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異常と日常の合間3


十二月、始めの土曜日。人々がもうすぐ来るであろう聖なる夜に心を躍らせているであろうその休日に、不機嫌な少女を連れた二人の少年が歩いていた。


「なんで私まで……」

ぶつくさと文句を言うのは巻き込まれてしまった梓月だ。

それを冬真がまあまあとなだめる。

彼等がいるのはアンノウンのエネミー襲撃の時に被害をこうむった地区から離れた場所にある住宅街だった。そこからさらに歩いた所に陸の家があるらしい。が、今回はそこにいく訳ではない。

「だって、あの人見たのって冬真と梓月くらいだろ?」

「そうだけど……」

「ほら、ちゃっちゃと探すっ」

「……つーか、普通はあの後すぐに逃げてるでしょ」

呆れ気味にため息をつく梓月は、なんだかんだ言いながらもあたりを見回して『あの人』――ロイリエリーヌの姿を探していた。

そう、三人で何も無い普通の住宅地を歩きまわっていたのは、陸と関係があるらしい女性、ロイリエリーヌを探していたのだ。

だが、先ほど梓月が言った通りロイリエリーヌはこの町から出て行っているかもしれない。むしろ、アルカディア対策本部からおそらく追われているのだから、その可能性が高い。

それでも、三人は休日の町を彷徨っていた。

既に時期は冬。コートにマフラー、手袋装備というクロムの対寒防具にくらべ、梓月はちょっとしたジャケットにマフラー、冬真に至っては上着一枚だけだ。

その代わり、木枯らしが吹く度に冬真は震えている。

「……それに、うちとこいつが一緒にいたんじゃ効率悪いくない?」

梓月はもう一人のロイリエリーヌの顔を知っている冬真をちらりと見てクロムに行った。

「あ、そうか」

ぽんと手を叩くと、クロムは無言で梓月にとなりにくる。そして、なぜかトーマに手を振った。

「って、おれが一人で行くのかっ」

「え、君はいたいけな女の子を一人にして男二人で探せと言うのか? ……むさくるしい」

「後ろが本音だろっ!!」

「っち! ばれたかっ!」

「ばればれだよこんちくしょーっ」

そういいながらも一人で走っていくあたり、冬真も律義な奴である。

その傍らでそれを見ていた梓月は、半眼になりながらも歩きだした。

「あっ、ちょっと待って!」

「言っとくけど、この辺の地図知らないからね」

「え、マジ? オレもなんだけど……」

「……はぁ」

幸福がすべからく逃げてしまいそうな大きなため息をついて、梓月はとりあえず歩く。

「そもそも、こんな場所にいる様には思えないんだけど――」

住宅街は人通りも少なく、騒ぎたてながら歩く二人の姿は無駄に目立っていた。


そんな二人と別れ、独り寂しく疾走している花の高校生がいた。

「うおおおおっ!」

無駄に叫び声を上げながらところかまわず走っていく。

まさにやけくそだが、本人そう言えば何に対してやけくそになっていたんだっけと事の発端を忘れて居たりする。

走って、なにも考えない様にただひたすら走った結果だ。

いつの間にか、住宅街から外れて少し自然の残る教会近くに辿り着いていた。

墓場と無駄に広い教会の敷地には、この辺ではあまり見ない木々が植わっている。

風が吹く度に葉が涼しげな音を立て、さらに寒く感じられる。コートでもなんでも着てくれば良かったと後悔しながらも、走ったせいで息を切らせて冬真は足を止めた。

全力疾走を冬にする物じゃない。のどが冷たい風でいがいがする。

息をついて周りを見回す。

かなり離れた様で、先ほどの様な密集した住宅街とはまったくの違い様だった。

どこからか、元気な子どもの声まで聞こえて来る。ちかくに公園が在るのかもしれない。

「さてと、探すか……」

ロイリエリーヌの探索。これは冬真が言いだしたことだ。

陸の事についてなにもできないが、ロイリエリーヌを探す事なら出来る。と、思ったのだが簡単に見つかる訳が無い。

アルカディア対策本部が探しているのに、高校生が開いた時間を使って町を歩いたって見つかるはずが無いのだ。そう思いながらも諦められずに探そうとまた歩きだした。

子どもの声が聞こえる公園からは逆方向へ。

まだ見つかっていないと言う事は人ごみを避けて居るということかもしれない。なら、人が居る所よりも居ないところにいるかもしれない。

そういった考えから冬真は歩きだして、足を止めた。

教会の裏の墓場に、誰かがいるのが見えたのだ。

別に、それだけなら墓参りに来た人だと思ってさっさと歩き去ったことだろう。

しかし、その人はなぜか――子どもの声がする方向をじっと見て居た。

足元に並ぶ墓石になど興味が無い様子で、ただそちらへと。

可笑しな人だと思わず視線を送る。と――。

「……マジかよ」

一度だけ……つい最近、一度だけ見た女性が何かを耐える様に立っていた。

慌てて懐からケータイを出すとメールを送る。送り先はもちろんクロムと梓月だ。

