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二重世界の修正



そこは、とてものどかな場所だった。

町からある程度離れ、自然豊かな場所だ。森だとか林などはない。が、のどかな場所だ。

なんとなく、時間の流れもゆったりとしているような気がする。

その道を、車が走る。乗っているのは女性だ。

金髪碧眼。見れば美女と呼ばれる部類の彼女が向かうのは、空操師の『場』の研究者の権威――桐原空人の家だった。


車を広い駐車場に置くと、彼女はその家に向かった。


「教授、いらっしゃいますか?」

意外と可愛らしい一軒家の呼び鈴を押し、待機中。

先ほどの施設からの帰り道のことでした。


教授の家に来るのは実は二回目です。以前、斑目さんたちと一緒に来たので。

そのうち、可愛らしい声がして、女の子が顔を出しました。

「リコちゃん、こんにちは。教授はいらっしゃいますか?」

「……なか。はいって」

「はい」

口数少なく、リコちゃんは挨拶をします。

今日は可愛らしいドレスのようなロリータをきているようです。

それにしても、どうして毎回この様な洋服を着て居るのでしょう。リコちゃんの趣味ならいいですが、教授の趣味なら、少し危ない気がします。

どうしましょう。

「これ、わたしのしゅみ」

「そうですか」

それはよかった。……よか、った? のでしょうか。

首をかしげていると、リコちゃんはこないのかと立ち止まっていました。

慌てておいつくと、すぐにリコちゃんは進みます。

きれいに掃除がされた廊下。そこを少し歩いた一番奥の部屋は教授の実験室だそうです。

実験と言ってもアルカディア対策本部のように器具が揃っている訳では無いので、実験結果をまとめたり資料を整理するぐらいだと本人は言っていました。

そこに呼ばれた理由。それは他でもありません、先日の理郷戸朱さんの残したデータについてです。


七氏リカ――いえ、本人の言葉が正しければ鈴村穂波さん。彼女と別れて最初に考えた事は、このデータをどうするか、でした。

私はパソコンに詳しくありません。しかし、パソコンからの情報流失やハッキングについての犯罪知識はあります。同時に、鈴村さんから後になってデータを開くのなら、しっかり安全な場所で開くようにとメールが送られてきました。

いったい、どうよって私のケータイのアドレスを知ったのか知りたいところですが、今はとにかくこのデータについて考えなければならなかったので思考の端に追いやることにしました。

それにしても、安全な場所とはとても難しい。

自分のパソコンはもちろん持っていません。学校にありますが、あれは学校の物。安全対策なんてたかが知れて居ます。ならばアルカディア対策本部の物ならと思いましたが――どうしても気になる事があったのであそこは危険だと判断し却下。

公共施設もネットカフェもありえません。選択外です。

ならば、後はどこか?


