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空操師たちの事情


空気が、重い。

今朝、登校した途端に冬真は気づいた。

なぜか居たたまれないというか、視線をそらしたいというか、居づらい。

あまりにも気まずくて、机に広げられたノートに突っ伏しながら、教科書で周囲を見ないようにと視界を遮断していた。


「……」

「……」

「であるからして、アルカディア対策本部は設立されたのです。ここまではみなさん知っていますね」

いつもなら騒がしい教室が、無言。

その異様な光景に担当の教師は怪訝な顔をしながらもこれ幸いと授業を進める。

あの五月蝿い中ではなかなか予定通りに授業が進まず、いつも涙目だからだろう。

しょうがない。

まあ、この様子ではしっかり授業の中身が身に入らないだろうけど。


もぞもぞと木と鉄パイプで出来た椅子の上で身体を動かす。

どこからともなく視線を感じるのだ。

一応、誰の視線かは分かっているけども、なぜ睨まれているのか解らない。

べつに何かした訳でもないし、覚えもない。

「なんだかなぁ……」

ため息をつきながら、座学の苦痛な授業を聞き流していた。




「なぁ、陸。何かあったのか……?」

休みになるやいなや、いそいそと陸に聞く。

それはもちろん今日のこの雰囲気だ。

どうすればいいのか解らずに、ともかく事情を知っているかもしれない陸に聞いてみたのだが失敗だったようだ。

「さあ、僕は知らないよ。君の方が事情を知っているんじゃないのかい?」

そう、こともなげに湖由利に向かって聞いた。

今日のこの雰囲気、その元凶に向かってだ。

そう、今日の朝から機嫌が悪かったのは、湖由利なのだ。

「……それは冬真のほうが知っているんじゃないの?」

つんつんした声で、鋭く切りかえすような返答。

なぜ党の元凶に向かって声をかけたのかと陸を締め上げたくなるが、まあ彼の事だから無駄なのだろう。

ちなみに、朝から湖由利の機嫌が悪かったので、クロムは朝から机に突っ伏して寝ていた。いや、寝てるふりをしていた。

「湖由利……言いたい事があるなら言えよ」

「言っていいわけ?」

「は? 言われたくないことでもあると?」

「じゃあ言うけど……うちのこと、あぶれ者にしたでしょ!」

「あぶれもの?」

あぶれものって、どういうことだ?

