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《ソリテール》


可哀想な「独りぼっち」の君

まどろみの時間はこれでお仕舞い

これからは、(ソリテール)の時間


目の前の彼に、少しだけ懐かしさを覚える。

この世界に在るのは、温もりだけ。

なら、なぜ懐かしいのだろうと考えて、やめる。

考えた所でどうにもならない。

それよりも、気になっていたから。

彼は、もうすぐ自分の時間が来ると言っているのだ。

ようやく、だ。

ようやくなのだ。

ずっと、この日を待ち望んでいた。いや、来なければいいとも思っていた。

それでも、時は来た。

自らの保身を選んだ愚か者どもに復讐を。

そう、これからソリテールの時間。

もう、何者にも振り回されはしない。

……でも。


そんなこと、意味はないのだろう。

どうせ、彼等は自分を殺したくてたまらないのだから。

自分だけの時間なんて、本当はない。


――なら、せいぜい彼等を翻弄してやろう。



ぞくりと、何かよからぬ事が起きる前兆を感じた。背筋を氷塊が滑り落ちる。

体中から冷や汗が吹き出す。

なにか、怖ろしい事が起こる。なぜそんなことを思ったのか、ミントには判らない。

ただ、護衛に残った数人の柄創師や研究者たちもまた、落ち着きなく斑目や結城のいるはずの場所を眺めていた。

恐ろしいのだ。

どうしようもなく、怖ろしいのだ。

今、ほとんどの柄創師は最後に残った銀色の剣の元へと行っている。

なら、ミントもそこに行った方がいい。そう斑目に進言したにもかかわらず、彼女はここに残されている。

ミント以外の空操師にこの現場を任せられない。

乱戦の場所にミントを連れていく事は、危険なのだ。それを暗に伝えながら。

彼等は無事だろうか。本当に、帰ってくるのだろうか。

行ってしまった結城の後ろ姿を思い出しながら、胸を抑える。自分には何もできない。

「ミントっ!!」

剣の方角を、異変が無いかと見守っていた万由里が呼びかけて来る。

どうしたのかと見ると、暗くなった町中で、異常な光に照らされた八頭の蛇がとぐろを巻いていた。

その身体はボロボロで、光によって焼かれていくかのように肌が崩れていく。

そして、数分もしないうちに消滅した。異常な光だけが周囲を照らしている。

「なんですか、あれは……」

無線に耳をあてるが、雑音が聞こえて来るだけでなにも聞こえない。

本部からの連絡も来ない。まさか、通信が遮断された?

ミントが不安に両の手を握り締めていると、そっと万由里が横につく。

「なにが起こるか分かりません。離れないで」

「は、い……っ?!」

地面が揺れた。いつもの横揺れでは無く、縦。身体が浮き上がる様な感覚に、思わずしゃがみ込んで地面に伏せる。

そのまま、閃光が走った。手で隠しても分かる、まぶたの裏を焼く様な美しい光。

「なにが……」

「ミント……、剣が、最後のオブジェが、壊れた様だ」

おそるおそる顔をあげると、確かに何も無かった。

剣があったはずの場所になにもなかった。

ただ、残光が残っている。

あれはいったい何だったのか――異変がおこる。

「うそ。……エネミーが、消滅、している」

『場』の効果で分かる。『場』の中にいるすべてのエネミーが消滅している。

いや、中心部に少しだけ反応がある。

でもそれは、何か違う。


「ちがう。………………おまえは、ちがう」


子どもが走りさっていく。

『おまえ』とは自分の事を指している。どうしてそう感じて、ミントは子どもの後ろ姿を見送った。

が――なぜここに子どもがいる?

「ま、待って下さい!!」

慌てて追いかけるが、不思議な事に子どもがどこに行ったのか分からない。周囲から変なモノを見る目で見られる。

一体何事かと、万由里が声をかけて来るが、その声が遠かった。

さっきの子どもは、結城達のいる方角から奔って来た。そして、向かっていた先は――偶然だろうが本部。

あの子どもは避難に遅れたのか? 今まで、どうして無事だった? なにが違うというのか? そして、なにより、どこへ向かった?