そこで思い付いたのは教授でした。

いえ、本当はアルカディア対策本部に戻って教授に呼ばれると、なぜか私が理郷さんから何かを預かったのではないかと確信を突いてきたのです。

教授は確かに変人ですが、信用できるはず。

はっきり言って、彼は自分の研究以外に興味が無いのです。その研究を邪魔する者ならどんな事をしても排除しようとするかもしれませんが。

そして、なにかしらの派閥に入っている訳でもなんでもない、完全フリーな研究者。

アルカディア対策本部という場所にいるのは、ただ単に研究費の為だと堂々と豪語しているほどです。

だから彼に、桐原空人に話したのです。

一応、全部何もかも話した訳ではありませんが。


部屋に入ると、彼はにやにやといつもの様子で笑っていました。

毎回思う事ですが、なぜでしょう。この笑みはやっぱり止めた方がいいと思います。

以前、言ったことが在るのですが、その時はなぜか「それでいい」と言っていました。

どういうことでしょう。

「やあやあ、ミント君。それで、君はハーモニクス理論のほうも何もかも置いて行ってしまっているが、その事についてはどう思っているのかな?」

「えっと、申し訳ありません」

ついてそうそう、その話題が来るとはっ。

慌てて謝りながらも部屋を見まわしました。

部屋は以前通りあまり変わっていません。変わっていることと言えば、すこし棚に置かれているフィギュアが増えている程度でしょうか。

教授はこう言う物が好きらしいです。その中には、リコちゃんがいつもきているような服装の女の子のものもあります。

……なぜでしょう。なんとなしに110番をしたくなりました。

不思議です。

その視線に気づいたのか、彼はふっと笑います。

「どうしたのかね、ミント君」

「い、いえ」

「それで、君から預かったアレなのだがね……ふふっ。本当に面白い物を持って来たね」

そう言いながら、パソコン――あれはパソコンと言うのでしょうか?――を操作します。

まるで、機械をめちゃくちゃにつなげたような塊。

どういうことなのか分からないほどいろいろな外付け機械が部屋中にあります。

目指せスーパーパソコンなんてことを以前言っていましたがどうなのでしょう。

「それで、どんな内容だったんです?」

「まあまあ、結論を急ぐな。……君はアクト・リンクを発表した研究者の事は知っているかな?」

「え? は、はい……たしか、アメリカの研究者カール・ブライアントさん、でしたよね」

今では教科書にも載っている内容です。

といっても、私の時代はなかったので、学園での授業中に知った事ですが。

彼は、不幸にも研究の事故によって亡くなったそうです。

それが、理郷さんに渡されたアレに、関係があるのでしょうか。

しかし、その研究が発表されたのはおおよそ九年前のこと。さらに言えば、彼が死んだのは六年前のことです。

「それを不思議に思った事は無いかね?」

「それ?」

「彼がなぜ、ゲートが現れた一年後にアクト・リンクを発見したのか。発見したのはともかく、それを活用する技術を生み出したのか。柄創師の選別機器をつくった研究者にしても同じことだよ。……彼等は『不幸』にも、事故によって亡くなっている」

それは、誰もが疑問に思っていた事です。

おそらく、それにたいして疑惑を持って調べようとした人もいたでしょう。

しかし、未だにその真相は分かっていません。

そう、分かっていないのです。

まるで――。

「まるで、あの研究所のようだね」


あの研究所が、どれを指しているのか、すぐに気づきました。


「なにが、それに入っていたのですか?」

机の上に置かれたメモリーチップ。それを指しながら問いかけると、彼は笑みを深めました。

まるで、獲物を見つけた追う者のように。

冷たくなっていく身体と共に、頭の中までも冷えて行きます。

「単なるメールの、やり取りだよ。まあ、他にもいろいろ入っていたけどね」

「でも、それは『単なる』やり取りでは無かった、ですよね?」

「ははっ。そうだね。内容は、単なるものでは無かったし、やりとりと言っても一方的な物だった」

「どういう、ことですか?」

いつの間にか、教授は笑いを止めて、何も無い無表情で、嗤いました。

「簡潔に言おう。メールの内容は疑似ゲートの発生についての理論。それを実現させるための研究についてのほぼすべてのデータ。それが、一方的に研究所に送られてきた、ということさ」


それは……どういうことでしょう。

まさか、あの研究所で発表していた研究内容は、すべてそのメールから送られてきたものだった、と言うことでしょうか。






暗くなった道を少し急いで歩きながら、学生寮へ戻っていました。

時刻は六時。夏ならばまだまだ明るい時間ですが、既に十一月の今は暗くなっています。

学園では最近、物騒なことから暗くなったらすぐ下校する事になっているのですでに学生寮は明るい明りが灯っています。

少し古い学生寮の二階、階段を上がって向かうと、灯りがついていない部屋があります。

「……あら?」

そこは、今まさに帰ろうとしていた部屋。そう、白野さんの家です。

もしや、まだ帰っていないのでしょうか?

白野さんは帰宅部なのでそこまで遅く帰ってこないはずなのですが、今日はどうしたのでしょう。

首をかしげながらもあまり使ったことのない鍵を出して扉を開こうとしました。


「――Mint」


「え……?」


名前を呼ばれて――懐かしい声に名前を呼ばれて振り返ると、その人はいました。

「I haven't seen you for a long time.」(久しぶり)

