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残されたモノ



クロム・グリセルダは日本育ちである。しかし、両親ともにイギリス人で在り、自身もイギリス生まれである。

これまで、夏休みや昼休み等の大型連休には以前まで暮らしていたイギリスの自宅や、祖父母の家へと遊びにもよくいっていた。

しかし、イギリスには父親の仕事の関係上、完全に帰ってしまうことはない。

そう、信じていた。


「クロム、話があるの」

未だ日本語に不慣れな母に、クロムは少し嫌な予感を抱いていた。

なにしろ、話があるなんてめったに言われないし、最近は物騒なことが多い。

先日のキュウビとブラックドラゴンの事件から、二日。

その二日間の間で、このあたりでのゲートの出現は既に三回。

空操師の暴走の問題も聞いている。

もしかしたら、もしかするかもしれない。

彼は一つ、ため息をついた。





空操師の暴走事件。それは、数日の間で終息を始めていた。

ふとした拍子に『場』が創られる。もしくは暴走すると言うこれまでにない事態。

それが、日本国内各地で起こったとされている。

その『場』が誰のものだったのかが分からずに終わってしまったものや、そもそも『場』が創られている事に誰も気づかずに終わったものもあるため、正確な実態が分かっていないのだ。

いまだに原因すら分かっていない。

でも、空操師の『場』と言うモノの恐ろしさは、人々の間に伝わることとなった。


制御された『場』はいい。空操師の思うような世界を描き、人々を守る。

しかし、暴走した『場』は、何が起こるのか分からない。

事実、死亡した人こそいないが、多くの負傷者がでた。

少しずつ、世間の目は変わって行く。


「――い……おいっ!!」

声が聞こえる。

少し、怒っているような声だ。

「おっ、なんだ? 白野」

「……」

見ると、彼女は不機嫌だった。

ふざけんじゃねーぞこの野郎。殺したろかっ。と、言いたげな視線が送られる。

いや、そんな事言わないだろうが、似たようなことは考えていそうなかなり物騒な目だ。

話を聞いている中で、考え事をしていたせいだろう。

慌てて意識を現実に戻す。

白野の『場』死乃完結理論が辺りに広がっていた。

「お前、ヤル気ある訳?」

「す、すまない……」

場所はと言うと、疑似ゲート施設の一室。まだ朝のHRすら始まっていない時間だ。

数日前、久しぶりに学園に来た白野が放課後に『場』を創っていた。それを見て、おれの『場』を創る練習の手伝いをしてほしいと頼んだのは昨日の放課後。めちゃくちゃ睨まれたが、意外と律儀に来てくれた。

