の本人はと言えば、まがりなりにも魔族でありヒトではないためそうやわじゃないのでそう気にしていなかったりするのだが。

慌てて冬真と共に駆け寄ると、クレーターの中でアイテールは何かを探していた。

よくもまあこっちの気も知らず……。と梓月はため息を一つする。

「あった!」

すぐに目的の物を見つけて彼は、二人を見上げると純粋な笑みを浮かべた。


「それ、なんだ?」

どうにかこうにか、クレーターから上がってきたアイテールは、小さな石を持っていた。

いや、ただの石ではない。黒い……まるで水晶のような石だ。

まるで、あのエネミーのような。

「……もしかしてさ、あのエネミーの破片……」

「え……」

思わず二人してアイテールから一歩下がる。

あの黒晶鳥は死んだ後に幾つも破片を残した。少しづつ消えてしまったらしいが、そのうちのいくつかはアルカディア対策本部で採集され保管されている。

他は、突然爆発したりして無くなってしまったとか……。聞いた限り、エネミーが死んだ後に残された物は危険なのだ。

「は、はやく捨てて!」

「そうだ! 元あった場所に!!」

「ん? どうしたの?」

そんなことなどまったく知らないアイテールは、下がる冬真と梓月に近寄る。思わず、二人は下がる。

「大丈夫だよ?」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとほんと! それに、ミリアルズはぼくと同族だよ?」

そう言って、アイテールは梓月に抱きついた。

握りしめた水晶は、小さな手のひらに隠れるほど、小さい。

思わずそこから離れる冬真に、鋭く睨みつけると、罰の悪そうに近くをふらふらと歩きだした。どこ行くつもりだか。

「これでも、魔法だってつかえるもん」

「……そっか」

強気で話すアイテールは、震えていた。

ここで死んだのは……やはりアイテールが会いたかったと言うミリアルズだった、と言う事なのだろう。

梓月は無理に笑いながら言ったアイテールを想う。

あのエネミーは……ミリアルズは、この世界に来た時、すでに傷だらけで、ひどいありさまだった。彼女が何に巻き込まれたのか解らない。

あちらの世界でエネミーは人々と敵対をしていると聞いた。なら、その影響だったのか。それとも――。

「ねぇ、アイテール」

「なに?」

顔をあげないで、彼は応える。

「君は、ニンゲンの味方なの?」

「ぼくは……」

沈黙が、長かった。

否定されるのではと、思った。

「……そうだけど。そうじゃない」

「……」

「武器を向けられれば身を守る為に殺す。だから、ぼくは……アイテール(ぼく)を敵とみなす者たちがみんな敵だ」

「そっか……じゃあ、アルカディア……えっと、サント・ラーナだっけ? 元の世界に戻った時、アイテールはどうするの? 向こうは、魔王と人間で戦ってるんでしょ?」

「それは……」

サント・ラアナでは、魔王や魔物達が人間を襲って、人間達も魔物と敵対して戦っている。人間達は、魔物を見つければすぐに殺すために動くだろうとムニエルたちは何時の日か語っていた。

対して、人間と敵対する魔王達はアイテールを殺そうとしているらしい。彼が死ぬことが、必要だから。同じ種族だとしても、彼等はアイテールを殺すために動いている。

こうなると、唯一味方になりうるのは、ハルファとなるだろう。しかし、彼は人間と手を組んでいるとやはりムニエル達から聞いた。一応、アイテールを殺すのを阻止しようと動いていたが、本当に味方なのか分からない。

アイテールは、独りだ。

もちろん、その世界にはムニエルとユイシャンのような神様に仕えている存在だとか、魔人と呼ばれる魔物達とは違う存在、死守、龍族……様々な者たちがいる。彼等は敵にならないかもしれないが。

「ぼくは、この世界にいたい……」

あっちには、行きたくない。そう、彼は呟いた。




ムニエルとユイシャンは、基本二人で行動をしている。

生まれた時から、そうだった。そもそも、二人で行動することを前提に生まれたのだから当然ともいえる。

「ないねー」「ないなー」

まったく似ていない二人だが、毎回同じことを同じタイミングで言う辺り、良く似ている。

人からすると双子のような存在だからかもしれない。

「ほんとに、見つかるのかな」

「まあ、無いわけではないだろ」

二人が探しているのは世界の境目だ。

境目、というのは語弊があるかもしれない。

二人は、元の世界に戻る為に世界と世界が繋がりやすい場所を探していた。

彼等はヴィオルール達によってこの世界に強制的に連れてこられた。いや、あの封印を守っていたため、たまたまくっついて来てしまっただけなのだが。

彼等に界を越える力はない。ヴィオルール達が元の世界に戻してくれるなんてことはまかりまちがってもないだろう。魔王ハルファはどうやら仲間に手伝ってもらって自力で来ていたようだが、彼らに助けを求めるのは嫌だ。というより、あの時に正直に頼んだらいやなこったと返された。

あいつには絶対に頼まない……。そう、二人して誓った。

そんななか、ユイシャンがそわそわとし始める。

「なー、ムニエル」

「なに、ユイシャン」

「……やっぱいいや」

「そっか」

こんな問答を、あれ以来何度も繰り返していた。

ユイシャンが、ふと気付くと何かを言いかけて、結局何も言わない。

ムニエルは、実はユイシャンが言いたい事をなんとなく分かっていた。けど、ユイシャンが言うまではと知らないふりをしていた。

「ねーユイシャン」

だから、いつものように話を変える。

「なに?」

「サンテラアナさまのとこ、帰れるかな?」

「帰れるでしょ。帰れなくても、あのぼけがみに仕えなくてすむじゃん。むしろ、こっちの世界にこのまま永住して人生をおうがしたり」

「……その手があったかっ!!」

二人は仲良く一緒に街を歩き回る。

「そういえば、やっぱりアイテールくんのアレは嘘だったのかなー」

「ああ、そういえば全然だったね」

「もう、みんなに言っちゃったよ? そもそもアイテールくんも誤解してたみたいだし」

「たぶん、教えたミリアルズが間違ってたんだろうな……」

「まあ、ぼくらも全部分かってる事じゃないから仕方ないけど」

「サンテラアナさまはもうちょっと教えてくれればいいのに……あのくずしね」

「なんかぼそりとすごいこと聞いたけど、聞かなかった事にしとく」

「あ、うん」

二人で、歩きながら笑いあう。

「このままじゃ、ほんとにアイテールを殺すためにあいつら……また来るよ」

「そうだね……その時は」「こんどこそは」

「護らないと」「勝たないと」



同じ時に生まれた、ずっと一緒の存在で、対となる者。

なのに、同じ存在なのに、遠くかけ離れている。


フェタとまた巡り遭ってしまったことで、それを二人は今一度自覚しながら……それでも今は笑いあう。


これで、梓月たちの戦いは残すところあと一回……。

ここまでお読み下さり、ありがとうございます。今年の更新はこれで終わりとなります。

ということで、予告を……。


次回

年明け


1月3日。

その日、世界は変わる。



突如行われた邪神『ティアロナリア』の情報公開

現れた、『魔王』ヴィオルール

対するはアルカディアで最強と歌われる二人

『アルカディアの祝福』ローズマリアと『アルトカの騎士』ロイド

繰り広げられるのは、人間には到底手の出せない戦い

そこで、梓月たちは喪われたはずの『女性』と再会する


狂った魔王と裏切り者フェタ対ローズマリアと反逆の魔王、サンテラアナの使い、そして梓月たち

その戦いの終止符は打たれるのか?



二つの夢は重なり、『三重世界』は現れる



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