三日目の平穏
綾瀬くんとの“コト”があってから三日目。
昨日一日を寝て過ごし、丸一日をつぶした私である。
「おはよう、沙耶」
「あ、おはよう、しーちゃん」
私を見つけた彼女は、講義室の中の階段をゆっくりと登ってくる。
縦三列あるうちの左の列、その中でも中ほど前寄り。 そこが私たちの講義中の定位置だ。
「あれから大丈夫だった?」
読んでいた文庫本をしまっていると、しーちゃんに、そう声をかけられて。
あれ? なんだろう、と首をかしげてみる。
「飲み会からの帰り、だよ。
二次会行くって言ってたのに、店行ったらいないんだもん。
最後が芋焼酎イッキだったから心配したよ?
まあ、後から先帰るってメール来たから良かったけど」
「あ、ははは…ごめんごめん」
しーちゃんは、同じ学部、同じサークル。 たぶん大学の中でも一番仲がいい。
さっぱりした性格で眼鏡をかけた知的美人さんである。
小さくてちんちくりんな私とは正反対の彼女だが、たまに凄いボケをやらかすのが玉に瑕…魅力かな?
「綾瀬も同じタイミングでいなくなったから、もしかしてって一回は盛り上がったんだけどね」
「っ、そ、そうなんだー?」
「でもヒメちゃんも消えてたから、ヒメちゃんと帰ったんだろうってことになったのよ。
前々から狙ってるって噂だったしね……っと、噂をすれば」
ナイスタイミングな登場。 綾瀬くんと女の子が一緒に講義室に入ってきた。
おかげで妙な反応をしてしまったこともバレていない。
「…間違えたってことかなあ?」
「え? 何か言った?」
「あ、ううん、何でもないよ!」
二人の姿を目の端で追って、私はぽそりと呟いた。
ちなみに女の子は、朝日愛実ちゃん。
わたしとしーちゃんと同じサークルで、とにかく可愛い。 とっても可愛い。
サークル内でもアイドル状態で、ちやほやされてる…んだけど、それを照れる姿がまた可愛い。
よって、私としーちゃんは、アサヒメグミ、という名前から密かにヒメちゃんと呼んでいるのである。
どことなく、童話のお姫様っぽい雰囲気も感じられなくもないし。
そして私とは…体格が似ているのである。
(うーん…それなら綾瀬くんほどかっこいい人が私と…
っていうのにも、納得できるかも)
正直なところ、今でもあれは夢じゃないのか、と思ってしまう。
それは、体のだるさとか、そういうのが夢じゃないと教えてくれた…けれど。
そういえば、日曜の昨日は大変だった。
いわゆる…知恵熱。 ずっと寝ていたのである。
けれど、夢うつつにあの出来事を詳しく思い出してしまって。
何度ベットをゴロゴロと悶え転がって頭をぶつけたか…
肌にあたる彼の髪。
縋り付いた時の、あったかい体温とか、支えてくれる案外大きな手だとか。
いたたまれなさが半端じゃない。
しかもそれが自分の寝ているベットでの出来事と思うと……ね。
「あ」
「? どうかした?」
「…あ、何でもない」
不意に振り向いた綾瀬くんと、ばっちり目が合ってしまった…と思えば、ふいと逸らされる。
確かにあんまり見るのはまずいか。
私、こんなことがなければ綾瀬くんを意識することなんてなかっただろうし。
でもなあ…と思う。
ベットサイドに置いてあった、眼鏡、どうしようか?
度が入っていない伊達眼鏡みたいだから困ることはないだろうけど、と思いながら、
100円で買った眼鏡ケースの中身に、私は首をかしげた。
次は彼視点を入れてみたい。