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戦闘狂の初陣


「神奈川008のポイントで、ゲートの発生を確認しました。予想されるエネミーは亜人種ゴブリンです」


緊急のサイレンが鳴り響く。

それと共に、オペレーターの声が早口に現状を告げていた。

それと共に建物内は騒がしくなる。


動きだしたのは五人。

動きやすく身軽な軍服に身を包んだ青年が二人。同じような軍服を着た女性が一人。

そして、防御力に優れた外套を軍服の上に着込む女性と少女だった。


彼等は準備されたヘリコプターに乗り込む。

乗り込むと同時に待機していた青年から資料が配布される。


「ゴブリンか……確かに初戦の空操師を抱えながら戦うには丁度いい相手だな」


第一出撃班リーダー、斑目(まだらめ)一騎(かずき)は外套を着る一番若い少女を見ながら言った。

二十歳前半ほどの青年だが、すでにリーダーとしての貫禄が備わっている。

当たり前だ。彼はすでに十六の頃から第一線で戦い続け、四年前からリーダーを務めている。


斑目を含む四人は第一襲撃班。柄創師三人と空操師一人からなる対エネミー討伐隊である。

『アルカディアの交錯』のエネミーが、突如現れた『ゲート』から現れてから八年。

現代科学の結晶を持って討伐するも、時間と金が湯水のごとく大量に消費された。

現代の兵器では倒すことがままならなかったのだ。

しかし、人々は人外の化物達に対抗する能力を手に入れた。

それが柄創師と空操師。

ゲート付近で発見された『アルカディア』の世界の物質によって作られた『剣』を操る柄創師。

そして自らの願い、感情、願望、思いをもって『自分の場所』を創りだして操る空操師。

現在、世界は彼らによって守られている。


「はい。しかし、ゴブリンとはいえ油断はしないように」

「おいおい、マユリちゃん。そんな初心者を脅かすようなことを言ってどうするんだよ。なっ、ミントちゃん。ゴブリンなんて俺たちの敵じゃないぜ!」


副リーダー、斑目と同年代の芳野(よしの)真由里(まゆり)がやはり少女を片目に応える。

それに対して、まだ芳野よりも若干若いガーメント・ハードナーは軽く笑いながらミント――外套を着た金髪の女性に問いかけた。


「そうですね。白野さん、大丈夫ですか?」


この中で二人しかいない空操師のミント・オーバードはもう一人の空操師、白野梓月に声をかける。

四人の会話に入ることも、視線を合わせることも無く、ずっと下を向いたままの彼女を、ミントは心配していた。

初めての実戦。緊張しない者がいるはずがない。

しかも、彼女はまだ十六の少女なのだ。恐くないはずが無い。


ミントは現在、この日本における最高の空操師と呼ばれている。

ミントだけでは無い。第一襲撃班の柄創師、斑目、芳野、ハードナーの三人は日本におけるエースたちだ。

つまり、彼等は実質日本の対エネミー討伐隊の中での一、二を争う実力者集団という事になる。

今回、普通の討伐隊でも手のかからないゴブリンの討伐ミッションに彼等が赴くのは、新人……というよりもまだ学生であり、一度も戦場に立ったことの無い初心者の白野梓月の為である。

本来なら学生を戦場に出す事など一部を除いてない。

柄創師に関しては、特に優秀な者を実戦投入するときはある。

が、空操師は別だ。

空操師は自身の心理状況や感情によって『場』の形成が揺らぐため、思春期の少年少女では上手く空間を操れない。また、空操師を数人集めると、複数の『場』が互いに干渉しあい『場』が消滅してしまうため、空操師大人数での戦闘はできない。そのため、未だ学生である空操師はほとんど実戦に出ることはない。


