求めるモノ、変わるモノ
特務クラス。
それは、学園内でも特別なクラスだ。
唯一、実戦に投入される実力者たちの集まるクラス、と言う事で。
「で、なんで今度の出撃は私が戦えないわけ?」
困った顔のミントは横のキドウ先生を見る。
彼も彼で、困惑しているようだった。
事の発端は数日前。月に何度か特務クラスのみでの実戦がおこなわれているのだが、その日程が決まったのだ。
本部への襲撃や学園での事件が立て続けに起こったことで最近は行われていなかったのだが、それがようやく。
しかし、そこに私はいけないらしい。
「白野さんは空操師ですから」
「じゃあ、なんで特務に移動させられたの」
「そ、それは……」
特務クラスは普通のクラスと違って学生の時から実戦を行う。
が、空操師は普通なら特務クラスには行かない。空操師は普通にミントみたいな人が頼まれてやるらしい。
思春期がどうのこうのとか、情緒不安定とかなんとかが理由らしいけれど。
「今回は、学園でお留守番です」
「……まぁ、いいけど」
五月蝿い彼等と離れられるのなら。
それでも釈然としないまま、しょうがなくうなずいた。
戦場に立てないのかと落胆する。
最近、本当の戦いを知って……いや、まだ学生で誰かに守られているような中だから、『本当』なんておこがましいけれど……戦いと言う物を知って、もう少しで自らの願望が果たされるのではないかと解ってしまった。
でも、まだダメだ。
まだ弱い。私はいまのままじゃダメ。
もっと強くなりたい。もっと、もっとっ。
ミントといういい見本がいる。が、彼女は私と方向性がまったく違う。
それでも、強く。
「強く、ならないと」
もっと強くならないと。
今、自分がどうしたいのか、何を目的にあるのか、ようやくわかった。
「はぁ……」
思わず、ため息をついてしまいます。
先ほどの話。
白野さんは納得していませんでしたが、とりあえずは解ってくれたようです。
「で、次は学園長先生に会わなければならないのですか……」
綺堂先生から別れると、その足で学園長のいる部屋に赴きます。
先の事件の事で呼ばれているのです。
あの、方に。
特務クラスのメンバーの名を聞いた時は驚きました。
同じ名字にまさかと思いましたが、そのまさかだったのです。
「失礼します、左近堂学園長」
そこに居たのは左近堂稜峯さん……特務クラスの陸君のお父様でした。
「来てくれてありがとう、ミントさん」
そう言って、席を勧めます。
お言葉に甘えて席に着こうとすると、すでに先客がいらっしゃられました。
「いえ……? って、な、なんで館石さんがっ」
よう。と、気軽に手を上げてこっちにこいと手招きをしてきます。
まさか、館石さんが居るなんて……。
なにか怒られるのでしょうか。少しドキドキします。
どうしましょう。
迷っていると、早く来いとばかりに立ちあがってきた館石さんに引きづられて席につく事になります。
強引です。
「あ、あの、今回は以前の学園襲撃事件についての、その、事ですよね?」
「そうですよ。その事についてですが、ちょうど館石さんが訪ねていらっしゃったので、なら一緒にどうかと」
「そ、そう、なのですか」
怒りに来た訳では無いようです。まぁ、そんなことで学園に来たのかとちょっと考えれば解る事ですが。
突然のことで混乱しているようです。少し落ち着かなければ。
「……で、ミント、本当に大丈夫なのか?」
「え? あ、はい。別に怪我をした訳でもないので」
「そうか、ならいんだが」
何事か、館石さんは考えています。
まさか、心配されるとは思っていませんでした。
別に館石さんが心配しない人、ってわけではないのですが、気づかいを見せないで気づかう人でしたので。
「ミントさんには感謝していますよ。おかげで、全ての生徒が助かりました。怪我をした方も居ましたが、そこまで重症ではありませんでしたし、本当にミントさんには頭が下がります」
「い、いえ」
少し、恥ずかしいです。
私はあの時、最期まで白野さんや矢野君達と一緒に居ることはできませんでしたから。
確かにみなさん無事でしたが、半分以上の理由は私では無く白野さんや矢野君、そして河崎さんでした。なので、あまりそう言われるともうしわけなく思ってしまいます。
「それで、今回はどのようなお話なのですか?」
「えぇ、そうでした。……ミントさん、あの時にあった人物、その事についてもう少し詳しく聞けないかと」
「……」
あの時にあった人物……黒服の彼等。
「……詳しくと言われても、ほとんど話す事も無く、すぐに気絶してしまったので……」
