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イヴのキセキ 前夜祭



物語を始めるのに必要なことはページをめくること。

物語を終わらせるのに必要なこともまた、ページをめくること。

幾つもの文字の羅列。それらが意味を為して、もしくは何も意味を持たずにいずれ途切れる時が来る。



「条件はそろいつつある」


古びた洋館。その一室で白のコートを着た男が鏡のようにそっくりな黒のコートを着た男に言った。

その声色はどこか浮かれていてとても楽しそうだ。しかし、それとは対照的に相対する男の目は暗い。

「本当に上手くいくのか? 本当に――アルカディアは目覚めるのか?」

ぶつぶつと病的な声が聞こえて来る。それを白いコートの男は一笑して笑い飛ばした。

是と。

確実に、と。

「これで目覚めない女神なら、あの世界に必要ないさ」

「だが、未だに予兆はない」

「予兆なら在るよ。どうやらアルトカの騎士も動き出したようだし――大丈夫。ネガイハカナウ」

歪んだ月が嗤う。

虚ろな瞳はあまりにも深い闇で、全てを呑み込んでしまうようだった。見るモノを狂わせる暗い憎悪。

歪な願いを撒き散らしながら、男は部屋を出ていく。

残されたのは誰だったのか――。





雪が降りそうな曇り空が広がっていた。

そこを歩くのは金髪碧眼の女性と、それに付き合わされたらしい黒髪の少女だ。

黒髪の少女が抱えて居るのは大きなスーパーのレジ袋。女性のほうもまた、大きなレジ袋を持っている。

楽しそうな金髪の女性と比べて、黒髪の少女は無感動に歩いていた。


「それにしても、今年はもしかしたらホワイトクリスマスかもしれませんね」

「どうだか。こんなご時世でホワイトクリスマスだなんだって喜べる? で、どうしてうちの部屋で行う事になっている訳?」

「えっと……一番広くて片付いていたので……」

大きなため息と共に梓月はその顔をしかめた。

今夜――ではなく、明後日は土曜日のクリスマス。

つまり、明日はクリスマスイブであり、ミントの友人である羽水汐の結婚と店のオープン祝いを行うことになっている。それが、いつの間にか梓月の部屋で行われることになっていた。

裏の話をすると、このお祝いは半分本当で半分嘘。実は、汐と陽香によるミントと結城の仲を発展させるための裏工作によって行われることになったものである。

そのような事はまったくしらない梓月だったが、つい先日なぜか冬真とともに汐と陽香に拉致られて聞かされていた。裏工作を手伝えと言うことらしい。

ちなみに、ミントはいまだに梓月の部屋で暮らしていた。すでに学園での臨時教師は降りているが、梓月の事が気になってという名目である。

外国ではエネミーの動きが活発化している。そのせいで一つの都市が喪われた国もある。

それでも、今は平和だった。今はまだ。

「まあ、べつにいいけど……」

ふと、梓月が顔をあげると――白い花弁のような雪が舞い落ちて来るところだった。

「降って来たね」

「……学校休みたい」

「明日で終わりなんですから、ダメですよ」

「あんたは私の母親か」

大きな牡丹雪が降ってくる。おそらく、このままいけば積もっていくかもしれない。

どれ程降るかは分からないが、このあたりはそこまで降り積もる様な気候ではない。積もっても数センチと言ったところだろう。それでも、遊びぶ事が仕事の子どもはその雪に目を輝かせるはずだ。しかし、それも小学生かぎりぎり中学生までの話。高校生の梓月には寒いわなんだで面倒で仕方が無い。そもそも、ホワイトクリスマスだろうとなんだろうと、まったくかわらない。

