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知らぬことを知らぬこと 2



彼にとっての犠牲とは、成功の為に積み上げられる者

それを、私は否定する




窓の傍に、少年と女がいた。

二人揃って、窓の外を見て居る。

「ブラックドラゴン……古の竜の末裔か」

その声は、痛みと後悔の音色。

飛んでいくブラックドラゴンを見送る少年――左近堂陸はその声の主を見た。

左近堂家の一室。すでに慣れた様子で佇むヴァリサーシャは外を見たままだ。

彼女の傷は既に癒えている。が、探し人を知るという陸に引きとめられて未だ世話になっていた。

「このあたりにまで来る様子はありませんが、一応逃げる準備をしておきましょう」

柄をすぐ出せる場所に仕舞いながら、陸は言う。

「いや、彼はこちらには来ない」

「なぜですか?」

「……」

無言。

口をつぐんだ彼女に、陸はそれ以上問い詰めない。

いつものことだからだ。彼女は、決して必要以上の言葉は紡がない。

それは……おそらく、陸を巻き込まない為。彼女が伝える情報と伝えない情報の判断はそれだろう。

「それで、リクの言うシラノシヅキとは連絡が取れないのか?」

「あっ、すみません。学校を休んで、家にも居ないみたいで……なんか、あったみたいです」

「……死んでいなければいいが」

「さすがにそう言う事はすぐに僕らにも伝わりますよ」

苦笑しながら陸はそっと部屋を出て行く。

それを見送っていたヴァリサーシャはまた、外を見た。

「レイムリア……」

出来ることなら、今すぐにでもこの屋敷を飛び出して、あの子の傍にいきたい。狂ってしまった魔物達から、すべからく守りたい。そして、またあそこに帰りたい。

しかし、今はまだ無理だ。

そもそも、あの子の元に赴いて彼等に知られてしまっては、これまでの苦労が全て水の泡となる。

ましてや、鏡すらまだ見つけていないのだ。『渡り』もままならない状況で、不用意な行動は控えるべきだ。

ヴァリサーシャはため息をついて、カーテンを静かに閉じた。

すると、ちょうど陸がワゴンを引いて部屋に戻ってくる。

「ロイリエリーヌさん、紅茶、好きですよね」

そう言って、カップを見せた。

「……頂こう」

僅かに微笑んだヴァリサーシャと共に、陸は静かに席に座った。

「リク」

「なんです?」

「お前の両親は私がここにいることを知っているのか?」

今さらの事をヴァリサーシャは問う。

これまでヴァリサーシャはこの屋敷に泊っていた。が、その際にリク以外の人間を見て居ない。

「もちろん知りませんよ。父は学園の事で忙しいし、母はいないので」

「そうか」

そう言って紅茶を一口、飲むと静かに砂糖を探す。

「あ、毎度のことながら、砂糖はこちらです」

「……すまない」

飲む前に砂糖を入れればいいと言うのに、なぜかいつも忘れる彼女はいそいそと大量の砂糖を投下していた。



町の騒がしさとは隔絶された屋敷の中で、静かに彼等のお茶会は進む。







「おいおい、マジかよ……」

そう言って頬をひきつらせるのはクロム。

その言葉に、おもわず同意する。

目の前に広がっているのは、怪獣大戦争のような光景だった。


傷だらけのブラックドラゴンとキュウビの戦い。


湖由利の見舞いにいっただけなのに、なんでこんな事に巻き込まれるんだかと現実逃避をしだす。

「エネミー同士が、戦っている?」

おそらく、今まで一番エネミーを見て来たミントさんが、驚きの声を上げる。

おれだってエネミー同士が戦うなんて話、今まで聞いたことが無い。

キュウビとブラックドラゴンだと、ドラゴン種であるブラックドラゴンのほうが強い。が、今は傷だらけで消耗している身。キュウビは自分よりも格上のブラックドラゴン相手に有利に立っていた。