そして、彼女に見つからないようにとそっと教会の敷地に入っていった。


数十分。何事もなく時間は過ぎる。

影からロイリエリーヌを監視する冬真は、なんどもケータイを確認するが、先ほどから返信はこない。今行く、というメールが来てからすでにかなりの時間がたっている。

「ったく、どうしたんだよ……」

そろそろロイリエリーヌが移動してしまうんじゃないかと焦る冬真に反して、ロイリエリーヌはまったく動くそぶりを見せなかった。

やはり、墓参りに来たのではないのだろう。墓のことなどまったく無視して、声のする方角を眺めている。

時々笑みをこぼすのは、傍から見て居ると不審者にしか見えない。

「……ったく、電話するか」

おそらく動かなそうなロイリエリーヌから視線を離すと、冬真はケータイを開き――いつの間にか後ろに来ていた誰かに奪われた。

「っ?!」

「おっと、動くな。一応、先ほどから監視しているのは知っている。お前は――何者だ?」

「おれは……」

頭を壁に押し付けられ、両腕を後ろにひねり捕まり、背には何かを押し付けられている。

声からして女性。だが、さきほどのロイリエリーヌとは思えない。かなり距離が離れて居たのだから。

しかし――今の発言。『先ほど監視していた』、とは。冬真が監視していたのはロイリエリーヌのみだ。

「あんた、ロイリエリーヌ、か?」

「……聞いているのはこちらだ」

しかし、否定も肯定もしない。

警戒だけは強められてしまったようで、腕を掴む力が強くなる。

それで冬真は確信する。この人は、ロイリエリーヌだ。

「お前のせいでっ、リクが捕まったんだよっ! あんたは一体なにもんなんだっ、どうして追われてんだよっ」

「――リクが、捕まった?」

突如、頭を押さえて居た腕が、両手を拘束していた手が、力を失う。いきなり放されたことでたたらを踏みながらもどうにか踏ん張って後ろを向くと、やはりその女性がいた。

「まさか、どうして……」

「あなたの所為じゃないんですかっ」

「話を聞かせろっ。リクはいまどこにいる?!」

「なら、教えてくださいっ。貴方は誰で、リクとどういう関係なのかっ。どうしてあのエネミーの弱点を知っていて、あの戦場にいたのかっ!!」

「……」

「……」

二人の視線がぶつかる。

冬真は睨み、ロイリエリーヌは静かな湖畔の様な瞳で。

「私は、ヴァリサーシャ・ロイリエリーヌ・シェイド。アルカディアの住人。――お前たちの言うところの、エネミーだ」

「……は?」

エネミー? と聞き返そうとしてやめる。

暗く、深い闇が辺りを包む、そんな幻影が見えたような気がした。

いや、幻影などでは無い。たしかに少しずつ世界は黒ずんでいく。

まるで、影に飲まれて逝くように。

その瞬間に空気が変わる。まとわりつく風が、異常に感じられる。

しかし、冬真はこれをよく知っている。

「白野……」

白野梓月が離れた場所にある木に手をかけて、乱れた呼吸を整えながらロイリエリーヌを睨みつけていた。

さらに後ろから、クロムが走ってくるのが見える。どうやら、梓月に置いてかれたらしい。

「シラノシヅキ――」

どうして知っているのか知らないが、ロイリエリーヌは梓月の姿を見て、その名を呟く。

そのロイリエリーヌの周囲には、鋭利な刃物の様な影が喉元や急所へ狙いを定めている。いつの間にと言う訳ではない。『場』が創られた瞬間から。

ここにゲートは開いていないというのに『場』が創られている。

その異常性を感じながら、冬真はロイリエリーヌをちらりとみると、彼女は白野を見て居た。

ただ、じっと。何かを見定める様に。

「貴方達はリクの友人、か?」

「そう……だけど……はぁ……は、はしんの早いって、しづきっち」

「……」

無言で睨む梓月に代わり、クロムがとぎれとぎれに答えた。

「そう、それで私を探していたと?」

「そうです」

「そうか……それはすまなかったな……」

そう言うのが早いか遅いか。

一瞬、彼女の姿がぶれる。僅かなラグ。そして――いつの間にかその姿は梓月とクロムのすぐ後ろにいた。

「ようやく分かった。私が求めていた物が」

あたりの『場』を見渡すロイリエリーヌに、梓月とクロムは慌てて彼女から離れる。

「……安心しろ、リクは私がどうにかする」

「ど、どうやって?! あなたは一体なんなんだ」

「信じられないのなら信じなければいい。ただ――シラノシヅキ。死ぬなよ。裏切り者に……白の鏡に気をつけろ――」

『場』から生み出される影の刃。銃弾。それらをロイリエリーヌは一度も見ずに避ける。梓月の顔が歪み、むきになっているのが傍目からもわかるが、それをクロムは止めずにロイリエリーヌを見ていた。その手は上着に隠し持っている柄に伸びているが、それ以上行動は起こさない。

彼女は自らをエネミーだと言った。そして、先ほどの移動。視線を外しても居ないと言うのにいつのまにかクロム達の後ろにいたという異常事態。だが、エネミーだと確証をもてない相手に柄を使う事は出来ない。

