知らぬことを知らぬこと
「……白野、こねーな」
「あ、あぁ」
計ったように、クロムが聞いて来る。
教室にいるのはおれとクロム、そんでもって陸だけだ。
湖由利はまだ入院中だし、白野はさっきの通り。
白野が学園に来なくなってから、四日が過ぎた。
未だに来る様子は無い。
おれは……おれたちは、白野がなぜ来ないのか、その理由を知らなかった。
ミントさんに聞いても、諸事情だと答えて来るだけで、何も教えてはくれなかったし。
やっぱり、あの時のオウリュウ戦のことでなのだろうか。
……あの時おこったことは、今でもよく解らない。
桐原教授いわく、おれの『場』が創られ、消えかけていた白野の『場』を無理やり変えたらしい。……らしいと言うだけで、桐原教授もわかっていない様子だったが。
なんでも、データが足りないだとか何とかぶつぶつと文句を言っていた。
ただおれの『場』は……どうも非常識な『場』なのは分かった。
『場』を支援するなんて考える空操師はいないし、そもそも二つの『場』が存在できないとほとんどの空操師は認識している。だから、そんな『場』は創られない……とか。
「おーい、トーマ?」
「なんだ?」
「放課後、暇か?」
「一応」
「んじゃ、つきあえよ」
クロムに連れられてきたのは、なんとなく予想はしていたが湖由利のところだった。
つまりは、病院。
包帯だらけのくせに無駄に元気な湖由利を見ながらため息をつく。
クロムが言うに、湖由利は病院が退屈すぎてクロムで遊ぶらしい。おれはそれの生贄として連れてこられたのだ。
それに気づいた時にはもう遅い。
どうも、陸はそれに気づいていたらしく、クロムをさらっと受け流してさっさと帰ってしまった。そういえば、最近帰るのが早い気がする。
それはともかく、湖由利の病室に来たのはいいが、いつの間にか唯一の出口にはクロムが立ちふさがり、袖を湖由利はその自由な右手で握りしめて居る。
……逃げられない。
「陸めっ。おれを見捨てたなっ」
してやったり顔の陸が空に浮かぶ。
きっと、今頃あんな顔をして悠々と家路についていることだろう。
「残念だったねぇ、とうまくーん」
へんな笑いをかみしめながら、クロムが言う。
明日があったら、今度は陸も巻き添えにしてやる。そんな事を考えつつ、どうやってここから逃げるのかを考えていた。
「お前ら、こう言う時だけ連携いいよなっ」
「大丈夫! 私達、戦闘中も連携だけはいいからっ!」
全然大丈夫じゃねぇよ。いや、何が大丈夫なんだよ。
いろいろつっこみたいが、とりあえず言いたい。
「おまえ、とっとと退院しろよっ!」
これだけ元気なら、さっさと学園に戻ってこいよ。そんで、こんな面倒な事をすんなよ……。つーか、この前の実技でおまえら同士討ちだか味方殺しだかしてなかったか? それのどこが連携いいんだよっ。お前らの連携は悪事とか悪戯の時専門だろっ」
「とうまくーん、とうまくーん」
にこにこと後が恐ろしい笑みで微笑む湖由利におもわず目をそむける。
「後半の心の声がもろ聞こえですぜぇ」
「……はっ。お、思わず口に出していたっ?!」
「まぁ、実際その通りだから否定はしないけど。ねー、クロム」
「おう」
「否定しないのかよ」
なんだかコントみたいになってきた気がする。
湖由利にしてもクロムにしても、普段よりもより饒舌に、より愉しそうにしている様子は……ムカついた。
こいつら、人で遊びやがって。
「それよりさ、しづきっちはその後、どうなのさ」
オウリュウとの戦いの後から梓月は学園を休んでいる。それをクロムから聞いていたのだろう。
元々、白野は遅刻や羅無断欠席をよくしていたらしい。でも、最近はミントさんと一緒に住んでるとかであまりそういうことはなくなった。特務クラスになってからはほとんど休んで居なかったのだ。
それが、四日も欠席。しかもミントさんからは何も話を聞けない状態。だからといっても、どうしておれに聞くんだか。
「なんでおれに聞くんだよ。クロムから聞いてるだろ」
「だってー、最近うちらとか省いてミントさんとかと仲良くしてるじゃん、冬真って」
「いや、よく話すけど、別に仲良くしてるわけじゃないんだよけどな」
口をとがらせて文句を言うように言ってくる湖由利に、ため息をつきながら返す。
真実、別に仲良くしている訳ではないはずだ。
ただ、たまたまおれが空操師(半端だけど)だったからミントさんと話す機会があって、白野とは……あれ?