そんな梓月などお構いなしに、マフラーをしっかりと首に巻きながら、ミントは浮かれた様子で雪をみていた。

「ホワイトイブにはなりそうですね」

勝手に創った言葉に自分で微笑みながら、ご機嫌そうに歩く。子どもかよと小声でつっこみながら、梓月は白い花弁の落ちて来る曇り空を見て――声を漏らした。

蒼い……ありえない花弁が散っているのが視えた。様な気がした。

「白野さん?」

「……いや」

それは幻想。頭を振るって正気を取り戻す。

どこを見回しても蒼い花弁など存在しない。当たり前だ。

ちらちらと消えていくために落ちて来るような雪は純白なのだから。

どうしたのかと梓月の視線を追ってミントはまた曇天を見上げた。

「あれは……」

梓月の見た蒼い花弁などない。そのかわりに。

「剣?」

巨大な剣が刹那、雲の影から姿を見せていた。




日本――首都東京。

東京タワーなどの名所で有名な日本の最大都市の上空。そこに異変が起こったのはその年のクリスマスの二日前の夕方のことだった。

黄昏の空は早い時刻から黄金色に輝きはじめ、すでにあたりは黒に近い蒼と紫に染め上げられていた。冬の夜は長いのだ。

その空の異変に最初に気づいたのは誰だったのかは分からない。

ただ、その異変はすぐに人々の口に登った。

あまりにも、それは大きすぎたからだ。

そしてそれは――突如地表につきたてられた。



事件の現場には少し離れた地域に在るアルカディア対策本部では、電話のコール音の嵐が起こっていた。それとともに、現地の現状を伝える声が飛び交う。

「まさか、日本の首都にあれが現れるなんてね」

不穏な笑い声を立てながら、その喧騒を眺める男――桐原空人がいた。

ロサンゼルス支部が壊滅して一週間。そこに現れた九つの剣のオブジェが、現在は日本に、その首都に在る。

白銀の剣の頂上には未だに動く気配のない二つの影。悪魔と天使の姿。

それを見て、彼はほくそ笑む。

「どうやら、何かが始まったようだね」

「はい、きょうじゅ……」

後ろに控えるリコリスが口を開く。

その時、天使と悪魔が動く。突如目を開けると――その身を地上へと躍らせた。

「おそらく……物語がはじまった。逃げ出した私と何もかもを失った桐原空人が出逢ったように……運命の歯車は巡り続け、織られた世界は続くように」

その年には似合わない達観した瞳で、少女はソレを見続けた。




暮羽地結城がそこに到着した時、未だにそこは平和だった。

といっても、現在進行形で人々が逃げ惑い、避難シェルターに逃げ込んでいる。数分もしないうちにこの首都は無人の町となるだろう。ちらちらと降っている雪と相まって、寂しさを増す。

ここ数年で人々はエネミーの襲撃を何度も経験した。それゆえの迅速な行動だ。特にここ、東京では何度もゲートが開き、そのたびに多くの被害を出して来た。その反省が生かされた結果なのだ。

柄創師と空操師は集まり、九つの剣の周囲に待機する。

剣は一定の距離を置いてあるため、他の班の様子が分かるのはイヤホン越しに聞こえて来る声だけだ。

さらに安全を確認後に研究者たちがその正体不明の剣のオブジェの解析を始める。

一つを覗いて。


非常に緊迫した空気が唯一流れる場所。剣のオブジェの中でも、唯一白銀に光り、唯一エネミーがそれを守る様に控えている。

ゲートは開いていない。それなのに、彼等は存在している。実は開いていると言う事はありえない。空操師は待機しているが、未だに『場』を創れないことがゲートの存在を否定していた。

背を向けあい、エネミーは眼を瞑っている。何かを待っているのか。それとも何かを行っているのか。

しかし、通常のエネミーと違い人が近寄っても身動きもせずに人を襲うと言う事もない。

傍で控える柄創師と空操師はこのまま彼等を攻撃してもいいのかと上からの指示を仰いでいた。暮羽地結城もそのうちの一人。

「くそ、エネミーなら全部殺してしまえばいいのに」

日本の柄創師の中でもトップの実力者に数えられる柏崎の声に、数人が同調するのが聞こえて来た。

しかし、上からの命令は来ない。指揮系統も混乱している。これほど大規模な作戦は行われた事が無いからかもしれない。

同時に、結城には漠然とした不安があった。

あのエネミーと敵対して、本当にいいのか――。なぜそんな考えが思い浮かぶのは解らない。ただ、根拠のない不安だ。だから誰かに言う事もない。

それでも、周りの柄創師の中には不安そうに動かない天使と悪魔を不安そうな視線を投げかける者もいる。もしかしたら、結城と同じ思いを抱いているのかもしれない。

少しずつ暗闇が深くなる首都。乗り捨てられた車やシャッターの閉められた店が虚しく映る。

柄創師と空操師、そして研究者たちしかこのあたりにはいない。ほとんど避難してしまった。それゆえの重い沈黙。いつもなら聞こえてくるはずの喧騒がすべからく失われた町は、空虚でここには自分たちしか存在しないのかと言う恐怖を強く抱かせる。そのせいかと結城は首を振り、ただ目の前にいる敵を観察した。