周囲の人達がなぜ反応していないのか。彼らに視えていなかったという事実に気づかず、呆然とミントは見ていた。

疑問は解けそうにない。

その代わりに、異常な叫び声がミントの耳に届いた。

いつまでも一人の子どもに頭を一杯にして考えていても仕方が無い。

気を取り直したとき、その異常の理由を知った。


黒金の、巨大なドラゴンが町を破壊していた。


翼を広げる。蝙蝠の様でいて、まったく違う。

分厚く、鱗でおおわれた鈍く光る翼。一対の赤い瞳が燃えるように煌めく。ある程度距離のあったはずのミントにすら、分かる。

はばたくごとに周囲に風が巻き起こる。強風に、窓ガラスが割れて落ちていく。

夜の闇に溶け込んでしまいそうだ。

咆哮が響く。その瞬間、ドラゴンは動き出した。

「伏せて!!」

万由里の手によってミントは庇われる。地面に伏して、暴風をしのいだ。

ドラゴンが、ミントたちの頭上を飛んだのだ。機材やあたりにあったゴミ箱などは全て吹き飛ばされてしまった。

立ちあがったミント達はドラゴンの後ろ姿を見ることしか出来なかった。

が、気づく。


あのドラゴンは、どこへ向かった?


「……も、もどら、ないと」

青ざめたミントに、万由里はその肩を支えた。

「どうした、ミント?」

「あ、あのドラゴンが向かったのは――」

その後を聞く必要はなかった。

すぐに万由里も気づく。

あのドラゴンが向かった先には、アルカディア対策本部が、如月学園が――白野梓月や矢野冬真たち学生がいる。

そこに、無線の連絡がようやく届く。

どうやら、先ほど電波に干渉されていたらしい。それとともに、万由里の胸のすぐ横で、ケータイが震えた。

慌てて出せば、何通ものメールと電話の履歴が残っている。

何事かと、万由里はその電話に出た。

「な、なんで――湖由利が、避難所から飛び出したっ?!」

母親からの電話は、ひどく聞き取りにくかった。




どうして、助けたのだろう。

ダリアロッドは考える。

歩いている場所はアルカディア対策本部。先ほどまで戦いのあったフロアの下だ。

人々がせわしなく廊下を行き来する傍ら、見つからない様にと姿を消しながらダリアロッドは歩いていた。

階段を下りる。

さらに、また一フロア。

彼女は、先ほどの元仲間を思い出す。

名前は覚えていないが、自分の後に続いて『外』に出てきたやつだった。そして、ダリアロッドに狂ったように追いかけて来た狂信者だった。

今まで、殺そうかと何度も思ったが、実行はしなかった。どうせ、ダリアロッドを捕まえることは出来ないから。しかし、今回は違った。

「あの人の、為なら……くくっ……私は、あの人の為なら、なんだってするのに」

あの者は狂っていた。だが、ダリアロッドは、さらに狂っている。

「ようやく見つけたのよ。ようやく、手に入れたっ! 私のシアワセをっ!! もう、二度と離さない……ずぅっと、一緒なんだものっ」

思わず顔に手を当て、声をあげて笑う。

その為にも、目の前に居る障害を殺そう。

「ふふっ。くくっあはっ。あははははっ!!」

いつの間にか、外にまで出ていた。

所かしこで煙が上がっているが、暗闇の中でそんなことはわからない。だが、ダリアロッドには関係ない。その目は暗闇でも見通す。

「ふふっ。あはははっ。大好きだよ……ねぇ、クウト」

笑い声は、夜の町に響く。

しかし、辺りにはそれを聞く人はいない。無人の町は、彼女の姿を闇に沈めていく。

「そういえば、あの影……」

ふと、あの者と戦っていた同朋を思い出して、爪を立てながら腕を組む。

いや、同朋なんておこがましい。

アレは、同朋の紛いものだ。

ダリアロッドは彼女を見た事はなかった。が、話だけは風のうわさで聞いていた。まさか、こちらの世界に彼女まで来ているとは思っていなかったが。

「よくもまあ、生き残って。……あの人に害意が無いのならなんでもいいけど」

暗闇の中、そんな言葉を残して彼女は姿を消そうとした。が、動きを止める。

眼を見開いて、その身体をこわばらせる。

「あぁ、そうか。最悪ね」

視線の先には、子どもがいた。しかし、ダリアロッドは逃げるように去っていく。

何かを畏れる様に。


少し離れた場所で、子どもが大きなビルを眺めていた。




クロムと冬真は、未だに襲撃を受けた避難所から逃げてきた人々の間を縫うように歩いていた。

新たな避難所の元へ、辿り着いた人々はどんどん入っていく。その入り口近くで、クロムの弟妹を探していたのだ。

