あふたーすくーる
ぷっくりと膨れ上がった頬は、しぼむ気配を見せない。
明らかに怒っているらしい少女は、目の前で仁王立ちをしていた。
「とーまっ、今日こそ話してもらうからねっ!!」
「え、なにを?」
「うきいいいいっ!」
こいつ、いつからサルになったんだ?
首をかしげながら、湖由利を見た。
場所はいつもの校舎じゃない。
学園の校舎はエネミーの襲撃、というか主に岩龍アウグスディオによる破壊の痕のせいで校舎が使えなくなってしまったのだ。
その為に、今日は仮校舎。近くの廃校になった小学校を使わせてもらっている。
疑似ゲート施設などは被害が無かったので、使う時などはいつもの校舎に戻ることになっているが。
ミントさんは当然来ていない。そして、白野も。
白野はどうして来ていないのだろう。怪我とかしていた訳じゃないはずなのに。
それとも、またあの時のように……。
「ちょっと、聞いてるの? とーまっ!!」
「おう、聞いてる聞いてる」
「うぅ、聞いてないでしょっ!」
「おう」
「もうっ!!」
怒っている。
昔、妹が小さかった頃に、遊ぶ約束をしたのにそれを破って怒られた時を思い出す。
あの時も、こんな感じだったか。
「うわっ、な、なに冬真っ」
「いや、良い形の頭だと」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でていると、さっきまで怒っていたのが嘘のように、困ったように顔を上げて聞いて来る。
「えっと、その……ねえクロム。これは喜んでいいことなのかな」
「いや、微妙だな。むしろ、話を逸らされているような……」
「あぁっ、ちょっととーまっ!!」
クロムに言われて気づいたらしい湖由利は、さっきと同じように怒りはじめていた。
「なあクロム……おれ、なんかした?」
なんでここまで湖由利に責められなければならないのだろう。
まったく覚えが無い。そういや、前からなんだか怒っていた気がするけど。
「……湖由利」
「なに、クロム」
「ちょっとこいつと二人で話したい事があるから攫って行くわ。その後、思う存分怒ってやりな」
「了解!」
「ちょ、ちょっと待てっ」
どういう意味だよっ。
クロムの言葉に湖由利は大人しくどっかに行った。けど、また戻ってくるに決まってる。
ありがたいような、それなら湖由利をどうにかしてほしいような。
「まったく、馬鹿だな」
「おい、まてまて。なんでお前に馬鹿って言われなくちゃいけないんだよ」
「馬鹿だからだよ」
絶対、何か知っている。
苦笑しているのは絶対、何か知っているはず。
「……こいつ、お前が最近白野と仲が良いから怒ってんだよ。でもって、のけものにされてるから」
「は……?」
仲が、良いのか?
確かに最近、よく一緒になるが、その……仲が良いのか?
別に、何か話している訳でもないないし。
「だってほら、本部が襲撃された時も二人で一緒だったんだろ?」
「いや、あれはたまたまだし」
なんか知らんが、たまたま目の前にいたからだ。
確かに、あの時白野が居ない事に気づいて、気にはしてたけど。
「でもって、ほら、最近空操師の方にも力入れ始めただろ」
「あぁ。この前たまたま『場』を創れたからさ。上から言われて。あと、ミントさんにもいろいろ言われて」
上、というか左近堂学園長にだ。
あの事件の後、呼ばれて言われた。
これまでは空操師としての能力がある事は解っていても、まったく発動できなかったから何もしてこなかった。でもこの前の事件で、『場』を創ることが出来た。
ならば、それを少しでも伸ばした方がいいと言う事で、だ。
「でもさ、この前の学園の襲撃のときだって、一緒だったじゃんよ」
「いや、だからたまたま……」
「それに、お前……白野の事で、なんか隠しているだろ」
「……」
隠している、か。
確かに、白野の事というか、過去をなんやかんやで知ってしまった。
だけど……それを他の奴らに言えるわけがない。
あの、取り乱した姿を、過去を、たまたま知ってしまった自分が、本人に無断で言っていい訳が無い。
「なんか事情があんだろうが、まあ、のけものにされたみたいで嫌みたいだな、あいつは。で、今日白野が休んだ理由は?」
「俺が知ってるわけ無いだろっ」
「梓月さんは、無断欠席の様ですよ?」
救いの手を差し伸べたのは、人の良さそうな……いやどこか裏のありそうな笑顔の陸だ。
ほんと、こいつの笑顔は油断ならない。