おれは白野とよく話している……のか?
最近を思い返す。
別に、そこまで話している様な気はしないが。
「うちから言わせると、仲が良いように見えるけどね」
「そうか?」
他の人がそう思っているとか、見えるとか、知らぬのは本人ばかりだ。
こっちからすると別に……なのだが。そういえば、白野からするとどうなのだろう。
湖由利に関してはうるさいから関わりたくないオーラを常に出してるが、おれとか陸とかは。
いや、だからどうしたって感じの事なんだが……。
「あ、そういやさ、クロム。あの事、湖由利に言った?」
「え?」
「テスト。湖由利、追試だろ」
「あぁ。そうだった。つーことで、テストの日に休んでたんで追試だとさ、湖由利」
「えぇっ?! ちょっ、聞いてないよっ?! てか、追試なのっ? 休んだだけで追試なわけっ?!」
「……当たり前だろ」
空操師、ミント・オーバードは困惑していた。
目の前には目をはらした同僚。
その横には学生時代からの友人。
とある放課後。ファーストフード店の片隅でのことだった。
「私はどうすればいいのだろう……」
死んだような目で呟くのは万由里さんでした。
まるで、陸に引き上げられ、競られ車に揺られて内陸のスーパーにやってきた魚の目の様です。
その言葉に陽香はため息をつきました。
「そうだなぁ……私には兄弟がいないから分からないが……ミントは兄弟が多かったんだろ? どうだった」
「私は、兄弟で話す事すらなかったので。……比べられる事は合っても、まったく知らない人の話を聞いている感覚でしたから、あまり深く考えてなかったの」
「それもそれでいやだな」
最近、と言うよりも数年彼らとは会っていません。
そもそも、住んでいる国すら違うので、日常的に会う事が出来ませんし。
「ただ……最初は、確かに悩みましたね。なぜ、姉や兄達が優秀なのに、私は落ちこぼれなのかと」
「それは、どうやって解決したの?」
何も言わない万由里さんの為にか、陽香が聞いてきます。
「時間、でしょうか。大きくなったら、いつの間にか」
いや、おそらく日本に来て、兄弟の事を考えずにいたからです。
遠い異国で兄妹と比較されないようになって、自分を評価してくれる仲間と会って、それで。
でも、それは言いません。
だって、湖由利さんはすでに仲間がいますから。
グリセルダ君に矢野君、左近堂君、そして、白野さんも。
この芳野姉妹の問題は、きっと時間が解決してくれるはず。そう思って。
私とは違う解決をしてくれると、嬉しいです。
二人しかいない姉妹が、会わない様になってようやく相手のことで悩まなくなるなんて、少し哀しすぎます。
「そうか」
少し経つと話題は変わり、いつもの万由里さんになりました。
もちろん、まだ悩んでいたのでしょうけど。
静かな一時。
そして――その平穏はゲートの出現で終わりました。
何も変わらない中、確実に世界が変わりました。ゲートが出現したことを、空操師は感じることが出来るのです。
「……万由里さん、今、戦えますか?」
「誰に聞いています?」
何時も通り。本当に、いつものように万由里さんは答えました。
会計を済ませた頃、町中にサイレンの音が聞こえてきました。
どうやら本部のほうがゲートに気づいて避難警報を出したようです。
しかし、どうしたことやら。いつもよりも行動が遅い。
いつもなら、ゲートが現れる前に警報が出されるはずなのに。
このあたりは本部の近くと言う事で、さらに厳重に調査がされているはずなのですが。
ケータイで本部と連絡を取ろうとしてもなぜか繋がりませんでした。どうやら、事件が起こったようです。
とにかく、私は『場』を展開します。
私の『場』はかなり有名と聞きます。おそらく、すぐにみなさん気づいてくれるでしょう。
他の空操師の方が無理やり自分の『場』を展開しようとしないはずです。
「ゲートは……南……本部と学園からは離れていますが商店街近くで出現したようです。早めにいかないと、被害が出るかもしれません」
