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学生たちの戦場2

「……ただいま」

誰も居ない部屋。

玄関に入ると、誰も居ないというのに呟く。

ここは如月学園の学生寮。自分の部屋だ。

親はいない。前は施設から通っていたけれど、遠いからとかいろいろ言ってこの学生寮に来た。

小さくて、古い。小ぢんまりとした所だ。

もっと大きくて新しい場所もあるけど、別に小さい方が良かったからこっちにした。

人も少ないし、そこまで気を使わなくて済むからだ。


学生寮自体は小さいけども、部屋は一人で住むには十分。むしろ、少し大きい。

部屋は大きいけど、設備が古く、しかも少し校舎から遠い。他にも、新しい学生寮と同じ値段だからとか、いろいろな理由でこっちの古い方は人が少なかったりする。

ちなみに、もともとは二人部屋だったらしい。

物置として使っている部屋がその名残だ。


疲れた。

元々あった家具のソファに身を沈める。

一日が終わったけど、ここまで疲れたのは久しぶりだ。

この前の実戦よりも疲れた気がする。

明日から、あの特務クラスに変わって、しかもあの空操師……ミントが先生になる。

なんだか、一日だけでいろいろあった。

そのまま、夢の世界に旅立ちかけた時、呼び鈴が鳴った。

「……」

誰。

なんでこんな日に限って客が来るのか分からない。

学費も部屋代もきちっと払ってるし、部屋に訪ねて来るような友人も居ない。

若干苛立ちながら玄関を開けると、なぜか荷物を持ったミント・オーバードがいた。

「こんにちは、白野さん。今日から、一緒の部屋になります」

「え?」

「よろしくね」

「は?」

思わず、半眼になって乱暴に応えてしまった。

「だって、一部屋開いているでしょう?」

いや、確かに物置にはなっているけど。

でも、なんで。なんでこの空操師が自分の部屋に。

混乱しているのがわかったのだろう。

彼女は微笑みながら言った。

「同じ孤児院のお姉さんとして、貴女の事が少し心配だったのよ」

あぁ、そう言えば、あの施設から有名な空操師が出たとか、あの人言ってたっけ。それ、ミント・オーバードのことだったのか。

興味が無かったから今まで知らなかった。

「えっと……だから?」

「一人暮らしは初めてよね? しっかりとご飯を食べているのかとか、気になったのよ。それに、遅刻が多いって聞いたわ。夜ふかしとかしていたりするのかしらって、心配なので」