が、その動きはなにかおかしい。

「ミントさん、これどうするんですか?」

クロムはブラックドラゴンとキュウビに交互に銃口を定めながら聞く。

どちらを先に倒せばいいのか、そもそも手を出していいのかわからないからだ。

「……今は、静観しましょう」

「ちょっと待って下さい! ブラックドラゴンの消耗は激しいし、このまま戦えば――」

「矢野君、これはあまりにも珍しいケースです。おそらく、教授たちがこのデータを欲しがるはずです」

その横で、陽香さんが無言でスマホをとりだして映像をとり始めていた。

「それに、そろそろ本部から柄創師たちが送られてくるはず……」

その言葉通り、数分後に現れたのは万由里さんと同じ第一討伐隊の斑目さんたちだった。

未だ決着のつかない戦いを無言で見ている。やっぱりエネミー同士が戦うところを見るのなんかは初めての事なんだろう。

そんな中、ハードナーさんと話をしていたミントさんはこちらに来ると真剣な顔つきで話し始める。

「矢野君とグリセルダ君は……危険ですのでこの近くの避難所に行きましょう」

「え、でも」

「みなさんはまだ学生です」

自分も戦うと言おうとして、ミントさんの言葉に遮られる。

いつも優しい様子からは考えられないほど、きつい声だった。

驚いてミントさんを見る。

こんなふうに言われるなんて思っていなかったからだ。

それを遮るように陽香さんが前に出る。

「なら私が送ろう」

「お願い、陽香。それでいいですよね、斑目さん」

「嗚呼。風間なら大丈夫だろう。あのドラゴンとキュウビ以外のエネミーはいないようだしな」

大人の間で勝手に話が進む。

どうせ、自分達は学生だから、しょうがない。しょうがないのは解っている。

けれど……。

まだ、何もできない自分がもどかしかった。

特務クラスだなんだといっても、どのみち学生で、未成年で、まだまだ未熟な子どもでしかない。

「では、行こう」

そう言われれば、もう行くしかない。

後ろ髪を引かれる思いで戦場を後にすることになった。


それが、出会いに変わるとも知らずに。




陽香さんは慎重だった。

他にエネミーは居ないと言われていたが、あたりを警戒してゆっくりと進む。

ブラックドラゴンとキュウビの戦いから離れたとはいえ、ともすれば彼等がこちらに現れるかもしれない。

それに姿を隠すスキルを持ったエネミーだっている。『場』の索敵能力が完璧だとは言い切れないからだ。

陽香さんは空操師で戦う事は出来ない。いくら柄創師が二人いるって言っても学生だからと気をつけているのだろう。

「そういえば……風間さん」

「なんだ、矢野」

「ありがとうございました」

「うん?」

何も言わずに礼を言うならそんな反応になるだろう。

分かっていたことだ。

「この前、おれの『場』の事でいろいろ助言してくれたじゃないですか、それ、役に立ちました」

「そうか……なら、よかった」

微笑みながら陽香さんは進む。その足取りは淀みない。

その歩く先、周囲に人はいない。

ゲートの出現で住民たちは避難しているのだ。

「私も昔、同じように助言を受けた事がある。……そのおかげだな」

この人も、同じように助言を……。それが、少し意外だ。

見た目とか言動からして、悩むような人には見られない。

「あ、あの……風間陽香さん……?」

クロムが控えめにとう。

「たしか、ミントさんと同じ高校で、冷血の魔女の異名を持つ……あの、伝説の魔法使いを唯一制御したっていう、あの、カザマヨウカさん?」

「……そんな話になっているのか」

それは、肯定の答えだった。

冷血の魔女? 伝説の魔法使い?

ミントさんとは仲がいいとか言ってたからそんな所かとおもってたけど……よく知らないが陽香さんにはいろいろあるようだ。

クロムもクロムでなんでそんな事を知ってるんだ?

