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イヴのキセキ



誰かを助けるために、誰かを犠牲にする。それはしようのない選択。


これは、何時か来る、『彼』の選択の為の、物語。



しかしその選択は――この物語は、いずれ意味のないモノとなるだろう。

歩き続けた理由も、戦い続けた傷跡も、迷いながら進んだ道も。

きっと、泣き叫びながら運命を呪うだろう。ままならない世界に、絶望するだろう。

だとしても、きっと意味はある。私はそう、確信する――




白野梓月がそこに着いた時、すでに、終わった後のことだった。

おびただしい血痕が辺り一面に広がり、誰もが傷ついていた。

そう、ミントを始め、護衛としていた空操師のほとんどが。

かろうじて動ける者がこの惨状をどうにかするべく動いていた。


「どういう、こと?」

目の前の光景を見て、言葉を失う。

見知った顔――ミントの姿を確認して、慌てて駆け寄った。

白い服が赤く染まっている。どこが傷なのかすらわからない。

傍には、女性が応急手当てを行っている。

「白野梓月っ?!」

こちらに気づいた湖由利とよく似た女性が、驚いた様子で梓月を見た。

彼女も左腕を負傷している。

「一体、なにがあったんですかっ」

「解りません……ただ、突然射撃されて――いえ、今はそれよりも、ドラゴンです。白野梓月、『場』を、創ってくださいっ」

「……っ」

思わず、ミントを見た。

彼女は死んだように倒れている。紙の様に白い肌は、蝋人形のようだ。

微かに胸の上下が見られるのが、唯一生きているとわかるものだった。

「時雨、日和……っ!!」

世界を、塗り替える。

先ほどまで、ミントがカバーしていたはずの範囲を、梓月の世界が塗りつぶしていく。

それは、かつて梓月が願い、作りだした世界。時雨日和。

絶え間なく小雨が降り注いでいく。それは、エネミー達の視界を遮り、柄創師達の傷を癒す。

創りだしたとたんに、思わず座り込んでしまう。

隣にくっついて来ていたアイテールが心配そうに寄り添っていた。

「……なんで、こんなことに」

周囲にエネミーはいない。少し離れた場所でドラゴンとエネミー……これは、エネミーと呼んでいいのか解らないモノが戦っているだけ。どちらも、鉛玉など使わない……。

ミント達は、人間に襲われたのだ。

どう見ても、かれらの傷は銃痕だ。エネミーは銃など使わない。


こんな事になっているなんて思いもしなかった。


ここに来たのは、ハルファの判断だった。

突然消えた『場』に驚く梓月と冬真、クロムをまとめて、ここまで来た。というよりも、梓月をここに連れて来たかったようだったが。

クロムは途中で湖由利を見つけて別れ、冬真は近くで本部への連絡や手伝いを行っている。

ここまで連れて来たハルファは、辺りを見回しては何かを探していた。そして、諦めたようにこちらに来る。

「ねぇ……どうにか出来ないの?」

「なにをだ。オレに、こいつ等を治療しろとでも? 無理だな。オレが今できるのは、幻を作りだす事だけ。あのクソガキも同じだ」

「なんでっ」

梓月は、傷が『場』の効果によってふさがっていくのを見ながら叫んでいた。

先ほどまで、一緒に歩いていたというのに、どうして今、目の前で斃れているのか。どうして。なんで。疑問を問うても意味はない。答えられる者はここには居ない。

今日はもう、クリスマスイブだというのに。

「しら、の、さん……?」

「っ!!」

苦しげに声を絞り出しながら、ミントが目を開けていた。

「動かないで! しゃべるな!」

すぐに気づいた万由里が叫ぶ。その顔には、安堵が浮かんでいた。

が、すぐに消える。