「そろそろ、目的地です」

先ほど資料を渡した青年が言う。

「了解。行くぞ」

動きだす斑目に、他四人も動き出す。

ヘリコプターからは市街地にできた小型のゲートが見えた。

(くう)に現れる黒い穴。

それを、いつからか人々はゲートと呼ぶようになって数年。


アルカディアのエネミー達の現れるゲート。

突如現れ、エネミーの討伐と共に消滅するそれの発生理由は未だにわかっていない。


周辺の人々は近くの避難所に向かっている姿が見える。

ゲートの近くにはゴブリンらしき影が七つ。

「多いな」

「リーダー、そう言うなって。ゴブリンなんてオレ達の敵じゃない」

四人はゴブリンの討伐など何度も行っている。

不安というと、先ほどから何も言ってない少女だけ。

彼女が実戦でどう動くのかが不安要素だった。

いや、むしろ動かないで戦いを後ろで見ていて欲しいという願望すらある。

空操師は戦いに向かない。

彼女は初の戦闘なのだから、なにもしないで見ている方が良い。

それが第一襲撃班全員の総意だった。



ヘリから現地に降下。

ゴブリンは既にゲートから離れてしまっている。

しかし、ゲートからは離れていない。

ゲートからエネミーはそこまで離れないのだ。

そして、それは空操師にとって重要なことである。

空操師は、なぜかゲートの近くでしか『場』を形成できない。そのため、エネミーがゲートから離れないことはとても良心てきだったりする。

「白野さん、私から離れないでね」

「……」

ミントが話しかけても、少女は下を向いたまま。

その様子に不安を感じながら、第一襲撃班はあたりを廻る。


『こちら、クルハシ。応答を願います』


女性の声が、小型の無線機から聞こえて来る。

全員が周囲を気にしながらオペレーター久留橋夏梅(なつみ)の声を聞いていた。

「こちら斑目。どうした?」

『はい。ゲートが小型のため、ゴブリン達はそこまで現地から離れていないはずです。また、多数のゴブリン出現の際は背後からの襲撃に気をつけてください』

「了解」

「ナツミちゃん、こっちは第一襲撃班だよ? 大丈夫だいじょうぶ。そんな心配すんなって」

『……ガーメントさん、任務中です。集中して下さい』

「ちぇー。新人ちゃんの前なんだし、もうちょっと気楽に行こうぜ」

『では斑目さん、第一襲撃班のみなさん、ご健闘を』

「スルーですか……」

ハードナーの声を完全に無視して、久留橋は通信を切った。

第一襲撃班ではいつもの事だ。

「ガーメント、行くよ」

「はーい」

意気消沈するハードナーを芳野は問答無用で引き摺りながら進む。

やはり、これもいつもの事だ。

ふざけた様子のハードナーだが、一たび戦いが始まれば、がらりと変わる。

それがわかっているから、斑目も芳野も本気で怒ることは無い。

彼等はゲートの真下に向かう。

ゲートから離れない彼等を探すとき、ゲートの近くに居たほうが効率が良いからだ。

「ミント。そろそろ、『場』の展開を頼む」

「はい」

ゲートの近くに行くにしたがい、空気が変わっていく。

それは電脳世界のはずのアルカディアから風が来ているのか。それとも世界がおかしくなっているのか。エネミーによるものなのか、まったく分かっていない。

人々に害をもたらす物なのかさえ、未だに解明されていない。

いや、すでに害は出ているのかもしれない。

柄創師も空操師も、アルカディアのエネミーが現れてから数年はいなかった。

しかし、二年後に初の柄創師が、三年後に空操師の能力者が発見され、さらに数が増えていった。

それは、エネミーが現れたせいのなのかもしれない。アルカディアの空気のせいなのかもしれない。柄創師や空操師を探す研究が進んだからなのかもしれない。

とにかく、八年たった今でも、わかっていない。


空操師ミントは『場』の形成を始める。


『場』


空操師の能力。

自らの想いで自分の空間を創る。

その思いにより空間内の人々は力を得ることが出来る。


例えば、この空間に居る限りは攻撃を受けない。この空間に居る限りは普段の力の倍の力を引き出せる。この空間に居る限りは死なない。そんな空間を創ることができるのだ。

無論、絶対の能力では無い。

絶対に攻撃を受けないと言っても、空間を創った空操師の想いによってその効力が変わる。

攻撃が空操師の想いよりも強力なら、『場』は意味を為さない。せいぜい、攻撃の威力が落ちる程度になってしまう。

普段の倍というが、空操師にとっての倍であり、本当に倍になるとは限らない。

死なないというが、空操師が死を覚悟してしまえば、死しかあり得ないと考えてしまえば、意味を為さない。

想いの強さによって、空操師の実力は変わる。

なんとも、掴みどころの無い能力でもあるが、ここではそれが生死にかかわってくる。

あるかないかでは生存率が変わってくるのだ。

それは、幾度もの戦場で証明されている。


「空間を構成します――」

ミントの『場』が形成されていく。

「私の『世界』を構築」

その半径は約百メートル。普段は、さらに広範囲となる。

うっすらと世界に光が満ちる。

「此処は(guardian)(miniature)(garden)

