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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

普通

普通に間違えた話

作者: 高月水都

 城の城壁の穴を見付けて、側近候補のオーディンが反対するのも聞かずに外に出た日のことは忘れていない。


 あの時助けてくれた少女に恋をした。




「で、先日舞台を観に行って……」

 ずっと両親に我儘を言って婚約者はあの初恋の少女がいいと言い続けてきたが、彼女が無事見つかった。


 父も母も貴族令嬢を婚約者候補として共に学ばせれば初恋の女性を忘れて考えが変わるだろうと判断して傍に置いていたが、そんなことで彼女を諦めると思っていたのだろうか。


 いや、諦めなかったからこそ彼女に再会できたのだ。


 迷子になっていた時はたまたま王都にいただけでほとんど領地で療養していたという初恋の女性――ヨアンネ嬢は王都の生活が真新しいものでいつも好奇心旺盛に話をしてくれる。

 そんな話を聞いているのも楽しかった。


 だけど、どうしてだろう……。


「で、その芝居で……」

 話をしながら傾けるカップの角度が気になる。


 食べる時のフォークの持ち方が、切り方が、歩く仕草が一つ一つ気に障る。


 最初は新鮮だった話す内容も芝居とドレスと宝石だけになっていき、ブルーダリア嬢のような領地で行っている政策でもなく、リリエンターラ嬢のような外交もない。


 フリージア嬢のように時折、古代の言語を交ぜての会話もない。


 初恋の女性のはずなのに単調だと……退屈に思えるのだ。


「どういうことだと思う? オーディン?」

 いつも後ろに控えているはずの側近に尋ねるが、側近の姿はない。ああ、そうだ。ずっと口煩いことしか言わなかったが、初恋の女性のヨアンネ嬢が現れたのが決定打になって側近を辞したんだった。




 何だろう。

 せっかく初恋の女性に再会できたのに。胸に穴が開いているような……。




 ヨアンネ嬢が帰った後ぼんやりと庭を散策する。

「あっ、ここは……」

 薔薇が咲いている一角。初めての婚約者候補たちとのお茶会で、緊張したのか青ざめていた令嬢を見付けてすぐに侍女に声を掛けた。

 初恋の女性に似ている髪色だなと思ったのだ。


(そう言えば、リリエンターラ嬢だったな)

 あの頃の彼女は貴族令嬢としてではなくあどけない子供のような表情を浮かべていたものだ。


 その表情に一瞬だけ見とれたが、すぐに初恋の女性に悪いと思ったので気持ちに蓋をした。


「あの時と同じだ……」

 初恋の女性に会えたのによそ見をしてしまっているだけだ。こんな不誠実な態度ではいけないなと首を横に振って、ヨアンネ嬢と次に会う機会に思いをはせた。




「ヨアンネ嬢……」

 そんなある日。化粧で隠しているが、髪の根元の肌が荒れて赤くなっているのが見えた。


「はい? どうかしましたか」

 首を傾げてこちらを見てくると揺れる髪の毛の根元がこげ茶色に見えた。


(光の加減……)

 綺麗なストロベリーブロンドも影の部分はそんな風に見えるんだと発見したような気分だが、何かが引っかかった。


 その日。楽しいはずのお茶会に集中できず、何度も聞いてますかと確認されることがあった。


「――調べてもらいたいことがある」

 感じた違和感を消すため。それだけのために自分についている密偵に命じて調べてもらう。


 調べてもらった結果は――。


「ようやく気付いたか」

 報告を受けてすぐに父に呼ばれて開口一番そんな風に言われた。


 報告書にはヨアンネ嬢が初恋の女性ではない事実。もともと焦げ茶色の髪を染めて成り代わっていた。


「初恋の女性と結婚したい。そう言い続けて、他の女性を蔑ろにしていた。放置していた私たちも甘かったが、お前はその初恋の女性がヨアンネ・キャバタ侯爵令嬢だと公表してしまった」