「……」

うわぁ、厄介なのが来た。

げっそりしながら扉を閉めた。

『って、白野さん? あ、開けて!? もう荷物とか持ってきて……白野さん?!』

あぁ、早く寝よう。


そんなこんなで、ながされるままにミント・オーバードと共同生活が始まってしまった。




機嫌の良さそうな口笛。

楽しそうな声。

「白野さん、朝ですよー」

嗚呼、すごくめんどくさい。

朝、起きるとすでにミントは着替えて朝食を作っていた。のろのろとおきだすと嬉しそうに話しかけて来る。なにがそこまで嬉しいのだろうか。

「今日は休み」

「今日は平日でしょう? それに、早起きは健康にいいのよ?」

「……」

至極、ごもっともな意見で。

ちなみに、休日は明日だ。

面倒だ。本当にどうしてくれよう。今日は十時ごろまで惰眠を貪って、学校をさぼろうと思っていたというのに。

確か、今日は特務と普通のクラスの共同授業だったはずだ。実習なのなら、行こうかと思っていた所だが、合同でやるとなると面倒だ。

「はい、朝食。出来たわよ」

にこりと微笑むミントは、焼き鮭に味噌汁、漬物にご飯といかにもな朝食を食卓に並べる。

さらに、牛乳を一杯。

……昨日、冷蔵庫にこんなにいろいろと入って無かったような。いや、入って無かった。

鮭とか牛乳とか、ない。

そもそも牛乳が苦手だし。

「いただきます」

「……」

丁寧に手を合わせて食べ始める。

その姿は、なんだかすごく違和感があった。

金髪碧眼。外国人美女が、和食を食している。

「白野さん? 食べないの?」

「朝は食べない」

朝の朝食とか、食べる前に十一時になっている。

お昼と朝食が一緒なのはいつもの事だ。

「ダメよ。朝食はしっかり食べないと頭が回らないわよ?」

そう言って、ミントは箸を渡して来る。

このままだと食べるまで言われそうだ。

諦めて席に着く。しょうがないので少しだけ味噌汁に口をつけると、ミントは嬉しそうに何かを待っている。

「……おいしい、です」

「本当っ? よかった。口に合うか分からなかったから、良かったわ」

味噌汁の具は大根。たぶん、緑の葉は大根の葉っぱだろう。

味は丁度いい濃さだ。味噌以外にも出汁が効いていて美味しい。

それ以上に、花が咲いたように微笑むミントは綺麗だった。

こう言うのって、ずるいよなぁ。と、思う。

眼福の美女って、本当にいたのかと。

まぁ、別に綺麗になりたいとか思わないが。

「……」

「どうしたの? 白野さん」

思っていた以上に美味しかった味噌汁に、ちょっと嫉妬しているなんて言えない。

料理は苦手だなんて口にも出したくない。

「……時間、そろそろ遅れる」

「はうわっ、い、いけないっ。職員会議まであと十分じゃない! あ、あ、その、先に行ってるわね。しっかり朝ごはんを食べて、朝のホームルームには出席するんですよ?」

慌てて朝食をかきこんで、早々に食器を洗い、あらかじめ準備していたらしいバックを持って出ていく。

「行ってきます!」

バタンと玄関が閉められる音。

途端に部屋は静かになる。

こんなに賑やかな朝は久しぶりだった。

そして……挨拶された朝なんて、久方ぶりだった。

「……行ってらっしゃい」

たぶん、聞こえないだろうけど、そう応える。

とても、久しぶりで、少しだけ切なくて、ため息を思いっきりつきたくなる。

このままだと、これからの学園生活はうるさい事になりそうだ。

それと、気がかりなことが一つ。

なぜ二十歳になるかならないかのミントが普通に教師になっているのだろうか。




朝、時間ぎりぎりに教室に行くと、すでに他の四人はそろっていた。

先生とミントはまだ来ていない。

「あっ、おはよーしっちゃん!」

「……はぁ」

誰がしっちゃんだ。

無視をして席に座ると、わらわらとよってくる二人。

もちろん、変なあだ名をつけて来たコユリとクロムだ。

「よう。っと、朝から大きなため息か」

「あんたたちのせいでね」

「そりゃぁ、光栄なことでっ」

「……」

ニコリと裏表の無い顔での笑顔。

正直、意味がわからない。

そもそも褒めていないし。

「はいはい、席ついて」

扉が開いて、キドウ先生と遅れてミントが入って来た。

「今日はホームルームが終わったら、戦闘服に着替えてください。その後、合同実習です。今回、ちょうどよくレベル1の任務が入ったら、本当に戦う事になると思うので心構えをしておいてください」

