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残されたモノ2



子ども達の帰ってくる声。それを迎える声。

いつもと変わらない施設の事務室。

そこに、目的の人の姿を見つけました。

「お久しぶりです」

本当は、久しぶりと言う訳ではありません。でも、最近はずっと来ることができませんでした。

だから、申し訳なさから。

「いらっしゃい、ミントさん」

児童養護施設、大樹の郷。そこの施設長、島田由紀子。

事務室で、彼女はいつものように微笑んで迎えます。

「みんな、貴方と会いたがっていたわ」


私がここにお世話になったのは、高校時代。

祖父と祖母が相次いで亡くなり、その時に少しだけ。

でも、それ以来、空操師として戦い始めた今も、この場所に時々来るようになりました。

おそらく、私の『場』の在り方は、ここに影響された物です。

「でも、忙しいんじゃないの? なんてったって、貴方は日本で一番強い空操師なんですから」

「先生、そういうの止めてくださいって、前から言ってますよね? ……一昨日、エネミーの襲撃にあったと聞いて来たんです」

「こっちは大丈夫よ。怪我した子もいないし。……あ、ただ、ね」

先生は、どうもなにかを含んだような視線を向けます。

「あの子が、変な事言い始めて」

「あの子?」

「レイ君よ。なんでも、魔女にあったとか……」

「?」

涼代レイ君。たしか、今年中学校に入学したばかりの一年生です。いえ、もう二年でしたか。

今、この施設にいる中学生の中でも、おそらく一番心配な子の一人だったので、良く覚えていました。

それに、どうも両親のどちらかが外国人の様で、少々お話しをしたこともあったので余計、でしょう。

子ども達の帰ってくる声が聞こえて来て、物思いから覚めると、もう一つ伝えないといけない事があるのを思い出しました。

「あの、先生。……いろいろあって、これから少しくることができないかもしれません」

「気にしなくていいのよ。貴方だって忙しいでしょう。それより、白野さんの様子はどうなの? 今日は、その事でも来たんじゃないの?」

「……はい」

そうです。白野さんの話を聞いた時、一番最初に驚いたこと。それは彼女がこの施設で過ごしていた時期があった事でした。

白野さんのご両親が亡くなった時、ここに一時預かられていたそうです。児童養護施設には長期と短期の預かりがありますが、その短期の預かりだったとか。

それでも、その間にいろいろあったらしく、先生から少し話を聞いていました。

私とは時期が合わず、顔を合わせた事がありませんでしたが。

「理郷さんが亡くなったそうね」

「はい……」

「あの子も……戸朱君も元々はこの施設出身だったのよ」

「えっ?」

あの理郷さんが、ここに?

さすがにそれは知りませんでした。

たしか、理郷さんは二十後半。児童養護施設は大体高校生や大学生に生ると出て行く人が多いので十年ほど前にいたということでしょうか。ならば、知らないのも無理はありません。