ともすれば人とみまかう姿をしたエネミーだ。彼等は未だに動かない。

それにしびれを切らした柄創師の一人が、得物を構えて彼等に近づこうと行動を始めた。

あわてて数人が止めるが、しびれを切らしていたのは彼だけでは無かったらしい。その無謀な蛮勇をきっかけに、数人が動きはじめる。

「お、おいっ、まだ指示がっ」

「指示なんて待っていられるか!」

怒声が響く。それでもエネミーは動かない。

結城もまた、飛び出して行ってしまった柄創師を止めようと走りだして――足を止めた。

動けなかった。

どうしてなのか分からない。

ただ、先鋒がエネミーの半径約五メートル内に侵入した時のことだった。

誰もが動きを止めた。


圧力。純粋な殺気のこもった、圧力だ。


いつの間にか冷や汗が頬を滴る。

視線を廻らして、それに気づいた。

エネミーが、目を開けていた。

悪魔のような黒髪のエネミーが、その蒼い瞳をこちらに向けて居た。


「警告する。我等、サンテラアナの使いはティアロナリアの要請の元、この(ソリティア)を守護する」


男性とも女性ともつかない中性的な声が空虚な町に響いた。

それと同時に、その横の金髪のエネミーがその瞼を開ける。

真紅の瞳がこちらを捕らえた。


「警告する。我等、サンテラアナの使いはこの(ソリティア)を解くモノを駆逐する守護者」


良く通る無感動のソプラノの声。

二人のエネミーが、こちらを見て居た。

その顔にはなんの様子もうかがいしれない。

そして、二つの口が同時に開く。


「「警告する。貴公等は我等の敵か否か。返答によっては武力行使もじさない限りである」」


青と赤の無感動な瞳が、結城達を捕縛した。





「愚かだな……まあいい。これで遣りやすくはなった」

全ての戦場を見下ろす男は、後ろに控えている者達に視線を送る。

「畏れるべき敵はたった二人だ。……ふふっ、たった二人でどこまで守り切れるか……」

丁度目下には白銀の剣を守護する二人の天使と悪魔がいる。

彼等は柄創師達と対峙しているが未だに行動を起こさない。

「計画は分かっているな」

後ろにいた者たちが各々頷く。

それを観て、満足そうに彼は頷くと、令を下した。

「剣を全て壊せ。あの天使と悪魔(エネミー)は殺して構わない。そして――」

何も理解できぬままに殺してしまえばきっと慰められる。何も分からぬまま、死んでしまえば幸せだ。

だから、男は令を下す。

「此れから生まれる『魔王』を殺せ」


ぱちぱちと誰かが拍手をする。

胡乱げに男が後ろを向くと、すぐそばのビルの屋上に座りこんでいた青年が男を見下すように見降ろしていた。

あらぬ方向に飛び跳ねる黒髪の青年は哂っていた。

「酷い『神』だ。同朋を殺すなんてな!」

「来ていたのか、ヴィオルール」

「親愛なるティアロナリアさまの為にはるばる来てやったよ。ククッ」

真紅の瞳が残虐な光を灯す。

「人間如きが我が同朋を殺せるはずが無いからなっ。そうだろう? ティアロナリア」

男の傍に控えて居た者達を蔑んだ視線を送りながら、彼は立ちあがった。

もし――もしも梓月やミントがいたのなら気づいただろう。その青年は、ハルファとよく似た顔立ちだったと。

しかし、その中身はまったく違う。

「ったく。テメェの所為でこちらは魔王なんぞ呼ばれて迷惑千番だったんだ。その憂さ晴らしも兼ねて、遊ばせて頂くよ」

「お前は口の悪さは変わらないな。まあ、いいが――ほどほどに」

「ククッ。善処はさせていただくよ、ティアロナリア」