「ごめんなさい……大丈夫、すぐに『場』を、創るから……」

「ミント!?」

「このままでは、死者が出ます……そんなこと……」

そんなこと、赦さない。私がここに居ると言うのに、死者が出るなんてこと、絶対にさせない。

真剣なまなざしで梓月を見つめる。

その視線に、梓月は耐えられなかった。

「どうして……どうしてそこまで、人の為に護ろうなんてするの……?」

「白野さんと同じですよ。私は、とっても我がままなんです。私は、目の前で誰かが死ぬのを見たくないんです」

先ほどよりも目に見えて良くなってきたミントはゆっくりと立ちあがって万由里に謝る。

そして、こちらからまだ見える場所に居るドラゴンを見た。

そこに、憎しみや負の感情は一切ない。

「私は、誰かが死ぬことで自分が傷つくのが怖いのです。……だから、私は私の為に、『場』を創る……自分のことしか考えられないような人間なんですよ」

それは違う。そう、梓月は叫びたかったが、声が出なかった。

自虐的な言葉にも関わらず、その顔に浮かぶのは母親を沸騰させるような、柔らかくて温かい微笑みが浮かんでいた。


『だからこそ、私は貴女にこの世の全てを――託す』


世界が変わる。また、塗り替えられる。

雨が降り注ぐ世界から、絶対の守りを祝福する世界に。

雨はやみ、光が照らされる。

エネミーに襲われた、全ての場所に。

そう、全ての人々に、平等に。

普通の空操師ならばありえない規模の世界が、創られる。

奇しくも、冬の早い朝焼けが、塗り替えられた世界と共に顔を出した。

クリスマス前夜の最後の戦いが始まろうとしていた。






雨がやんだ事に、ほっとヴァリサーシャは息をついた。

先ほどの雨はドラゴンの動きを阻害していたが、同時にヴァリサーシャの動きも拘束していた。その身体には大小様々な傷が刻まれていた。

既に息も上がり、絶え間なく血が地面に落ちる。

ほっとする暇もなく、鋭利な黒い剣の様な固まりがサーシャめがけて降り注ぐ。

それを全て避けて――いや、避けきれずに下腹部が貫かれる。

疲労から鈍った動きでは、避けきれなかったのだ。不調もあいまって、動きはどんどん鈍くなる。

そのまま、勢いよく振られた尾が身体に直撃すると衝撃で地面に叩きつけられた。

吐きだした血は朱から瞬く間に黒に変わる。

滴り落ちる血液が、全て漆黒に。禍々しい色に変わっていく。

立ちあがろうと両手を地面にかけようとして、右腕が崩れた。

見る者が居たのならば、悲鳴をあげて逃げていたことだろう。腕が、砂の様に崩れたのだ。断面は黒く、まるで金属の様な光沢があった。

そこからだらだらと黒の血が滴り落ちる。

が、そんなことにかまっていられないとばかりにサーシャは立ちあがった。

「リクが居なくて良かったな」

そう、笑った。

「こんな姿、見せたくない」

瞬間――左手が漆黒に染まり、手の形が喪われた。まるで、黒い炎の様に姿形を変える。

少しづつ、体中が黒く染まり、人の形を失っていった。

化物、そういっても過言では無かった。

『それが本性だろう』

ドラゴンが嗤いながら言った。

そう、この姿がヴァリサーシャ・ロイリエリーヌ・シェイドの本来の姿に近いモノだ。

彼女に形などない。ただ、シェイド――黒い影である。

人の形をしているのは、その能力で形を定めていただけだ。

サーシャが何かを周囲に呼びかける。言葉にはならない何かが、周囲に広がる。

辺りの影が震えた。

「消えろ、ヴィオルールっ!!」

影が叫ぶ。

一斉に周囲から放たれたのは影の剣。地上のありとあらゆる場所から影が起き上ると宙のドラゴンに触手を伸ばすように伸びていき、身体を拘束していき傷つけ、確実に体力を削っていく。