「はーいっ」

「了解です」

コユリとリクが答える。

クロムは手を上げ応え、トーマはぼんやりとしていて話を聞いていないようだった。

「みなさん、今日は実戦です。気を引き締めて行きましょうね?」

小首をかしげながら、ミントが言う。

長い金髪が風に揺れて少し顔にかかった。

「はいっ! 了解ですっ!! おい、トーマっ。ミントさんにいい所みせんぞ!」

「うおっ、なんだよ。てか、テンションあがりすぎだろ」

「おおおおぉっ! 燃えて来たぜえっ!」

「……お前って、ほんとばかだよな」

五月蝿い奴。

燃えているクロムに、トーマも引き気味に近寄らないようにと注意している。

その様子を見ていると彼と視線が合う。

思えば、この前ぶりだ。

久しぶりに見た彼の目は――なぜか暗かった。


あぁ、そう言うことか。

彼は

あの時の


矢野冬真


彼は――あの時の、被害者か。


くすりと笑みを浮かべると、彼は驚いたようで目の色を変えてすぐに視線をそらした。

でも、もう見てしまった。

「はいはい、移動しろー」

キドウ先生の声に促され、一同は教室を後にする。

実戦用の戦闘服に着替えるために。




遅れて女子更衣室に行くと、既にコユリが着替えを始めていた。

馴れた様子で戦闘服を着ている。

「あれ、遅かったね?」

「……」

「ねぇねぇ、空操師の戦闘服ってどういうのなの? このクラス、男子だけだし空操師も居ないからさ、どういうのか全然知らないんだよねーっ」

特務クラス用のため小さな更衣室。

機能性を重要視したそこは必要最低限の物しかない。なのに、狭いせいでどうしてもコユリの隣に行かなければならない。

そのせいで話しかけられるのが嫌だった。

どうせ最終的には着るのだから黙っていればいいのに。

私になんて話しかけないで欲しいのに。

無視を決め込んで着替え始めると、ドアがノックされた。

「ちょっと失礼しますよ?」

「あっ、ミントさんっ」

ぱあっと顔も声も明るくなるコユリは、まるで子犬のようだ。尻尾をちぎれんばかりにふっている……ポメラニアン?

遠くから見るだけなら微笑ましいけど、巻き込まれるのは遠慮したい。

もともと子犬は苦手だし、壊れそうで触るのは苦手だ。

そう考えていると、ミントが更衣室の中に入って来た。

どうやらここで着替えるつもりらしく、着替えを持ってきている。

職員なら職員用の更衣室があるのに、どうしてだろう。

まぁ、コユリの興味がミントに移ったのはいいことだ。

さっさと着替えようと制服を脱ぎ棄てて戦闘服を着こもうとした。

が。

「ぺったんこーっ!」

「なっ、ひゃっ?!」

後ろから抱きついてきたのは案の定コユリ。

ミントに気がいっていると思っていたのにっ、なんでっ?

