一日目の憂鬱
ゆるりと目を開いて、私は硬直した。
でも考えてもみてほしい。
気持ちいい眠りから目が覚めると、目の前には肌色があったのだ。
もっと詳しく言えば、胸板。 もちろんのこと、男性の。
恐る恐る目線を上げていって、そうしてその人の顔を見た瞬間、私はまた固く目を閉じた。
(あああああやせくん!?)
彼が起きないように、起きないように息をひそめながら、私は動揺を押し殺す。
綾瀬智和くん。
いつもゆるく口角を上げて、肩にかかるくらいの少し長い髪を明るく染めて。
男女問わずに囲まれて賑やかに過ごす彼は、遊び人風のイケメンと名高い。
私との共通点は、同じ文学部に通っていること、くらい。
そんな彼が、どうして私の隣で寝ているのか。
さっき視界の端に移った光景とか、寝ているシーツやベットの感触的に、ここは私の部屋。
…そし、て。
触覚から察するに、私も綾瀬くんも、―――服、着てない、よ…?
鈍く痛む腰。 裸。 そして……どことなく、濡れた感触の足の間…!
だめだ、状況証拠だけはばっちりだ。
何があったんだっけ?
私は、寝起きの頭をフル回転させる。
(あー…なんか、思い出してきた、かも……)
そう、昨日の夜。
私はサークルの飲み会に参加していて、女友達の隣でカクテルを飲んでいた。
そうしたら、サークルに友達がいたらしい綾瀬くんが飛び入り参加してきて。
一番遠くの席に座っている彼の噂話を友達から聞きつつ、水を飲んで…
―――そう、それが確か芋焼酎だったんだよね。 喉とかお腹とかがぎゅうっと熱くなったのは覚えてる。
で、そこからは記憶が全くない、と。
…うーん。 どうしよう。
これは、あれだ。 間違える余地もなく…“酔った勢い”。
起こしてあげてもいいけど、気まずいよね。
この後どんな会話するの? って感じで…
こんな経験初めての私には気の利いたことなんて言えないし。
「う………ん……?」
(あ、起きるかも?)
そうしてタヌキ寝入りしておくことに決めた。
明らかに、起こってしまった間違いだ。 一晩の過ちである。
私の予想通り、身じろいだ彼は唸り声を上げて、ぬくもりを探すかのように、私を引き寄せて。
そして、それが不自然に硬直する。 たぶん目が覚めたのだ。
彼と私の身長差的に、見えているのは私の旋毛だけだろう。
そうして、そろりと頭の下から抜かれていく腕。
代わりにゆっくりと枕が敷かれ、…み、見られている。 顔をじっと見られている。
耐えられなくなる寸前、彼がベットから抜け出していくのが分かった。
続いて衣擦れの音。 そうしてゆっくりと歩いていく床のきしみ。
ぱたん、とドアが閉められ、足音が遠ざかったのを確認してから、私は体を起こした。
「こ、こし、いたい…」
ベット脇に置いてあるチェストからバスタオルを出して、体の前を覆う。
床に足をつけてから、ゆっくりと立ち上がって。
さて、カギを閉めに行こう、と思った私は、ベットの上の目に入ったものに脱力した。
「…や、やっぱり……」
シーツについた、赤いそれ。
一人暮らしを許してくれた両親に、決して言えない秘密を持ってしまった、大学三年目の春だった。
これだけを読むと、彼がものすごく最低人間だなあ。