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方向音痴少女の朝

 カーテンの隙間から差し込んできた陽光で目を覚まし、暫く天井を眺めて体を起こす。両手を組んで体をグッと伸ばすと、なんとも言えない快感を感じる。私はこの感覚が好きだ。

布団を捲ってベッドから降り、鏡の前に立ってどこもおかしな所がないか確認をする。


「よし、問題なし」


 伸ばした黒い髪も、どこも跳ねていないし、目の下にも隈は無いし、肌も荒れていない。

 水色の布地に猫の柄がプリントされたパジャマを脱いで、ベッドに置き今日から通うことになる高校の制服を取り、袖を通す。ブレザーが多くなった最近にしては珍しく、セーラー服だ。

 襟の部分が水色で、白いラインが入っており、一年生であることを示す赤いリボンを結ぶ。襟と同じく水色のスカートを履いて、また鏡の前に立ってチェックする。


「うん。大丈夫」


 今日から私は高校生だ!



「おはよう、母さん」

「おはよう、菊。制服、よく似合ってるわね?」

「ありがとう。父さんもおはよう」


 下に降りて、台所に入り百合河桜ゆりかわさくら、私の母さんと百合河修輔ゆりかわしゅうすけ、父さんに挨拶をする。

 母さんは、今年で三十八歳になるけど見た目はとてもそうは見えない。何せ身長が百五十二センチしか無いのだから、無理もないけど。

 そんな母さんを見ていると、偶に父さんはロリコンだったんじゃないかと思うことがある。成長して、母さんの身長を追い越したからそう思うようになったのかも知れないけど。

 私の身長は百六十五センチ。

 母さんとは十三センチの差がある。抱えてと言われたら、私でも難なく抱えるとことができる母さん。父さんが、病気で死んでしまってからは、女手一つで育ててくれた母さん。

 今の私にできるのは、少しでも母さんの負担を減らすことだけ。


「母さん、後は私がやるから座ってて?」

「いいのよ。菊こそ、まだ寝て無くていいの?」


 でも、母さんはいつも家事は譲ってくれない。今まで、面倒を見てくれたからその恩返しがしたいのにな……まあ、料理の腕は致命的だけど。


「うん。最初の日位は早起きしようと思って」

「そんなこと言って……たまたま早く目が覚めただけでしょ?」

「う…………」

  流石、十六年間一番近くで見てきただけある。

 トントントン、と母さんは包丁を軽快に動かす。悲しいことに、この料理スキルは私に遺伝せず、父さんの料理が苦手な所が遺伝したらしい。


「修くんの形見みたいな物よね」


 母さんは、偶に心を読んでいるかの様な発言をする。例えば、今の様に。以前、理由を聞いてみると、何となく表情なんかで分かるらしい。


「そうだね……」


 母さんは父さんを、修くんと呼び父さんも母さんを桜と呼んでいた。誰の目から見ても、二人は仲の良い夫婦で、娘である私から見てもそうだった。

 学生時代の時の話を聞くと、高校一年生の夏頃に父さんから告白して、つき合い始めた様で、最初こそは初々しいカップルとして、クラスメイトどころか先生達からも温かい目で見られていたらしい。

 それほど二人はお似合いだったみたいだ。

 そして、お互いのことを知っていった。

 結婚するまでもしてからも、喧嘩を一度しかしていないと言うんだからすごいと思う。


「まあ、その一度の喧嘩がすごく長引いたんだけどね」


 また心を読まれた。


「わかりやすいのよ、菊は。そういう所はわたし譲りかも知れないわね。さ、ごはんできたわよ」


 いつの間にかお皿に移されていたベーコンエッグを、テーブルに運んで席に着く。母さんは父さんの遺影に手を合わせてから席に着いた。

 手を合わせて、いただきますと言って味噌汁を少し冷まして一口飲む。


「相変わらず美味しい」

「ありがとう。それより、学校までちゃんと辿り着けるの? 中学校まではバスがあったから良かったけど……」

「…………ダイジョウブダヨ」


 壊れたブリキの人形よろしく首をギ、ギ、ギと動かして言う。


「不安だわ」


 そう、私は極度の方向音痴なのだ。さすがに右と左は分かるけど、実際に右に行けと言われたら左へ行ってしまう程の。

 それに、


「それに、途中で猫なんて見かけたら」


 それこそ本格的に迷子になってしまう。


 方向音痴と同じ、もしくはそれ以上に可愛い物が好きで途中で見かけたら何も考えずにその後を追ってしまい、結果道が分からなくなる。御陰で何度も近隣の人や商店街の人が総動員で私を捜すことになってしまう始末。


「一番遠い時は、隣町まで行ってたものね――二駅分もあるのに」


 母さんの言う通りで、中学二年生の時のある日の帰り道、とても可愛い猫を見かけてフラフラ~と追いかけていって、気が付いたら隣町まで行っていた。

 偶然通りかかったはるがいなかったら、きっと三日は帰ることができなかったと思う。


「何度も確認したし、この辺は余り猫とかも通らないから大丈夫だって」

「二十回中十八回も迷ったのに?」

「ア、アハハ……」


 じと目で見てくる母さんの視線に耐えきれず、私は目を反らした。



 ごはんを食べ終わって、食器を洗い父さんに行ってきますと言ってから母さんと一緒に玄関へ向かい、

真新しいローファーを履いて、母さんに向き直る。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい。気を付けるのよ?」

「うん」


 そう返事をして、家を出て空を見上げると、太陽が燦々と輝いていた。

 深呼吸して学校がある左の方へ進み始める。道路の掃除をしている近所のおばさんに挨拶をして、暫く進んでいくと、


「ニャ~」


と鳴き声が聞こえて、そちらを見て見たらそこには黒い小さな猫がいた。


「はぁ~……猫ちゃん、おいで?」


 チチチ、と舌を鳴らしてしゃがみ込み猫ちゃんに手を伸ばすと、ゆっくりと近づいてきた。そして、私の指をペロペロと舐めてくる。


(はぁ~……どうして小動物ってこんなに可愛いんだろう?)


 可愛さに悶えていると、猫ちゃんが足にすり寄ってきた。驚かせないようにゆっくりと前足の付け根部分に手を入れて抱き上げると、すっぽりと腕の中に収まる。


「にゃ~」


 もうただ鳴くだけでもすごい可愛いよ。

 この辺じゃ、あんまり猫ちゃんを見かけることはないのに、今日はついてるな……黒猫だなんて尚更だよ。みんな、黒猫が横切ると不吉なことが起こるとか言っているけど、私は猫の中では一番黒猫が好き。


 黒い毛並みに、瞳は黄色で奇麗に輝いているから。


 それに、よく考えてみれば普段中々会えない黒猫に会えたなら、それは寧ろ幸運だと思う。


「もう少し、こうしていたいけど、そろそろ行かないと遅刻しちゃうから、バイバイだね?」


 そう言って、降ろそうとしても猫ちゃんは全く降りようとしてくれなかった。それどころかよじ登ってきて頭の上に落ち着いた。


「おっと……学校までだからね?」

「にゃ~」


 呑気な声を上げる猫ちゃんを頭に乗せたまま、私は学校に向かって歩みを再開した。



 一時間後。



「どこだろう? ここ」

「にゃ~?」


 私と猫ちゃんはどういう訳か森の中にいた。



(どうして?)



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