それで先ほどの冒頭に戻るのだが。

「……睡眠時間を返せ」

彼女は、かなり寝起きが悪いらしい。というか低血圧、なのだとおもう。

朝から非常に不機嫌だ。

どれくらいと聞かれると、本気で怒るちょっと手前ぐらいに。

「これは冬真君が悪いわ」

「そうだねー」

「……」

無言で視線を送ると、見覚えのある顔が見学をしている。

白い部屋にはおれと白野の二人。だけではなく、なぜかたまたまいた河崎瑠璃と雅原ほのかがいる。

「ほら、さっさとやりやがれ」

そう詰め寄る白野の目はすわっている。そして、彼女の『場』がどんどん暗くなり、白野の感情に反応するようにさらに黒くなっていく。

なんか、いろいろと頼む相手を間違った気がする。ミントさんに頼めば良かった。

でも、ミントさんは最近学園に来てすらいないから。うん。

「……おれ、詰んだ気がする」

「なにがだ。つか、さっさと『場』を創れよ」

白野さんが怖い件について。




教室に戻ると、既に陸は来ていた。が、クロムが居ない。

最近、クロムの様子がおかしい気がする。

最初は湖由利がいないせいかと思っていたが、白野が来る少し前から何か違う気がうする。

「おはよう、陸」

「おはよう」

そう言って陸は顔もあげずに本を読んでいる。

本の題名は『アルカディアのエネミー』。

最近、エネミーについて調べ始めたらしい。幻獣キリンとオウリュウの戦いの時にいろいろ思う所があったからかもしれない。

まさか、エネミーが形態変化するとか、驚きを通り越してなんでもありだと思い知らされた。

まあ、授業中に何度か聞いてたのを聞き逃したせいなんで自業自得とも言えるが。

「クロムは?」

「まだ来てないよ」

時計を見れば、もうすぐ先生が来る時間だ。

「……あいつ、どうしたんだろ」

いっつもふざけてばっかのクロムだが、意外としっかりしている。下に妹弟がいるからかもしれない。

両親ともに共働きで、いろいろいそがしいとかなんだとか。その分、兄貴がしっかりしないとみたいな感じなんだろう。どこかの兄とは偉い違いだ。

……自分で言ってって哀しくなってきた。

そのうち、ばたばたと走ってくる音が聞こえる。おそらくクロムだ。

しかも、先生に怒られている声まで聞こえて来る。

「ぎりぎりー、セイッフ!」

がらがらと扉を音を立てて開けながら、クロムが姿を見せた。

その後ろに、にゅっと出て来る影。

「セーフではありませんねぇ、クロム君」

「げっ、せんせっ」

綺堂先生だ。

その顔はいい笑顔。トラウマにこそならないが、うん。

「とりあえず、セーフと言う事にしておきましょうか」

「……は、はい」

とぼとぼと入ってくるが、湖由利がいないからつっこみも居ない。

陸はにこにこと見ているだけだ。

白野が来て少し賑やかになるかと思いきや、まああの性格だから別に変ることもなく……。

まあ、当然と言えば当然だろう。

白野が来て賑やかになったらそれはそれでなんというか。うん。やめよう。

「それはそれで、なんだかね」

心を読んだように、陸が微笑みながらもそうつぶやいた。

「お前さ、心読めたりしないよな」

「いやだなぁ。僕にそんなことできると思うのかい」

「……えーっと」

ちらりとクロムを見ると、彼は思った通りに呟いてくれた。

「えー、陸なら出来る気が……しません! ほんとすみませんでした! 冬真、ヘルプ!」

「おれに助けを求めるなよっ!」

白野が呆れたようにため息をついていた。





それは、突然の事。


予期せぬ訪問者は、両親だった。


気まずい。

ひっじょうに気まずい。

なにが気まずいって、この雰囲気だ。

芳野湖由利は混乱している。なにがって、この状況に。

なぜか、病室に両親が来た。

いや、普通の家庭なら普通の事だ。むしろ、当然問う言うかなんというか。

だがしかし、芳野家にはその常識は通用しない。だろう。

久しぶりに見た両親は、やはり近寄りがたいし、自分からなんでここに来たのかを聞くなんて真似、出来ない。

だって、久しぶりだから。

親子のはずなのに、こうして向き合うのは久しぶりすぎて分からない。

こんな時、いつだっているはずの姉は居ない。

そして、父が口を開いた。

部屋に入ってきて、三分後のことだ。

「お前に柄創師の才能は無い」

「……え?」

予想外すぎた。

いや、それは自分でもよく解っていた。でも、それを父から聞かされるとは、思っていなかった。

「止めろ」

そう言って、枕元に何かを置くと、部屋を出ていく。


今さら?

いまさら、私に柄創師を止めろと?


