その届かない手は3
初めての接触からどれくらいたったのか、時間感覚がおかしい。
全快したオウリュウと仕切り直すように始まった戦闘は、こちらの劣勢一方だった。
トーマは満身創痍、コユリとリクは負傷、クロムと柄創師の人のほうも疲れきっている。先ほどまでオウリュウが倒れるのが先か、私達が倒れるのが先かという情勢だったのが、こちらがいつ全滅するのかのカウントダウンを始めている。
自分の『場』が攻撃だけしか出来ない『場』であることを後悔したことは無い。でも、このままでは……。
今日ほどミントがいないことが辛い日はない。
「そろそろ、本部から応援が来るはずです、それまでこらえてください!」
柄創師の人が声をかけて来る。
この人、どこかで見た事があるのだが、未だに思い出せない。
「こらえられればいいけど」
そろそろって、いつ?
思わず笑いながら、黒の凶弾を放っていく。
攻撃は効かなくても、少しは動きを止められる。
「大丈夫だよ」
そう言って、肩を叩かれる。なんとなしに振り返ると、頬にコユリの人差し指が刺さった。
古典的な悪戯だ。
なんでこんな時にと思いつつも、こんな時だからかもしれないと思いなおす。
後で、やりかえしてやろう。
思わず、頬が緩む。
「絶対、勝つ」
「ちょ、ちょっと!!」
止めるのも構わず、コユリがぎくしゃくと走りだす。
その先にはオウリュウがいる。
まさか、怪我している状態で飛び込んでいくなんて考えていなかった。
一瞬遅れて、止めようと出した手は届かない。
「コユリっ!!」
なぜか、驚いたようにコユリがこちらを見るが、それだけ。
名前を呼んだのに、彼女は止まらない。
女の子だから戦うなとか、無理するなとか、そんな事言うつもりはない。けれど、怪我をしているのに無理して自分よりも強い敵に立ち向かうなんて、命知らずがすることだ。
今、自分になにが出来る?
視線をめぐらした先には撃ちかけた闇を集めた弾丸がある。
「……くそっ」
それを、集める。
なんでもいい。とにかく闇を集める。
早さも攻撃力も必要ない。必要なのは量なのだから。
オウリュウがコユリに向かって尾を叩きつける。
――間にあった。
コユリの周りに黒い盾が出現していた。周囲の闇を集めた、簡易的なもの。
「た、て……?」
コユリが目を丸くしているのがこちらからも分かった。
「ばかっ!!」
「ありがとっ、このまま頼む!!」
このまま頼むって言ったって……。たまたま創れたからいいモノを、もしも今の攻撃が直撃していたらどうするつもりだったのか。
創られた盾をオウリュウの攻撃を止めるようにそれを動かしながらコユリを援護する。
神経を使う作業だ。
コユリの動きと視界を阻害してはならない。けれど、オウリュウの攻撃を防がなければならない。
やっぱり足をけがしているせいで動きが鈍いコユリは、オウリュウに正面から挑む。
無謀だと言わざるを得ない。が、それは布石。
コユリに注意を向けたオウリュウに、後ろから柄創師が斬りかかる。
それを確認したコユリが後ろに下がって、ようやく息をつけた。
本当に、無茶をする。
「ナイスだよ」
「あんた、馬鹿なんじゃないの?」
「大丈夫だいじょうぶ」
「ばか……」
だめだこりゃ。きっと、この子は死んでもこんな事を繰り返す。
どうにもできない。
コユリの援護をしようとして、背筋に氷塊が滑り落ちる。
嫌な予感がする。
思わずそこから飛び退ると、瓦礫が頬を掠めた。
いつの間にかオウリュウの尾が今まで自分のいた場所に突き刺さっていた。
もしも気づかなかったら……ぞっとする。
嫌な汗をかきながら、そこから逃げようとするが、オウリュウの早さを見誤っていた。
早すぎる。
すぐ目の前にオウリュウの顔が迫っていた。
右手の銃を向けて引き金を引く。が、銃弾は発射されない。
「くそっ」
弾切れだっ。
横でクロムがオウリュウの注意を引こうと攻撃をするが、完全にこっちを目標と定めたらしい。
「いいよ。来てみなよ」
挑発したところで日本語がわかるのか知らないけど、とりあえず言ってみる。