あの時……おそらく、今から考えると最初に襲ってきた方は、おそらく女性でした。
その後の方は解りません。
そして彼等に指示を出す……誰か。
かなりの戦闘訓練を積まれたのでしょう。彼女達はとても強かった。
白野さんの『場』の補助のおかげでどうにか戦っていられましたが、今思ってもなぜ殺されなかったのか不思議でなりません。
「覚えているのはそれだけです。申し訳ありません……」
「いや、ミントさんが謝る必要はどこにもありませんよ」
左近堂学院長さんの言葉に、館石さんは静かに頷きます。
「失われた命は戻らない。決して……。よく生還した」
「……」
その言葉に、少し……そう、ほんの少しだけ、息苦しくなったのは秘密です。
私は、私の為にここに……日本に居ます。
故郷は遥か遠くとも、ここにいれば……。
「ありがとうございます」
そう言った時、左近堂学院長さんが目をそらしたのには、気づきませんでした。
自分の思考に夢中になって、おろそかになっていたのです。
まったく、ダメな人です。
ですが、今覚えば私は幸運でした。人によっては不運なんて言うのでしょうね。
それでも私は幸運でした。
驚く事があった。
別に、そこまで驚くようなことじゃないのかもしれないけれど、少しだけ。
戦いで負傷をしない人なんていないだろう。
戦いには必ず『戦い』があるんだから。そんなことにいちいち驚いてなんていられない。
が、負傷した人が珍しかった。
「芳野万由里……ね」
コユリの居ない静かな教室にどこか寂しさを覚えながら、私は陸を見た。
この話は陸から聞いたのだ。
「そうなんですよ。この前の実戦で湖由利さんを庇って、ね」
梓月だけ外されたあの実戦から戻ってきた今日、コユリは休んでいる。コユリを姉がかばって入院。コユリ自身は怪我はないと言っていたが、付き添いという名目で休みらしい。
「で、なに」
「いえ。やっぱり教室に居ない級友を心配しているんじゃないかなーっと。湖由利さんはそれでいないだけなので、心配は御無用ですよ」
「聞いてないし」
だいたい、知りたくもない。
……まあ、居ないのと、クロムの様子には気になったけれど。
ふと、顔を上げると前の席にクロムの背中が見える。
丸まった背中。頭は机の方にうつぶせになっていて見えない。
教室に着たら朝からだ。
寝不足なのか、それともなんなのか。少しだけは気になっていた。
が、それに対してリクは何も言わない。
ニコリと人の良い笑みを見せ、席に戻っていった。
沈黙。
あのトラブルメイカーみたいなコユリが居ないとここまで静かなのか。
クロムが何も言わないのも理由の一つだけれど。
カチカチと針の進む音がする。
いつもなら絶対に聞こえないその音は、なぜか心をざわめかせた。
「……なにも、起こらなきゃいいんだけどな……」
ぽつりと、クロムが何かを呟いた。
けれど、私には意味がわからない。
意味をわかろうとする努力をするつもりもない。
だから、無視をした。
独り言につっこんであげるほど、自分は仲がいい訳でもなんでもない。
ただのクラスメイトなだけなのだ。
放課後になるとこの前の教授の元に行く事になった。
もちろん、ミントとも一緒にだ。
「ふふ……それで、返答の方はどうなったのかな梓月君」
いつにもまして近寄りがたい笑みで、教授はいつものようにいた。
その横に控えるリコリスは忙しく動き回ってあたりを片付けている。
幼女になにさせてんだこの大人。……そもそも、この子学校に行ってるのか心配になって来た。
兎にも角にも、教授からの問いに応えることにする。
「……やればいいんでしょ」
あれから、ずっと考えていた。
まあ、とあにいから言われた時点でやろうかとは思っていたけれど。
ミントが横で反応している。
近くにあったソファに座りこむと、その横にミントもちゃっかり座る。
「ブラボー! いや、失敬。この場合はブラバーと言うべきなのかな? ふふふっ」
「白々しい。てか、きもい」
どこか造り物に似たそれに嫌悪感を抱く。忌避感、かもしれない。
「……し、白野さん。本当のことを言ってはいけませんよ?」
「だいじょうぶ。それは言い訳できないほど的確な言葉」
幼女にまでに言われるって……。しかも、ミントはミントでうちのこと言えないし。
さすがにあきれ果てながら、リコリスに出されたコーヒーを頂く。
悔しいけれど美味しい。良い豆使っているのが気にくわない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いなんて言うけど、まさにそれと言うか。教授が近寄りがたすぎてなんかもうほんといやだ。