ミントの『場』……ミントの想いが世界を変える。


世界(ミントのセカイ):護法陣


それはミントの誰も傷つかない世界を願う想いから創られた『場』である。

空操師となる素質を持った自分がみんなを護る。誰かを助けたい。

誰かを自分の力で守りたい。

ミントはそれを高尚な願いとは考えていない。

ある意味、押しつけているからだ。自分の前だけでは、傷ついてほしくないと。

自分勝手な願いかもしれないけど、自分の力で守れないのなら、私の力を貸すから誰かが誰かを守って欲しい。

その想いは『場』の中の人々への防御力の向上、『場』の中にいるエネミーの把握の向上等の効果を示した。

まさに支援や補助、そして守りに特化した『場』だ。

ただ、多くの効果があるため、守護以外の一つ一つの効果はそこまで高くない。

しかし、それでいい。

ここにいる柄創師三人は、その『場』で幾度も戦いぬいて来た。何度も戦場から生還して来た。

彼等にとって、その『場』が一番適した『場』だからだ。

「今日も相変わらず綺麗な『場』だねぇ、ミントちゃん」

「ありがとうございます。でも、褒めても何も出ませんよ、ガーメントさん。……敵勢力を確認しました。前方より三体、後方より三体。挟み撃ちの様です」

『場』の創られた範囲内のエネミー。彼等がどこに居るのか、ミント達は『場』の効果によって解っているのだ。

もっとも、一番詳しく解るのはミントで、他はそう細かくは解らないのだが。

「来るぞ」

ミントは壁際に寄りながら腰から拳銃を出す。

空操師は戦闘に向かないが、『場』は厄介な能力の為狙われることが多い。

だが、ゴブリンはそこまで知能が高くないためそのような事をしない。今回は白野の事を案じてである。

柄創師三人は、おのおのの得物を手に取った。

と言っても、それは見る限りただの柄。

彼等に一番適した形に加工されたシルバーの柄。

腰から抜くと、それを構える。

「マユリとガーメントは後ろを頼む」

「リーダーはどーすんすか?」

「前の三体に決まっているだろう。まだ、一体姿を現していない。注意しろ」

「了解」

「はいよ!」

三人が、散った。

瞬間、柄から白銀の何かが噴き出す。

それは、金属だった。


ゲートのあった場所近くから採集されたその正体不明の金属、アクト・リンク。

ある科学者がその金属を発見しさらに現在の柄創師の使う柄を創りだし、世界に発表した。

ゲートが世界に現れてから、一年後の事である。

この金属の特徴は、普段は小さな金属だが、ある特定の人物が持つことによって金属に記憶された形に変化すること。

また、特定の物質の投与によって属性を付加させることができる。

ただ、なぜその金属が用いられているのか疑問に思うだろう。

鉄で出来た剣でもいいのではないか? もっと違う金属で出来たものでいいのではないか?