私がここに来たのは五年ほど前の事。

「といっても、貴方と同じように高校生ぐらいで来たから、すぐに出てってしまったのですけどね」

そうはいっても、先生は哀しそうに笑います。

その顔に在るのは懐かしさと、自分よりも若い人が亡くなると言う理不尽さへの悲しみ。それは、私にはきっと分からない事です。

「そう、だったんですか」

「だから、白野さんの事も心配していなかったのだけど……」

ふと、先生は外を見て、何かに気づきます。

それに合わせて視線を向けると、ちょうど中学生たちが帰ってくるところでした。



現在、この施設にいる中学生は四人。二年生が二人。三年生と一年生が一人づついたはずです。

かえってきたのは、ちょうど一年生の二人、先ほど話題になったレイ君と(ひさし)君でした。

こちらには気づかず、それでも競争で模しているのか全力疾走で走ってくるところでした。

どうやら、勝っているのは契君のほうで、余裕の表情でこちらに気づいて手を振りました。

「ミントちゃんっ! 来てたのっ?!」

手を振り返すと、レイ君の事を忘れた様子で駆けてきます。

「ちょっと、ミントちゃん聞いてよっ! この前、本物の柄創師と会ったんだよ。ほら、えっとまだ、まだらさん?」

「斑目さんですか?」

「そうそう。で、目の前のでっかい奴をばっさぁって」

どうやら、目の前でエネミーが討たれるところを見た様子です。

やっぱり、男の子だから憧れる者があるのでしょう。

手振り身振りで話し始める契君の後ろに、ようやくレイ君が息を切らせて追いつきました。

運動神経は悪くは無いはずなのですが、体力が無いのでいつもこんな感じです。

「ちょっと待ってよ……あっ、お久しぶりですっ」

私に気づくと真っ赤になって契君の後ろに隠れてしまいました。

何事かと首をかしげると、契君がにやにやしています。

「おいミントちゃんに、聞きたいことあったんじゃないのかよっ」

「ちょ、ちょっとまってよ。えっと、その……」

先生が言っていた話でしょうか。

もじもじと話せないレイ君にしびれを切らしたのか、契君が何事か耳許で話しかけ、中に入って行ってしまいました。

それに手を伸ばし止めようとして止められずにレイ君がぽつんと取り残されます。

「どうしたんです?」

「あの、あのね……ボク……」

周りを気にして周囲を見渡し、誰もいない事を確認するととてとておと近寄って小さな声で言いました。

「ミントお姉ちゃん……ボクね……魔女さんにあったんだ」

「魔女?」

おそらく、エネミーの襲撃の時の話でしょう。

しかし、柄創師では無く、魔女?

空操師の事でしょうか?

空操師の中には魔法の様な現象を起こす人も居ます。陽香の『場』絶対零度を見れば、氷の魔法を使えるのではないかと思ってしまうほどです。

だから、その時は空操師だと思い、名前を聞いたのです。

「その人のお名前は?」

「名前は……答えてくれなかった。でも、でもね、ボクと同じくらいの年だったんだ!」

「……? それで、どのような魔法を使っていたんです?」

同い年と言う事は、中学生と言う事。中学生ほどの子どもがエネミー討伐に駆り出されるとは思えません。空操師の中で中学生に見間違えられるような人がいるとも知りません。

いったい、誰なのか見当もつかないでいると、レイ君はさらに声をひそめて言いました。

「炎。真っ赤な炎を従えてて……たぶん、あれは――×××」

「?」

最後の言葉が聞き取れずに首をかしげると、レイ君は笑顔を見せます。

「ねぇ、ミントお姉ちゃんはその子のこと知らない?! 髪は茶髪で、ミントお姉ちゃんくらいの長さで、二つ結びの子で……サイレンを焼きつくしちゃうくらい、強い人っ」

「サイレン……」

「そう、鳥の体に人の顔が憑いたすっごい気持ち悪かったエネミーをね、一瞬で丸焼にしちゃったのっ。ミントお姉ちゃんなら、知ってるよね?」

「……」

エネミーを、丸焼?

そんな、そんな事の出来る『場』が、在るのでしょうか?

陽香の『場』でさえ、エネミーを氷に閉じ込めることは出来ても、全て凍らせて倒す事は出来ないと本人も言っていました。『場』は、エネミーを倒す決定的な攻撃をすることができません。

それなのに、一瞬のうちで焼きつくした?

しかも、中学生ほどの年齢?

まったく、聞き覚えがありません。そんなことが出来る人が噂にならないはずがないというのに、これはありえないことです。

なら――ならば、その少女は?

「あの子は、本当に炎の魔女さんだったのかな……」

ぽつりとレイ君が呟いて、ふと、何かを思い出しかけます。


炎。それをごく最近、見なかったか。

魔法、そう魔法の様な炎――。


「……まさか」

いや、ありえない。

なら、なぜレイ君の前にその少女は現れたというのでしょう。

たまたま?

たまたまだとして、その彼女があの『炎』の魔法使いだったのかすら判定は出来ません。

「ミントお姉ちゃん?」

「え、い、いえ、なんでもありません。……その子の事、探してみますね」

「うんっ。その子の事分かったら、ぜったい、絶対教えてね」

そう言い含めるその声を、どこか遠くに聞きながら、私は在ることを考えていました。


ゲートの消失を止めた手。それを燃やしつくしたあの奇怪な炎。

その炎の主とレイ君が見た炎の魔女はもしや……。


同一人物だというのでしょうか?


少しずつ、私は深みにはまって行くような、そんな気がしました。





残された意志は彷徨う。

そして、謡う。

異界に散った者達の為に。


少しずつ侵されていく

ほんのりと異界に色づいていく

壊れていた場が再構築されていく


二つの世界を結ぶ夢は、ただただ広がり続けて目覚めを求めている

私が喪われたから


彷徨う彼女は、夢を制する者たちを見つめていた。

彼女が唯一懼れる少女を――白野梓月を見つめ続けて。



願わくは、夢を侵す者達が、それに気づくことを――


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