返答に困って陸を見るが、にこにこ笑いながら彼は自分の席で腕を組んで頷いていた。

どうやら、湖由利の味方らしい。

「つまりね、湖由利は仲間はずれにされたことが気に入らないみたいだよ」

「いや……あぶれものって、使い方違うだろ」

因みに、あぶれものとは職を失った人の事とか、ならず者の事だ。間違っても仲間外れとかの意味に使わない。

思わずため息をつきながら言うと、湖由利は真っ赤になってしゃべり始める。

「冬真も陸も、わたしに隠し事してるでしょ! なんで言ってくれないのさ!」

「隠し事? いや……隠し事って、なにが、だ?」

まったく心当たりが無い。

陸をちらりと見ると、まったくこちらを助けるつもりはないようで、鼻歌まで歌っているしまつだ。

一体、オレが何をしたって言うんだか。

「なぁ、それってなんのこ――」

運の悪い事に、授業開始の鐘がなった。

湖由利にそれ以上話を聞けないまま、その日は過ぎていった。




「矢野君、空操師見習いの為の特別補講を受けて見ませんか?」


湖由利の仲間外れ宣言から数日。

あれから話すきっかけも気力もなくだらだらと過ごしていたある日、そんな事をミントさんに聞かれた。


「えっと、補講、ですか?」

「えぇ。明日の放課後にあるのですけど、お暇ですか?」

空操師についての補講……。

確かに自分は空操師としての能力はあるが、ぜんぜん使いこなす事が出来ない。

大抵、エネミー討伐の為に作られるパーティには空操師が一人入るものだから、柄創師であるオレが空操師も兼任するなんてことは普通起きない。

だから、これまで空操師については最低限にしか学んでこなかった。

それなのに、いまさら? そんな考えも確かにある。

が……。

「わかりました」

考える間もなく、頷いていた。

ちらりと、思い出してしまったからだ。

あの時の……白野の姿を。

もしもあの時『場』を創れなければ、どうなっていたのか、なんて考えたくもない。

だから、よく考えもせずにミントさんに即答で応えていた。




空操師、一人ひとりの『場』は異なる物である。

人の心など、一人ひとりちがうものだ。それと同じに、『場』はまったく異なった姿と能力を持つ。

なぜなら、『場』そのものが空操師の心を映したものだからだ。


人の心は複雑怪奇。

それに影響を受ける『場』も又複雑で奇怪なモノである。

心が変われば『場』もまた変わる。戦いの最中にころころ変えられては困るだけだ。

そのため、『場』の能力を安定させるために名をつける「固定化」が空操師の常識となっていた。


「と言う事なのですが、解りましたか?」

最高の空操師と呼ばれるミントさんの言葉に、あたりの生徒はざわめく。

ほとんどの生徒は高校から空操師への道を選んだ者たち、つまりまだ半年ぐらいしか学んでいない。

中学生や白野のような小学生からこう言う専門の学園にいた人は既に『場』の名前があって、今回は高校生から空操師を目指し始めた生徒の為の補講らしい。

なるほどと思いつつ、周りを見渡す。

居るのは自分も含めて十人ほど。結構多い方だ。

空操師は柄創師と比べて人が少ない。柄創師はすぐに解るが空操師はゲートが開くか疑似ゲートの近くに居て、なおかつ『場』を創るような事にならなければ解らないからだ。

といっても、柄創師数人に対して空操師は一人で十分だからなんだかんだで空操師の数は足りているらしいが。


そんな自分に、視線がちらちら向けられている事に気づいた。

柄創師なのに、なぜここに居るのか解らないと言ったところだろう。

自分が柄創師であり空操師であることをほとんどの人は知らない。

「あの、ミント先生の場にはいくつかの名前があるって聞いたんですけどっ、本当ですか?」

その中で冬真のことなど気にせずに、ある一人の女子生徒が手を上げて聞いていた。

「はい……正確には、いつもは名を短くしているだけなんですけど、そうですね。私の『場』の本当の名は――守護法神と呼ばれています」

いつもと違う。自分が聞いたことのある名は護法陣だ。

なぜ、わざわざ名前を縮めたりなんかしているのだろう。

「なんでですかー?」

またもや少し離れた場所にいた女子生徒が手を上げて質問をした。

「そうですね、癖のありすぎる『場』なので普段は使い勝手がいいようにと制御している、と言ったところでしょうか? 名前を二つ持っている人も珍しくありませんよ」

でも、それがまったく違う名前だとか、能力を持つ『場』なんて聞いたことが無いが。

空操師……へんな、というかとらえどころのない能力者だ。

アクト・リンクを操ることのできる柄創師とは全く違う。


空操師とは一体なんなのだろう。

ゲートのある場所でのみで創る事が出来る自分の世界。

心を映す結界のような物。


「空操師って、いったいなんなんだろうな」

思わず、声に出していた。

ほんとうに、何気なしに。意識も無く呼吸をするようにぽつりとこぼしていた。

「……そうですね。いったい、どうして空操師という能力者が現れたのでしょうか。なぜ、『場』を創ることが出来るのか……エネミーが現実世界に現れて人々を襲う。それと同じくらいに理由が解っていないことの一つですね」

返答が来るとは思っていなかった。

ミントさんは頷きながら、沈んだ顔で下を見ていた。

最高の空操師と呼ばれる彼女がそんな姿を見せた事に驚き、また少しだけ安心している自分がいた。

誰もが空操師の意味を解らず、存在がいることだけを受け入れるしかない。それが、改めて認識できたからかもしれない。

自分以外にも、この謎は解らない、解かれていない。

それに、安堵している。

「さて、『場』の固定化を始めて見ましょうか」

「……え?」

今から、か?