その理由は、エネミーにとってこの金属が天敵になるという事。

例えばの話、昔からヴァンパイアは銀に弱いと言われている。それと同じだ。

ヴァンパイアにとっての銀が、エネミーにとってのアクト・リンクなのである。

アクト・リンクでエネミーを攻撃することによって、通常の剣や銃弾、その他の攻撃よりも高い効果が得られるのである。

無論、現代の科学兵器がエネミー達に効かない訳ではない。

が、アクト・リンクの兵器を使った方が圧倒的に強いのだ。


空操師の持つその柄を創りだす技術はあまりにも高度で、不可思議である。なぜその科学者が無銘であるにもかかわらずこんな高度な技術を生み出せたのか、未だに不明だ。

また、特定の人物を探す機材はあるが、それが何を基準にしているのかも不明である。

なぜなら、その科学者はアクト・リンクと柄を世界に発表した後、実験の爆発事故によって命を落としたからだ。

問題を出した人物が居なくなってしまっては、答えは解らない。

現在、六年たった今でも目下調査中だった。


ともあれ、柄を創りだす機械も、柄創師を見極める機械も残されている。

さらに、たまたま科学者はそれを量産して多くの国々に売っていたため、どの国にも一台はあった。

日本でも三台が手元にあり、それを使って新生児達の柄創師の適正を調べている。

すでにほとんどの国民がその検査を行ってもいる。

第一襲撃班もまた、その検査を受けて柄創師になった。


彼等の柄が変化していく。最適化と呼ばれるそれは、自らにとって一番使いやすい形に再構成するもの。

斑目は自らの体格にあった長剣に、芳野は小柄な女性の身体にはまったく似あわない大きすぎる大剣に、そしてハードナーは槍に。

斑目はこれまでの戦いを生かして一人で三体のゴブリンを相手取る。

芳野とハードナーは見事な連携でゴブリン達を惑わし、一体、また一体と確実に潰していく。

さらに、ミントはもった拳銃で三人の援護を行う。因みに言うと、拳銃に込められた弾はアクト・リンクで創られている。

柄創師の剣の様に変形などをしないため、誰でも使える武器として空操師やその他の人々は拳銃とアクト・リンクで創られた銃弾を持っているのだ。

アクト・リンク自体が希少な為、むやみやたらに使うことはできないが。

白野は、その攻防戦を見ているだけだった。

初めての戦場なのだから、それでいいはずなのに、ミントはなぜか嫌な予感を抱いていた。

なぜかわからない。


ゴブリンが一体足りないことへの疑惑。

あまりにもあっけない戦い。

白野の様子。

なにか、すごく、大変なことを見落としているような。


その時、ミントは自分の『場』に異物が侵入するのを察知した。


『まっ、斑目さん! き、緊急事態です!!』

それと共に、突如久留橋の慌てた声が聞こえて来る。

『突如、一体のゴブリンの反応に変化がっ、これは擬態?……なっ、出現したエネミーはまじ――』

久留橋の言葉が終わる前。

ミントの後ろ。つまり、白野の後ろの壁が、爆ぜた。


『場』の効果によってなんとなく察知していたミントは白野を庇いながら前へ逃げる。

そこに一陣の風が吹く。

散った紅。

白野を抱いたミントの腕に、裂傷が逝く筋も刻まれていた。

『場』が揺らぐ。

ミントの想いが揺らぐ。

『場』は空操師の現在進行形での想いの形。怪我をしたり意識が混泥すれば、『場』も消える。

「なっ、ミント!!」

「ミントっち?!」

斑目とハードナーの叫びに似た声が響く。

二人より先に動いたのは、芳野。

ミントの負傷、いや爆発が起こった瞬間、ミント達の元へと駆け寄っていたのだ。

ミントと白野を庇うように前に。

未だ砂煙の立つ壊れたビルへ殺気を向ける。

斑目は残り一体となっていたゴブリンを屠り、ミントの元へ行こうとしていたが、その足を止めてビルを見た。

ハードナーは芳野の抜けた穴と、『場』の支援を失ったことで苦戦しつつも、後一体までゴブリンを減らしていた。


ミントの左腕から、血が溢れる。

芳野は前を向いたまま動けない。

何故なら、砂煙の向こうに何かが居るのがわかるから。

未だ、どうにか消えずに残る『場』が、それを教えているから。

もしも動いたら、確実にやられる予感があったから。

白野もまた、動かない。

血を、肉が見え、酷いありさまのその腕を眼の前で見てしまったのだ。

それで平然と治療を始めていたら、他三人は驚くとともに気味の悪さを感じただろう。

身体が震えている白野を、ミントは意識をどうにか保ちながら見ていた。

このままでは、『場』が消える。すでに、消滅が始まっている。

気を強く持たなければ、想いをもう一度強く願わなければ。

あまりにも唐突なそれに、ミントの『場』は消えかけていた。

目の前の敵は、『場』の支援なしでは危険だ。

腕の一本で済めばいいが、全滅もあり得るかもしれない。

ミントは気づいていたのだ。眼の前のエネミーの正体を。

『みなさん、聞こえますか? エネミーは、ゴブリンでは無く、魔人種……メルグビジラ!』

遅れて、久留橋の声が聞こえた。


『アルカディアの交錯』のゲームのなかのエネミーがこの世界に現れる時、基本はゲームの中と同じ強さだと言われている。

つまり、ゲーム序盤で現れるエネミーほど弱く、クエスト専用や後半に現れるエネミーやボスエネミーなどは強い。

魔人種のエネミーはドラゴン種に次ぐ強さを持っているが、メルクビジラはその中でも下級と呼ばれるエネミーだった。

下級といえど、侮るなかれ。その強さはゴブリンなどでは比にならない。

魔人は魔法や武器を操る。さらに、知能も高く、こちらの要である空操師から襲いかかってくることが多い。

さらに、他のエネミーに擬態して油断しているところを突如本性を現して襲いかかってくることがある。

無論、それを見破る技術が発達しているのだが、そこまで適格では無いことと多数のゴブリンと共に出現したことで、気づくのが遅くなってしまっていた。

……それが、本当なのかはわからないが。


「ミント、大丈夫かっ?!」

斑目がビルの方角を見ながらも、ミントに声をかける。

このままでは『場』が消える。

一応、白野も空操師だが、実戦で震えているようでは『場』を創りだす事は無理だろう。

ミントの怪我を心配するそぶりすらない彼女。ミントと共に逃げることぐらいはできるだろうか?

