方向音痴少女の就寝
「あのさ……さっき、学習しなかったの?」
「いいだろ? 何とか入ってるんだから」
「すぅ……すぅ……」
私と華ちゃんと柊さんの三人は、今同じベッドに川の字になって寝ている。電気はまだ点けたままだけど、華ちゃんは寝付きが良い様で、すぐに眠った。
だから、私と柊さんは小声で文句を言い合っている。
ちなみに修くんは父さんの部屋で寝ることになっているけど、まだ全く眠くないようでリビングで母さんと話している。結構気が合うみたいだ。
モモちゃんはも、今は下にいる。
「まあ、いいけどさ……落ちても知らないから」
「残念だったな? あたしは一度もベッドから落ちたことはないんだよ」
「なんだ。つまんないの。そういえば、柊さん達の母さんと父さんはどんな人なの?」
「……」
そう聞くと、柊さんは天井を見たまま黙ってしまった。聞いちゃいけなかったこと、かな。
「謝らないんだな?」
「謝っても、発言を無かったことにはできないよ」
「……確かに」
笑いながら、言って、柊さんは一言、
「――――死んだよ」
と答えた。
柊さんが中学一年生の時、両親は仕事で出かけた先で事故に遭ったらしい。山の奥にある別荘で、その仕事をすることになっていて、そこに向かっている途中で……その前日は大雨が降っていて、地盤が柔らかくなっていた。
「少し考えれば……いや、考えなくても、危険があることは分かっていた筈なんだ。でも、結局当事者にならないと分からないんだよな?二人もきっと、自分の身にそんなことが起こるなんて思って無かったんだ……」
「私だって思わないよ」
「そうだな。あたしと華だってそうだった……聞いた時は、とても信じられなかったよ」
(その気持ちは、私も分かる)
父さんが病に伏して、助からなかった時、私も母さんも、その現実を受け入れることができなかった。それでも……どれだけ願っても、その現実が変わることなんてあり得なくて、結局は受け入れるしかないんだ、って、無理矢理に受け入れた。
今は、昔の様に笑っていられるけど、それは晴ちゃんの御陰でもある。
落ち込んでいた私たちを、いつも励ましてくれた。
でも、やっぱり私は子供だったから、晴ちゃんにはお父さんもお母さんもいるから、そんなことが言えるんだよ、って怒ったりもしてしまった。
それでも、晴ちゃんはずっと励ましてくれて、その明るさに次第に私も母さんも笑顔を取り戻していった。
晴ちゃんには、助けられてばかりで、だけど、まだ何も返すことができていない。
(早く戻ってくると良いんだけど)
「でも、結局それは現実で、受け入れるしか無かったんだよな……それからは、あたしも華も変わった。でも、良い方向じゃなくてさ……あたしは喧嘩とかするようになって、華は前の明るさが全く無くなって、本ばかり読むようになった」
「それは、今も?」
今日の華ちゃんと柊さんを見ての感想だけど、二人の間に距離があるわけでは無いと思う。柊さんに頭を撫でられていた時の華ちゃんの顔は、確かに「妹」の顔だったし、柊さんは「姉」の顔だった。
「分からない……ってのが、正直な所だな。変わってしまったから、どこで戻れば良いのか分からないんだよ」
「そんなもんなんだね?」
「そんなもんなんだよ」
「……お休み」
「ああ」
リモコンで電気を消して、目を瞑ると、急に静かになった所為か、華ちゃんの規則正しい寝息が大きく聞こえた。
開けていたドアからモモちゃんが入ってきて、静かにベッドに飛び乗って、丸くなったのを見て、私の意識は闇に落ちた。
*
「なんだ、寝てなかったのか?」
「なんか、寝付けなくてな……」
寝る前にあんな話しするんじゃない……色々思い出してしまった。
「お袋さんは?」
「ついさっき部屋に戻った。モモが来てたろ?」
「ああ、そういえば来てたな。器用に百合河の上に乗って丸くなってたよ。それがなんか関係あるのか?」
聞くと、お袋さんがモモを部屋の前に連れて行ったらしい。全く気付かなかった。
「それより、眠れないならなんかテレビでも見るか? 小さい音なら、問題ないって、言われてるし」
特にやることも無いから、あたしは頷いてテーブルに腰掛けた。千同がリモコンでテレビを点け、チャンネルを色々変えているが、結局なにも見つからなかった様で、特に面白くもない番組の所でそれを止めた。
その番組は、何か芸人が街を回る内容だったが、詳しいことは何一つ分からない。途中からなんだから当たり前っちゃ当たり前だが。
あたしも千同も、なにも喋らずテレビを見ていたが、暫くして千同が口を開いた。
「お前さ、百合河のこと、どう思う?」
(いきなり何を言っているんだ? こいつは)
そう思ったが、何も話さないよりはマシかと思って率直な感想を言うと、千同は笑った。
「オレは面白いと思ったよ。なんか色々な意味でな」
「確かに……ホント、面白いもんだよな?あたし達、今日会ったばかりだってのに、家に招待されて、昼飯と晩飯を食わせて貰って」
「風呂も借りて、どういう流れか泊まることになって……考えもしなかったよ」
「あたしだってそうさ。なあ、明日どっか行かねえか?」
「どこにだよ?」
「どこだろうな?」
「何だよそれ」
千同は笑いながら言って、またテレビを眺め始めた。
あたしも同じように、またテレビに視線を戻すと、もう番組は終わっていて、次にある番組の内容を少しだけ紹介していた。
「なんかさ……高校って、もっと退屈な所だと思ってたけど、意外とそうでもないんだな?」
「そうかも知れないな? あたしも、これからの二年には少しばかり期待が持てるよ」
あたしのことを知らないからだろうが、百合河も千同も他の奴みたいに、怖がって声を掛けてこないなんてことをしない。別に知られた所で、あたしは何とも思わないだろうが……そうだな、華とは三年間、仲良くしてもらいたい。
あたしと華も、仲が悪い訳じゃない。良好とも言えるだろう。でも、あたしはどうしても一年早く卒業してしまうから。まさか留年する訳にも……いや、それもいいか?
(まあ、いいか。とりあえず、この一年は思うように過ごそう)
「なあ、色々教えてくれよ? 学園祭とか、体育祭とかさ」
「ん~? 教えるっつっても、あたしどっちも真面目に参加してなかったからな。それでもいいのか?」
「おう。まあ、雰囲気だけでも教えてくれればな……あ、後、校内で迷わないようにするにはどうすればいいかも」
「悪い、それは無理だわ」
「ハハ……だよな」
いくら一年早く、入っているからと言っても流石に校内で迷わない方法は知らん。
「(というか普通は数日で慣れるからな)月曜から頑張れよ?」
「……やっぱりそうなるよな」
「ああ」
まあ、その内それが当たり前になるんだろう。
「いっそのこと紐で手首を結ぶか?」
「それはどうかと思うぞ?」
とりあえず、明日は何があるか楽しみだな。
こんな感覚は久しぶりだ。