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モンスターを鎧にする仕事  作者: タック


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3/16

ワンパン

 イストは死にそうな目にあったが、それでもお腹は減る。


「というか、徹夜で集中したあとに動いたらお腹と背中がくっつきそうなくらいカロリーが足りなくなるな……」


 倒した熊は怖いが、ありがたく頂かせてもらうことにした。

 祖父が猟師もやっていたので、ある程度の解体はできる。

 もちろん、プロ並みではないし、久々だと血や内臓の臭いで吐きそうになってしまうが、それでも食欲には勝てない。

 とりあえず、軽く血抜き。

 すぐにどうにかできる肉だけ大振りのナイフで切り出して、近くの川で冷やしてから食べることにした。

 ちなみに血抜きと川で冷やすのは腐敗を抑える効果があるとか。


「うおー!! 熊ステーキ!! この世界に来てからようやく海藻以外のものを食べられる!!」


 山小屋にあった網を使い、豪快に焚き火で焼いた大振りの肉だ。

 今回は特に美味いとされる肩ロース部分を贅沢に使う。

 熊は筋肉が多いとされるが、この部位は脂が乗っていてジュワジュワと音を立てて食欲を誘ってくる。


 肉の焼ける香ばしい匂いも久しぶりだ。

 もう口の中から涎が出てきて止まらない。

 千枚通しで火が通ったのを確認すると、刺したまま豪快にかじり付いた。


「うんめぇー!! っぱ、肉よ! 肉!! 今だけは町の奴らよりも優勝してるぜ!!」


 牛肉に近い食感で、霜降り肉部分は柔らかくてジューシーだ。

 噛むと肉汁がしみ出してきて、それでいて歯ごたえも程よく『大きな肉をワイルドに食べている』という実感がある。

 多少の獣臭さは感じるが、慣れなのであまり気にならない。


「熊、恨むなよ……! ヘラクレスの籠手で何とか勝ったけど、素手だったら俺がお前のご飯になっていたところだからな……! 初めてのライバルよ、お前は美味い……!」


 美味い肉だけを腹一杯食う。

 なかなか無い経験だ。


「ククク……贅沢……!! こうしてくると海藻も恋しくなるな、味噌汁に入れて一緒に頂きたいくらいだ。味噌ねぇけど」


 という商業ライターらしい何かをディスらない〝商品配慮〟をするという悲しき癖を一人で披露していると、草むらからガサッと音がした。


「も、もしかしてまた熊か……!?」


 同じように撃退しろと言われても、またできる自信がない。

 せめて全身防具があればいいのだが、〝ヘラクレスの籠手〟だけでは生身のところに当たったらアウトだろう。

 祈りと緊張が入り交じる一瞬――。


「お、お腹空きました~……何でもしますから食べ物を恵んでくださぁ~い……」


 そこに現れたのはフラフラと弱っている全身鎧の人間だった。

 声からして若い女性だろうか。

 ガチャガチャと派手な音をさせながら、最後の力を振り絞っていたのかイストの足元に倒れ込んでしまった。

 たぶん餓死しそうなところで肉の匂いに釣られてきたのだろう。

 つまりイストは生殺与奪の権を握った状態だ。


「何でもと言ったか? なぁ?」


 イストは悪い表情になり、全身鎧少女は不安げな声をあげる。


「えっ、あっ……いや~……やっぱり何でもは……」

「ほら、この肉美味そうだぞ~」


 イストは千枚通しにワイルドに刺さっている熊肉ステーキの塊を見せてやった。


「何ッでもやりますので!!」


 手の平をクルッと返す全身鎧少女であった。


「それならヨシ! 熱いから気を付け――」

「熱い! 美味しい熱い! ふぉー!! 生き返ります!! 肉isパワー!!」


 少女は速攻でヘルメットを外して、熊肉ステーキをバクバクと食べ始めた。