金髪に碧眼。私とよく似た、男性。

英語で聞いて来る彼は、最後に分かれた時とあまり変わった様子はありません。

いや、少し背が伸びたように見えます。

元々背が高かったと言うのに、もっと高くなってしまったような気がします。見上げて居たのが、もっと見上げないといけないほど、高見の存在に生ってしまったような。

「なんで、貴方が……?」

こんな場所に、どうして彼が居るのか。

まさか、私を怒りに来た訳でもないでしょう。それなら、もっと昔に来ていたはず。

「I am here looking for you. ……ミント、帰ってこい」

途中、少しぎこちない日本語に変わりながらそう言って、彼は手紙を出しました。

「……――――――だ」

「え?」





暗い。

ここはどこだろう。

いつ、こんな場所に来たのだろう。

歩いていると、何度か前を行く人とぶつかりそうになる。

よく、前を見て居ないせいだ。

真っすぐ、歩いていないような気もする。

何人かの人が過ぎて行く私を振り返ってみ返す。

それに気づかず進んでいく。


そういえば、どうして歩いていたんだっけ。

学校から帰る途中で……それで、誰かに遭ったような気がする。

立ち止まると、喧騒が聞こえてきた。

今まで聞こうとしていなかった周りの声が、洪水のように押し寄せて来る。


「白野さん……?」


声がして振り返ると、先に帰っていたはずのリクがいた。

なんでそこにいるのだろう。

私服。そして、持っていた白いスーパーの袋からして、何かを買いに来たのだろうか。

その後ろにいた見覚えのない女性が、息を飲んだ。

「お前がシラノシヅキ――なぜ? どうしてあやつのっ」

なぜ私の名前を知っているのだろう。

彼女が止めるリクの腕を振りほどいて、こちらに向かって来る。

それを、どこか客観的に眺めながら、他人事のように感じていた。

「ロイリエリーヌさんっ」

「答えろ! お前は、アルカディアの敵かっ!?」

「……あるかでぃあの、てき?」

何を言っているのだろう、この人は。

いや、本当に人なのだろうか。

違和感が彼女を覆っている。

なぜ、リクは彼女と一緒にいるのだろう。

「あなたは、なに?」

さっきも聞いたような質問な様な、気がした。

でも、それを覚えていない。

驚いたように彼女は一歩下がる。

なぜ、そこまで驚くのだろう。驚く事を言ったのだろうか。

空操師は異変に敏感だ。それを、知らないのだろうか。

「さっきのやつにしても、いったいなんなの」

もう、どうでもいいけど。

「わたしにかかわらないでよ」

どうして、関わる。

なぜ、私なの。


暗い、世界が起き上る。

蠢いていた影が実体を持つ。

『場』が、創りあげられていく。


「ちょっ、白野さん? どうして『場』を――」

「これは……夢の」

リクが、女性が、何かを呟く。

でも、良く解らない。


瞬間――世界が歪んだ。

侵されていく世界で、人々はあまりにも平然としている。

いや、気づいていないだけ。

気づいている人は気づいている。例えば、空操師。

そして――。

「まさか、こんな時にっ」

女性が舌打ちをしながら、その歪みの原因が在るはずの場所に向かって睨みつけるような視線を送った。

しかし、阻むように建つ建物でソレは見えない。

「ロイリエリーヌさん?」

「扉――お前たちの言う、ゲートが開いた!」

彼女は誰なのだろう。空操師には思えない。

でも、彼女の言った通りだった。

――ゲートが、開いた。


『場』が、揺らぐ。

こんな時に、どうしてゲートが開いた。

どうして。



つよくならないといけない。

もっと。

これいじょう、なくさないために。



「――死乃《It goes》完結《mad for》理論《the death》」

世界が、創られていく。

空操師の望んだ、私欲に塗れた世界が。

暗い闇が全てを呑み込んで――消えた。

「えっ?」

消えた?

なぜ?

いや、消された。

打ち消された。

私の願いの世界を、あろうことか他者の願いの世界に違う空操師の創った、違う願いの世界に消されたっ。

衝撃。暗転。そんなの、ありえない。ありえたくない。

だって、それは、私の願いよりもその人の願いが強いと言う事だから。

その『場』が代わりに広がって行く。


美しい『場』だった。

光の粒が周囲に飛びかう幻想的な世界。

守護を望み、誰もを守ろうとする意志。

「……守護法神」

ミントの守護法神だ。なんとなくいつもと違う。

いや、そんな事今はどうでもいい。なんでもいい。

それよりも、そんあことよりも、私の世界が壊れた事が、あまりにも衝撃的だった。

まるで、自分を否定されたようだった。

「……避難しましょう、白野さん。ロイリエリーヌさん」

そういって、リクが手を差し伸べて来る。

その目は、心配そうだった。

そんな目で見ないで欲しい。

そんなふうに手を伸ばさないで欲しい。

何も考えられなくなっていく。

自分が、いったい、どうして――。

目の前で、誰かが手を差し伸べた。

「梓月」

「とあ、兄……?」

どうして目の前にいる?

だって、彼は死んだ。目の前で見た。

それなのに――。

「梓月ちゃん」

いつものように、彼は笑いかけてくる。

あの日のように、真っ赤な血がその手から、その胸から流れて行く。

どうして。こんなの、うそだ。

なんで目の前でとあ兄が嗤っていて血を流していて手を差し伸べて来て。意味が分からないっ。

ただ

「とあにいっ」

その手をとろうとした。


「だめだよ。こんなのにたやすく騙されちゃ。君は――」


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