「へー、無断欠席か……なら、突撃してみるか」
「そうですねぇ。ミントさんが来る前は独り暮らしだって言ってましたから、今日はきっと一人ですよ。寂しくしているかもしれませんし、何かあったのかもしれませんし。ねぇ、湖由利さん」
「え、なになに? しっちゃんの家に行くの?!」
陸が口を開いただけで、いきなり賑やかになった。
どうやらすぐ近くにいたらしい湖由利と、勝手に話を進めるクロムと陸。
自分も勝手に行く事になってしまっている。
確かに、白野が休んでいる事は気になる。けど、襲撃事件やらなにやらあった後なのだ。
他の雅原とかも休んでいるって聞いている。
だから、別にそんな……。
「そしたらそこで、湖由利さんの疑問に答えてもらいませんか?」
「オッケーです!」
「おい、勝手に話を進めるな」
放課後。
いつもはマン研に行くクロムと湖由利は休みの連絡を入れて白野の家に行く気満々だった。
陸は写真部だが今日は休み。でもって、自分は帰宅部だから、なんにもない。
さっさと帰ろうとしたところを、笑顔の陸に捕まえられて、結局行く事になってしまった。
校舎のすぐ近くのある古い寮に行くと、白野の部屋を探す。
と言っても、陸が事前に聞いていた、というか裏の情報網を使って入手していた部屋の番号ですぐに解ったが。
白野の部屋は二階にある一番端っこの部屋だった。
少しばかり歩くのが不安になる音が聞こえて来る階段を上がって歩いた先にある。
まだ外は明るいせいで、電気がついているのかとかは解らない。物音も聴こえない。
代表して湖由利が呼び鈴を鳴らす。
「しっちゃん居ますかー?」
そのまま、数秒が過ぎた。
「いないようですね」
「物音も聞こえねーしな」
陸とクロムが冷静に判断した。
なんだか、ほっとしたようななんというか。
何とも言えない気分だ。
どうして白野の事でここまで一喜一憂しなきゃならないんだ。
「しかし、では白野さんはどこに行ったんでしょうかね」
「おい、どうせ明日は来るだろ、とりあえず帰るぞ」
「えぇー、りょっとぐらい待とうよとうまっ」
このまま居座りそうな湖由利の雰囲気に呆れながら、座りこもうとした湖由利を無理やり立たせて帰り路に誘導する。
白野が居ない事は気になる。が、だからどうだという関係だし。
帰ろうと階段に向かうと、下からスーツの男性が上がって来るところだった。
狭い階段で、しょうがないので脇によって彼が上がるのを待っていた。
湖由利はまだ諦めきれないのか、何度も白野の住んでいるはずの部屋の方を見てはクロムに説き伏せられている。
と、男性の足が止まった。
「……?」
何かと思っていると、その人がこちらを見ていた。
そういえば、どこかで見たことがあるような。
でも、学校では見たことが無い。
……そう言えば、なぜ学生寮に大人がいるんだ?
管理人の人は顔見知りの人だし。
「君は、やのくん、だったっけ?」
「……? あの、貴方は……?」
なんで、俺の名前を知っているんだ?
よく男性の顔を見ていると、何かを思い出しかける。
たしか、病院で……。
「あっ、白野の保護者っ!」
そうだっ。
ちょっと前に病院で会った。白野の保護者代理だとかなんとか言っていた人だ。
あの時は白衣だったけど、今日はスーツ姿ですぐに結びつかなかったのだ。
確か、り、り……なんとかだったような。よく覚えていない。
とりあえず、変な名字と名前だった気がする。
「そうそう。理郷戸朱です。よかった、忘れられたのかと思ったよ。……やっぱりまた会ったね」
「は、はい……あの、白野になんか用があって来たんですか?」
「うん? そうだけど、梓月ちゃんは居ないのかい?」
「えっと、はい」
「ちょっと冬真っ。この人、しっちゃんのお兄さん?!」
湖由利が目を輝かせて身を乗り出していた。
嫌な予感しかない。
「と言う君達は、梓月の友達かな?」
「はい! はい!」
「い、一応、クラスメイトです」
「まあ、そう言う事ですかね」
三者三様の答えが帰る。それに理郷さんは笑みを見せた。
女の子の部屋と言うのは、いつだってピンク一色な物だと思っていた。
それか、もっと可愛らしい物とか置いてあったり、そんな幻想を抱いていた。
妹の部屋がそうだったし、テレビのドラマとかで出て来る部屋もそうだったからだ。
まあ、全部が全部そんな部屋だとかは思っていなかったけど、それでも、そう言う物だと思っていた。