 顔を見るに15歳くらいの少女だ。

 茶髪のツインテールに竜の片翼のようなヘアアクセ、眼は蒼い宝石のように綺麗だ。

 食べ物で膨らむほっぺたが柔らかそうで、随分と可愛い顔立ちをしている。


「さすがファンタジー世界……こんなアニメみたいな人間がいるなんてな……」

「ファンタジー? アニメ? なんです、それ」

「いや、何でもない」


 バクバクモグモグと勢いよく食べると、見ているこっちも気持ちよくなってしまう感じがある。

 少し食べるペースが落ち着いたところで話しかける。


「いくつか聞きたいことがあるんだが」

「えっ!? バストのサイズがGとかそういうことは言いませんよ!?」

「いや、聞いてねぇよ……いきなり女側がそんなこと言い出すとかホラーだよ……」

「まぁ、この全身鎧では絶対に見えませんがね! むしろお見せすることができなくて残念ですよ! わはは!」

「フラグ乙。というか外見は可愛いのに、どうやら頭は残念な子らしい」

「ふふん、可愛いというところは十回くらい言っても良いですよ」


 話しているとこちらまで頭がおかしくなりそうだ。

 それとは別に状況的に嫌な予感がするので、流されずにきちんと質問をしよう。


「まぁ、そこは当然のようにスルーして質問だ。とりあえず呼び方がわからないから名乗ってくれ、俺はイストだ」

「私の名前はウリエル・ボリスです! ウリちゃんでも、ウーちゃんでも、ただの最強美少女とでも呼んでください」

「……ウリエル呼びで」


 実質の選択肢が0じゃねーか、というのはツッコまずにスルーした。


「――で、何でこんなところで倒れそうになっていたんだ?」

「なぜこんなところでお腹と背中をくっつけていたかというと、クソつよモンスターと戦って敗走してきたからです」

「……」


 嫌な予感が的中してしまった。

 そもそも頭の良い熊は本来、理由がなければ人里の方にあまり近付いてこないのだ。

 その熊が小屋があるところまでやってきたということは、何かある。

 たとえば――自分よりも強い奴が縄張りにやってきて逃げたとか。

 ここまでだったらただの仮定だが、次に全身鎧の奴までやってきたのだ。

 嫌な予感が的中してしまった。

 この先の想像できるヤバい状況といえば――。


『ピギュオォオオオオッ!!』

「やっぱりモンスター出たぁー!!」


 ヤバいモンスター→頭が変な女→熊→イスト。

 こういう状態だったのだ。


「で、デケェ……」


 出現したモンスターはサイズが四メートルほどある、赤いテントウムシを死ぬほどゴツくしたような奴だ。

 売られていたモンスター素材の大きさからして、こんな巨大な奴は滅多に討伐できないだろう。

 死の予感しかしない。


「任せてください、イストさん!」

「そ、そうか。ウリエルは戦っていたんだもんな。それなら勝てる――」

「いえ、一度負けて逃げてきてます」

「……そういえば、敗走とか言ってたな。もういっそこのまま逃げた方がいいのでは?」

「ここを通すと、今はハビリスの町に対処できる人間がいなくて数百人、数千人の死者が出るでしょう」

「バカな会話で忘れていた……この世界は意外とハードだったわ」


 戦っても勝ち目無し、逃げても町が壊滅して生活できなくなる。

 かなり詰んでいる状況だ。

 無理ゲー。


「『どんな状況でも、諦めなければ希望がやってくるかもしれない』……って、お婆ちゃんが言ってました。だから……でりゃああああああッ!!」


 ウリエルは腰に帯びていたロングソードを抜き放ち、赤いテントウムシモンスターに向かって行く。

 敵は動かず、様子見をしているように見える。

 そのままウリエルの斬撃が決まったのだが――。


「あぁーッ!! やっぱり折れたー!! 普通の装備が脆すぎる!!」