青年――ヴィオルールはそう言うとビルから飛び降りた。数十階にものぼる高層ビルの上からだ。人間ならば死亡する。人間、ならば。

ヴィオルールをみおくった男は何事もなかったように前を向いた。

「さあ、始めようか」






最初に叫んだのは誰だったのだろうか。

結城が気づいた時、その声は響いていた。

「なにが敵か否かだっ」

「お前達エネミーが最初に攻撃をして来たんだろっ!!」

濃密な殺気にあてられながらも、柄創師達は叫ぶ。

ここまで、人々は戦ってきた。様々なモノを失いながらも、突如現れる死神の様なエネミーと殺し合って来た。

ミントは幸せだった。ミントは必死で人々を守り、柄創師達もそれに応えた。しかし、現実は悲惨なモノだ。ミントや斑目の様な強者ならともかく、他の人々は――必死で戦う柄創師達の死亡率は、三十パーセントを超えている。

平穏な……時にはゲートの出現に怯えるだけの日常を過ごす人々は知らないことだ。

現場の結城達は知っている。目の前で共に戦う戦友を失ったことのないものはここには居ないだろう。

理不尽な暴力に今まで耐えて来たからこそ――エネミーのその言葉は人々の胸に深く突き刺さっていた。

初めて、エネミーの顔に動揺が走る。二色の瞳が共に揺れて、突如羽ばたいた。

瞬間、地面が揺れる。

思わず膝をついた結城が見たのは、離れた場所にあった剣のオブジェの一つから炎が立ち上っているところだった。

不自然なほど巨大に燃え上がるそれは剣を嘗めまわしてあたりにもその牙をむけている。

それは、明らかに自然発生したものではない。

「……敵対行動と空間の歪みを感知。怨敵『ティアロナリア』と断定――ユイシャン」

悪魔が天使に鋭い視線を送る。

「了解。あちらは任せろこちらはまかせた――ムニエル」

天使が悪魔に挑戦的な笑みを見せながら飛び上がった。

跳躍。

おおよそ人とは思えないような高さを軽々と飛び越えて、そりたった壁に垂直に着地する。そして――壁を奔る。

ありえない。そんなこと、出来る筈が無い。……ところで、翼があるのになぜ走る。

驚く柄創師たちなど目もくれず、ユイシャンと呼ばれた天使は壁を蹴りあげるとそのまま宙に踊った。

「了解。そんなこと、言われなくてもわかってる」

ムニエルと呼ばれた悪魔がそう呟いた時、天使がようやく翼を広げた。そのままどこぞかへと飛び立っていく。おそらく、先ほどから火柱をあげている剣のオブジェの元へだ。

いったい、彼等は何なのか。

「さてと、こちらにも招かれざる客がいらっしゃったみたいだね」

先ほどとはどこか違う様子でムニエルが何かに視線を投げかける。

その視線の先にいるのは柄創師ではない。

「あれは……?」

「おい、なんだあいつら」

柄創師達がその者達に気づいた時、すでに戦いは始まっていた。


悪魔が動く。

その手にはいつの間にか用意されていた巨大な槍。そして走りだした先には柄創師でも空操師でもない――結城が逢ったことのない人々がいた。

その服装、装備は明らかに戦闘を意識している。

何丁もの銃とその弾薬を腰に引っさげ、悪魔のエネミーを迎え撃つ。

柄創師ならば自分の武器を使うのだが、彼等はその様子はない。

一般人の様には見えないが、それでも危険だ。

「早く、避難を――」

なぜエネミーが彼等に向かったのか。謎は残るが今は彼等の安全だ。

そう考えた柄創師が駆け寄ろうとして――爆発に巻き込まれた。

「なっ?!」

何が起こったのか、まったく分からない。

なぜ、何も無かった場所で爆発が起こった? なぜ?

