Ep.1 おとぎばなし
昔から、運が無かった。
誰にでも平等に渡されたはずの生活は、日常は、僕達のところにはやって来なかった。
それでも良かった。僕には妹が居たから。文句はある、不快感だってずるずると後をつけてくる。それでも良かった。良かったのに。
仕事を辞めた筈の僕達、家に押しかけてきたのは仕事の上司。妹は連れて行かれて、僕は妹の言うがままに隠れていた。守れなかった、そういう後悔はとうの昔からある。
運が無いばかりに────だなんて、都合のいい言い訳でしかないだろう。
謝ってばかりだったよな。
謝られるのも、落ち着かないよな。
あぁ、分かっていたのに。
どうして、僕の人生には後悔というものがいつも当然のように巻き付いてくるのだろうか。
────トントン。
「…………こんな時間に、一体何」
立ち上がる。しばらく考え込んでいたら、いつの間にやら暗くなってしまったようだ。
ノックされた玄関へと足を運び、耳をそばだてて外の音を聞いてみる。玄関前でぜえぜえと息を繰り返し、右腕の裂傷を左手で押さえつけている少女が居た。
薄紫色をした髪は長く、鮮血に濡れて固まっている。橙色の瞳がこちらを鋭く見据えて、ふっと閉じられる。
ガタン、と重く大きな音が鳴ったかと思うと、彼女は力なく倒れて意識を失ってしまっていた。
❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇
息を呑んだ少年の声。最後に聞いたその声が反芻されて聞こえてくると同時、俺は目を覚ました。清潔感のある部屋の中、寝台に仰向けで寝かされているので、天井からぶら下がっている照明の光が目に刺さる。
「…………野垂れ死には、避けられたか」
あのまま失血死する訳にはいかなかった。故に、突然現れた負傷者を放っておかない優しさのある人間だったのだろう、あの少年は。
重い体を起こし、状態を確認する。包帯の巻かれている右腕は、血が滲んではいるものの動くし痛みも大分治まっていた。血を吸っていた筈の髪はするりと指が通る。濡れタオルか何かで洗ってもくれたのだろうか?
とにかく、家の主であろうあの少年を探さなければ。感謝もせずにここから動くことはできない。
立ち上がり、周囲を見渡して──窓から外を見る。日が上り、木々の緑を輝かせて回っているのが見えた。窓を開けて身を乗り出し、下を確認するが、外に人の居る気配は無い。
この時間帯なら、下で朝食でもとっているだろう。
扉を開け、廊下に出る。そこまで大きくは無いが、あの少年一人なのであれば広いようにも思う。
家族は居るのか、城壁の外で、しかも村から離れた位置にあるこの家にどうして住んでいるのか。
聞きたいことはあるが、それは向こうも同じだ。
「ん、これは……トーストの匂いか」
辿り、リビングの扉のドアノブに手をかける。そして、開いた。
机に皿は二つ。その上に並べられた木の実とトーストと、横にはスープが置いてある。カーテンを開き紐で結んでいる少年は、音に気付いてこちらを見た。驚いたように口を開け、眉を垂れ下げている。
「…………ぁ、起きたんだね! 怪我は大丈夫?」
「平気だ。手当をしてくれてありがとう」
感謝を述べると、少年ははにかんで椅子に座るよう促してくる。それに従って腰を下ろすと、彼も向かいに座った。
「感謝されるようなことは。怪我してる人が居たら、放っておかないでしょ? えっと、ぼく、ミウニ。君の名前は?」
「アリス・ウッド、アリスと呼んでくれ」
「分かった。アリス、早速で悪いんだけど……昨夜、何があって怪我をしたのか、ここまで来たのか。経緯を説明してもらっても良いかな?」
頷き、俺はこの世界に帰ってきてからのことを話し始めた。
星扉の先、広がっていたのは森。どんな世界でも神聖な場所を選んで設置されているらしいこの扉は、いわばマナが最も濃い所=電波が届きやすい場所とする。この世界では────森の中、薄暗いところに位置する霊園だ。