まだ、見つからない。まったく、見つからない。

人が多いのだ。暗い中、という悪条件もそろってもはや目の前に居る人の顔すら分からない。

避難先へ向かう列の後ろから突如ざわめきが大きくなる。

人々が上を見ていた。口々に叫びながら指を指す。

暗い空と言っても、星や月の光で少しは明るいモノだ。そこに、夜の闇よりも暗い黒の何かがあった。

「まじかよ……」

それの正体に気づいた人々が、混乱したように避難所に向かって走り出す。

クロムと冬真は、思わず立ち止っていた。

黒の、ドラゴン。

それも、見たことが無いほど大きい。いや、冬真だけは過去を思い出していた。

かつての緩奈学園での悲劇を思い出していた。

あの時現れたドラゴンは、これ以上だった。それはもしかしたらあの頃よりも大きくなったせいでそう思うだけなのかもしれないが、そう感じた。

「おい、あれ……なんなんだよ」

「ドラゴン、だろ」

クロムだってその外見でドラゴンだということは分かっている。聞いている事はそう言うことではない。

それでも、そう答えてしまう。

「あんなの、倒せるのかよ」

以前の黒晶鳥はアレよりも小さく、さらに言えば既に傷を負い衰弱していた。あれだけでも恐ろしいほどの被害を出した。

それが、今度はドラゴン? しかも、見た限り無傷?

「なんなんだよ。俺たちは、どうすりゃいいんだよ」

地上に降りず、ドラゴンは旋回をはじめていた。どうやら、人々を襲う気はこうんなことにまだないらしい。

「クロム……オレはアルカディア対策本部に行く」

「え?」

「武器が無ければ戦えないからな。お前はどうする?」

「……ついて、いくよ」

考え込んでいたクロムだが、結局はついて来るらしい。どういう気持ちの変化だか、冬真には判らなかったが、それでも先ほどより落ち着いてきた事に安堵する。

最初、クロムと再会した時は、あまりにも混乱してまともに話すことすらできなかった。あの時よりは理性を取り戻している。

「早く倒せば、あいつらを探せるからな」

クロムはそっぽを向いてそんな事を言った。

「あぁ。早くこいつ等片付けて、探そう」

そして、守ろう。

あの時、冬真は雪菜を守れなかった。

今回はあの時に持っていなかった力がある。無力ではない。そして――仲間がいる。

「あと、しら……」

「?」

「なんでもない」

脳裏をよぎるのは、白野梓月――あの事件の生き残った少女だった。




アルカディア対策本部まで、残り少し。そんな場所で冬真達は足止めを喰らうこととなった。

それは、道を封鎖するほどの巨体を持つミノタウロス。

今、まさに進もうとしていた道に、エネミーはいた。その周囲には柄創師の先輩方が数人。ミノラウロス相手に苦戦をしていた。

どうやら、ミノタウロス以外にもこのあたりにエネミーがいたらしく、近くにあった家と言う家の屋根は吹き飛ばされ、壁には穴をあけられ、一部は燃えている。いったい、どんなエネミーだったのか、想像したくない。

かろうじて電気が通っていた近くの電灯が、ついたり消えたりを繰り返していた。その光から隠れ、ミノタウロスの動きを観察する。

苦戦している柄創師達は、どうやら一人怪我をしているらしい。そのせいで動きが鈍いっている。彼を庇って、他の人の動きを阻害している。

「……冬真、ちょっとどいて」

冬真がいた場所に、クロムは立った。そして、柄を最適化する。

彼の得物は、通常と異なっている。普通なら剣や槍などにするところを、なぜか銃に。

なんでも、剣の形にもできるのだが、銃にこだわっているとの話を冬真は以前聞いていた。

今は、そのようなことどうでもいい。それよりも、あのミノタウロスである。

銃を構え、銃口をミノタウロスに向ける。

狙うはその目。どんな生き物でも目だけは無防備だ。どれだけ強い皮膚を持とうと、毛で鎧を創ろうと、目だけはどうにもできない。

動き回るミノタウロスに、銃口も揺れる。

一瞬だけでいい。少しだけ、動きを止められれば――。

今、武器を持たない冬真にはなにもできない。だから、汗を握って見て居ることしか出来ない。

「くそっ、ちょろちょろ動きやがって」

大きな巨体であるにもかかわらず、相手は素早い動きで柄創師をかく乱させている。

が、突如柄創師の動きが変わった。

いったんミノタウロスから引いて行く。

他の柄創師を指揮するリーダーと思しき人物が、こちらを見た。

「っ?!」

なぜ、気づいた?