抗おうと羽ばたき、身体をよじり、抵抗するヴィオルールに、影は苦戦する。なにしろ、巨大なドラゴンだ。その力は計り知れない。

だが、その隙があれば十分だった。

「そのまま……そのまま拘束をしろ!!」

「えっ?!」

どこからの声だと辺りを見渡したサーシャを、頭上を見て、合点する。

小さなヘリコプターが、ドラゴンのはるか上空に居た。

そこから、今まさに青年が飛び降りる。

その手には白銀の剣――柄創師だ。

地上へ、落下する。その勢いのまま、ドラゴンの首を貫いた。

噴き出した血は男を濡らし、その傷の大きさを示していた。

その痛みから激しくのたうちまわるドラゴンに、必死に青年は捕まる。が、血で濡れていた剣から手が滑り地上に落されてしまう。それを周囲の影が凝固して受け止めた。

誰だか知らないが、ドラゴンを攻撃したと言う事は敵の敵。ならば味方だろう、いや、味方でいて欲しいと言うサーシャのちょっとした気遣いからだ。

首には未だに柄が刺さっている。

数秒暴れまわっていたドラゴンだったが、突如翼を広げると空へ飛び出す。

上空へ。先ほどのヘリがいたよりももっと上へ。

「くそっ、あいつ――っ!!」

行おうとしている事に気づき、サーシャは悪態をつきながら影を周囲に集め始めた。が、間にあうだろうかと考えた――その時、後ろから声がした。

「サーシャさんっ!!」

「リクっ?!」

なぜここに戻ってきたっ?!

驚きで身体を硬直させるが、すぐに正気に戻った時、サーシャは走りだしていた。

「伏せろ、リク!!」

何も考えずにサーシャは陸に向かって走っていた。いや、滑るように動いていた。

既に身体は人とはかけ離れ、手も足もない。ただ、黒い影が揺らめく。

リクはその姿に驚き、顔に出してしまう。

自分の置かれた状況……今の自分の姿を思い出したサーシャは、それでも陸の元へと急いでいた。そして――





その日あったことを、彼等は一生忘れないだろう。

剣の様な物が天から降り注ぎ、大量のエネミーの出現し、さらにはドラゴンの襲来。そして――災厄。


突如飛翔したドラゴンは、周囲の空間を歪ませながら地上へ落下した。

否、そう見えていただけ。真実は、幾千もの魔法を放ちながら地上を襲った。

その瞬間、その周囲が吹き飛ばされ、更地に変わった。

余波で辺りは元々人々が住んでいた住宅地で合ったなどという場所には見えなくなっていた。

見渡す限り、砂。

人々は吹き飛ばされ、ミントの『場』によってなんとか生き延びたものの、多くの者は負傷した。ミントの『場』ですら、完全に被害を抑えることは出来なかったのだ。



黒い影が消え、陸が暗い朝焼けの空を見た時、ソレはすでに消えかけていた。

「サーシャ、さん?」

直前に起こったことを、陸は覚えている。

子ども達を安全な場所まで避難させ、湖由利をクロムに託して、陸はここまで戻ってきた。そして、ヴァリサーシャに護られた。

周囲が荒野と為っているにもかかわらず、陸の周りだけは先ほどの姿をとどめている。それは、サーシャが盾になったからだ。

サーシャだった影が、一瞬でドームの様に広がって陸を庇った。

そして。

「サーシャさんっ、サーシャさんっ?!」

かろうじて上半身と顔だけが人の形を保つ黒い影が残っていた。

それを、すぐにサーシャだと認識した陸は、必死に呼びかける。

そうでもしなければ、今にも消滅してしまいそうだったから。

『ようやく、わかった。守りたかったモノが』

声がどこからか聞こえる。まるで、頭に直接響いて来るようだった。

それがサーシャのモノであることは、すぐにわかった。

『リク……頼みがある』

「なん、ですか」

『私の代わりに、コレを渡してほしいのだ』

黒い影が手らしき場所を持ち上げて見せたのは、小さなロケットだった。

私の代わりに。それは、どういう意味なのか。

それの意味するところを正確に気づいて、陸は首を振る。

「知りません。サーシャさんが誰にそれを渡したかったのか、知りませんっ。どこに居るのかも、なんでそれを渡さないといけないのかも知りませんっ。サーシャさんが守りたかったモノも、どうして僕達を守ってくれたのかも、知りませんっ!!」