この霊園に埋められている人間は全て処刑人によって命を落とした者達。つまりは魔女狩りの犠牲者を含む罪人達の最期の居場所。
どれも魂が消えていて、墓を作る意味も無いというのに。
マナなど感じなかった。しかし、星扉はここに通じている。ここにたっている。
霊園から離れ、現在いる場所を確認しようと高い木を登り、上から周囲を見渡して発見したのが、ミウニの家だった。
遠くはあるが向かうに越したことはなく、城を目指すよりも近かったがために、情報収集がてら目的地にしたものの───以前の倍魔物がクレジェンテ王国外周囲にうじゃうじゃと居た。
結界がある故に国内へは立ち入れないだろうが、それでもここまで多くの魔物がこっち側に来ているのは不自然だ。
しかし、俺が居ない間に何年ここは月日を巡らせたのだろうか。
家へ向かうまでに、ざっと八十。魔物は以前よりも力を増している。量だけでなく質も上がっているとなれば、今この大陸上に分布するすべての魔物が、もしくはマナ自体に何か問題が起こっている。
怪我は油断から、魔物の攻撃を受けてのことだ。
「アリスはここの世界の人なんだね。でも、どうして何か違う感じがするんだろう……」
「俺は……、そうだミウニ。魔女狩りを知ってるか?」
ミウニはその問いに首をかしげる。
「魔女狩りって、三百五十年くらい前のことだね」
「……なるほど。つまり俺が居なくなってからそれくらい経ったわけだ。ちなみにだが、3大貴族やら国の状態はどんなだ」
「貴族の話? 星神を信仰してたアインシュトルツ家は魔女狩りのあと、完全に身分も権力も剥奪されてしまって、領地はスラム街になってるって話だよ」
「『セメン・アルキュミア』は?」
国の結界を展開し維持し続けている、国にとっての宝珠。王家が大切に管理し続けているものの、大陸を纏わせるに至っていない。種子が芽吹き大樹となるとき、大陸を包むと言われてきた魔法の種子。
「まだ芽吹いてすらいないみたい。この国は一種の鎖国状態で、隣国である無宗教の大国とも、小さな島国の石々島でさえ条約を結ぶに至れてない」
「つまりは技術も環境も向上させられないわけか」
セメン・アルキュミアを芽吹かせるには、この世で最も濃く大きいマナを保持するものの力が必要となる。
芽吹いていないなら、未だに国はその適任者を見つけられていないのだ。
しかし……そうなると、鍵は霊園か。
「アインシュトルツ家の、処刑された人物について何か知ってないか?」
「……ごめん、処刑された人物の情報は、貴族と王国の関係者しか知らないんだ。」
「そうか、分かった」
「随分と軽いんだね。ツテか何かあるの? 長命の種族と知り合いだとか……」
ミウニが小首を傾げ、俺を見る。どうも予想と少し反応が違かったらしい。しかし、知らないものは仕方がない。彼が心底不安そうな目をするので、息を吐いた。
額を手で押し、計画を練る。
このヴィルベルヴィント大陸で、国からの手を全て払い除け、自らの力のみで解決しようとする俺の自国は狂っているのか?
大陸は広い。三星が落ち出来た大陸で、大きく三つに分かれた国々がある。それらでなくとも様々な国が確かにこの世にはあるというのに、どれの手も借りないと来た。
知識・技術不足も良いところだ。昔から根付く神への信仰に重きを置くこの国は、アインシュトルツ家を堕落させた。何が理由であれ、三大貴族の一つを無くすことは重大な問題だろう。
魔法・魔術に優れた者を敵に回せば、近接で来るバルセロナ家、遠方からでも特定の獣を使うと分かっているヲズワルド家よりも危険は大きい筈だ。
詳細な数は知らないが、生き残りが居るのは確か。なぜ厄介な家系を消すにまで至らなかった?
魔女狩りで一人だけを殺し堕落させたのは何故だ?