距離はそこまで離れていないとはいえ、乱闘の中で離れた場所で隠れていたこちらを見つけるなんて。

驚く二人を横目に、彼は大きな剣を振り上げ、ミノタウロスへ向かう。

巨大な斧と剣が正面で激突した。

刹那――一瞬の間が生まれる。

拮抗した武器と武器の勝負。それが、ミノタウロスの動きを止める!

「なんかしらんが、ラッキーっ!」

一発の銃弾が放たれた。

それは、狙いを違わず吸い込まれるように直撃する。

血を流し、潰れた目。残った瞳が姿の見えないクロムではなく、柄創師達を睨みつける。

急いで柄創師がミノタウロスから離れる。その刹那、斧がめちゃくちゃに振り回され、地面が陥没した。

もしも判断に遅れて居たら――間違いなく斧よって潰されていた。

隻眼となったミノタウロスは痛みと怒りから赤い瞳を爛々と輝かせて柄創師達を狙う。

「ま、まずくないか?」

「い、いや、でも弱ってきてる! ふっ、俺のから逃れられると思うなよ!」

怒り狂うミノタウロスから柄創師達が後退する。一応、後退先はアルカディア対策本部では無い。

ミノタウロスの攻撃から一時撤退する柄創師と、それを追うミノタウロス。

やがて、道路には誰も居なくなった。

いや、冬真達が残っている。

「なんか、あの人達には悪いが。俺の銃弾じゃ、あんまし効かなそうだし」

「とりあえず、行こう」

慎重に、エネミーがいないか見まわしながら、二人は町を見下ろすように建てられた本部へと向かった。


本部へはなんともあっさりと辿り着く事が出来た。

どうやら、エネミー達が本部に近づかない様に柄創師達が配置されているようだ。此処に何かがあったら、連絡をとる手段もなにも無くなってしまう。だからだろう。

慌ただしくいろいろな人が行きかっている。

どこに行けばいいのか分からず入口で止まっていると、奥から颯爽と女性が現れた。

こちらに真っすぐに向かって来る。

「矢野! グリセルダも無事か?」

「あれ、風間さん?」

「は、はい、無事です」

ここは本部だ。彼女が居てもなんのおかしい事もない。

だが、なぜ彼女はこっちが来ることをまるで知っていたかのように、ちょうどいいタイミングで現れたのだろう。考えてみると、ミノタウロスと戦っていた柄創師も同じである。

疑問がわき上がる中、陽香は彼等に困ったように笑いかけた。

「すまない、ちょっと待ってくれ」

「はい……」

このもやもやを聞くべきか、考え込む冬真の前を横切って、陽香は入口へと向かう。

そろそろ来るんだが。と呟きながらはらはらと外を見ている。

一体何事か。クロムと一緒になって冬真も外を見た。

――と、黒い大型車が猛スピードで走って来た。どう見てもスピード違反だ。が、今は緊急時、そんなの関係ないとばかりにスピードを出している。

止まるか止まらないかのうちに、後ろのドアが開いて、可憐な女性が飛びだした。

金髪が乱れ、疲れた様子だがその目にはまだ光がある。

「陽香! 本部は大丈夫ですかっ?! みなさん、御無事ですか?!」

「ええ――」

「で、湖由利は? 湖由利のいる場所は分かったのですか?」

その後ろから顔を出したのは芳野万由里。さらに、反対のドアから斑目一騎まで現れる。

「湖由利……えっ、それ、どういう意味ですかっ?!」

湖由利――その名に、クロムが反応した。

湖由利にはもう一ヶ月近く会っていないのだ。なにより、いきなりの事で理由を聞く事が出来なければ、別れの言葉も言えなかった。あまりにも、腑に落ちない別れだった。

その彼女の居場所が、分からない? この大変な時に?

蒼くなったクロムがいることに、万由里は気づくとしまったとばかりに口を隠した。

もう、一度外に出てしまった言葉は戻らない。

「万由里ねぇ、どういう事なんだよ……」

「……さきほど、湖由利が避難所から姿を消したと、連絡がありました」

あくまで、冷静を装って、淡々と万由里は言った。しかし、その握りこぶしは震えていて、どれだけ動揺しているのか、傍から見ても分かる。付き合いが短い冬真でさえも、分かった。だが、余裕のないクロムにはそれに気づく余裕もなかった。