さらに、数回。なぞの集団に迫る悪魔の周りでも爆発が起こる。が、怯まない。

どころかさらに加速して迫る。

リーチの長い槍がそのうちの一人を掠めた。瞬間、爆風が起こりかすっただけの相手を吹き飛ばす。さらに、後ろにいた者も巻き込まれて壁に叩きつけられた。

仲間が倒れたにもかかわらず、集団は統率のとれた動きで悪魔の周囲に広がる。逃がさない様にだが、そんなことはエネミーに関係ない。

跳躍するとそのまま翼で羽ばたいて宙を舞う。

そこにすかさず銃が抜かれ、銃弾の雨が吹き荒れた。

その流れ弾は結城達の元まで飛んでくる。慌てて後退し、彼等の戦いを見た。

悪魔がさらに上空に上がる。

それでも、数メートル離れたくらいでは銃弾の的だ。しかし――突如空が曇る。暗い天上で何かが光った。

「――っ?!」

目の前が見えなくなる。真っ白な視界と少し遅れて聞こえた轟音。

稲妻が悪魔の周囲とその得物の周囲に帯電していた。バチバチと音まで聞こえて来る。

その雷が、何かに当たって砕けた。

「なるほどね……神をも畏れぬその愚行――ボクらには真似できないよ」

悪魔が苦々しげに彼等を見て言った。その声色は最初結城達に話しかけて来た時とはかけ離れている。どこか、憂いを含んだ声だった。

「酷い話だ」

稲妻が悪魔の周囲に発生する。

青白く発光し、黒のエネミーの姿を浮き上がらせていた。

その顔は、何もかも諦めたような、憐れむような、そんな表情をしている。

本当に、人間の様だ。なんて結城は思う。

その姿形こそ異形であるが、喜怒哀楽を見せる彼等は本当にエネミーなのかと思ってしまう。

いままで、エネミーが話すなんて事はなかった、コミュニケーションなんて無理で、ただこちらに敵意を見せて襲ってくるだけだった。

いや、ミント達がエネミーと対話をしたという話は伝え聞いていた。だが、そんなことを信じられなかった。結城以外の柄創師達もそうだ。いたずらに襲ってくるだけのモノと、話し合うなんて考えたくなかったからかもしれない。

「ったく、一体、なにが起きてんだ」

柏崎が結城の傍でぐちるのが聞こえた。

「とにかく、今は上からの指示を――」

未だに混乱をしている指揮系統に苛立ちを覚えながらも結城はそう言って、その爆発音を聞いた。



町から煙が立っていた。雪が降る中、酷く浮いて見える。

さきほどの天使が行った場所とは正反対の方角。そこは、先ほどまでにび色の剣のオブジェが立っていた場所。だが、その姿は既に無い。


悪魔が眉を少し動かす。しかし、慌てもしなければ動きもしない。

それよりもと言わんばかりに目の前の敵を見降ろしていた。


瞬間、世界が変わる。

一瞬のうちに塗り替わるような、異常な気配。

しかし、知っている者は知っている。それが『場』の創られたためだと。

そして、その『場』とは。

「ミント、ちゃん……」

絶対の守護を誇る、『守護法神(ミントの世界)』。

ゲートがどこかで開いたのだ。

この首都にミントがいる。それを知って、結城は複雑な顔をしていた。


この異常な事態に、ミントが関わることに不安を抱いていた。

戦場で、彼女はなくてはならない存在。だが、それでも――。






ざわめき。

思わず、ミントは巨大な白銀の剣のある方角を見た。

そこには暮羽地結城がいるはずだ。そして、見た事もない人型のエネミーがいるはずである。

先ほどまで梓月と帰宅の途についていたミントだったが、すでにそんな様子はみえず、戦闘服に着替えてスタンバイしている。緊急の連絡が入り、慌てて本部に向かい、ここまで最短時間でやってきていた。