謎は謎を呼ぶ。芋づる式に現れる疑問に、頭を悩ませる。
……小さい頃の故郷の記憶じゃ、現代のこの国にはついていけないかもな。
「ねぇ、アリス。何か僕……手伝おうか────」
「──それは駄目だ」
「…………」
見たところ、彼は一般人ではないのだろう。こちらに協力的なのは嬉しいが、深く踏み入れられると、かえって動きづらくなるかもしれない。
「手伝おうとしてくれるのは有り難いが、俺のしようとしている事は……ミウニ、君のようなのがすることじゃ無いんだ」
「何を……しようとしてるの?」
魔女狩りで殺されたはずの悪心の魔女シュニャーオを殺す。一見矛盾しているが、俺の呪いが残っていることも、声が聞こえたあの瞬間に、アイツがまだ生きていることの裏付けに思えたのだ。
ミウニがどんな奴であれ、恩人なのだから危険なことには巻き込みたくない。
寂しそうな雰囲気を持つミウニ。彼に何かしらあったのは間違いない。そして、その悲しさを持ったままでも誰かに手を差し伸べようとするのは、根っから良いやつだ。
「…………それはまだ、言えないな」
「僕、何となくだけど……アリスなら、世界を変えられるような気がするんだ」
「残念だが、世界は簡単には変わらない。今でも残っている制度やこの鎖国状態、セメン・アルキュミアの状態も、何一つ変わっていない」
「確かに世界はまだ変わってない。僕のこれは、ただの勘かな」
ミウニは照れ臭そうに苦笑する。
それから、俺に手を差し伸べてきた。
「暫くここにいて、情報を集めてみない? 僕もできる限りのことはさせてもらうから」
「だから、手は────」
「手ならもう借りてるでしょ、アリス?」
…………口を噤む。
一番面倒な形の借りを作ってしまった。いや、面倒と言うのは間違いか。命を救ってもらったというのに、面倒はないだろう。反論しようと開きかけた口を閉じ、目を伏せているミウニの手を、おもむろに取った。
こちらを見るミウニの目に安堵が見える。暖かな手が握り返してきて、机上で証明を受け光るコップの中の茶がそれをたたえる。
手を取ったのだ。俺は。
❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇
まず最初に、国民への聞き込みをする。得られた情報はミウニの持っているものとあまり変わらない。
次に、スチュワート家もしくは二大貴族とやりとりができないか確認する。これは難しそうだったので取りやめる。
暫くこの世界での魔法と剣術を鍛え魔物を減らした後、十分な時間をかけて身体を戦闘にならしていく。霊園に行くのをミウニに何度も止められていたが、そろそろ潮時だろう。
ミウニとの共同生活で、違和感はいくつも感じられた。
とある処刑人の家族から聞いた話によると、処刑人の名前は番号の語呂合わせで付けられているらしい。
ミウニ、この名前の感触はあまりここらでは聞かないもので、ミウニ──三十二と考えたら辻褄が合う。ミウニのような色合いの人型を、俺は見たことがあったのだ。
魔女の死骸を見たあの日。逃され胸を打つ心臓からの血液を感じ憎しみが沸いたあの日。
確か名前はミウナ。三十七番の処刑人。
ミウニの妹だったのだろう。彼の寂しさは彼女を失ったまま処刑人から降り一人になったことから来たものだ。
俺を逃した故に、ミウニと共に処刑人を降りられなかったのではないだろうか。そう思うと、罪悪感が俺を噛む。
処刑人ということは、スチュワート家とのつながりを持っていることにほかならない。そして、戻ってきた魔女狩りの対象者であるこの俺を、殺そうとしてくるかもしれない。
俺は剣を強く、強く握り締めた。
「ミウニ」
「ん? どうしたの、アリス。お風呂沸けてるよ?」
背に剣身を隠し、ミウニに歩み寄る。
「君に何度も止められたが……他に情報が手に入れられそうな場所は思いつかない。俺は霊園に行こうと思う」
「…………そう」
静けさが部屋を満たす。ミウニは立ち上がり、背を向けたまま────突然、俺を押し倒した。
剣が手から離れ、代わりに柄をミウニが握り締める。
剣先が流れるように俺の首元へ向けられる。ミウニは心底呆れた様子で息を吐いた。
「気付いたんだね、アリス、君は」
「……処刑人三十二番ミウニ。君は何故霊園を選択から外させたかった?」
薄々勘付いているが、気になって聞いた。