「な、なんでっ。あいつがっ?! ……うそ、だろ、なんでこんな時に、あいつまでっ。くそっ、ふざけんな!」

「おい、クロムっ」

このままでは万由里に殴りかかるのではないかと思ってしまうのではと、慌てて止める。

その手を無言で振り払い、彼は万由里から顔をそむけた。

「それで、陽香さん……どうして、おれたちが来ることをしっていたんですか?」

「……なんというか、見たほうが早いだろう」

柄創師である斑目と万由里を置いて、陽香はおれたちを案内した。

置いてかれた二人はすぐに町に戻ってエネミー達の討伐に加わることとなる。しかし、梓月が『場』を創っている中で不要となっているミントは、冬真たちと合流することとなった。






それを見た時、私は言葉を失っていた。

黒金のドラゴン。巨大で、力強く、美しく、禍々しい。

そして、過去の記憶を思い出す。


なぜ、あの時彼女では無くて、私が生き残ったのか。



少しだけ時はさかのぼる。



「っ……」

「白野さん?」

風間陽香がそっと肩をゆすってくる。

どうやら、意識が若干飛んでいたようだ。

握りこぶしを創って思いっきり爪を立てると、その痛みで意識がクリアになっていく。

ここは、アルカディア対策本部。先ほどまでインビジブルバードと魔人と呼ばれていた存在と戦闘をしていた階から少し下がったフロアにいた。

本部の中でも現在情報伝達の中心地となっている地下の基地に戻るところだった。

窓からそれは見えた。

ジロリ

燃えるような赤い瞳がこちらを見る。

いや、それはきっと気のせいだ。そんなことがある訳が無い。

「ちょ、大丈夫」

「……だいじょうぶ、です」

心配そうに聞いて来る風間さんに、すこし申し訳なく感じた。

自分は、大丈夫。だって、あれよりも恐ろしいモノと対峙したのだから。

これくらいでビビったりしたくない。

そもそも、あのときよりも事態は悪くない。あの時は、生徒と数人の教師だけで対応しなければならなかったのだ。

大丈夫。

しっかりしろ、自分。

今、この『場』《世界》を支えているのは私なんだ。

私が畏れてどうする。

この『場』は、元々――こいつ等を殺すために創られた『場』じゃなかったのか?

大切な人を守る為に、傷つけようとする要因を……エネミーを倒すために創った『場』じゃないのか?

ほとんどの人はここまで大きなドラゴンを見たことが無いはずだ。

でも、自分はある。あの時、戦っていた人々を見ていた。

見て居ることしか出来なかった……が、今はどうだ?

戦える。

今なら、戦える。

その為の力《場》を持っている。いや、その為だけに創り続けた『場』を持っている。

「力を貸して、あきちゃん……とあ兄……」


思い出せ。


あの時、彼女は何をした?


「……風間さん、すぐにオペレーター室に戻りましょう」

その目には、強い意志と決意があった。

「あのドラゴンを、倒さないと」

このままでは、この町は終わる。

今、自分が出来ることをしなければ。




少女は気づいただろうか。

少しずつ、変わっている事に。

考え方も、生き方も、彼女の世界も。

ほんの数カ月。されど数カ月。

いつの間にか、彼女によって変わっていた事に。




オペレーター室に入ると、思わず梓月は足を止めた。

「……な、なんで、中二病がいんの」


部屋に入った途端、ざわめきが聞こえて来る。

正体不明の青年がいつの間にか部屋に入ってきて、いつの間にかマイクを奪い、いつの間にか椅子にふんぞり返っていた。

白銀の髪の青年が、誰にも知られずに部屋に侵入していたのだ。そして、マイクを奪い、椅子に座りこんで、柄創師達に指示を飛ばしていた。

誰かが入ってきた事に気づいたのか、彼は振り返る。

「おっと、来たようだな、シラノシヅキ。お前を待っていた」

その目は、明らかに梓月を見ていた。

「……なんで、あの時の奴が」

忘れもしない。

謎の森の中で会った、自称賢者。

蒼い瞳が梓月を見ていた。

どうして、ここに居るのか分からない。

蛇に睨まれた蛙のように、動く事が出来ない。

「お前たちは困っているのだろう」

返答は返されない。ただ、上から施しだけを与える様に彼は言った。

その言葉は甘く、苦く聞こえて来る。

「あのドラゴンをどうにかしたいのだろう? だが、その為の力が無い。そして、オレは探している者がいる。取引だ――お前達を救ってやる。その代わり、お前を貸してもらおうか」

絶対的に上に立つ者であるような、傲慢な物言いだった。


「シラノシヅキ。お前を、ソリテールをおびき出す餌にさせてもらう」





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