「了解」
「私もサポートする」
万由里さんは相棒を再構築し、陽香はどうやら常に持ち歩いているらしい銃を片手にしんがりを務めます。
よく、商店街は昨今の不景気によって閉まっている店が多いと聞きますが、このあたりの商店街は意外と盛んです。
私も野菜やお肉、日常品を買うために、よくお世話になっています。
そこが、今はがらんとしてもぬけの殻でした。
ただ、時折まだ逃げて居ない人と会いましたが、どうやら店を閉めて居たりしていたようです。今はそれどころではないと言うのに。
もしかしたら、このあたりが本部に近い場所だから……かもしれません。
何があっても柄創師と空操師がすぐに来て守ってくれる。そんなことを考えているのかもしれません。
……それが、辛い。
私達は、万能じゃない。
私達は、絶対ではない。
前回の幻獣騒動で、まだ学生である特務クラスから死者がでなかったのは奇跡だとも言われました。
でもそれは、たまたまのこと。
他の場所では柄創師の方が亡くなりました。
運が良かったのです。
そして……。
なんでしょう。
なにか、とても重大な事を見逃している様な。焦燥。
なにもわからないのですが、なにか……とても嫌な予感。
誰かに背中を押されている様な気がして後ろを見ても、何事かと見て来る万由里さんと陽香しかいません。
「どうした、ミント」
「いえ……」
今はそれよりも、ゲートです。
エネミーがゲートから少しずつ離れ、行動し始めたのが分かりました。
ただ、可笑しなことに二つの気配が追いかけっこをするように動いています。
いったい、どうしたのかと思っていると、そのうちの一つ――まるで逃げるような動きを見せているエネミーが、接近してきました。
「気をつけてください!」
突然、視界に影が落ちました。
慌てて上を向くと、私達の頭上を小麦畑の様な綺麗な毛並みの狐が飛びこえて行く所。
その尾は九つ。
「キュウビかっ!」
魔獣種、キュウビ。
九つの尻尾を持つ狐のようなエネミーです。
「ちょっとまって、いま、何かくわえていなかったか?」
陽香が目標を定めながら、聞いてきますが、残念ながら見て居ません。
万由里も首を振ります。
そして、キュウビは私達が止める間もなく走りさっていきました。
「また、来ます!」
今度は追っている方。
前を向くと、黒いドラゴンの姿が在りました。
「最悪だな」
身体全体に凶悪そうな棘がつき出て、その目は暗い赤です。
羽ばたくその風圧で、思わず手で顔を庇いながら、そのドラゴンを観察します。
と言っても、もうかのエネミーの名前は分かっていました。
「ブラックドラゴン、か。久々に凶悪なものですね」
ブラックドラゴン――ドラゴン種の中でも狡猾で、私達を欺く知能を持つドラゴンです。
能力的にはそこまで強くはありませんが、その頭脳から私達には畏れられています。
先ほどのキュウビは他の柄創師が倒してくれるはず。今は、このドラゴンをどうにかしなければ。
「ミントさん!」
聞いたことのある声に気づき周りを見ると、ドラゴン種の後ろの建物のほうから学生が飛び出してきました。
「矢野君、グリセルダ君っ?!」
まさか、矢野君とグリセルダ君がいるなんて。
「矢野、クロム、一般市民は避難のはずですが?」
「す、すみません……」
「だ、だってほら、一応柄創師だし……」
鋭い眼光で万由里さんが睨みつけて居ますが、今はそんな事をしている暇はありません。
少しだけ私達を観察していたブラックドラゴンは、何を思ったのか突然方向転換をしてきた道を戻ります。
つまり、矢野君とグリセルダ君に向かって。
「に、逃げてください!」
唯一遠距離の攻撃が出来る陽香が発砲をしますが、あたっても動きを止めません。
万由里さんが走りだしますが、飛行するブラックドラゴンの早さについて行けるはずがありません。
「矢野君! グリセルダ君!」
ブラックドラゴンが二人に向かってブレスを放とうとします。
どうすればいい?