「君が僕のもとを訪ねたすぐ後に、ミウナが家を訪ねてきたんだ。霊園から出てきた人間を見たから、不審がってね」
「…………ミウナに何て言われたんだ」
「霊園には近付かせるな。素通りしたならば、そのまま気付かせることなく、普通に生活を続けさせてやれ、って」
殺せという指示は出されなかったらしい。その部分に関しては、長い時を生きれる処刑人らしく無い、人情に厚いことだ。
霊園に何かがあることも確定している。元々後で詳しく調べようとは思っていたのだ。ミウナは俺のことを分かっていないな。関わりも薄い、人格を知られる程話した訳でも無いが。
「なぁミウニ、俺を殺すか?」
「……折角だし、君に頼んでも良いかな。元処刑人だってバレちゃった訳だし」
「脅しか。聞くだけ聞こうか」
「スチュワート家の人間を殺してくれないかな。僕の妹を……ミウナを、もう処刑人から降ろさせたいんだ」
処刑人を管理しているのはスチュワート家だ。憎悪がそっちに向かってしまうのは仕方がないことだろう。処刑人として生きた事が無い俺が何を言っても、いや気にするだけ無駄だ。
面倒臭い。俺は魔女を殺すためにここにいる。
ミウニの握る自分の剣の先に触れる。そのまま握る。刃が肉に食い込んで血が垂れる。
痛みに口角を上げてみせた。
「人殺しが人を殺すよう頼むなんてな。もちろん答えはNoだ、殺す相手は俺が選ぶ」
「…………何それ」
「魔女殺し、もとい親殺しだ」
「ダメ元だったから、うん……逆に良いよって言われたほうが困ったかも」
ミウニが剣を返してくる。俺が受け取ろうとすると、
「やっぱ駄目」
振り下ろされた。肩に食い込むのも気にせず、足でミウニの腹を蹴り上げる。浮いた彼の身体を手で押してどかし、肉をえぐられながら身を翻して距離を取った。
血が垂れる。眼帯をずらして右手で傷口を押さえ込む。傷口を呪いで塞ぐと、頭が痛くなってしまった。代償が必ず付いてくる呪いの使い道には最大限注意していたが、集中したいが故になりふり構っていられない。
ミウニが体勢を立て直し、剣を回しながらこちらに駆けてくる。
「よっ、と。お膳立てされた殺し方しかやってこなかったのに、俺と戦うのか」
「凄いね、死なないんだ。傷も治って、まるで化物みたいだ」
「無視は悲しいな」
「………構ってちゃんなの? 意外と効いてるから安心して良いよ、アリス」
顔が引きつっているのが自分でもよく分かる。覚悟していたのに、指示されていないからと少し油断したのは失点だった。
俺の世界は見ない間にダークさを増しているようだった。
歯噛みする。少し苛立ちが目立つ。
剣を取られている状態でできるのは、身体全体を使った武術での躱し方と、もしくは魔法魔術での中距離戦だ。
「────っ」
頭を振る。一瞬の隙に剣先が振るわれ、体勢を低くしてミウニの体に抱き付き、回して地に落とす。同時に床を凍らせ、衝撃でさらに氷が広がって彼の両手を固定した。
その直後に脇目もふらず剣を抜き取り、部屋から飛び出て外へ行こうとする。
階段に差し掛かると、ナイフが数本こちらに向かって飛んできた。剣を回して円盤に見立て、それらを弾く。階段の手すりに足をかけ、勢い良く一階へ転がり落ちる。すぐに立ち上がって走った。
玄関を開けて外へ飛び出すと、窓からミウニがこちらに飛び込んできた。自分の剣を携えているのを見て、こちらも構え振り下ろされたそれを受ける。
舌打ちをし、押し返そうとするが、ミウニが素早く横腹を蹴り飛ばしてきた。地面に転がる。
剣とともに転がり回り、そのまま立つ。
「……あれ、何か落としたよ?」
「────!」
ミウニの手には花が握られていた。髪を触り、あるはずのそれが無いことに気付く。
そして、気付かれないよう剣を持っている左手でポケットを探った。
息を吐く。
「…………返してくれないか?」
「良いよ」
駆け出したミウニの攻撃をスレスレで躱す。直後、俺の薄紫の髪が肩辺りですべて切り離されてしまった。
宙返りをしながら距離を取り、髪を弄る。軽くなった文、動きやすくなっているため問題は無い。
「あれ、髪の毛切っちゃった。女の子は髪が命っていうものね、大丈夫?」
「元々好きで伸ばしてた訳じゃないからセーフだな」
まだ花は持っているのを確認し、俺は溜息をした。
指を鳴らす。
「──────ッ!」