 剣がポキッと真ん中から折れてしまっていた。

 やはりこの世界のモンスターは強いようだ。

 最初は弱いタイプのスライムとかに遭遇したかった。


「もうなりふり構っていられません……! イストさん、ちょっとこちらを見ないでおいてください!」


 ウリエルは気合いを溜めるようなポーズを取って、雄叫びを上げた。


「うおおおおおおッ!! 全魔力を放出!!」


 バキィンッとウリエルが身に纏っていた鎧が弾け飛んだ。

 少年漫画で見るバトルものって、本当だったんだな。

 イストは冷静に観察してしまっていた。


「な、なんでアッチを向いていてくれなかったんですか、イストさん!!」

「いや、戦いから目を離したら死ぬだろ、常識的に考えて」

「それはそう」


 どうやら納得してくれたようだ。

 あと関係ない情報だが、胸のサイズは本当にGカップはありそうだ。


「って、やっぱり鎧が耐えきれなかった……。どうしよう、これじゃあ――」


 丁度良いものがあるな、とイストが視線をやった。

 ウリエルも釣られてそちらを見てしまう。


「何か都合良く籠手がありましたー!!」

「いや、待て。それは試作品で、たぶんそんなに強くは――」

「弱くても一発だけ耐えて砕けてくれればオッケーですよ!」

「いやぁぁあああ!! 俺の徹夜の成果がぁぁぁああ!!」


 ウリエルは満面の笑みで籠手を腕に嵌めて、イストは地球最後の日レベルの絶望の表情をしていた。


「偉大なる竜よ、その力の一端をお貸し下さい。

 ――絶対勝利、ただ其れだけの為、悪討ち滅ぼす鉄槌と為れ。

 無垢なる迷い子ウリエルの名において――我放つ――」


「それ絶対必殺技やん!! 止めろぉー!! 〝鉄〟でも何でもねぇよぉ! 俺の可愛い〝ヘラクレスの籠手〟ちゃんがぁーッ!!」


「――〝万象司りし英雄の憧憬(ウィルム・ブースト)〟」


 ウリエルが繰り出した必殺の右ストレート。

 次の瞬間、巨大な敵モンスターが半分くらいに小さくなっていた。

 いや、小さくなったのではない。

 信じられないことに強固な装甲を持つモンスターを、ただのパンチで上半分を呆気なく消し飛ばしたのだ。

 しかも、籠手は無事という。


「えっ、何これ……こんな威力出ないはず……」

「良かった……俺の〝ヘラクレスの籠手〟ちゃんは無事だ……」


 時間差で舞い上がった血が雨のようにザァザァと降ってきて、二人を赤く染めていくのであった。




 ***




 城の一室、やたら高級な家具に囲まれた男が焦りを見せていた。


「お、おかしい……蟲魔王様が強力なモンスターを送り込んでくださったはずなのに……未だに被害の報告がないぞ……」


 それはイストを追放した大臣――カンパネ・ロラだった。

 一見、背が高く貴族服を着たハンサムに見えるのだが、今は自室で素の表情を見せてしまっている。

 それはスパイとしての裏の顔である蟲魔王の配下、魔族としてカマキリのような複眼とギザギザの歯を隠しきれていない人外の姿だ。


「上手く町の守備を手薄になるように操作して、その情報を流したというのに……。それに異世界召喚された東源内も、魔力なしでも70年前の策士タイプの可能性があったから秘密裏に追放しておいた。準備は万端なのに……なぁぜ!! なぁぜなのだ!!」


 カンパネ大臣は絶望に顔を歪めていた。

 カマキリめいた顔でも、なぜか焦りが伝わってきてしまう。

 それくらい大変な状況なのだろう。


「まずいまずいまずい。わたくしの不備にされたら、蟲魔王様に肉団子にされてしまう……いったい、どうして、何がどうなったというのだ!?」


 逆にイストを追放してしまったことが、この事態に繋がっているとは知るよしも無かった。

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