いや、それよりもこの状況はなに。

思わず落してしまった戦闘服。それを拾わせまいとするかのように拘束するコユリ。

「なっ、はっはっ、なせっ!」

「ふむふむ。まだまだ発育の余地がある……のだろうか」

「なんだっ、なにが言いたいっ。てか、放せぇっ!」

女のはずなのに、なんだこの筋力は。

変な声を出してしまったことを今さらながらに後悔しながら自分の出来る限りの抵抗しようとした。だというのに、コユリは平然としている。

だてに特務クラスの柄創師では無いということだろう。が、今はそんな事に感心している時じゃない。

「あぁっ、もうっ、鬱陶しい!」

右足でコユリの足を思いっきり踏みつけてぐりぐりとしようとするが、それも避けられる。

「うわわわ、ごめん! ごめんってばしっちゃん」

「誰がしっちゃんだっ! かってにあだ名をつけるな!」

「じゃ、しづきって呼んでもいい?」

「しっちゃんよりかはましだ!」

「やったぁ!」

「……解せぬ」

……なんだか、誘導されたような気がする。

しかも、後ろを見ればミントが小さい子を見るような様子でこちらを見ている。

背中に怖気が走る。止めてくれ。

「てことで、これからよろしくっしづき!」

「……五月蝿い」

調子が狂う。

ミントにしても。コユリにしても。

いるだけで、何かが狂って行く。自分が、嫌になって来る。

「これなら、私が来る必要は無かったわね……」

小声だけどはっきり聞こえたミントの言葉に、自分が心配されていたことに気づいて何とも言えない気持ちになった。

彼女は、私とコユリがどうしているのか気になったのだろう。

心配されている。それが、こそばゆかった。

「はい、二人とも早く集合場所へ向かいましょうね」

「はーい!」

「……了解」

その後、たびたびミントに仲裁をされながら、私達は戦場へ向かう。




集合場所に、既に男子達は集まっていた。

さらに、そこから少し離れた場所に普通クラスの面々も居る。

いつもと違い、学生服では無く戦闘服だ。学園から指定された戦闘服に身を包んだ彼等は、いつもとどこか違う。

真剣、な者もいればうかれている奴もいる。不安がっている者やいつもと変わらずに談笑する一団。

つい先日まで一緒のクラスだったり廊下を擦れ違ったりしたはずの生徒たちだけど、私はその顔を覚えていなかった。

覚えるほど話したことは無いし、仲良くなるつもりもなかったからだ。

そもそも、彼等から一線をひいていたし。

今の状況からすると、そっちのほうがよっぽど気が楽だった。

私の事なんて見ないで欲しい。気にしないで欲しい。のに。


そんな中、聞きなれたサイレンが響いた。

ゲートが発生した。それを伝える物だ。いくつか種類があるうちの、一番警戒の低い物だけど、ざわめく生徒たち。それと比べて特務クラスは冷静だ。

むしろ、コユリとクロムは談笑している。

この状況に危機を感じていないらしい。まぁ、私もだけど。

キドウ先生がどこかと連絡をとり、こちらに向き直った。

「江宮地区に魔法生物種スライムと妖精種グレムリンの出現を確認しました。レベル1の任務ということで……今回の演習は実戦になります」

此処から先、実戦となるのか。

特務クラスが戦い、普通クラスはそれを離れた場所で援護する。それが今回の合同実習の内容となる。

援護とは名ばかりで実際は後ろで観察するだけらしいが。

しかし、スライム程度なら戦いに参加するかもしれない。

スライムはどろどろとした塊で、その見た目同様動きが遅い。しっかり対峙していれば攻撃を受けることもないらしい。

まぁ、私は見たことが無いから授業や先輩に聞いた話の受け売りだけど。

「さぁ、のんびりやっていないで準備をしてください! 現場に急行します!」

キドウ先生の声が全員の元に響く。

他の先生方が慌てふためきながらも準備を始めていた。



ゲートの場所まで車で約三十分。

江宮地区は如月学園からそこまで離れていない。

町に着くと、住民の避難はあらかた終わっていた。

柄創師の生徒はすでに自分の得物を準備し、空操師の生徒はアクト・リンクで創られた銃弾の込められた拳銃と、無意識のうちに『場』を発生させないために制御盤の所持を確認していた。

今回の合同実習に参加している空操師は四十人を超えている。そんな彼等全員が『場』を発生させてしまったら、互いに打ち消し合い、影響しあい、なにが起こるのか分からない。最悪、柄創師のバックアップができずに無駄になってしまうかもしれないからだ。

……空操師は一つの戦場に二人以上はいらない。

『使えない空操師』となってしまうから。

それを片目に、そろそろ『場』を創った方がいいかと考えていると、生徒の中から抗議の声が上がった。

私を非難する声が。



私は心配でした。

普通クラスではいつも一人でいるという白野梓月さん。彼女が特務クラスにきてなじめるのかと。

なので、梓月さんと湖由利さんが二人っきりでいるはずの更衣室に行ったのですが、あまり心配は無かったようです。

湖由利さんは梓月さんの事を受け入れているようで、このまま行けば梓月さんもクラスになじめるのではないでしょうか。

……ただ、心配なのは冬真君の事でした。が、それよりも問題が一つ持ちあがります。


「なんで……なんで白野梓月が空操師として(・・・)戦闘に参加するのですかっ。オレのほうがふさわしいはずですっ」

突然張り上げられた抗議の声。

見ると、綺堂先生や他の先生方が困った顔をしています。

どうやら先ほどの声が聞こえる以前から抗議をしていたようです。

抗議をしている学生は、どうやら空操師のようです。

……どうやら、彼はこの学年の空操師の中でも特に実力をもった空操師の様です。

周囲の学生もそうだと抗議をしていました。が、それは早計というもの。

授業で実力があった所で実戦では意味をなしません。授業での模擬戦と実戦は訳が違うのですから……。

それを、私は痛いほど知っています。私もまた、最初にそれを気づく事が出来ず、最初の戦いで失敗をしたので。

それを彼に諭そうと足を踏みだしたとき、梓月さんが先に彼の元へと向かっていました。

「そう。ならやれば」

「梓月さんっ?!」

思わず名前を呼ぶと、彼女はなにを考えているのか暗い瞳をこちらに向けました。

「なに? 別にいいんじゃないの? どうせ、今回は私が丁度特務に移動させられたから戦う事になったんでしょ? だったら誰でもいいはず。それに、私の『場』で、暴走する様な柄創師がいないともかぎらないし」