花が鎌状になり、その刃がミウニの首を貫く。
勝負はついた。膝から崩れ落ち、彼は目を瞬かせている。
俺は剣を虚空へしまい、ミウニに近付く。鎌を引き抜き、血飛沫が顔にかかった。
焦点が合わなくなっていく様を眺めながら、目を伏せる。形容しがたい不快感が、俺の脳を這いずり回っている。
「……あーぁ、君のいう通り、力ずくで止めようだなんてするんじゃ……なかった」
何か黒いものが、俺の中で反芻したものを脳に投影している。
『幸せにならないで下さいね。どうか最後まで絶望を噛み締めて下さいね。その目の前の子を殺せば、貴方はもっと可愛らしくなれるのです。シュニャーオの願いを叶えてください、貴方は不幸になるべき存在であり、私のかわいい子なのですから』
言うことなす事が破綻しているあの魔女の声が、俺を総毛立たせてくる。
「…………ぁ?」
ミウニが苦笑したまま、剣先を俺の腹部に深く突き立てた。
処刑人が死んだという噂は聞かなかった。人数は減っているというので、不老不死に改造されたとはいっても、特定条件下で死ぬことはあるのだろう。スチュワート家が人数やら何やらを調節している説が有力だ。
腹部からの出血は止まらず、地面に血だまりを作り始める。
「…………」
自分を見る。俺は首を振り、頭の中の魔女の声をふりきろうとした。
憎悪が沸々と泡立ち、腸が煮えくり返る。
歯噛みを繰り返す。
「……ごめんな、ミウニ」
「…………」
魔女の呪いは、不死さえも破壊する。
俺は反射的にか、腹部を貫かれると同時に彼の頭を吹き飛ばしていた。瞬間的に剣ごと彼は消滅していて、ただ色を失った魂石だけが、そこに落ちているのを見た。
立ち上がり、先程と同じように腹部を抑えて傷口を治す。何事も無かったかのような見た目に戻ったというのに、俺は少し浮遊感を得たまま、暫くそこから動けずに居た。
❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇ ❇
シュニャーオを今一度恨みながら、歩みを進めていく。
何分もかけて霊園に辿り着くと、その頃にはもう日は落ちかけていた。
俺は星扉の近くまで来ると、扉付近の墓を見回す。星の紋章が描かれた棺桶を探していく。
何個か見ていくと、それはすぐに見つかった。
星の紋章が中央に描かれたその棺桶を開き、中にある骨と花を眺める。ポケットから取り出したあの花と見比べ、俺はその花を魔法で変形させた。剣の装飾部にそれを付けると、また虚空へ返す。
棺桶の中で横たわる死骸に目を戻す。
それから俺は呪いを使った。
手を合わせ、掌印を作ると、それを死骸の胸元へ向ける。息に魔力を乗せてその指の合間に通すと、光る鱗粉のようになって死骸を取り囲む。
光が強まり死骸を包み込むと、それは宙へと浮き、夜空の中で輝く。
骨に肉が付き、皮が出来ていき、髪が生え、眼窩に眼球がはまり、瞼がそれを隠す。花も浮き上がり、少女の身体を隠すように纏わり付くと、白いワンピースになった。
クリーム色の髪を靡かせる少女は俺の眼前に倒れ込む。
「メリーベル・アインシュトルツ。落ちこぼれと言われ処刑された少女……か。処刑されようがされまいが、最終的に君の家系が落ちぶれさせられ、堕落した」
魔女狩りが起きた要因も分からないまま、なぜ俺は生きているであろう魔女を殺しに戻ってきた? そして一番最初にやることが人殺しで、死んだ人間を生き返らせることで。
自分を嘲笑する。見下す。
俺は少女を抱き上げ、獣道から肌色の道へ、そして国へ続くその道を歩き始める。
「……そこのお兄さん」
「こんな時間になん…………はあ、子供二人が何をしに?」
馬車が止まっているのを見つけ、声を掛けてみる。男は寝ている馬を何故ながらこちらを睨みつけてきた。
「クレジェンテ王国に入りたい。乗って行っても構わないか?」
「……金は」
「それに変わりそうなものならある」
「……要らねえよ。乗れ、それは見てもらえるとこに行って金に替えて、宿代にでも使え」
以外と優しいことに驚きつつも、これで休憩できる。馬車に乗り込み、少女を横にする。自分の上着を布団にしてかけてやった。
夜空を横目に、発車した振動を受ける。
「早めに目覚めてくれよ、呪いの代償で膨大なマナを溜め込める身体になったんだから、もう落ちこぼれだなんて言われないぞ」