嘘だろ……。

まさか、話を聞いてすぐにやるとは思もっていなかった。


自分は、ひどく異端な空操師だと自分でも承知している。

これまで『場』を創りだした数はたった三回。

しかも、数分で消えてしまったり、任意で創ることもできない。

「そんなのに名前をつけるったってな……」

そもそも、空操師の基本もよく知らないし、訓練もしていないのだ。

名前をつけただけで変わるとは思えないし。

そんな思いが『場』の形成に支障をきたしているのだが、本人は気付いていない。


「失礼するわよ」


かつかつと音が聞こえたと思うと、教室にミントと同い年ほどの女性が入って来た。

黒のスーツに身を包んだ彼女は、冷たい瞳で教室を見渡す。

眼があった瞬間、思わずそらしてしまった。

反射的な行動、だった。

陽香(ようか)っ、来てくれたのね」

「まずは久しぶりと言うべきかしら? ミント、貴方の召喚に応じて来てあげたわよ」

「ありがとうっ」

ミントさんの知り合いのようだが、ミントさんとは違い少しとっつきにくい。

どこか冷たく、あたりに壁を築いているような、そんな印象だった。

でも、梓月とは違う。

自分に厳しく、周りに甘えない様にとしている、そんな印象を受けた。

「それより、私の事を生徒達に言わなくていいのかしら?」

「あっ、そうでした。みなさん、このかたは私の友人の風間陽香さんです」

つかの間の再開を喜んでいたミントさんは、そういってその人をおれらに紹介する。

ミントさんの友人と言う事は、共に学んだ仲だったりするのだろうか。

そう言えば、ミントさんはどう見ても外国人だ。いつから日本にいるのだろう。

「風間さんは現在対策本部で現役の空操師としてエネミーの討伐に参戦しています」

「現役って。ミント、貴方もでしょう? まあ、ともかく。よろしく」

ミントに呆れながらも、そう、ほんのりと微笑んだ。

それだけで、彼女の印象はがらりと変わる。

思わず見とれていると、その目があった。

「なんだ?」

「い、いえ……」

「そうか? まあいいが。さて、ミントより紹介された風間陽香だ。『場』の名は『絶対零度』。まあその名の通りに氷と空気を操る『場』だと思ってくれればいい」

「『場』にはいくつか種類があります。そのうちの一つが私のような守備力や攻撃力、その他のステータスを上げるような完全支援型。そして、属性付与や『場』単体で魔法のような効果を起こしたりする支援付与型。後者はあまり見られない特殊な『場』ですね。陽香はその支援付与型の『場』を創る空操師です」

ミントの解説が入る。

空操師見習いである生徒たちは柄創師とは違う授業を受ける。その時にこう言う詳しい事は習うのだろう。今のはおれの為の解説なのかもしれない。

空操師の事なんてまったく分からないど素人の為のだ。

「他にもカテゴリに当てはまらない変な『場』を創る奴等がいるけどもね」

カテゴリに当てはまらない……か。

白野もそれに、少し当てはまるのかもしれない。完全支援型にもにているが、白野の『場』に存在した大小様々な黒い球体。それは針のような鋭い形に変化してエネミー達に攻撃を仕掛けていた。

あれだけでもゴブリンのような下位レベルのエネミーなら倒せるのではないのだろうか。

空操師が戦闘に参加するなんて聞いたことが無いが、白野はきっと出来るのだろう。

「――おい」

もしかしたら……。

それがあっているのか解らない。白野の事なんてほとんど知らないようなものだから。

だから、もしかしたらの話だが。

白野は、もしかしたら……あの事件で使えない空操師であることを痛感させられて、あんな『場』を創るようになってしまったのでは無いのだろうか。あの事件――疑似ゲート暴走事件のせいで。

「おいっ! そこの男子。さっき私を見ていた奴」

「うわっ、はい?!」

その声に慌てて、猫背になっていた姿勢を直す。

気づくと、風間陽香が眼の前で睨んでいたところだった。

「ほら、ぼうっとするな」

「す、すみません」

「……」

「……?」

謝っても、なぜかこっちを見て来る。

なにか気に障る事でもしたか。そう思って行動を振り返っても、まったく心当たりが無い。

「な、なにか?」

「おっと、すまないな。柄創師が空操師とは珍しいと思わず観察してしまった。で、どのような能力の『場』なんだ?」

「はぁ……」

どんな能力と言われても、三度しか『場』を創ったことが無いし、そもそもどんな能力を持っていたのかよく解らない。

ともかく、あの時は必死だったのだ。

それを言うと、彼女はふうんと一つ頷いた。

というか、なぜそのことを知っているのだろうか。

「なるほどな。……なら、どんな『場』でもある訳か」

「へ?」

どんな『場』でもある?