「………………」

「侯爵家の令嬢なら身分的に釣り合いはとれる。初恋の女性と結ばれるという話は庶民向けにもいい話題になる。だが、国を騙す行為なら話は別だ」

「………………」

「騙された王子として王家に恥をかかせるか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()どちらにする?」

 恋に盲目であったのに真実の相手を見抜けなかった愚か者。だけど、前者を選べば、恥を国中に公表するが裁かれるのは騙した令嬢と侯爵家だけになる。

 後者を選べば、間違いは真実となり、侯爵家は表向きは裁かれないが、偽りの相手を初恋の相手として一生偽り続ける。


 ヨアンネ嬢は前者だとよくて修道院。悪くて……。


「ヨアンネ嬢は初恋の女性です……」

「甘い考えだ。そんなものに国を任せられない」

 父の言葉に頷く。


「分かっています……」

 初恋の女性にこだわっていたのに初恋の女性を見抜けなかった。そんな自分の愚かさが侯爵家を……ヨアンネ嬢を偽らせたと思えた。ならば、責任を取らないといけない。


「王太子は弟に……あいつ自身も王太子に相応しいし、あいつの婚約者も王太子妃に相応しいと思います」

「そんな自分都合で、今までの王弟教育と王子妃教育に追加させて王太子と王太子妃教育も与えるのか」

「………………」

「まあ、期待に応えられるだろう。――お前に病気が判明して玉座に就けなくなったと公表しておく」

 その後どうなるかは様子見をさせてもらう。


「ありがとうございます……」

「かの令嬢と結婚を早めておこう」

 王太子妃教育をする必要性が無くなったからな。


 ヨアンネ嬢は王太子妃教育をしていたが、病気療養で貴族令嬢としての学習も遅れていたという理由であまり進んでいなかった。


 その時点で本物の初恋の女性でも王太子妃に向かないと判断されていたかもしれない。 




「なんでよっ!! お妃さまになれるんじゃないのっ!! 何でこんな田舎に殿下の療養についてこないといけないなんて!!」

 ヨアンネ嬢はいきなりそんなことを命じられて王都から引き離されたと大騒ぎをしていた。


「せっかく評判のお店に遊びに行けると思ったのに!!」

「ヨアンネ嬢」

「初恋の女性を演じれば贅沢三昧だと聞いたのに!!」

 ヨアンネ嬢の髪は染める時間がないのか染粉が無くなってきたのかどんどん元の髪色に戻っている。それに反して荒れていた肌も綺麗になってきた。


 田舎にいるのは嫌だと自分は初恋の女性ではないから帰してと喚くが、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 王族としては質素だが、貴族としては十分な暮らしでもヨアンネ嬢は不満だらけだ。


 その不満が爆発したのだろう。ある日。

『田舎暮らしは嫌。殿下さようなら』

 と知り合った男性と逃げて行った。


「ああ。また間違えたのか」

 逃げて行ったヨアンネ嬢は自分と一緒にいるから命を保証されていた事実を知らない。おそらく、王家の影によって存在を消されているだろう。


 自分の愚かな行為に巻き込まれたからこそ責任を取らないといけないと思ったけど、自分は愚かにもまた間違えた。


「誰もいない……」

 これが自分の選んだ末路だと自嘲気味に笑うのだった。 





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― 新着の感想 ―
こうなると、ブルーダリア嬢の真っ当さが際立ちますね。 と言うか、他にもなりすましを考えたけど却下した普通の家も多かったのかもしれないと思いました。 この王子の間違いを「普通」と言っていいのか悩みます…
王子は馬鹿ですが、女も王家をだます覚悟もなくやったわけですから何一つ同情できないです。女の親族はすべてアウトかもしれません。遠い親戚の優秀な人物が侯爵家を継ぐということで。 王家を馬鹿にするような行動…
ヨアンネ嬢の父は、王太子が交代した時点で、嘘バレたことに気付いただろうに、娘に因果を含めなかったのは、失敗した策の手駒を見捨てたのか、アホな娘には理解できないと見捨てたのか…。 どちらにせよ、ヨアンネ…
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