冬の寒さに身を震わせながら、周囲に目を凝らす。

「なにごともなければいいのですが……」

何事もないはずが無い。

剣の一つが壊れ、突如その近くにゲートが開いたという知らせが来たのは先ほどだ。

ゲートが開いたことは分かっている。が、そのタイミングと場所がこの不可解な事象がアルカディアに関連していることを確証させる。

いったい、なにがおこっているのか。それを知る術はミントにはない。

ただ――。

『ミントさん、謎の剣の破壊とエネミーの撃退をとの指示が先ほど入りました……』

久留橋からの連絡に無言で頷いてからこれが声だけの通信であることを思い出して慌てて返答をする。

「分かりました」

その横には斑目とハードナー。そして数人の柄創師がミントの傍で待機をしていた。

今回の様な大規模な戦闘でも、ミントは全ての場所を独りでカバーすることができる。しかし、全ての戦場を見ることは出来ない。そのため、前戦では無く後方で久留橋たちからの連絡を聞きながら援護を行うこととなっていた。

「……ところで、それは誰からの指示ですか?」

『はい?』

久留橋が告げた名を聞き流しながら、ミントは戦場を見下ろす。

現在、いるのは高層ビルの屋上。

全ての戦場が見える場所だ。もちろん、誰が何と戦っているなんてものは見えないし、ビルの影に隠れてまったく見えない場所もある。

それでも、大まかな動きは分かる。さらに、各所の防犯カメラなどからの映像や、久留橋たちからの情報も届いているため援護は十分に可能だ。

「――何時になったら、この戦いは終わるのでしょうね」

「すぐに終わるさ。オレ達で」

斑目の言葉に、思わずミントは目を丸くする。

「どうした?」

「いえ」

何も言わず、ミントは送られてくる映像を見た。

「そうですね。終わらせなければ……」



少しずつ積もり始めた雪が、戦場となった町並みを白く染めていた。




「雪、か……」

降り積もっていく雪に、思わず女性は感嘆をあげた。その手は、血まみれになっている。

体中に返り血を浴びて、疲れた様子で空を見上げていた。

昔はこの様な日にはみなと集まって暖をとっていた。が、今はもう、遠い話だ。

仲間達も生きているのか死んでいるのかすらわからない。同時に、長い年月が流れてしまった。

無論、彼女達にとっては短いものだが、それでも人里が様変わりするには十分な時間。

それに、焦りを覚える。

このまま、終わってしまうのではないかと。

『彼』の思惑通りに物語が進み、『あいつ』の願いが叶ってしまうのではないかと。

所詮、夢物語だとしても、ここはアルカディアと呼ばれた世界では無い。夢物語も、本物の物語となるかもしれない。

あいつの願いがかなえば、彼の願いも叶う……それだけは阻止しなければならない。

阻止しなければ――あの子はどうなる?

「護らないと……」

彼女――ヴァリサーシャ・ロイリエリーヌ・シェイドは、目の前の戦場に視線を移した。

目の前には先ほど殺したばかりのエネミー、ドレイクの姿があったが、少しずつ消えていく。

それを片目に、未だに戦いの後が生々しく残る町並み、如月学園、そしてアルカディアの対策本部と呼ばれる巨大なビルとその横の施設を見回す。

遠く、かなり離れた場所に剣のオブジェがうっすらと、本当に少しだけ見える。

それを視界の隅に捕らえながら、暗い穴を背に向けて歩きだした。

暗い穴――そう、ゲート。それが開いていた。先ほど殺したドレイクは、あのゲートから出て来たエネミーだ。

周囲に避難をするようにとのサイレンが鳴り響く。

避難する人々。しかし、開いたゲートからぞくぞくとエネミーが出現し、人々を襲う方が早い。

何度目か分からないエネミーの襲撃だ。しかし、現場で戦う柄創師、空操師達の動きは遅い。

――斑目達が居ないためだ。

みな、首都中心部のほうへと行ってしまっていて、柄創師が少ないのだ。

質も、数も、次々と出現するエネミーには足りない。

無言でヴァリサーシャは歩みを進めた。そして、目の前にエネミーが現れるために切り刻む。殺していく。蹂躙していく。

彼女の影が鋭い剣となって周囲のエネミーを圧倒し、殺害していく。


「レイムリア……絶対に、護るから」


貴方が残したモノを――。





ごめんなさい


ありがとう



貴方が世界を救ってくれた



そのかわり

ずっと貴方を守っているから

ずっと貴方を抱いているから

この揺り籠の中でおやすみ


ティアロナリアの最後の『贈物』


ねえ、《ソリテール》?


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