「なんでこうなった。やっべえよ。俺、初めてですよ女の子の部屋とか。うわ、どうしましょうっ?!」
「……とりあえず、落ち着けよ。でもって、ここは白野の部屋じゃなくてリビングな」
横のクロムがかなりの不審行動を行っている。
初めての女の子の部屋、とやらで興奮しているらしいが、正直やめてほしい。湖由利の視線が痛い。
あの後、理郷さんに白野の部屋に招待されて居間に至るのだが、たしかになんでこうなったのか、はなはだ疑問だ。
それにしても、クロムが女の子の部屋を見たことないというのは意外で少しだけ驚いていたりする。
陸のほうは平然としているから、別に馴れているみたいだ。こっちはまったく驚かない。むしろ、どんな事でもありそうだから。
自分は妹の部屋に無断で入ったりしてたから、あまり考えていなかったが、普通はクロムみたいな反応するのかもしれないな。なんて考えながら、どこかに行こうとする湖由利をすかさず捕まえるクロムを見ていた。
「ひやっ。ちょっとクロっち、なによっ!」
「お前こそ、ひとんちで何をしようとしてた?」
「たんさ……いや、その、トイレはどこかと」
「あそこの見える所にあるぞい」
「……了解です」
とぼとぼとクロムに監視、もとい見送られて湖由利は立ちあがってトイレに向かった。
「ナイス、クロム。さっきまで混乱していたのが嘘みたいです」
「まあな。あいつの扱いなら、ガキの頃からだから馴れてるんだぜ!」
「その割には、湖由利さんの部屋に入ったことないんですね」
そう、陸が言った途端、クロムは愕然とした。
まるで、この世の終わりでも来たように。……ちょっとばかしオーバーな反応だ。
たっぷり数秒たってから、呟く。
「……そういや、あいつって女の子だっけ?!」
「ちょっと、聞こえてるんですけど!!」
「まあ、男子に交じって武器振り回してる時点で、女捨ててるからな」
「冬真っ?! ちょっとそれ、全世界の戦う女の子に謝れ! その代表者として私に土下座しろ! 戦神アテナに謝れ!」
「はいはい」
そんな談笑をしていると、理郷さんがキッチンからお茶とお茶受けを持って来る。
ただ、コップが足りなかったようで、全て模様や形はばらばらだ。
白野一人……今はミントさんも居るから二人暮らしだと、食器も最低限しか置いていないのだろう。
……そう言えば、白野はこの寮に来る前にどこに住んでいたのだろう。
元々住んで居た家? やっぱり一人暮らしだったのだろうか。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「どうも」
さっそく、ちゃっかりとせんべいを貰っているクロムを片目に、お茶をいただく。
理郷さんはその様子をにこにこと見ている。
こういう笑顔は、どこか陸を思わせて不吉な気分になる。
横を見れば、似ている微笑みを浮かべる陸が理郷さんを見ている。
……なぜか、怖い。
「まさか、梓月ちゃんにこんなに男の子の友達がいたなんて思ってもなかったよ」
「僕も、白野さんにお兄さんがいるとは思ってもみませんでした」
「梓月ちゃんとは家族みたいな関係だけど、兄妹ではないよ」
「そうでしたか」
二人で話しを始める。
普通の会話のはずなのに、どこか水面下で争っているような、腹の探り合いをしているような、そんな会話に聞こえて来る。
自分ではこの会話に入れない。
クロムは何も気づかないようで、『初めての女の子が住んでいる家』を観察している。
と、ようやく湖由利が戻ってきた。
彼女なら、この空気を壊してくれるはずっ。
何時だって、ムードメーカーな彼女ならっ。
そう、期待していた。彼女が小声でそれを呟くまでは。
「あっ、あれは、もしやミントさんのお部屋っ?! これは……覗かない訳には行くまい! いざ、突撃っ!!」
「ちょっと、おまえぇっ!!」
ミントさんに憧れてるのは知ってるけど! 白野の部屋にいけなくてちょっと哀しいのは解ってるけど! でも、戻ってきて欲しかった!
「っち、ばれたか」
「舌打ちしてんじゃねーよ! つか、クロム! こいつの扱いはお手の物だって言って……」
「女の子の部屋って、こういうものなのか……結構質素と言うか、俺の部屋よりも物が無いんじゃないのか? いや、それは白野の性格……」
ぶつぶつと一人で呟きながら、部屋を見ていた。
「お前もかっ!」
あぁ、もう早く来てくれ、白野。
俺じゃあ暴走を始めたこいつらを止められないっ。
お前の部屋が、荒らされる前に早く!