どういう意味だと考えていると、彼女はニヤリと笑った。

「つまり、どんな世界も作ることのできる可能性があるということじゃないのか? 『場』は固定化によって安定をするが、それが全て良いとは限らない。一つの方向性でしか世界を創ることが出来なくなるからな。固定化される前の『場』は違う。君の想い一つで、どんな世界になるかが決まる」

「……自分が、決める」

その言葉は、とても重いものだ。

自分で決めるという事は、その責任も自分にのしかかってくる。

「そう言うことだね。……さぁ、君は、どんな世界をご所望なんだい?」


どんな、世界を……。


「おれは……」


解らない。

自分は、空操師では無い。

いや、空操師ではある。けれど、自分は柄創師であると思っている。

自分の役割と言ったところだろうか。

自分は、空操師を守る、柄創師であると。

それに、自分のような半端な『場』では他の人の迷惑になる。

補佐が出来るのならそれが一番だが、空操師は二人も三人も居たってどうにもならない。

むしろ邪魔なだけだ。


自分はどんな世界を望んでいるのだろうか。


ふと、ただ憎しみをもっていた彼女の姿を思い出していた。

自分は彼女を……。


「……」

「まあ、そこまで真剣に考えられてもなぁ……考え過ぎもよくないぞ」

「あ、すみません」

困ったように後ろ髪をがしがしともみくちゃにする風間さんに若干申し訳なく思いながら、どうすればいいのかとまた考え込んでしまう。

なんだか、無限ループだ。

すると、なにやら彼女の動きが不自然になる。

突然手を止めて、空を見つめながら衝撃的な事を呟いた。

「なぁ、それなら……もう、『場』を支援する『場』を創ってしまったらどうだ?」

「へ?」

どういう、ことだ?

聞いた瞬間、意味が解らなかった。

二つの『場』は干渉しあい、片方が打ち消されるか両方とも消えてしまう。

それは空操師でも柄創師でも知っている基本中の基本だ。

それなのに、『場』を支援する『場』?

そんな物、創れるわけがない。あるわけがない。

それが、当たり前のことなのだ。

「『場』には決められた形は無い。有るとすればそれはその『場』を創る空操師の心が決める。姿も、大きさも、能力も……なら、『場』を支援する『場』があってもおかしくは無いだろう」

「そんなっ、むちゃくちゃなっ」

あまりにもとんでも理論だ。

そんなこと出来る筈が無い。ありえない。

そう否定してから、少しだけ考えてしまう。

もしもそんな『場』があったら……。


『ごめ、ん……なさい』

使えない空操師でごめんなさい。

空操師なんて一人だけで十分なのに、足手まといの自分がいてごめんなさい。


そんな声が聞こえてきそうな、悲痛な叫び。


「白野……」


彼女は、苦しまないだろうか。



それを、少女は見ていた。

少年が少々有名な柄創師であることを知っている彼女は、ミントや陽香と普通に話す姿にうらやましそうな視線をこめて。

ミント・オーバードと言えば、空操師なら誰でも知っているような有名人だ。

そして風間陽香。彼女は日本の空操師の中でもミントに次ぐ実力者と呼ばれている。

彼女らの姿に憧れて『場』を創る者も多い。少女もそのうちの一人であった。

「どうしよう……」

それと共に、現在進行形での悩み事に頭を抱える。

そう、彼女は自分の『場』の固定化が上手くいっていないのだ。

『場』を創ることはできる。

守護に特化している『場』だ。

しかし、その守護はミントのそれと比べるのは間違っているかもしれないが、比べるとあまりにもお粗末なモノだった。

すぐにでも消えてしまいそうな、揺らいでしまう『場』。

それしか創れない。

どうすればいいのか分からず、この授業の中でも悩んでいたのだ。

少女の名は、河崎(かわざき)瑠璃(るり)