後半は、何を言っているのか自分でもわからなくなりながら、陸は叫んでいた。

「どうしても渡したいのなら、自分で渡してくださいっ」

どうすればいいのか、わからなかった。そう、叫ぶことしか、出来なかった。

すでに、身体のほとんどは黒い影になっていた。残った顔が、微笑む。

『それは、無理だ』

からんと、ロケットが地面に音を立てて落ちた。

それを持っていたはずの手は、すでにない。消えていた。

少しずつ、身体が消えていく。影が、朝日に照らされて薄らいでいく。

なら、日の光を当てなければいいのかという訳では無かった。陸が影になっても、その消滅は秒を刻むごとに早くなっていく。

陸が彼女をかき抱いた時、すでに半分以上が消えていた。

ミントの世界は、守護と癒しを与えるはずだった。陸もまた、ほとんどの傷が消えていた。それなのに、サーシャは変わらない。変わらず、消えていく。

「どうしてっ。なんでっ。なんでなんだっ!!」

加速していく。

陸がどれだけ叫んでも、もう、止まらない。

「なんで消えるっ」

ピシリと、どこかでなにかが壊れた様な音がして、全てが闇色に染まった。

「まだ、聞いてないことがっ。貴方に、言わないといけない事がっ。だから……だからっ、消えるなぁあっ!!」

『……そうだな。なにもいえず、すまなかった……ありがとう』


最後の最後まで、彼女は微笑んでいた。

全てが影に変わって、消えていく中で、なんども謝っていた。

それが誰なのか、陸は知らない。

自分でないことだけは、知っていた。

だが、最期に言った言葉は。


『たぶん私も君を――』




「ミン、ト?」

おそるおそる、万由里は友人の名を呼んだ。

「どうしました?」

いつものように、友人は微笑み返す。

「これは、なんだ」

未知の物を見る様に、万由里は言った。


これ――世界は、ミントの世界に変容していた。

が、違う。

何時もと違う。

何かが、決定的な何かが、違う。

今までの世界と、一線を越えた何か。

まさしく、異常な世界。

それに、当事者が気づかない訳が無い。


「この『世界』に、力を貸してもらったんです」

「どういう、ことだ?」

「大丈夫ですよ、万由里」

ミントは何時ものように笑った。

その笑顔に万由里は不吉を抱く。

まるで――今にも消えそうだ。

その様子を、梓月は身体をこわばらせて見ていた。

『場』が消された時、抵抗も出来なかった。何時もと違った。まるで知らない何かが、梓月の『場』を蹂躙して、消滅させた。

それが、恐ろしい。

いったい、あれは何だったのか。今まさに広がる世界は、なんなのか。

解らない。

人は、訳のわからないモノに恐怖を抱く。

「おい、シラノシヅキ」

ハルファが梓月の傍に来ると耳許で囁いた。

周囲に目を光らせながら話す。

「一応言っておく。コレは、お前たちの知っている『場』じゃない。これは――オレたちを殺すための『世界』だ」

オレ達、つまり魔王を殺すための『場』。

意味が解らない。もともと、『場』はエネミーを殺すためのものではないのか。

ハルファはアイテールを捕まえて嗤った。

「一応、お前たちとの契約は終了した、ってことで逃げる。じゃあ、また会えたなら会おう、アルカディアの鏡」

「えっ、ちょ、ちょっと待って! あんたたちが言ってたことって、一体何なの」

「ククッ、さあ? きっと、すぐわかるさ」

「なっ」

抵抗するアイテールを子猫の様に持ち上げるとハルファはさっさと歩いていく。走れば追いかけられるだろう、が、梓月はそれよりも心配な事があった。

「っ、伏せて!!」

同時に、誰かが逃げろと言った。

ドラゴンが突如飛翔して、急降下した。一斉に魔術が地上に降り注ぐ。

もしもミントの『場』が展開していなかったのならば、最初の衝撃だけで辺りは吹き飛び、人としての形すら残らず吹き飛んでいただろう。それほどの衝撃が襲った。

あわてて確認すると、ハルファもアイテールも完全に姿が見えなくなっている。避難したのだ。

この『場』は、決してハルファとアイテールに祝福を与えない。

そして、晴れあがった場所は、一変していた。

瓦礫が散乱する荒野と成り果てていた。

そこに黒い塊が一つ。そして、漆黒のドラゴンがいた。

かのドラゴンはこちらを見て、飛び上がると一瞬にして姿を消した。

消えた。

これだけの被害を生みだして、倒す事も出来ずに、ドラゴンは消えた。