「あんた、エネミーって……どういう事なんだよ」

どう見ても、彼女はエネミーには見えないのだ。外見だけならば――。

警戒するクロムと冬真をよそに、梓月だけは彼女を睨んでいた。その周囲には常に球体の影が浮かび、いつでもロイリエリーヌを狙えるようにと標準を定めて居た。

完全に、梓月はロイリエリーヌを敵とみなしている。

「おい、白野……?」

「エネミーなら倒す」

「って、ちょっと待てっ。今、オレ柄を持って来てないからっ!!」

実は、先日の件で冬真はとうとう柄を没収されている。学生の身でありながら現場の戦場に足をつっこみ過ぎたのだ。

柄を持っているからと言っても、まだ学生。なまじ柄を持っているから大丈夫だなんて考えて避難をしないのならば、ということで実習以外は手元に置くことを禁じられていた。

「は? 使えない柄創師……」

「ちょっ、実はお前のせいでもあったりするんだぞ!」

「知るか」

「ひでえっ!!」

「おいおい、お二人さん。さすがにこんな所で夫婦漫才はちょっと……」

「どこが漫才だ!」「誰が夫婦さっ!!」

一応戦闘態勢だった三人がいきなり漫才もどきのような事を始めたのを見て、瞬間ロイリエリーヌは呆気に取られていた。が、すぐに気を取り直してさっさと走りだす。

「あっ、ちょっと待て!!」

口元に笑みを残しながらも、ロイリエリーヌはその姿をくらませた。






『AOM』と呼ばれる組織がある。

柄創師と空操師を束ね、ゲートから現れるエネミーを駆逐する唯一の組織である。

その手は世界全国に及び、様々な場所に支部が置かれている。

日本ではアルカディア対策本部と呼ばれるものがそれの一つだ。

その中の研究棟、一番奥のほうにあった研究室で『場』の研究者桐原空人はとある電話を受けていた。

「……つまり、ロサンゼルス支部が壊滅した、と?」

普段ならばミントも退くような笑みを浮かべている彼だが、その目は恐ろしいほど真剣で、殺気すら感じられる。

手元に置かれたコンピュータには映像が流れていた。

そこには異常な光景が広がっている。

見渡す限り破壊され、瓦礫のみが残った地平線。そこに、場違いなにび色の巨塔が何本も建てられていた。

見る者を圧倒させるソレは、良く見れば塔でもなんでもない。巨大な剣の様なオブジェだ。

ただ、あまりにも大きく、その存在は何も無い世界で異常であった。

数は九本。そのうちの一つのみ白銀に明滅していた。

まるで、世界の終わりの様だ。そんな事を思いながらも空人は冷静に、ただ一つの見逃しもないようにと冷徹にその映像を凝視する。

これが、現在のアメリカ、ロサンゼルス支部の様子であった。

数時間前まで確かにここには人々の生活があった。それが、全て喪われた。

残されたものは一体何なのか。

『壊滅数時間前に、ゲートが開きあのオブジェが出現したらしい』

電話口からそんな声が聞こえて来る。

『白銀のやつが在るだろう。それの一番上を見れるか?』

「……どうにか。これは……エネミーかな?」

白銀の剣を模したオブジェの頂上、ちょうど柄頭の部分に二つの影が在った。

良く見ればそれは人のように見える。だが、高度の高過ぎるその場所に生身の人間がずっと立っていられるとは考えにくい。ましてや一つの身じろぎもせずに。

電話口の声によれば、彼等はそこで身じろぎもせずに数時間を過ごしているらしい。

アップにして彼等を見れるかという空人の問いに、電話口の声が是と答える。