空操師の卵である。



「ぬぬぬ……」

「どうしましたか? 悩み事ですか?」

不審な行動――というよりあからさまに悩んでいる様子で唸っている瑠璃に話しかけてきたのはミントだった。

陽香は冬真と話している最中。それは必然だったのかもしれない。

それに、彼女にとってはあまりにも唐突な問いに、瑠璃は驚きに素っ頓狂な声を上げながら席から立ち上がった。

「え、あ、そ、そのっ」

その顔を真っ赤に染めて、瑠璃は顔をそむける。

もじもじとしているのは恥ずかしいからだ。なぜ立ち上がったのかは解らない。

あまりにも恥ずかしくて。あの、最高の空操師と呼ばれるミント・オーバードが眼の前に居る事に緊張しているのだが、それにミントは気づかなかった。

どうかしたのかと首を傾げ、そんなに悩んでいるのかと心配そうな顔をして少女を見守っている。

「はい、なんですか?」

「そ、そそ、そのですね……最近、『場』を創る事が出来なくて……そんな中で、固定化が出来るのかな、なんて、思ったり思わなかったり……」

「そうでしたか」

もじもじと恥ずかしそうに顔をそむける瑠璃にミントは優しくほほ笑みかける。

空操師の『場』はその人の心が影響する。心情が世界を創ると言われているのだ。

思春期真っただ中の高校生の心が定まる筈が無く、それが故に『場』が安定せずスランプに陥ることも珍しくない。

「大丈夫ですよ。河崎さんくらいの年齢ではスランプは良くある事ですから」

それは他人であるミントが簡単に踏み込んでいい問題では無い。

誰だって、何も知らない相手にどうのこうのと自分の事に口を出されたくないはずだ。それが心の問題ならなおさら。

だから、ミントは彼女の様子を見守っていた。

彼女が話したいと願うのなら黙って話を聞いてあげよう、と。何も言わなければ担任やもっと彼女を良く知る人物やカウンセラーの先生に告げて身を引こうと。

「……そう、ですか」

彼女は後者だった。

何も言わずに何事かを決心したかのように晴れた顔をしていた。

それに対して、ミントは何も知らないように笑い、ふるまう。

「とにかく、がんばってみます! ありがとうございます」

そう、最後に瑠璃は笑っていた。


授業が終わり、立ち上がった時、少女は少しだけ顔をしかめる。

「……いいな」

羨ましいと、呟く。

しかし、なにが羨ましいのかが解らない。

ミントが羨ましいのか。周りの空操師達が羨ましいのか。

しかし、すぐに気を引き締めて、いつものようにふるまう。

「っと、ねぇねぇ、やのとーま君ですよねっ?!」

暗い色は一切見せず、帰ろうとしていた少年を呼びとめた。

そう、特務クラスの柄創師、矢野冬真だ。

先ほどの授業、隣に居たのだがなかなか声を掛けられなかった。それが故に帰りになってようやく瑠璃は声をかけた。

「なんだ?」

二人は初対面だ。

一応瑠璃は冬真の事を知っているが、話した事がある訳ではない。ただ友人からの又聞きや遠目から見た程度で知っているだけだ。

「さっき見てた限りだと、そっちも固定化上手くいってなかったり?」

「……そうだけど」

ちょっと不機嫌な顔で冬真は答える。

あまり答えたくない話なのだろう。

他の人が出来るのに自分が出来ない。それに我慢が出来ないような顔。

本人は気づいていないが、矢野冬真は負けず嫌いだった。

「じゃあさ、じゃあさ、なんにもない時とかにみんなで集まって、練習とかいろいろしたりしないですか?」

「は?」

なんで、それを俺に。そんな顔をして聞き返す。

そんな表情に気づいたのかいないのか、少女はにっこりと笑って言った。

「特務クラスだと、きちんとした空操師は白野さんしかいないでしょ? 白野さんも誘って、空操師同士で交流できたらなーって」

特務クラスの冬真が瑠璃達と一緒の事業を受ける事は少ない。

一緒の学園に居るのに、それは寂しい。と瑠璃は考えていた。

折角同じ学園に通い、学ぶ仲間なのだから、特務クラスの人とも友達になりたい。そんな考えからの言葉であった。

それに河崎瑠璃は……どうせ、空操師として戦場には立てない。この学園を卒業したら違う道を選ぶこととなり、きっともう会う事は無いから。そんなのは、嫌だったから。



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