そう考えている斑目に、ミントは応える。

「……だい、じょうぶ、です。白野さん……退避して、ください」

その顔色は明らかに悪い。

血が流れ過ぎている。ショック状態になっていないだけましな様子で、すでに動けなかった。

それと共に、『場』も弱まる。

第一襲撃班であれば、魔人と対抗できる。が、それは足手まといが居なければの話だ。

魔人は非常に知力が高い。

すでに動けないミントとやはり動けない様子の白野を中心に狙って来るだろう。

さらに、『場』の支援も心もとない。

ならば、早く白野だけでも逃がさなければ。

責任感の強いミントはどうにか声を絞り出す。

「しらの、さんっ」

それに、彼女は……



笑っていた。



なんで?

先ほどまで、震えていたはず。

いや、今も震えている。

しかし、それは耐えきれないとばかりに笑っているから。

……今まで、彼女の顔をしっかりと見ていたか?


ミントは驚愕していた。

彼女は、恐がっていたのではない。笑っていたのだ。

先ほど、震えていたのは怖ろしいと震えていたのではなかったのだ。

しゃべらなかったのは緊張していたのではない。興奮していたからなのだ。



砂塵の間から、魔人が現れる。

すらりとした人のような体躯。暗い瞳。まき散らされる殺気と圧力。

ドラゴンに次ぐ力を持つ種族。

これまで、魔人と相対すことは幾度かあった斑目と芳野でも、『場』が心ない今は衝突することを躊躇する。してしまった。


激しい爆発音。

魔人メルクビジラが地を蹴った音だった。

斑目と芳野が遅れて動く。

二人の剣が、魔人の突撃を止める。が、攻撃に転じることが出来ない。

鋭利な爪が、ミントの血に濡れていた。それに眉をひそめた芳野は大剣を振り回した。

それと共に、魔人は一旦後ろに下がり避ける。

が、それを斑目が追撃。切りこむ。

それをさらに魔人は跳んで回避。どころか前に跳んだことで動けないミントと白野の前へ。

魔人は弱っているとはいえ『場』を形成するミントを警戒していたのだ。さらに、横には見習いとはいえ空操師の白野。

「ミント! 白野!!」

斑目の声が聞こえるが、ミントは動けない。


白野は声を立てて笑う。


彼女は、良くも悪くも空操師だった。


『場』が揺らぐ。

それはミントの思いが揺らいだから、ではない。

まったくもって違う。

この揺れは、侵略。

ミントの『場』が上書きされ、侵食され、蹂躙されていく。

「なっ、これ、は――」

ハードナーが驚愕しながらも最後のゴブリンを倒したとき、それはおこった。


死乃(It goes)完結(mad for)理論(the death)――」


白野梓月の『場』が展開された。


「――さぁ、死逢おうか?」


それは、ミントの護法陣とはまったく異なるベクトルの『場』だった。

どこまでも優しく、人のことしか考えられない守護と支援の『場』とはまったく逆。

暗い、淀んだ負を撒き散らす『場』。


魔人の動きが止まる。

ミントの『場』には無かった黒球が形を変えて魔人を貫いたのだ。

それは、白野の『場』に備わった攻撃手段。

普通、支援中心の『場』には存在しないそれは、様々な所に浮いていた。


どこまでも守りもその後も考えない、あまりにも攻撃的で圧倒的な『場』だった。


攻撃するための速度、威力、視力、感覚を全て力づくで底上げする。

攻撃に特化した『場』が、展開されていく。

「そん、な……」

芳野が驚きに足を止める。

空操師見習いが『場』を構成したからではない。あまりにも、しっかりとしすぎた『場』だからだ。

『場』は創り上げた空操師の精神に由来する。想いの強さに比例する。

『場』に入れば、その空操師の心がわかると言われていた。


この『場』は、あまりにも攻撃的で負の感情で創られている。

この少女は、この『場』に満ちる感情を抱えて生きている。

それは、なんと歪な者か。

嗤う彼女からは狂気しか感じられない。

「マユリ、ガーメント、今のうちにっ」

「は、はいっ」

「お、う」

呆気に取られる二人に斑目は渇を入れながら、剣を魔人に向けた。


厄介な新人が現れたと、困惑しながら。




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