「おいクロム、伝説の魔法使いって誰だよ?」

「えっ、知らないのかよ。あの御菓子の魔法使いを知らないのか?」

「おかしの魔法使い? 『場』がぜんぶケーキで出来てるって言うあの?」

「そうそう」

なんとなくは知っている程度の話だ。

たしか、菓子作りが好きでどうのこうのとか言ってたっけ。

まったく使えない『場』を作ることで伝説になっていた。

戦うとして、ケーキが出てくるだけの『場』でどうやって戦うのか疑問だが。

そんな事を考えていると、陽香さんが立ち止まる。

「……二人とも、気をつけろ」

そう言ってあたりを警戒する。

一体なんだ? さっきまで話していた背で注意がおろそかになっていた。

クロムもまた、あたりを気にするが何も見つからない。

「誰だっ」

陽香さんがアルカーダを構える。その先にあるのは曲がり路。

丁度死角となる場所だった。

そこに向かって銃口を向ける。

その目は剣呑。今にも撃ちそうな勢いだ。

しかし、なにも反応が無い。

「……っち」

舌打ちをすると陽香さんはゆっくりと歩きはじめる。

銃は構えたまま。その曲り道までゆっくりと。

――がさり、と音がした。

それに反応して銃口を定めるが、すぐにその手をおろす。

「……ん? なんだ、猫か」

出てきたのは茶色の猫…だ。それにたいして 陽香さんは素早く回収して抱いている。

行動というか動きそのものが早い。でもって、なぜかすっごく笑顔なのはいったい……。

……猫?

思わずもう一度見る。

ねこ……?

それにしては狐のような気がするのだが。

「どう見たって狐だろ」

「クロムもそう思うか」

「……人には間違いと言う物があるものだ」

陽香さんが明後日の方向に視線を向けている。抱いているそれはどうやら苦しいらしくもがいている。が、そのようなことでは放してくれなそうだ。

どう見ても顔が違うし、猫より少し大きい、尻尾もすごく多い。やっぱり狐だろう。

それにしても、町中に狐がいるなんて珍しいと言うかなんというか。

……ん?

尻尾が、多い?

もう一度、と言うか三度目のそれを見る。

どう見ても尻尾が多い。なぜか九本ぐらいある。

「あの、それ……エネミー……?」

どう見ても、さっきのキュウビの小さいバージョンだ。

……。

「……え゛」

「なん、で?」

くーん、と甘えるような声を出して、そのエネミーは陽香さんによって窒息死の危険をもたらされていた。

この人、強い。エネミーを腕力だけで殺そうとしている?! いや、それより、なんで小さいとはいえエネミーがこんな所にっ?!

「とりあえず、放して! エネミーとか、危険ですから!」

慌てて柄を最適化するとその小さなエネミーに刃を向ける。

が、なにぶん小さい。

そして、愛らしい……。

「……ク、クロム」

「なんだ?」

「バトンタッチ」

「オレに殺れとっ?!」

「む、無理だ……おれには無理だ!!」

潤んだ瞳で見つめて来るキュウビの子ども……(おそらく子どもだろう)。

罪悪感がどうしようもない。

「オレにも無理だから! っは、風間さ――」

「見なかった事にしよう」

「空操師として、それはどうなんですかっ?!」

しかも即答ですか?!

討論の中心、キュウビの子どもは首をかしげている。

そして、ぽんと陽香さんの手から飛び降りた。

しかし、等の陽香さんと言えば、クロムとこの子狐について話していて気づいていない様子だ。

「……エネミーかよ」

尻尾が多い以外は普通の子狐に見えるのに。

ぽんと頭を撫ぜると、気持ち良さそうに目を瞑る。

……って、エネミー相手になにをしているんだ。

子狐はもういいとばかりに首を振るうと、来た道を戻って行く。

「あ、待て!」

追いかけると、それに続いて慌てて追いかける陽香さん。見なかった事にするんじゃなかったのか?

いや、見なかったふりをしたらしたで大問題なんだが。

クロムと顔を合わせると、最適化した槍を一応持ったままその後を追いかける。

ただ、あの狐が巨大化しない限りは倒せそうにない……。



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