「……う、そ」

こんなに、呆気なく? こんなにもあっけなく、こわれるものなのか。

梓月は、ふと周囲を見回す。

彼女が無事だったのは、たまたまだった。右腕に傷を負っていたが、それもすぐに回復するぐらいの怪我だ。

だが、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図かの如くの様相を見せている。

『場』の効果だけで全ての衝撃をうち消す事が出来ずに吹き飛ばされたもの。

飛んで来た瓦礫に負傷したもの。そもそも、先ほどの謎の狙撃によって既に死に体と為っていた人々。

おそらく、ここの他でも。

ドラゴンが居なくなり、危険は去った。周りはざわめきを取り戻していく。

治療を。しかし、治療する人がいない。場所もない。どうする。

本部はどうなった? 情報網が使えない。上からの指示が来ない。

各自の判断で。早く救助を。ここはどこ。みなは無事なのか。

始まった混乱の中で、梓月は辺りを見回す。知らない人ばかりだ。

いつのまにか冬真が隣に来ると、手を引いて顔見知りの人々がいる場所まで連れて行く。

そこには、ミントもいた。

少しだけ距離が離れている。梓月は彼女に走り寄ろうとした……。


「……私、とても幸せでした」

ぽつりと、ミントが言った。

騒がしい中で、その声はなぜか良く聞こえた。

誰もが彼女の声をしっかり聞いていられるほどの余裕を持っていなかった。

呆然としていた梓月がその声を聞いたのはたまたま。

「私、逃げ出したんです。家から。そして、日本に来て……本当に、ほんとうによかった」

それは、誰かに、話しかけている様子だった。

「大切な人が、沢山出来ました。たくさん。だから、私――」

でも、梓月には見えなかった。

彼女が誰に向かって話しているのか、わからなかった。

「ここを、守りたかった」

恐ろしい。それが恐ろしい。

その姿は、まるで悪魔と契約するかのようだったから。



「私の全てをあげます。だから、神様、お願いします。死んだっていい。全ての人の傷を受け入れたって構わない。全てを、あるべき姿に。全部、昨日と言う日が、今日と言う日が、無かったように」



誰かが、泣いていた。

そして――



そう、それは確かに――奇蹟だった

短い生涯の彼等の、最期の軌跡

残酷な瞬間の奇跡



世界は、一瞬のうちに元の姿を取り戻した。



壊れたはずの建物も、割れたはずの道も、吹き飛ばされた木々も、町も、人も、何もかも。

時間を巻き戻したかのように、全てがあるべき姿に、全てが元ある場所に、全てが夢だったように。


ただ、一人だけを除いて。


「この世界は、とても美しくて、とても優しくて、大切な物で溢れている……たとえ、否定しても、拒絶しても……それにきっと貴女も気づけますように。貴方が、現実から逃げませんように――」




これは、今、終わり、始まった物語。







誰かを助けるために、誰かを犠牲にする。それはしようのない選択。



しかしその選択は――この物語は、いずれ意味のないモノとなるだろう。

歩き続けた理由も、戦い続けた傷跡も、迷いながら進んだ道も。

きっと、泣き叫びながら運命を呪うだろう。ままならない世界に、絶望するだろう。

だとしても、きっと意味はある。私はそう、確信する。


《君》の存在が消されたとしても、全てがゼロになったとしても、私は覚えて居る。

いつか消える記憶が静かに続いていく生。それすら許されないとしても私は覚えて在ろう。

私が犠牲を強いるのだから。


全ては、何時か来たる願いの為に。


だから、今はただ、耐えて欲しい。

この世界がどれほど悲劇的で、喜劇的だとしても。



まどろみの淵で、少女の声を聞きながら、目覚めの時はすぐそばに迫って――



『……そんなお前たちを決して許さない。偽善者どもめっ。なにがしようのない選択だ……。私の可愛い子らを犠牲にして安穏と過ごすお前たちを決して許さない。許さない。許せない。許さない。許さない。呪ってやる。お前たちの大切なモノが、帰ってくると思うな。侵して壊して苦しめて、惨めに殺してやる。忘れるな。お前達もあいつらも、みな私には同じ事。みな、この世界の敵だっ!!』



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