この人、なんなの。
「で、なにをすればいい訳」
「そう焦らないで大丈夫。ふふ、今日はもう遅いからね……今度の休日にでもどうかね。ミント君もそれでいいね?」
「はい」
「では、今度の土曜に。詳細は追って連絡しますから楽しみに待っていてくれるとうれしいですねぇ」
胡散臭い笑みにそっぽを向いて、さっさとたちあがった。
「おっと、待ちたまえ。梓月君……君は、神様と言う物を信じるかね?」
「かみさま……?」
いきなりなんだ。
突然神様と言われても何も言えない。
自分は無宗教だったし、周りに宗教に熱心な人もいなかったからなおさらだ。
まあ、居るかいないかで聞かれるとこう答えることしか出来ないけど。
「いると思う」
「ほう。それはなぜ?」
「いなかったら、こんな事になっていないから」
「そう。ふふ……なるほど、そう考えているのか。面白い」
結局、その質問に何か意味があったのだろうか。
彼を睨みつけるとまったく意に介した様子も無くあしらわれる。
悔しいけれど生きてる年数が違うからだろう。年長者の余裕と言うか……。
ホント、胡散臭い。
「こんどこそ、出てってもいい?」
「ああ、もちろんだとも。引きとめてしまって申し訳ない」
「……」
絶対にそんなこと思っていない。
顔と言う事がまったく合ってない。
不機嫌に足音を立てながら乱暴に扉を開けた。
「失礼しました!」
「あ、白野さんっ。ちょっと待って下さい。では、失礼しました」
慌てて追って来るミントとともに、教授との二回目の邂逅は終了した。
逢う度に嫌いになっていく気がする。
本当になんなんだあの近寄りがたい変人は。
「白野さん? あの、こっちは帰り路じゃないですよ?」
「先に帰ってて」
「えっ。そ、そんなっ。ちょっと待って下さいよ、白野さん!」
もうちょっと考えて言えばよかった。
五月蝿いミントが追いかける中、とあにいのいる研究室に足を伸ばした。
「じゃあ、教授の実験に手伝うことにしたんだね」
「……うん」
久しぶり……といいつつも、この前も会ったとあにいは笑顔で迎えてくれた。
仕事とか大丈夫なのかな。そう思っても、聞かない。聞きたくない。
ダメって言われたら嫌だから。
ぽんと頭を優しく叩かれた。そのままくしゃくしゃ撫ぜられる。
「きっと大丈夫だよ。教授は変な人だけど、すごい人なのは変わらないから」
「うん」
嬉しいけど、その横にミントがいるのはいただけない。
「いつも梓月がお世話になっています」
「い、いえ。こちらこそ」
笑顔のミントととあにい……。
すこし不満を抱きながら、その日はその後すぐに帰ることとなった。
やはり、仕事のほうが立て込んでいたらしい。
「リコ、聞いたかい? 神様は居るからこんな事になっているんだってねぇ」
「……」
「神様が居たらこんな事になっていないという意見はよく聞くけど、ふふっ。面白い」
ミントと梓月の居なくなった部屋で、空人は堰を切ったように笑い始める。
どうやら、梓月の回答がすこぶる気にいったらしい。
それに対して、リコリスは無言だ。
ただ、二人の出て行ったドアを見つめながら、残されたコップを回収していた。手際良く片付けていく。
「……まったくもって、その通りだけどね」
幼いはずの少女はそう言って、部屋の奥へと消えて行った。
呼び鈴が鳴った。
いつもならすぐに応える母はいない。
何度も呼び鈴が鳴らされる。
今、家族は誰も居ないから、応える人は誰も居ない。
私が行かなくちゃいけないんだろうけれど、いきたくない。
そのうち、音は聞こえなくなる。
帰った、のかな。
ベッドから這いだして、机上の時計を確認する。と、もう四時になっていた。
高校は終わってる頃だろう。
何時家族は帰ってくるのか、朝言っていた気がする。けど、覚えていない。
そういえば、お昼食べてなかった。夕飯どうしよう。
明日、学校行かないと。でも……。
「憂鬱だなぁ……」
そこに、バイブ音が響いた。
点滅するライトはメールの着信を示していた。
[今、家の前]
[開けろ]
「よお」
玄関に居たのは、クロムだった。
そういえば、小さい頃はよくこうして家に遊びに来ていたっけ。
今じゃ来なくなって、ずいぶん久しぶりにクロムを家で見た気がする。
授業が終わってすぐに来たのか、制服姿だった。
「……なんのよう?」
「ぺったん子が気落ちしているんじゃないかと、優しい近所のお兄さんがでま――」
「しねーえええっ!」
強烈なアッパー。重力を無視してクロムの身体が宙に浮く。
そのまま嫌な音を立てて地面にダイブっ!