周囲に、さっきコユリの周りに展開していた盾を張り巡らす。
どれだけ防げるかわからないが、無いよりはましだ。
そこに、鋭い声が響いた。
「退け!」
「お、お姉ちゃん?!」
コユリと知った女性の声――おそらく、本部から応援、というよりこっちを助けるために来たのだろう。だが、それを見て居る暇なんてない。
オウリュウの攻撃。それから逃れるために転がるように回避する。が、避けきれるわけがない。
盾を展開していても、紙きれのように壊されてしまう。
そして、衝撃。
目の前が真っ暗になる。
体中が痛い。
そして忘れた頃に突風が吹く。それだけで身体が傷ついていく。
吹き飛ばされないようにと近くにあったでっぱりを掴んで耐える。
たぶんそれは一瞬だった。ほんの一瞬。けれど、長い時間がたったように感じる。
「白野っ!!」
誰かが、起き上らせてくれる。
どうにか、助かったらしい。
立ちあがりたくても、立ちあがれない。が、その誰かに止められる。
「白野、大丈夫か?」
うっすらと目を開けると、トーマだった。
「……なんだ、君か」
『場』が揺らいでしまっている。それをどうにかしたいけど、どうにもできない。
他人に助けられている、それに対して悔しくて、いたたまれなくなって来る。
痛みで『場』が定まらない。
「それで……どうなって、る?」
「……芳野さんと斑目さん、あと知らない柄創師の人が来てオウリュウと戦ってる。ミントさんは違う場所で現れたエネミーと交戦中らしい。……もう少しだけ、『場』を創れるか?」
「わたしを……だれだと、思って……るの?」
正直、すぐにでも『場』が消えてしまいそうだった。けれど、意地でも創り続けよう。
こんな姿を見られた事がけっこうショックだった。
起き上ると、先ほどとはあまりにも異なる風景が広がっていた。
さっきの衝撃で、近くの建物と言う建物が壊れている。しかも、いつの間にかオウリュウ以外にもエネミーが湧いている。
ドラゴン種のミニドラゴン、そしてワイバーンだ。
まるで、こちらの人数が増えたことに対抗しているように増えている。
それに応戦するのは名前の忘れた柄創師とクロム、コユリの姉のマユリ、あと知らない人達。
斑目さんやガードナーさんはいない。どうやら、他の場所に行っているらしい。
「助かりましたね」
リクが傍の壁に寄りかかり、休んでいる。トーマと共に、満身創痍と言った様子だ。
「どうだか……って、湖由利は?」
そういえば、どこにいるのか……。
トーマの言葉に、コユリの姿が見えない事に気づく。
クロムはいるが、コユリはいったいどこにいる?
リクが見つけたようで、注意を促しながら指をさす。
そっちはオウリュウがいる場所だ。
嫌な予感を抱きながら視線を移すと、そこには先ほどのトーマやリクのように、屋上でオウリュウを狙うコユリの姿があった。
「湖由利! 戻れ!」
クロムはまだ戦える様子だった。けれど、コユリは違う。
手当てをしたとはいえ、酷い怪我を負っていたのだ。
だからこそ、一定の場所で敵が来るのを待機して攻撃するというスタイルなのだろう。
しかし、もう退いていいのだ。学生にしか過ぎない彼女が、これ以上戦わなくてもいい。
そもそも、プロ達が来た今、彼女はお荷物でしかない。
トーマの声に、コユリは少しだけこっちを見る。けれど、すぐにオウリュウへと視線を戻した。
どうしても、退かないつもりだ。
オウリュウがコユリの近くへと移動する。それを、コユリは双剣を構えて迎えようとする。
「あのばかっ」
トーマが走りだした。同時に、クロムもまた、何かに気づく。
コユリはオウリュウだけを見ている。だから、それに気づかない。
「コユリっ、後ろだっ!!」
「――え?」
振り向く。遅い。
人間よりも一回りも二回りも大きなエネミーが、そこにはいた。
ワイバーン。飛行竜と呼ばれる、翼を持った竜が。
ここから、コユリとの距離は意外と離れていた。
それなのに、それはよく見えた。
宙に舞う身体。
クロムがその下で、手を伸ばして受け止めようとする。が、届かない。
その手は、いつだって届かない。