握りしめた拳は、間もなく力を失っておちた。

「……なにそれ、勝手すぎるでしょ」



思えば――いつだって。いつだって、『芳野』に振り回されてきた。



「おい、湖由利?」

顔をあげると、クロムがいた。

ふと、時間をみると、四時四十六分。放課後、すぐにここに来たらしい。

「どうした?」

「……」

何も言えない。

どうしようもないな、自分。

親に渡された物は、高校の移動の書類だった。

転校、というか、なんというか。

つまり、幼馴染で、昔っからの腐れ縁のこいつとの関係は終わりってことだ。

「……湖由利? あー、のさ……俺、いろいろあってさ……なんつーか、転校する事になった」

「えっ?」

思わず、クロムを見る。

クロムを見て、何も言えなくなる。

自分が言わないといけないことを、先に言われてしまった。

自分から、言えなくなった。

「ど、どこに?」

「イギリス」

「って、外国かよっ!!」

自分が地元の高校に行くからクロムもかと思ったら、まったく違う。というより、国を挟んでいる。

……まさか過ぎて絶句もんだ。

たしかにクロムはイギリス人だけど、でも……まったく考えて居なかった。

クロムが、目の前どころか日本から居なくなるなんて、思っていなかった。

「ほら、俺の妹さ、空操師の能力があるじゃん」

「……うん」

クロムには兄弟姉妹がいる。そのうち、妹が空操師の素質を持っていることも、知ってる。

たしか、ニトちゃんだったっけ。

「そんでさ、ほら、最近日本で空操師の暴走事件がどうのとかあったじゃん」

なんとなく、結末が分かった。

「ニトちゃんが心配だから、イギリスに?」

「まー、そゆこと」

そう言って、クロムはさっさと部屋を出て行こうとする。

「まってっ」

「ん?」

言わないと。自分も、あの事を言わないと。

そう思っても、いざとなると言えない。

「あ、転校するのは来年ってことになりそうだから。なんつーか、まだ冬真達に言ってねーんだけどね。じゃーな!」

「そういうことじゃ――」

言おうと思っているのに、言えない。

クロムは勝手に納得して、結局出て行ってしまった。


私が転校をするのは、一週間後なのに。







下校。

一人で人の少なくなった道を歩く。

何も考えないようにしながら歩いて行く。ここ数日、そうやってごまかしてきた。

何も考えない様にして、其の実、ずっと考えていた。

今、自分は何を考えているのだろう。何を思っているのだろう。

この現状に、感情が追いついていない。そのことは理解していた。

校舎にはまだ人がいるのだろう。少しずつ茜色に染まる陽光に照らされた窓の向こうで、学生が話しているのが聞こえて来る。

前から誰かが歩いて来る。

周りに人はいない。その、前からくる人ぐらいだ。

ふと、顔をあげてその人を見る。

男の人だ。

しかも、見たことが無い。学校の先生では無いはずだ。

といっても、大きなこの学園内で全ての教師を覚えて居るのかと言われると微妙なところ。

でも、それでも、この人は見たことない気がする。そもそも、教師と言う雰囲気では無い。

しっかりと顔を見ようとすると、なぜか良く見えない。

黄昏のせいか、それとも――。


「やあ、白野梓月」


世界が揺れる。揺らぐ。

まるで、世界から隔絶されたような、言葉に言えない衝撃が胸を突く。

一瞬、ゲートが開いたのかと思うような、そんな錯覚。でも、ゲートは出現の前兆さえ見せていない。

言紡いだ彼は、昔からの知り合いに挨拶をするかのように、手を挙げた。

白いコートを羽織った、どこまでも白く感じる印象を持った男。在ったことなんて一度もない。

一度も、無いはずなのに……知っている。いや、知っていると言うよりも、知っている誰かに似ている。

「現状、このまま行ってくれるのなら良かったんだけどさ、一応、釘を刺しに来たんだ」

男が話しかけて来る。

「君には期待しているからね。どうしても強くなって欲しいんだ」

こちらに話しかけて来ると言うよりも、自分に言い聞かせているのかそれとも私以外に話しかけているようだった。なにしろ、こちらには彼の言っている事が一つも理解できない。

それでも、この男が異端であることは理解した。

何より、近づいて来る男の気配が違う。圧力が違う。存在が違う。

「…………あんた……ナニ? 人間、じゃないよね」

空気が震える。

男が驚いたように目を丸くして、嗤うのが分かった。

相も変わらず、顔が見えないと言うのに。

思わず、『場』を創る。が、ゲートがないのに『場』は創れない。慌てて作るのを止めようとする。

――が、世界が歪んだ。

揺らいでいた空間が、さらに醜く歪んでいく。

がんがんと叩かれたような衝撃が頭に響く。

暗い闇が、周囲に満ち始めた。

死乃完結理論が創られている。

なんで?

ついこの前、ゲートが出現していないにもかかわらず『場』を創ったことはあったが、それでも驚きに動きが止まる。

そして――目の前のソレが、口を開いた。

「よかった。これなら大丈夫そうだ。でも、まあ、一応ね。……さて、君は、理郷戸朱が死んだ理由は分かっているかな?」

話をはぐらかすつもりか、まったく関係なことを言い始める。が、その内容ははぐらかすのには完ぺきな内容だ。

「どういう、こと?」

心が乱れる。

元々安定を欠いていた『場』が、さらにあらぶる。

だって、それはおそらく、今私が一番知りたくてたまらない事だから。

いや、誰が殺したのか、それが一番かもしれない。

でも、それを知ってどうなると言うのだろうか

警察に告げる? それで、犯人を捕まえる?

それで、どうなる?

それくらいで、自分が納得できるとは思わない。なら、どうすればいいのかなんて分からない。

でも、知りたい。なんでもいいから、知りたい。

どうしてこんな事になってしまったのか。


脳裏を掠めるのは、少女の死に顔。


慌ててかぶりふる。

今は、関係ない。あの子は、鈴村晶許は、関係ない。

それでも、と考えてしまう。

自分が居なければ、彼女は死ななかった。理郷戸朱も――。

歪み、迷走し、消えかけて行く『場』が、自分の心情を表していた。

「君が考えていることとそう変わらないよ」

どきりとした。

この男は何を言っているのだろう。まさか、他人の心が読めるとでもいうのだろうか。

「理郷戸朱は――君がいたから死んだ」

「……っ、どういう意味」

「そのままの意味さ、白野梓月。ああ、なんでそんな事をわざわざ云いに来たのか、疑問に思っているね?」

男は、勝手に話を進めて行く。

こちらが混乱していることも、訳もわからずに動揺していることも、そんなこと構わずに話を進める。

彼にとって、この話を私が聞いている事が重要だったから。

「自覚してほしいんだよ。気づいて欲しいんだよ」

意味が分からない。

この男が何を言っているのか、意味が分からない。

それなのに、これ以上こいつから話を聞いてはいけないとどこかで警戒音が鳴っている。

「君が弱いから、棗槻美(つきみ)も鈴村晶許も矢野雪菜も理郷戸朱もみんな――みんなみんな君のせいで死んだんだよ」


世界は二度と元には戻らない。


戻れないことが――摂理。


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