これくらいなら別に平気だろう。
回し蹴り後にかかと落としをやってやろうかと思ったがさすがにスカートでのそれは自重する。
パンチラグッジョブとか、言われたくない。私は花も恥じらう女の子なのだ。
「ぼ、暴力反対だ……Aカップ」
「全国の女子に謝れ、全人類の敵っ」
そして、何時私のブラの大きさを知った。
胸元を隠しながら叫ぶ。しかし、彼はドヤ顔でふんぞり返った。
「お前はロマンを求める男の敵だ! マナイタ属性だって、需要あるんだぞ!」
「余計な御世話だ!」
「あ、でも暴力はちょっと……」
「すみませんでしたね!」
玄関をぴしゃりと閉める。
さっきまでじめじめしていた思考が、いつの間にか無くなっていた。
「おうい、ちょっと、出前持って来たんだから開けろよ!」
「それだけ置いて帰りなさいな」
「おんやぁ? おまえさん、料理、できたっけぇ?」
「くっ……貴様、出前では無かったのかっ?!」
「目の前で料理の実演サービスつきの出前です」
「料理を持ってこいや! そんなサービス要らないから!」
開け放った扉の向こうで、クロムがニヤリと意地の悪い顔をしていた。
なんか納得いかない。
騙されたというか、踊らされたというか。
「まあまあ、そう怒りなさんなって。A子さんの好きな物作るから」
「ほんと?! って、何時までその話題を引っ張るのさ」
「Bになるまで」
「……死ね」
「それで、マユリさんのほうは大丈夫なんだろ?」
「うん」
キッチンに香ばしい匂いが漂っていた。
クロムが買って来たサバを焼いているのだ。
その横のコンロでは鍋がぐつぐつと煮立っている。
私はキッチンにあるテーブルの前で静かに座って待っていた。
料理はできないし、手伝おうとしたら座ってろって厳命されてしまったからだ。
本当に静かなのはともかく。
「二つ同時進行で料理を作るなんて……。貴様は天才か?!」
無駄に広いキッチンを縦横無尽に駆け回るクロム。
自分じゃ使い方の解らない器具だらけなのによくわかるな……。
「はっはっは。敬ってくれても構わないんだぞ」
「絶対いやだわー」
「ですよねー」
マイエプロンを持参していたクロムはフライ返しを閃かす。
なぜそんなに料理ができるのか……解せない。
男のくせに。と、文句を言ったら、有名パティシエは男ばかりだぞと言われた。
確かにそうなんだけれど、やっぱり解せない。そもそも、女の子としてくやしい。
「で、昼食べた?」
「いや、食べてないけど」
起きるのが面倒で、何か食べ物出すのが面倒だったから何も食べてない。
こうして良い匂いがして来ると、今さらになってお腹が鳴って来る。
なるべくクロムには聞こえないようにしているが、絶対聞こえてる。
「夜にたくさん食べると太るぞー。体重、いいのか?」
「う、動くからいいもんっ」
最近ちょっと体重計が気になっていたことを、なぜ知っている?!
「まずい。こいつは変態なのかもしれない。少し距離を置いた方がいいのかもしれないっ」
「おい、声に出てるぞ。……まあ、元気なら明日来いよな、学校。動くんだろ?」
「ま、まさかの誘導?!」
「はっはっは。ひっかかりやがったな!」
「女の子に対して無礼なことをしたと後悔しながらそのまま死ねええっ! 変態!」
「サバ、焦げるけど、死ぬわ。じゃあな」
「ダメえええっ!!」
いきおいよく立ちあがると、死んだふりをするクロムに慌てて駆けよらず、踏みつけてコンロの元に。
火元を消す。そしてすばやく確認。
「よし、焦げてないわね」
柔らかい床を踏みしめながら、額の汗をぬぐう。
綺麗な焼き加減だ。さすがクロム。
当の本人は床に倒れているけど。
「ぐは……ほんとに死ぬ……息が……っちょ、おまえ、本気で体重かけるなよっ! 重いんだから!」
「へー。女の子にそんな事を言うのね」
ぼきりと、握りしめた拳が音を立てた。
「でもさ、元気そうで良かったよ」
その言葉に、拳のいく場所が無くなってしまう。
「……ごめん。ありがとね」
「どういたしまして、ぺったん子」
「やっぱり殺すうううう!!!!」
そんなこんなで、あの頃に戻ったように、二人していつまでも笑っていた……。