「そ、それは……」

違うとは言えません。でも、あっているとも言えません。

彼女が特務に移動したからも理由の一つですが、それ以上に実戦を経験しているからという理由もあるのです。

ですが、たしかに梓月さんの『場』では柄創師が暴走してしまうという事態も考え、他の人のほうがいいのではという話も出ていました。

なんと答えれば解らず、その間を肯定と受け取った梓月さんは綺堂先生たちに向き直りました。


そこに、懐かしい声が聞こえてきました。

「なんだか大変なことになっていますね……」

「え……」

なぜ、彼がここに?

そんな疑問と、何を言えばいいのか分からない緊張で声が震えてしまいました。

彼と会う時はいつもそうです。

それはともかく、彼――私の先輩であり、師匠である暮羽地(くれうち)祐樹(ゆうき)さんが私に手を振っていました。

「く、暮羽地さんっ。なぜ……?」

「あぁ、一応学生だけでの実戦は危険だからね。僕らも影で待機する事になっているんだよ」

「あ、そ、そ、う、ですよね」

なんで考えつかなかったのでしょうか。

さすがに、実戦の経験の無い学生たちを特務クラスの学生だけでカバーできるはずがありません。何かがあった時の為に現場で戦っている柄創師がつくのは当たり前の事です。

それが暮羽地さんとは思いつきもしませんでした。

それにしても恥ずかしいです。

どうして暮羽地さんとしっかりと会話が出来ないのでしょう。嫌われないかとすごく心配になってしまいます。

「ミントちゃん?」

「はいっ!?」

「大丈夫かい? 考え事をしていたみたいですけど」

「は、はいっ!」

心配そうな暮羽地さんの顔。

またやってしまいました。こんな顔をさせたくないのに、どうすればいいのでしょうか。

頭の中がごちゃごちゃになって、どうしていいのか分からなくなってしまいます。

暮羽地さん以外にはこんな事、ならないのに。

「それより、準備をしておいた方が良いみたいだよ、ミントちゃん」

そう言って、私を梓月さんと楓君のほうへ注目させました。


その頃、学生のお二人と綺堂先生やその他引率していく先生方のいざこざは終わりを迎えていました。

どうやら、楓君が梓月さんよりも優秀な生徒であることは確かなため、今回は急遽、楓君が戦闘に出るようです。

梓月さんの空操師としての実力は知っていますが、彼の実力は知りません。

実戦もしていない彼に心配しない訳が無く、楓君にもしものことがあった時の為にすぐに『場』を展開できるようにと心構えをしておかなければ。

学生である彼等の『場』なら、干渉をして消滅しあうこともなく、上書きして私の『場』を展開することも可能でしょう。

正直、梓月さんに対してならそんな事をする必要は無かったと思われます。彼女は戦場に立ったことがあるのですから。

……そして、前日上司の館石さんから聞いた話では、彼女は最強と呼ばれる種族、ドラゴン種、その中でも災厄と呼ばれたドラゴンと対峙したことがある。その恐ろしさを、濃密な存在感を、まき散らされた殺気を、目の前で失われていく命の価値を知っている。

それは、彼にはないモノ。そして、梓月さんの強さであり、弱さです。

今回対峙するエネミーはただのスライム。

ドラゴンと対峙した事のある梓月さんにとって、恐れるような敵ではないでしょう。


不安を抱えながら、私達は戦場へと向かいます。

これ以上時間を消費しては、生徒たちが来る前にスライム達を押さえている柄創師たちに迷惑でしょう。

その足取りは十人十色。各々の心情を露わしていました。

「……何事もなければいいのですか」

対峙するのはスライムと何体かのモブ。それなのに不安がぬぐえません。

後ろでは暮羽地さんや他の柄創師の方が控えています。そして、まがりなりにも『最高の空操師』と不承ながらも呼ばれる私がいます。

前回、梓月さんと共に行った任務。あの時、予期せぬ敵だった魔人種メルグビジラが現れました。

あのような事が何度も起こるとは思えませんが、なぜか心配なのでした……。


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