数分の後に、映像は彼等二人の様相を映しだした。


それは、あまりにも対照的な二人組だった。

二人は背を預け合い、直立不動。まるで、すぐにでも戦えるように佇んでいる。

しかし、二人ともその瞼は閉じたまま。

黒髪に黒の衣服を着こむ性別不詳の少年と金髪に月桂樹の冠を戴き白のギリシャ神話にでも出てきそうな衣装を纏うやはり性別不詳の少年。まるで違う二人の背にはそれぞれ黒い被膜の蝙蝠の様な翼と純白の鳥の持つような翼があった。さらに言えば、黒髪の少年の頭には赤黒い二本の角が見え隠れしている。

その姿は悪魔と天使と称しても遜色がない。


「エンジェルにデビル……か?」

どちらもゲームに出て来る高レベルのエネミーだ。

なぜ悪魔と天使と言う正反対な者同士が背を預け合っているのかは分からない。が、彼等がこの一面の景色を創った元凶であることは確かである。

『さらに言えば、先ほどまで他の低レベルのエネミーもいたが、彼等によって消された』

「ふむ。私達の敵、ではないのかね?」

『分からない。しかし、彼等もまたこの光景を生み出した張本人だ』

「ひっじょうに興味深いっ。ふふ……だが、私は『場』の研究者ですからね……ふふふ」

なんとも近寄りがたい笑みを浮かべる彼は、近くにあった資料を引き寄せて眺める。

「ようやく空操師の暴走が収まってきたというのに……まったく面白い」

丁度よく部屋に入って来たリコリスはその言葉を聞いて驚いたように目を開ける。

何かを言いかけ、画面上の映像を見て――口をつぐむ。その目には何かを決めたような決意があった。



壊れ果てた町のはるか頭上、巨大なオブジェのその上で――悪魔と天使が言紡ぐ。


「眠れ」

「何時か目覚めるその日まで」

「それは何時まで?」

「可哀想だけれど何時までも」

「とても酷いね」

「それが幸せだから」

「世界だけのね」

「だから、とても酷い」

「それが世界だから」

「一人の命で世界が救えるのならば」

「その命は容易く散らされるだろう」

「酷いけれど」

「それが世界――ボク等の主だからね」

「じゃあ」

「始めようか」


「「世界(アルカディアたち)(ソリテール)の目覚めを許さないから」」


悪魔と天使が眼を開く。

空色の瞳と炎よりも赤い火色の瞳。

お互い背を預けた二人は共に笑う。

そして――


「「でさ、ここはどこなのさ?」」


途方に暮れた二人の声が重なった。



予告


魔王――それは操り人形にすぎず、その存在はただ一人の為だけに在り、【創造主】には逆らえない

故に赤い瞳の彼は諦めから嗤う


「何とも愚かなこと。我を倒せると思っていたのか?」


立ち向かうのは柄創師と空操師、そして――エネミー


「魔人如きと嗤えば良い。異端者と罵るが良い。誇りを、生きる意味を捨てたとしても、それでも私は護らなければならない者が在るのだっ」


そして、二つの別離


「まだ、聞いてないことがっ。貴方に、言わないといけない事がっ。だから……だからっ、消えるなぁあっ!!」

「全てを、あるべき姿に。全部、昨日と言う日が、今日と言う日が、無かったように」


次回


イヴのキセキ


そう、それは確かに――奇蹟だった

短い生涯の彼等の、最期の軌跡

残酷な瞬間の奇跡


世界はアルカディアを許さない。

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