「……」
無言で扉の前に立つ。
いつも使っている玄関。それが、凶悪な魔王の待つ広間への入口に見える。
どうしても、開ける勇気が出ない。
なぜなら、扉の向こう側での会話が聞こえて来るからだ。
ミントのあの桃色空間病室から戻り、町でぶらぶらしていて半日。
もうそろそろ日が落ちる頃だからと戻ってきたのはいいものの……なぜ彼等がうちにいるのか。
ここの鍵を持っているのは自分とミントと管理人。
ミントは入院中。管理人が彼等に頼まれて鍵を開けたとは考えにくい。
なら、後もう一人。
とあ兄だ。
彼が来ているのは嬉しい。きっと、心配して来てくれたのだろう。が。
だが……なぜ彼等を家に招いたのだ。解せぬ。
会いたいけど、今帰るとあいつらに会う事になる。あいつらと会いたくないけどそれじゃあとあ兄に申し訳ない。
自分はどうすればいいのだろうか。
その日。
小一時間、自分の家の前で考え込む白野梓月の姿があったとか。
あれから、一週間。
まだ、いつもの校舎に戻れる気配は無い。
どうやら、私たちが逃げた後の戦闘で、かなり壊されてしまったらしい。
が、まあ仮の校舎は古いけれど、だからどうという訳でもないし、学生寮から歩いて十五分とそこまで遠い訳じゃない。
ミントはあの後、二日ぐらいで退院したから、さぼる事も出来なくなった。
「はぁ……」
「どうしたのどうしたの、なにか悩みごと?」
そう言って来るコユリ。
……あの休んだ日。うちに来たけど自分は暗くなるまで戻らなかった。
その間、なにがあったのか聞いてない。
「どうして目の前にあんたがいるのか悩んでいる」
「ねぇねぇ知ってる? この校舎……出るんだって」
「……」
くだらない。
ため息をついて外を見る。
外は古く大きな桜の木……今は緑一色の葉が窓一面に広がっていた。
最近まで伸びるがままにされていたが、校舎が壊れて次の日にあまりにも酷いので伐採されたとか。
校舎内も埃がたまっていたがそちらは学生達で掃除した。まだ、隅っこの方は掃除をさぼった奴がいるらしく酷いありさまだが。
「で?」
「いやいや、気にならない?」
「ならない」
「淡白な奴めっ!!」
「はぁ……」
早く授業が始まらないのか、時間を見てもまだ五分ある。
さっさと帰りたい。
そう思っていると、どっかから戻ってきたリクとクロムがこちらにやって来た。
クロムはにやにやと笑っていて、何かあるみたいだ。
「そういや、この学校……元は病院だった、らしいぜ?」
「え……そ、そうなの、ク、クロっち……」
さっきまで愉しそうだったのが一変。なぜか声が震えている。
どうしたのかとコユリを見ると、さっきまでの元気はどこに行ったのか、真っ青な顔をしていた。
「なんでも、もう助からない重症な人が入院していたとか」
「ひ、ひぇっ?! う、嘘だよねっ、陸!」
「え? いえ、本当の話ですよ。昔は直らない不治の病と言う者が多かったですからね。ここで亡くなった人が多いそうで……お気の毒に」
「なっ……」
こう言う話、苦手なのに話題にしたのか。呆れながらもう一度ため息をついた。
しかも、この学校は元々どっかの地主の土地を買い取って建てたとか職員室の近くに書いてあったし。
どう見てもリクとクロムは恐がるコユリを面白がっている。
が、それを表にまったく出さないため、知らない人ならころっとだまされてしまいそうだ。
リクなんて、今にも霊が出てきそうな気分になる迫真の演技だ。
そのとき、外から物音が聞こえてきた。
「ひっ?!」
ガタリ、と、なにかがぶつかるような音だ。
それが、断続的に発生する。
「な、なっ?!」
さすがにこの事態は考えていなかったんか、クロムとリクは顔を見合わせた。
廊下の方を見ると、扉がガタガタと震えるように動いている。
そして――扉が思いっきり開かれた。
「あ、あ、悪霊退散! り、りんびょうとうしゃーかいじんれつざいぜん!!」
その瞬間、間をおかずに放たれるコユリの涙ながらの除霊。
入って来た男子生徒に向かって、ぽこぽこと殴りつけている。
「うわっ、どうしたんだよ湖由利」
「へ?」
まあ、別に霊でもなんでもなくて、ただのトーマだ。
ぽかんとしていたコユリはそのうち落ち込んでいく。
見ていて哀れなぐらいだ。
「あら、みなさんどうしたんです? さあ、そろそろ授業が始まりますよ。……あら、この扉立てつけが悪い様子ですね……よいしょっと」
そこに空気を読まず、いやこの場合は良いのか、ともかくやってきたのはこの次の授業の準備を持って来たミントだった。