このままでは、二人はブレスに焼かれてしまう。
これはゲームでもなんでもないのです。高温度のブレスなら、近くを通り過ぎただけでもダメージを受けるでしょう。
二人は逃走を図りますが、飛行するブラックドラゴンに叶いません。
口から除く炎はあまりの温度に炎が黄色く輝いていました。
どうする? どうしよう?
この『場』は守護の為の世界。
でも、それでも守りきれないものもあります。
炎が吐きだされました。
そこに消えて行く影。
「っ!!」
その時、私は必死になって最近聞いた話を思い出していました。
影で創られた――盾。
死んだ、か?
冬真が慌てて目を開けると、ブレスによってもたらされた惨状が目の前に広がっていた。
建物は跡かたもなく吹き飛ばされている。
地面はケロイド状に溶けている。
なんで、自分は生きている?
「な、なんだったんだ?」
慌てて隣にいたクロムを確認する。
生きている。
クロムもクロムで驚いているようだ。が、理由を知っているらしい。
「光の盾……梓月のあれみたいなやつが目の前に現れて、それで……助かったみたいだぜ」
「なるほど、ね」
幻獣との戦いの時、梓月は影を集めて鎖にしたり攻撃する武器にしたり盾にしたりと活用していた。それをミントさんも行った、ってことだろう。
助かった。
本気で助かった。
が、その原因はほっとしているおれたちを見逃すはずが無い。
「来るぞ!」
「分かってる!」
柄を再構築して槍と為す。クロムもまた、剣銃を創りだしていた。
またもやブラックドラゴンはブレスを吐こうと口を開くがクロムがそれをさせる訳が無い。
顔じゅうに浴びせられる銃弾に、ブラックドラゴンが怯む。
その間に接近。本当はあまり近寄りたくないのだが、接近戦しか出来ないのだからしかたない。
万由里さんもすぐに合流する。
「ブラックドラゴンの弱点は腹です。それと、尾に気をつけてください」
「了解です」
地に降り立ったブラックドラゴンがこちらを睨む。しかし、その右目はつぶれてとめどなく血を流していた。
……赤い血だ。
「飛行する前にとどめを」
「分かりました」
際限なく吐き出されるクロムの銃弾に辟易するブラックドラゴンは、その巨大な翼を広げようとした。
そんなこと、させなるかっ!
万由里さんとともに翼を中心に攻撃をする。
傷ついた翼にブラックドラゴンは金切り声を上げた。
振りあげられる尾をかわしながら、翼とお腹を中心に攻撃をする。
その様子を、ミントさんがなぜか顔をしかめながら見て居た。
何かあるのだろうか。
今の状況を考える。
狡猾と言われるブラックドラゴン。かのエネミーはこちらの攻撃を一方的に受けて居る。
それか?
ブラックドラゴンがなにも反撃せずに攻撃を受けて居ることにミントさんは疑問を感じているのか?
たしかに、ブラックドラゴンは聞いていた話よりも弱い気がする。弱いと言うより、疲れている?
まるで……先ほどまで誰かと戦闘していたような、そんな。
ブラックドラゴンが、突如咆哮をする。
こちらの攻撃で発せられたものじゃない。
その声に思わず耳を塞ぐ。怯む。
ブラックドラゴンの持つスキル、咆哮により、敵に怯みを与える。
「くそっ」
羽ばたく音。
気づくと、ブラックドラゴンは翼を広げる。
翼の動きはぎこちなく、その目は怒りに燃えている。
が、ブラックドラゴンはこちらを睨みつけただけで、飛び立った。
「逃げるつもりかっ」
陽香さんが追いかけようとするが、早い。いくらかスピードは落ちて居ると言っても、家一軒ほどの大きさのドラゴンと人間が競争したら、いつだってドラゴンに軍配が上がるってモノだ。
「とにかく、追いましょう」
ミントさんが少しずつ姿の小さくなるドラゴンを見つめる。
ゲートからエネミーはそこまで離れられない。そして、『場』の中にエネミーがいる限り、居場所はすぐにわかるのだ。
走りだしたおれたちを、見つめる目があった事は誰も気づかなかった。
黒いコートの男だった。
「……殺しておくべき、か」
冷たい目で、ドラゴンを見て居た。
そして、そっとその場から離れる。
彼は一度も振り返ることなく、アルカディア対策本部の方向へと歩いていった。




